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海の王国編
26.番う2人と義弟王子の願いと裁き
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美しい海の王国メーリン。
今ではただのアリーヤ姫として生きる彼女の終の住処。
人間の世界とは違い、緩やかに時が流れる海の王国メーリン。厳かに聳え立つ〈水宝宮殿〉に匿われ、王ディランに存分に甘やかされるアリーヤ姫。
王ディランから海よりも深い情愛を注がれ、変わることのない寵愛を授けられるアリーヤは、ある折、自然と“初夜”を迎える。
婚儀すら存在しない海の王国メーリン。
それは人間の世界に作られた儀式に他ならない為、海の王国メーリンでは番いたい時に番い、共に在りたいと思えば、もはや夫婦。
蒼い夜着を纏う王ディランに抱きかかえられ、王の寝台へと横たえられるアリーヤ姫は、薄い紗の天蓋が固く閉じられた中で、甘く秘めやかな初夜を迎える。
王ディランとの初夜はまさに格別。
溺れるほどの濃密な蜜夜。
これ以上ない程の至福に包まれ涙を流すアリーヤ姫。
これまでの不遇な時代の全てを忘れてしまうほどの恩寵を賜わり、過去を忘れ、全てのしがらみを断ち切っていくアリーヤ姫に後悔はない。
至福しか存在しない。
外界から断絶された海の王国メーリンに生きる者に過去は必要とされない。
今、目の前に在る王ディランが全て。
◇
一方。
生国アメジスト王国では、国王イーサンが病床に伏し、今や国王位を継いだのは唯一の後継者である嫡太子ジェームス。
そして一年をおかず、病床に伏していた国王イーサンが治癒の甲斐なく急逝し、夫君を深く情愛していた前王妃ジェイミーも自ら毒を煽り、後を追ったとか。
前国王夫妻の葬儀は、派手さを好まない厳格な前国王イーサンの意思が尊重され、大々的には執り行われず、今や王家の陵墓へとひっそりと埋葬されている。
前国王夫妻の亡骸が眠る陵墓を見つめながら、何の感慨も、自責の念すら抱かない現国王ジェームス。それも仕方がない。
思い起こせば。
父王イーサンと母后ジェイミー共に、心優しい義姉アリーヤに一欠片の愛情も与えなかった。不遇な境遇へと追い込み、見て見ぬふりをしていたことは周知の事実。
幼いながらも心を痛めていた嫡太子ジェームスがいる。
人間は愛情を注がれずに育てば、やがて感情は死に絶え、心さえも枯れ果ててしまう。命さえも。
同じ王家に生まれながらも差別される義姉アリーヤと義弟ジェームス。
「大人達は惨酷だ。同じ父上の子どもに違いないのに……義姉上に罪はないのに……心優しい義姉上こそ幸せになるべき人なのに!」
悲痛な想い。そうした想いは徐々に膨れ上がり、やがて父母への愛情は冷めていく嫡太子ジェームス。
清らかで心優しい義姉アリーヤは、義弟王子ジェームスから見ても、思わず守ってあげたくなる尊い存在。
幼い恋心だったのかもしれない。
それ程に義姉アリーヤは義弟王子ジェームスには眩しい。
王妃という地位と名声に溺れ、我が子への愛情は二の次の母后ジェイミーに代わり、惜しみない情愛で弟王子ジェイミーを包み、常に寄り添ってくれたのは他でもない義姉アリーヤ。
「その義姉上を……どうして愛さずにはいられましょうか?」
義弟王子ジェームスから零れた想い。
◇
一見、穏やかに見えるようでも王家の内情というものは、実は陰惨だったりする。
嫡太子ジェームスの母で王妃ジェイミーは、まさに最たるもの。表面上では義娘アリーヤへと普通に接するも裏では違う。
現王妃ジェイミーには亡き王妃の忘れ形見の王女アリーヤは邪魔なだけ。排除したいのが本音。実父イーサンからも捨て置かれている王女だからこそ、亡き者とすることも躊躇わない。
