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二度目

18 19歳

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誕生日の当日、パーティ会場の大ホールへ向かっていた所、
階段下で兄と鉢合わせた。

「おお!リアムのドレスだろう?似合ってるぜ」

兄は直ぐにそれに気付いたらしく、からかいの笑みを見せた。
わたしは赤くならない様に願いながら、「ありがとうございます」と澄まして返した。

「おまえは知らないだろうから教えてやるけど、
リアムが手紙で、おまえにドレスを送りたいから、寸法を教えて欲しいと言ってきたんだ。
それで、母さんが寸法を書いて送った。
おまえ、母さんに仕立て屋を呼ばれた事があっただろう?」

そういえば…と、思い出す。
母がわたしにしつこくドレスを作る様に言ってきた事があった。
だが、あれは三月も前の事だ、そんなに早くから?
半信半疑ながらも、わたしは頭を振った。

「全く気付かなかったわ…」

「あの日、丁度おまえが帰って来たって、母さん喜んでいたぜ。
どうやって侯爵家から呼び戻すか、頭を悩ませていたからなー」

「言って下されば、いつでも戻りましたのに…」

「馬鹿、おまえに知られたら喜びが半減するだろう。
こういうのは、内密にするからいいんだよ」

兄が呆れた様に言う。
確かに驚きは減るが、喜びが減る事は無い。
きっと、知った日からずっと舞い上がっていただろう…
そんな風に思っていると、兄が徐に紙の包みをわたしに差し出した。

「俺からのプレゼントだけど、頼まれていた本がさー、中々見つからなくて…
これで勘弁してくれよ」

無理かもしれないとは思っていたので、然程落胆はしなかった。

「いえ、探して下さっただけで十分です…」

紙の包みを開けると、古い本が出てきた。
表紙には、微笑みを湛えた女性の絵…
わたしは、「はっ」と息を飲んだ。
急いでページを捲る…

「ああ!これです、お兄様!これこそ、わたしが探していた本よ!
ああ、お兄様、ありがとうございます!!」

わたしは歓喜し、兄に抱き着いた。

「おいおい、おまえも、もう十九歳だろ?」
「だって、うれしくて!」
「ったく、おまえは、いつまでも子供だなー」

兄は呆れつつも、わたしを軽く抱擁し、頭を撫でてくれた。





大ホールに、続々と招待客が入って来る。
誕生日パーティの招待客は、親戚、両親の友人、兄の友人…
勿論、ミシェルも呼ばれている。
わたしは貴族令嬢との付き合いがあまり無く、呼べる友人はいなかったが、
ミシェルが来てくれていたので、十分だった。

「ジスレーヌ様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、ミシェル!贈り物もありがとう!」

わたしはミシェルからの贈り物を受け取り、抱擁を交わした。

「ジスレーヌ、こちらは、美術商のエロワ=ルーフォン…」

兄の紹介で、わたしは顔を上げた。
エロワとは一度目の時に二、三度顔を合わせた事があったので、見覚えがあった。
父と同じ年頃で、長身で、かなり痩せている。
糸の様に細い目をし、口元には薄い笑みがあった。

「数年前まで王都にいて、そこで知り合ったんだ。凄い人だぞ!」

兄は王都の名門貴族学校に入っていたので、その頃だろう。

「エロワさん、妹のジスレーヌです、例の皿を割った…」

兄がそんな紹介をするので、わたしは恥ずかしくなった。

「ジスレーヌです、今日はお越し下さり有難うございます。
エロワ様、私事でご面倒をお掛けしております…」

「いいえ、とても興味深い案件でしたから」

『でした』、過去形という事は、皿は見つかったのだろうか?
「それでは、あの皿は…」と、わたしが聞こうとしていた所、兄が遮った。

「ジスレーヌ、今日はおまえの誕生日だろう?
そんな話は明日にして、もっと楽しめよ!」

わたしからすると、『そんな話』と言う程、この件は軽くは無いのだが、
わたしが口を挟む前に、兄はエロワを連れて行ってしまった。

もう!!お兄様は呑気なんだから!!


