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二度目

6 18歳

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父との約束通り、わたしはデビュタントを終えたが、パーティには消極的だった。
色々と理由を付けて断っていると、とうとう、父が痺れを切らし、言ってきた。

「パーティに行き、皆と話しをしてみなさい、おまえに合う人がきっと見つかるよ、ジスレーヌ。
それもせずに、修道院に行くというなら、私は許さないぞ」

「はい…」

頷いたものの、わたしは乗り気では無かった。
自分に合う人は、リアム以外居ないだろうし、何より、パーティでリアムに会うのが怖い…
もし、その姿を見てしまったら、声を聞いてしまったら…
自分がどうなるか、分からなかった。

「それなら、ジスレーヌ、来週パーティに行きなさい。
ジェイドがエスコートをしてくれるから、安心しなさい」

両親に期待はさせたくないが、悲しませるのも嫌だったので、
わたしは「はい」と答えた。
思った通り、母は歓喜し、直ぐにドレスを出して来た。

「見て!ジスレーヌ!この日の為に、作らせておいたのよ!」

それは、正に、一度目の時、リアムと再会したパーティで着たドレスだった。
わたしの緑色の目の色に合わせた、淡い緑色で、
ふわふわと柔らかい生地のスカートは、ふっくらとしている。
デュタントを終えた令嬢たちが好む、清楚で可愛らしいドレスだ。
気に入っていて、ルイーズに会うまでは何度も着ていたが、
ルイーズから「子供っぽいドレスは似合いませんよ」
「ドレスはその度、新調なさい」と助言されて以降、着た事は無かった。

わたしは懐かしい気持ちで、その柔らかいスカートに触れた。

「どうかしら?気に入った?」と不安そうに聞く母に、わたしは込み上げるものを抑え、
「とても気に入りました、素敵だわ、有難うございます、お母様!」と笑顔で返した。


◇◇


パーティに後ろ向きだったわたしは、言われるままに準備をし、馬車に乗ったのだが、
道すがら、良く知る景色に気付き、それを尋ねた。

「お兄様、今日のパーティは、どちらで開かれるのですか?」

「なんだ、聞いて無かったのか?デュラン侯爵の館だよ」

兄は事も無げに言ったが、
わたしは声を上げなかったのが不思議な位、驚いた。

デュラン侯爵の館!?
一番避けなければいけなかったのに!!
慌てるわたしには気付かず、兄は説明していた。

「子息のリアムとは、貴族学校が同じだったから、その縁で招待されたんだ。
リアムの方が一年上で、入学当初から良くしてくれて…」

この辺は一度目の時に聞いているので、わたしは適当に相槌を打ち、
どうやってこの窮地を切り抜けるかに頭を使った。
兄を撒いて逃げるという手もあるが、兄が心配するだろうし、両親も怒るだろう。

馬車が走る中、あれこれと考えたが、良い案が浮かぶ事は無く、
気付けば、わたしは兄に連れられ、懐かしい、デュラン侯爵家の館に入っていた。


「挨拶に行こう___」

兄が一度目の時と同様に言い、パーティ会場の大ホールの中を進んで行くので、
わたしは慌てた。だが、『挨拶なんてしなくて良い』と言う訳にもいかない。
あまりに礼儀に反する。兄だって、耳を貸さないだろう。

「リアム!招待してくれてありがとう」

兄がその人に声を掛ける。
わたしはギクリとし、強張った。
俯きがちのまま、チラリと目を上げると、そこに見えたのは、
黒いタキシードのスラリとした肢体…
そして、眩しく艶のある蜂蜜色の髪、それに、碧色の目___

「!!」

それを目にした途端、胸に想いが溢れ、泣き出しそうになった。

泣いては駄目よ!彼に変に思われるわ___!

必死に耐えるわたしに、兄は気付く事無く、当然の様にわたしを紹介した。

「妹のジスレーヌです___」

わたしは顔を上げられなかった。

「ジスレーヌ、初めまして、僕はデュラン侯爵子息、リアムです」

穏やかで優しい彼の声に、胸が震える。

「ジスレーヌと申します…」

わたしの声は暗く、小さく、震えていた。
パーティの挨拶としては、不相応で、三人の間に変な沈黙が落ちた。
それを払拭しようとしたのか、兄が明るい声でリアムに言った。

「すみません、妹はデビュタントを終えたばかりで、緊張しているんですよ。
リアム、良ければ、妹と踊って貰えますか?
初めてのパーティだというのに、踊る相手が兄では、妹が気の毒なので」

一度目の時と同様、迷う事なく、大きく綺麗な手が、スッと、わたしの方に差し出された。

「踊って頂けますか?」

わたしは断る事など出来ず、「はい」と、手を彼の手に乗せた。
彼は優雅にわたしをダンスフロアへ連れて行く。
こうなれば、俯いている事も出来ず、視線は落としながらも、わたしは顔を上げた。
リアムがわたしを見て微笑んだ。
変わらない、優しく、魅力的な笑みに、わたしの顔はカッと熱くなった。
頭の中も、真っ白だ。
それでも、体はステップを覚えていて、無意識に動いてくれたので、
リアムがわたしの内の動揺に気付く事は無かっただろう。

曲が終わり、わたしが離れようとすると、繋いでいた手をギュっと握られた。
驚きに顔を上げると、「もう一曲、良いですか?」とリアムが微笑んだ。

「すみません…わたし、少し疲れているので…」

わたしは断りを入れ、強引に手を引き抜くと、人混みの中に逃げ込んだ。
胸がドキドキと煩い。

このまま、リアム様と一緒に居るなんて、とても出来ないわ!

