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暁の舞台編
7.怨嗟に落胆
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指を絡ませて握られている。
時折手の甲を確かめるように撫でられるのがどうにもこそばゆく、気恥ずかしい。
「なあ、もう皆のとこに着くからさ……離せって」
「今更俺らがこうしてても誰も気にしないだろ」
果たしてそうだろうか? 頭に疑問が浮かんだが、否定しきる言葉も出てこなかったのでエディスは仕方なく諦めた。犬のリード代わりのつもりなのだろうと。
「……アンタたち、付き合いたての恋人みたいよ」
だが、最初に出会ったリスティーにしかめっ面でそう言われ、やっぱり気にするじゃねえかと慌てて自分の手をひったくり返す。ずっと握られていたので温かくなった手を擦る。
「レウさん、隠すのやめたの?」
「鈍くて意識されないからな」
口は達者だが俺からいくと逃げるんだとすました顔で言うレウの背中を叩くと、くるりと振り返ってきた。「な、なんだよ!」と言うが、口の端を頬の方に引っ張って笑ったレウが顔を近づけてくると背中がぞわぞわとしてきて腰が引けてしまう。
「ひぇっ、ぅ……ん、」
両手首を握られて、情けない声が出た。端正な顔が近づいてくるとエディスは目を強く閉じる。首筋に息が吹きかかり、腰に手が当てられると力が抜けてしまいそうになる。弱音が口から出そうになる恐れから、やだという声が出ていく。
「他の奴もいるのに、さっきみたいなことするわけないだろ」
直接囁きかけられた耳の近くに軽くキスをして、すぐに体を離すレウに絶句した。ぷるぷると体が震え、耳を押さえて、なにを言われたのか考えているエディスの白い肌が赤く染まっていく。
リスティーの前だというのに、恥ずかしさから涙で目が潤んできた。
「……アイザック」
小さく呼びかけると、リスティーの近くにいた彼は「へっ? 俺ですか!?」と驚きつつも寄ってきてくれた。その背中に隠れると「レウ~、大人気ないよ」とやんわりと注意をしてくれる。
アイザックの後ろから覗き見ると、レウはべっと舌を出した。
「ソイツ全然反省してねえ!」
「するわけねーだろ」
だからお前はガキだって言うんだよとそっぽを向き、リスティーになあ? と同意を求める。リスティーはこめかみに手を当てて息を吐き出すと「あなたもね」と目を閉じた。
アイザックを盾にしながら歩いていくと、庭の出口だった銀の柵まで来た。ひしゃげて今にも崩れ落ちそうな柵を反対側からくぐり抜け、アーマーが走ってくる。
「兄様、ご健勝でなによりです!」
フェリオネルの姿を目に入れると駆け寄っていき、胸に手を当てて兄を見上げる。フェリオネルは微笑みをたたえて頷いた。
「アーマーも元気でよかったよ。エンパイア公子様はよくしてくださったんだね」
お礼を言わないとと言うフェリオネルに、エディスはそういえばと辺りを見渡す。
「エドはどこにいるんだ?」
ここに来た時はエドワードもいたはずだ。だが、今は姿が見えない。
「え……あの、エドワード様が皆さんを捜しに行くとおっしゃられたので、エディス様といるのだとばかり思っていました。ご一緒でなかったんですね」
護衛を務めているアーマーは顔色を変えた。
「捜してまいります。……いえ、」
もしかしたらと動く口に指が当てられる。些か青ざめた顔に、エディスはひゅっと息を呑んだ。
これは、彼を知る二人だけの直感でしかない。
だが――だが、婚約者を亡くし、友人に裏切られてすぐに父を自らの手にかけたのだ。その心境を考えるとありえないことではない。
「エクイラ・ランドリュー交響曲の、第九番は」
「ティンパニに演奏者が頭から突っ込む様を、復讐を遂げた男が自死したと表すのが定説だったよな」
エディス様! と涙目になって叫んだアーマーが手を握ってくる。エディスは首を振った。
「エンパイア家に行って確かめてくる」
青ざめた顔の彼女に大丈夫だと言ってやりたかったが、どこにも保証がない。
「私も行きます!」