招待客と挨拶を交わしていた所、会場の空気が一変したのに気付いた。
入口から入って来たのは、侯爵とルイーズとジェシカだった。
侯爵は上品な黒の礼服だが、ルイーズはいつもの様に派手に着飾っている。
宝石が沢山散りばめられた大きく広がるスカートのドレスに、頭には羽飾り。
娘のジェシカも、フリルとリボンが沢山付いたドレスで、頭にはピンクの羽飾りで、
ルイーズに負けず劣らず豪華だ。

皆、圧倒され、三人に道を開けていた。

「侯爵、侯爵夫人、ジェシカ、来て下さってありがとうございます」
「誕生日おめでとう___」

侯爵は感じが良く、わたしはにこやかに挨拶をした。
だが、ルイーズにはそうもいかなかった。
彼女は冷たい目でわたしを上から下まで見ると、眉を顰めた。

「あなたの誕生日だと聞きましたけど、地味過ぎやしません?
あなたが地味では、招待客が気を遣うでしょう?
私に恥を掻かせる気なら、いいでしょう、私は帰ります。
行きましょう、ジェシカ」

「そうね、料理もイマイチだしー、ここにいる意味なんて無いもの!」

突然の事に、わたしは呆気に取られていた。

一度目の時にも辛辣だったが、今回は更に酷い___

わたしの所為にし、パーティを途中退場するなんて…
わたしに嫌な思いをさせる為?それとも、わたしを悪人にしたいの?

侯爵は事態を把握していないのか、
「来たばかりで帰るのか?」と不思議そうにしているが、
わたしの両親などは顔を真っ青にしていた。
周囲も緊迫したが、それを破る者がいた___

「ジスレーヌのドレスの事でしたら、僕の責任です」

良く知る声に、わたしは「はっ」と息を飲み、顔を上げた。
人混みから進み出たのは、リアムだった。

リアム様が、どうして!?
ボエムドゥーから駆けつけてくれたのだろうか?
わたしの為に…?

信じられない思いで見つめていると、
リアムがルイーズに向け、落ち着いた口調で言った。

「僕がジスレーヌの為に用意したドレスですが、何か不満がありますか?」

去ろうとしていたルイーズは、足を止め、顔を顰めた。

「ええ、古臭い型だし、パーティの主賓だというのに、地味過ぎるでしょう。
でも、あなたが選んだのなら納得よ、リアム。
言いたくはありませんけど、男の方のセンスは半世紀遅れていますからね。
この様な事をしては、ジスレーヌが恥を掻きますよ」

ルイーズは超然として言う。
周囲からは「まぁ!」と声が上がったが、リアムは涼しい顔をしていた。

「僕が仕立てを頼んだのは、《オーンジュ・ビズ》です。
僕はイメージを話し、色を決めただけで、後は全て店に任せました。
自分のセンスには自信がありますが、本職の方に任せるのが一番ですからね」

「《オーンジュ・ビズ》ですって?
あそこは駄目よ!煩く言うだけで、注文通りに作らないし、
古臭いし、仕立ても遅くて一番仕えない仕立て屋ですよ!
あんな所に頼むだなんて、お金を溝に捨てる様なものですよ、呆れたわ___」

ルイーズは散々に言っているが、
《オーンジュ・ビズ》は、領地内でも一番高名な老舗の仕立て屋だ。
高級な生地を扱い、仕立ても丁寧で、職人の腕も良いと評判だ。
その為、予約は殺到していて、かなり時間も掛かる。
だが、それでも構わないという者は多く、客は途切れない___

リアムが、誕生日の三月も前にわたしの寸法を聞いた理由は、
ここにあったのだ___!

わたしは、リアムが最高のドレスを用意しようとしてくれた事を知り、感激した。
それと同時に、やはり胸が痛んだ。
リアム様が、そこまでして下さったというのに…
一度目の時のわたしは、このドレスを二度しか着なかった。
その内一度は、ドレスが間に合わず渋々着たのだ___

ああ!わたしは何て酷い娘だったのだろう!

リアムの心を踏み躙って来た事に気付き、消えたくなった。
だが、実際、この場から去ったのは、わたしではなく、ルイーズだった。

ルイーズは『正しい事を言った』という顔をし、堂々とホールを出て行った。
ジェシカは両手にお菓子を掴み、「しみったれたパーティね!」と捨て台詞を吐いて、
ルイーズを追って行った。

嵐が去ったかの様に会場内はしんとしていたが、相手が侯爵夫人なので、
何か言う者はおらず、無かった事にし、会話やダンスを再開させた。

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