一度目の時、リアムは沢山の令嬢から誘われていた。
わたしの事など、直ぐに忘れるだろう…
寂しく、胸が痛んだが、わたしは頭を振り、考えを追い出した。

これでいいの!
わたしは、リアム様と一緒に居てはいけないんだから…


一人になりたくて、パーティ会場を出たわたしは、人気の無い回廊を当ても無く歩き、
庭に降りた。無意識に足は泉の方へ向かっていた様で、
わたしはそれに気付き、愕然とした。

あの泉に行くのは怖い___!

もし、わたしの死体があったら___
想像し、ゾッとした。
「いいえ!」と、その考えを強く打ち消す。
そんな事がある筈はない、わたしは生きているのだから…

だが、何か悪い事が起こる気がし、言い知れぬ不安に襲われた。

踵を返し、館に戻っていた時だ、何か争う様な声が聞こえてきた。
それとなく伺うと、男性二人が、一人の令嬢を支え、連れて行こうとしていた。

「ほら、歩けないんだろう、送って行くよ」
「いや…離して下さい…」
「早くしろ!馬車に放り込めばこっちのもんだ」
「いや…誰か___」
「こいつ!声出したら、ぶっ殺すぞ!」

物騒な物言いに、わたしは只ならぬものを感じ、声を上げていた。

「誰か来てーー!!人攫いよ!!」

わたしの声に驚いたのか、二人はギョッとし、足を止めた。
周囲をキョロキョロと伺っている。
わたしは恐怖に駆られながらも、力の限り叫び、館に向かって走った。

「誰か来て!!早く!!」

「くそ!見られた!あいつを捕まえろ!」

男の一人が追って来る。
わたしが開かれたテラスの窓から駆け込もうとした時だ、目の前に黒い影がヌッと現れ、
わたしを抱き止めた。驚きに、反射的に悲鳴を上げかけたが、それよりも早く、
「大丈夫、僕だよ」と抱きしめられた。

その声にドキリとする。
そんな場合でも無いというのに、わたしは『抱きしめられる』というこの状況に、
頭が真っ白になっていた。それを破ってくれたのは、兄だ___

「ジスレーヌ!どうした!何があったんだ!」

兄が大声を上げながら勢い良く走って来て、わたしは我に返った。
わたしは必死に庭の方を指差した。

「人攫いです!女性が連れて行かれそうなの!助けて!!」

追って来ていた男は舌打ちをし、逃げ出した。
兄はそのまま庭に降り、追って行った。
リアムも「ここで待っていて」と言い、一緒に行ってしまった。

「大変だわ!」

わたしは急いで館に入り、助けを求めた。


使用人二人を連れて駆け付けた所、兄とリアムが男二人を地面に押さえ付けていた。

「くそ!離せ!!」

男たちは喚いているが、体の上に圧し掛かっている為、動きは完全に封じられている。
兄は兎も角、リアムにこんな事が出来るとは思ってもみず、わたしは驚いた。
咄嗟にリアムに駆け寄っていた。

「リアム様!お怪我はありませんか!?」

「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」

リアムは涼しい顔で言い、微笑んだ。
余裕が見え、わたしは安堵に胸を撫で下ろしていた。

「おい、妹、俺の心配はしてくれないのか?」

兄がからかう様に言い、わたしは赤くなった。
周囲が夜闇で薄暗く、助かった。

「それより、彼女は…!」

周囲を見ると、淡いピンク色のドレス姿の令嬢が、地面に倒れていた。

「大丈夫ですか!?」

わたしは膝を着き、声を掛けた。
だが、目を閉じ、ぐたりとし、反応が無い。

「ああ!大変だわ!死んでるの!?」

「いや、気を失っているんだよ、直ぐに主治医に診て貰おう___」

言うが早いか、リアムは彼女の体を起こし、抱き上げた。
軽々と運んで行くリアムの姿に、わたしは茫然とした。
胸がズキリと痛む…
リアムに抱きかかえられて行く彼女に、嫉妬したのだ___
そんな自分が嫌で、わたしは目を反らし、
男たちをロープで締め上げている兄の元に行った。

兄と使用人は、ロープでぐるぐる巻きにした男たちを別室に連れて行き、問い詰めた。
男たちは渋々口を割ったが、それは嘘に塗れていた。

「気分が悪そうだったから、送り届けようとしただけだよ…」
「人攫いなんて言うし、誤解されると嫌だから逃げただけで…」
「そうそう、俺たちは人助けをしただけだ!」

一見、筋は通っている様に聞こえるが…
わたしは先程の物騒な会話を聞いているし、
兄も全てを鵜呑みにする程、単純では無かった。

「わたし、しかと聞いております。『馬車に放り込めばこっちのものだ』と、
それに、『声を出したら殺す』とも言っておられましたわ!」

「まぁ、人相を見れば分かるさ、どうせどっかに…」

兄は男たちのタキシードを漁り、それを見つけ出した。
小さな薬の包みだ。

「飲み物にでも混ぜたんだろう?
正直に話さなくても、直ぐに分かる事だ___」

兄はそれを使用人に渡した。
話を聞きつけたのか、他の使用人たちも駆け付けて来たので、兄とわたしは部屋を出た。
わたしが帰りたいと告げると、兄も反対はせず、わたしたちは直ぐに馬車に乗り館を出た。

馬車が行く間、わたしは何も考えない様に、暗い窓の外に目を向けていた。

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