上 下
13 / 35
二度目

6 18歳

しおりを挟む
父との約束通り、わたしはデビュタントを終えたが、パーティには消極的だった。
色々と理由を付けて断っていると、とうとう、父が痺れを切らし、言ってきた。

「パーティに行き、皆と話しをしてみなさい、おまえに合う人がきっと見つかるよ、ジスレーヌ。
それもせずに、修道院に行くというなら、私は許さないぞ」

「はい…」

頷いたものの、わたしは乗り気では無かった。
自分に合う人は、リアム以外居ないだろうし、何より、パーティでリアムに会うのが怖い…
もし、その姿を見てしまったら、声を聞いてしまったら…
自分がどうなるか、分からなかった。

「それなら、ジスレーヌ、来週パーティに行きなさい。
ジェイドがエスコートをしてくれるから、安心しなさい」

両親に期待はさせたくないが、悲しませるのも嫌だったので、
わたしは「はい」と答えた。
思った通り、母は歓喜し、直ぐにドレスを出して来た。

「見て!ジスレーヌ!この日の為に、作らせておいたのよ!」

それは、正に、一度目の時、リアムと再会したパーティで着たドレスだった。
わたしの緑色の目の色に合わせた、淡い緑色で、
ふわふわと柔らかい生地のスカートは、ふっくらとしている。
デュタントを終えた令嬢たちが好む、清楚で可愛らしいドレスだ。
気に入っていて、ルイーズに会うまでは何度も着ていたが、
ルイーズから「子供っぽいドレスは似合いませんよ」
「ドレスはその度、新調なさい」と助言されて以降、着た事は無かった。

わたしは懐かしい気持ちで、その柔らかいスカートに触れた。

「どうかしら?気に入った?」と不安そうに聞く母に、わたしは込み上げるものを抑え、
「とても気に入りました、素敵だわ、有難うございます、お母様!」と笑顔で返した。


◇◇


パーティに後ろ向きだったわたしは、言われるままに準備をし、馬車に乗ったのだが、
道すがら、良く知る景色に気付き、それを尋ねた。

「お兄様、今日のパーティは、どちらで開かれるのですか?」

「なんだ、聞いて無かったのか?デュラン侯爵の館だよ」

兄は事も無げに言ったが、
わたしは声を上げなかったのが不思議な位、驚いた。

デュラン侯爵の館!?
一番避けなければいけなかったのに!!
慌てるわたしには気付かず、兄は説明していた。

「子息のリアムとは、貴族学校が同じだったから、その縁で招待されたんだ。
リアムの方が一年上で、入学当初から良くしてくれて…」

この辺は一度目の時に聞いているので、わたしは適当に相槌を打ち、
どうやってこの窮地を切り抜けるかに頭を使った。
兄を撒いて逃げるという手もあるが、兄が心配するだろうし、両親も怒るだろう。

馬車が走る中、あれこれと考えたが、良い案が浮かぶ事は無く、
気付けば、わたしは兄に連れられ、懐かしい、デュラン侯爵家の館に入っていた。


「挨拶に行こう___」

兄が一度目の時と同様に言い、パーティ会場の大ホールの中を進んで行くので、
わたしは慌てた。だが、『挨拶なんてしなくて良い』と言う訳にもいかない。
あまりに礼儀に反する。兄だって、耳を貸さないだろう。

「リアム!招待してくれてありがとう」

兄がその人に声を掛ける。
わたしはギクリとし、強張った。
俯きがちのまま、チラリと目を上げると、そこに見えたのは、
黒いタキシードのスラリとした肢体…
そして、眩しく艶のある蜂蜜色の髪、それに、碧色の目___

「!!」

それを目にした途端、胸に想いが溢れ、泣き出しそうになった。

泣いては駄目よ!彼に変に思われるわ___!