更には、我が子ジェームスの地位を確実なものとする為、王女アリーヤの食事へと密かに毒を盛ろうとしていた事も知っている嫡太子ジェームス。それも幾度も。加担した侍女たちは密かに始末した。
尚も懲りない王妃ジェイミー。
最終的には、嫡太子ジェームス自らが母后を戒める為に手には剣を携え、夜の闇に紛れ、母后の寝所へと押し入る。
「母上……これ以上義姉上へと危害を加えるようなら、例え母上といえども容赦は致しません。愚かな行為も程々になさいませ。次は貴女の首が落ちますよ」
冷めた口調で釘を刺す。
これには、さすがの王妃ジェイミーも我が子ジェームスの恐ろしさを目の当たりにし、恐怖に慄く。それ以後は大人しく鳴りを潜める。
こうして陰ながら義姉アリーヤを守っていた嫡太子ジェームス。だが、そうした中でも最も赦せなかったことがある。
王妃ジェイミーの悪行を知りながらも咎めもせず、見て見ぬふりをしては放置していた父王イーサン。
彼こそが諸悪の権化。
おかげで成人した暁には、目の前で平然と王女アリーヤを不遇に扱ってきた父王イーサンも母后ジェイミーも、それに与した者たち全てに裁きを下す。
それこそが“あの時交わした”海の王ディランとの約束。だからこそ頃合いを見定め、国王夫妻を葬った国王ジェームス。
「偉大な海の王……約束は守りました。あとは貴方様が約束通り、私の愛する義姉上を幸せにしてください。愛する義姉上、この地より貴女の変わることのない多幸をお祈りしております」
ーーーそして、もうお逢い出来ない。
淋しい……と、そう感じても口に出しては言えない。
ーーー言ってはならない。
一抹の淋しさを覚える国王ジェームスだが後悔はしていない。
アメジスト王家の宮殿を密かに抜け出した国王ジェームスは、大海原の見える丘まで馬を走らせる。彼の視線は遥か彼方へ。
愛する義姉アリーヤへと想いが届くことを切に祈って、ひたすらに大海原を見つめる国王ジェームス。
その心はようやく凪いだ……。
今ではただのアリーヤ姫として生きる彼女の終の住処。
人間の世界とは違い、緩やかに時が流れる海の王国メーリン。厳かに聳え立つ〈水宝宮殿〉に匿われ、王ディランに存分に甘やかされるアリーヤ姫。
王ディランから海よりも深い情愛を注がれ、変わることのない寵愛を授けられるアリーヤは、ある折、自然と“初夜”を迎える。
婚儀すら存在しない海の王国メーリン。
それは人間の世界に作られた儀式に他ならない為、海の王国メーリンでは番いたい時に番い、共に在りたいと思えば、もはや夫婦。
蒼い夜着を纏う王ディランに抱きかかえられ、王の寝台へと横たえられるアリーヤ姫は、薄い紗の天蓋が固く閉じられた中で、甘く秘めやかな初夜を迎える。
王ディランとの初夜はまさに格別。
溺れるほどの濃密な蜜夜。
これ以上ない程の至福に包まれ涙を流すアリーヤ姫。
これまでの不遇な時代の全てを忘れてしまうほどの恩寵を賜わり、過去を忘れ、全てのしがらみを断ち切っていくアリーヤ姫に後悔はない。
至福しか存在しない。
外界から断絶された海の王国メーリンに生きる者に過去は必要とされない。
今、目の前に在る王ディランが全て。
◇
一方。
生国アメジスト王国では、国王イーサンが病床に伏し、今や国王位を継いだのは唯一の後継者である嫡太子ジェームス。
そして一年をおかず、病床に伏していた国王イーサンが治癒の甲斐なく急逝し、夫君を深く情愛していた前王妃ジェイミーも自ら毒を煽り、後を追ったとか。
前国王夫妻の葬儀は、派手さを好まない厳格な前国王イーサンの意思が尊重され、大々的には執り行われず、今や王家の陵墓へとひっそりと埋葬されている。
前国王夫妻の亡骸が眠る陵墓を見つめながら、何の感慨も、自責の念すら抱かない現国王ジェームス。それも仕方がない。