必死に耐えるわたしに、兄は気付く事無く、当然の様にわたしを紹介した。

「妹のジスレーヌです___」

わたしは顔を上げられなかった。

「ジスレーヌ、初めまして、僕はデュラン侯爵子息、リアムです」

穏やかで優しい彼の声に、胸が震える。

「ジスレーヌと申します…」

わたしの声は暗く、小さく、震えていた。
パーティの挨拶としては、不相応で、三人の間に変な沈黙が落ちた。
それを払拭しようとしたのか、兄が明るい声でリアムに言った。

「すみません、妹はデビュタントを終えたばかりで、緊張しているんですよ。
リアム、良ければ、妹と踊って貰えますか?
初めてのパーティだというのに、踊る相手が兄では、妹が気の毒なので」

一度目の時と同様、迷う事なく、大きく綺麗な手が、スッと、わたしの方に差し出された。

「踊って頂けますか?」

わたしは断る事など出来ず、「はい」と、手を彼の手に乗せた。
彼は優雅にわたしをダンスフロアへ連れて行く。
こうなれば、俯いている事も出来ず、視線は落としながらも、わたしは顔を上げた。
リアムがわたしを見て微笑んだ。
変わらない、優しく、魅力的な笑みに、わたしの顔はカッと熱くなった。
頭の中も、真っ白だ。
それでも、体はステップを覚えていて、無意識に動いてくれたので、
リアムがわたしの内の動揺に気付く事は無かっただろう。

曲が終わり、わたしが離れようとすると、繋いでいた手をギュっと握られた。
驚きに顔を上げると、「もう一曲、良いですか?」とリアムが微笑んだ。

「すみません…わたし、少し疲れているので…」

わたしは断りを入れ、強引に手を引き抜くと、人混みの中に逃げ込んだ。
胸がドキドキと煩い。

このまま、リアム様と一緒に居るなんて、とても出来ないわ!

一度目の時、リアムは沢山の令嬢から誘われていた。
わたしの事など、直ぐに忘れるだろう…
寂しく、胸が痛んだが、わたしは頭を振り、考えを追い出した。

これでいいの!
わたしは、リアム様と一緒に居てはいけないんだから…


一人になりたくて、パーティ会場を出たわたしは、人気の無い回廊を当ても無く歩き、
庭に降りた。無意識に足は泉の方へ向かっていた様で、
わたしはそれに気付き、愕然とした。

あの泉に行くのは怖い___!

もし、わたしの死体があったら___
想像し、ゾッとした。
「いいえ!」と、その考えを強く打ち消す。
そんな事がある筈はない、わたしは生きているのだから…

だが、何か悪い事が起こる気がし、言い知れぬ不安に襲われた。

踵を返し、館に戻っていた時だ、何か争う様な声が聞こえてきた。
それとなく伺うと、男性二人が、一人の令嬢を支え、連れて行こうとしていた。

「ほら、歩けないんだろう、送って行くよ」
「いや…離して下さい…」
「早くしろ!馬車に放り込めばこっちのもんだ」
「いや…誰か___」
「こいつ!声出したら、ぶっ殺すぞ!」

物騒な物言いに、わたしは只ならぬものを感じ、声を上げていた。

「誰か来てーー!!人攫いよ!!」

わたしの声に驚いたのか、二人はギョッとし、足を止めた。
周囲をキョロキョロと伺っている。
わたしは恐怖に駆られながらも、力の限り叫び、館に向かって走った。

「誰か来て!!早く!!」

「くそ!見られた!あいつを捕まえろ!」

男の一人が追って来る。
わたしが開かれたテラスの窓から駆け込もうとした時だ、目の前に黒い影がヌッと現れ、
わたしを抱き止めた。驚きに、反射的に悲鳴を上げかけたが、それよりも早く、
「大丈夫、僕だよ」と抱きしめられた。

その声にドキリとする。
そんな場合でも無いというのに、わたしは『抱きしめられる』というこの状況に、
頭が真っ白になっていた。それを破ってくれたのは、兄だ___

「ジスレーヌ!どうした!何があったんだ!」

兄が大声を上げながら勢い良く走って来て、わたしは我に返った。
わたしは必死に庭の方を指差した。

「人攫いです!女性が連れて行かれそうなの!助けて!!」

追って来ていた男は舌打ちをし、逃げ出した。
兄はそのまま庭に降り、追って行った。
リアムも「ここで待っていて」と言い、一緒に行ってしまった。

「大変だわ!」

わたしは急いで館に入り、助けを求めた。


使用人二人を連れて駆け付けた所、兄とリアムが男二人を地面に押さえ付けていた。

「くそ!離せ!!」

男たちは喚いているが、体の上に圧し掛かっている為、動きは完全に封じられている。
兄は兎も角、リアムにこんな事が出来るとは思ってもみず、わたしは驚いた。
咄嗟にリアムに駆け寄っていた。

「リアム様!お怪我はありませんか!?」

「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」

リアムは涼しい顔で言い、微笑んだ。
余裕が見え、わたしは安堵に胸を撫で下ろしていた。

「おい、妹、俺の心配はしてくれないのか?」

兄がからかう様に言い、わたしは赤くなった。
周囲が夜闇で薄暗く、助かった。

「それより、彼女は…!」

周囲を見ると、淡いピンク色のドレス姿の令嬢が、地面に倒れていた。

「大丈夫ですか!?」

わたしは膝を着き、声を掛けた。
だが、目を閉じ、ぐたりとし、反応が無い。

「ああ!大変だわ!死んでるの!?」

「いや、気を失っているんだよ、直ぐに主治医に診て貰おう___」

言うが早いか、リアムは彼女の体を起こし、抱き上げた。
軽々と運んで行くリアムの姿に、わたしは茫然とした。
胸がズキリと痛む…
リアムに抱きかかえられて行く彼女に、嫉妬したのだ___
そんな自分が嫌で、わたしは目を反らし、
男たちをロープで締め上げている兄の元に行った。

兄と使用人は、ロープでぐるぐる巻きにした男たちを別室に連れて行き、問い詰めた。
男たちは渋々口を割ったが、それは嘘に塗れていた。

「気分が悪そうだったから、送り届けようとしただけだよ…」
「人攫いなんて言うし、誤解されると嫌だから逃げただけで…」
「そうそう、俺たちは人助けをしただけだ!」

一見、筋は通っている様に聞こえるが…
わたしは先程の物騒な会話を聞いているし、
兄も全てを鵜呑みにする程、単純では無かった。

「わたし、しかと聞いております。『馬車に放り込めばこっちのものだ』と、
それに、『声を出したら殺す』とも言っておられましたわ!」

「まぁ、人相を見れば分かるさ、どうせどっかに…」

兄は男たちのタキシードを漁り、それを見つけ出した。
小さな薬の包みだ。

「飲み物にでも混ぜたんだろう?
正直に話さなくても、直ぐに分かる事だ___」

兄はそれを使用人に渡した。
話を聞きつけたのか、他の使用人たちも駆け付けて来たので、兄とわたしは部屋を出た。
わたしが帰りたいと告げると、兄も反対はせず、わたしたちは直ぐに馬車に乗り館を出た。

馬車が行く間、わたしは何も考えない様に、暗い窓の外に目を向けていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw

さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」  ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。 「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」  いえ! 慕っていません!  このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。  どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。  しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……  *設定は緩いです  

強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します

天宮有
恋愛
 私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。  その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。  シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。  その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。  それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。  私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。

それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~

柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。 大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。 これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。 ※他のサイトにも投稿しています

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

【完結】前世を思い出したら価値観も運命も変わりました

暁山 からす
恋愛
完結しました。 読んでいただいてありがとうございました。 ーーーーーーーーーーーー 公爵令嬢のマリッサにはピートという婚約者がいた。 マリッサは自身の容姿に自信がなくて、美男子であるピートに引目を感じてピートの言うことはなんでも受け入れてきた。 そして学園卒業間近になったある日、マリッサの親友の男爵令嬢アンナがピートの子供を宿したのでマリッサと結婚後にアンナを第二夫人に迎えるように言ってきて‥‥。   今までのマリッサならば、そんな馬鹿げた話も受け入れただろうけど、前世を思したマリッサは‥‥?   ーーーーーーーーーーーー 設定はゆるいです ヨーロッパ風ファンタジーぽい世界 完結まで毎日更新 全13話  

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。

ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。 なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。 妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。 しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。 この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。 *小説家になろう様からの転載です。

処理中です...