思い起こせば。
父王イーサンと母后ジェイミー共に、心優しい義姉アリーヤに一欠片の愛情も与えなかった。不遇な境遇へと追い込み、見て見ぬふりをしていたことは周知の事実。
幼いながらも心を痛めていた嫡太子ジェームスがいる。
人間は愛情を注がれずに育てば、やがて感情は死に絶え、心さえも枯れ果ててしまう。命さえも。
同じ王家に生まれながらも差別される義姉アリーヤと義弟ジェームス。
「大人達は惨酷だ。同じ父上の子どもに違いないのに……義姉上に罪はないのに……心優しい義姉上こそ幸せになるべき人なのに!」
悲痛な想い。そうした想いは徐々に膨れ上がり、やがて父母への愛情は冷めていく嫡太子ジェームス。
清らかで心優しい義姉アリーヤは、義弟王子ジェームスから見ても、思わず守ってあげたくなる尊い存在。
幼い恋心だったのかもしれない。
それ程に義姉アリーヤは義弟王子ジェームスには眩しい。
王妃という地位と名声に溺れ、我が子への愛情は二の次の母后ジェイミーに代わり、惜しみない情愛で弟王子ジェイミーを包み、常に寄り添ってくれたのは他でもない義姉アリーヤ。
「その義姉上を……どうして愛さずにはいられましょうか?」
義弟王子ジェームスから零れた想い。
◇
一見、穏やかに見えるようでも王家の内情というものは、実は陰惨だったりする。
嫡太子ジェームスの母で王妃ジェイミーは、まさに最たるもの。表面上では義娘アリーヤへと普通に接するも裏では違う。
現王妃ジェイミーには亡き王妃の忘れ形見の王女アリーヤは邪魔なだけ。排除したいのが本音。実父イーサンからも捨て置かれている王女だからこそ、亡き者とすることも躊躇わない。
更には、我が子ジェームスの地位を確実なものとする為、王女アリーヤの食事へと密かに毒を盛ろうとしていた事も知っている嫡太子ジェームス。それも幾度も。加担した侍女たちは密かに始末した。
尚も懲りない王妃ジェイミー。
最終的には、嫡太子ジェームス自らが母后を戒める為に手には剣を携え、夜の闇に紛れ、母后の寝所へと押し入る。
「母上……これ以上義姉上へと危害を加えるようなら、例え母上といえども容赦は致しません。愚かな行為も程々になさいませ。次は貴女の首が落ちますよ」
冷めた口調で釘を刺す。
これには、さすがの王妃ジェイミーも我が子ジェームスの恐ろしさを目の当たりにし、恐怖に慄く。それ以後は大人しく鳴りを潜める。
こうして陰ながら義姉アリーヤを守っていた嫡太子ジェームス。だが、そうした中でも最も赦せなかったことがある。
王妃ジェイミーの悪行を知りながらも咎めもせず、見て見ぬふりをしては放置していた父王イーサン。
彼こそが諸悪の権化。
おかげで成人した暁には、目の前で平然と王女アリーヤを不遇に扱ってきた父王イーサンも母后ジェイミーも、それに与した者たち全てに裁きを下す。
それこそが“あの時交わした”海の王ディランとの約束。だからこそ頃合いを見定め、国王夫妻を葬った国王ジェームス。
「偉大な海の王……約束は守りました。あとは貴方様が約束通り、私の愛する義姉上を幸せにしてください。愛する義姉上、この地より貴女の変わることのない多幸をお祈りしております」
ーーーそして、もうお逢い出来ない。
淋しい……と、そう感じても口に出しては言えない。
ーーー言ってはならない。
一抹の淋しさを覚える国王ジェームスだが後悔はしていない。
アメジスト王家の宮殿を密かに抜け出した国王ジェームスは、大海原の見える丘まで馬を走らせる。彼の視線は遥か彼方へ。
愛する義姉アリーヤへと想いが届くことを切に祈って、ひたすらに大海原を見つめる国王ジェームス。
その心はようやく凪いだ……。
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