もしかしたら辛い場面に立ち合わせることになると思い、同行は断ろうとしたが「私はあの方の護衛です、契約も終わっておりません」と言われてしまって言い切り辛くなった。
「……わかった。なら一緒に行くぞ」
レウたちはそこにいてくれと言い置いて走り出したエディスに並走してきたアーマーは、「エドワード様がどこにおられるか、心当たりが!?」と訊ねてくる。
「……離れの螺旋階段の一番上だろ」
そう言うと、アーマーは顔を伏せた。胸元に当てた手を握り、目を閉じる。
「……ご存じでしたか」
「あそこに余計なことを言うメイドがいただろ。ソイツに訊いたら、簡単に教えてくれたよ」
アーマーは口の中で舌を跳ねさせ、眉をぎゅっと寄せた。あの女……と罵倒の言葉が出てきそうになるが、それでエドワードがいれば結果的には救いになるかと気持ちを落ち着かせる。
「ごめんな、アーマー。お前がついていてくれたのに」
「いえ! 私などではあの方の支えにはなれませんので」
急ぎましょう! とアーマーが拳を握って顔を見てきたのに頷きを返し、エディスは先に行くぞと、身体強化魔法を使った。
*** *** *** *** ***
ある屋敷に、貧相な女主人がいた。
金の巻き毛は美しかったが、目ばかり大きいその女をメイドですら陰では嗤っていた。子どものような心持ちで、ころころと笑っては人を鞭で打つような品性のなさだった。
その女の腹を裂いて出てきた子どもは、女にこれっぽっちも似ておらず。
髪が生え揃う前から可愛いと頬を染めて人が振り返る愛らしい相貌、生まれながらにして領主として立つにふさわしい知性と品格。
豊かな金髪が肩を越す頃には、手を握る女が霞む程であった。
そんな息子を、彼女は心の底から嫌悪した。
年端もいかない子どもが父と寝室を同じにしただけで頬を叩き、背を鞭で打つ。
それもそうだ、彼女の妻は同性愛者。それも幼い子どもを狙っていたのを彼女は知っていたのだから。
大きな目を涙で潤ませる息子に、彼女は幾日も罵声を浴びせた。
「お前は淫乱よ」「そこらの娼婦と変わりがない」「私を不器量な女だと蔑んでいるんでしょう!」と――
こちらを振り返らず、金で買った艶めかしい男を連れ歩く夫。嘲笑うかのように見る度に自分とは似ても似つかない美男子へと成長していく息子。
彼女の怒りはすべて息子へ向けられていった。
どこで会おうと、常は己の醜悪な顔を隠す為に持ち歩いている扇で息子の顔を叩き、首を絞めて奇声を上げては使用人に留められた。そして、引き離される直前には、息子の肩に爪を立てて叫ぶ。
「アンタが憎い!!」
「そんな顔を私に見せないで!」
「お前など、早く死ねばいいのに」
あまりの絶望に耐え兼ねた彼女は、ついに死んだ。
一年前のことだ。
息子に会う時以外に帰って来ることのない夫から宛がわれた離れ屋敷で、自殺か他殺か調べられもしていない。
胸にナイフを深々と刺して、大きな螺旋階段の真ん中を通ってエントランスへと飛び降りてきた。
即死だった。
首が折れ曲がった状態で――今にも倒れてしまいそうに青白い顔で棒立ちになった息子の、すぐ足元で笑って死んだ。
時折手の甲を確かめるように撫でられるのがどうにもこそばゆく、気恥ずかしい。
「なあ、もう皆のとこに着くからさ……離せって」
「今更俺らがこうしてても誰も気にしないだろ」
果たしてそうだろうか? 頭に疑問が浮かんだが、否定しきる言葉も出てこなかったのでエディスは仕方なく諦めた。犬のリード代わりのつもりなのだろうと。
「……アンタたち、付き合いたての恋人みたいよ」
だが、最初に出会ったリスティーにしかめっ面でそう言われ、やっぱり気にするじゃねえかと慌てて自分の手をひったくり返す。ずっと握られていたので温かくなった手を擦る。
「レウさん、隠すのやめたの?」
「鈍くて意識されないからな」
口は達者だが俺からいくと逃げるんだとすました顔で言うレウの背中を叩くと、くるりと振り返ってきた。「な、なんだよ!」と言うが、口の端を頬の方に引っ張って笑ったレウが顔を近づけてくると背中がぞわぞわとしてきて腰が引けてしまう。
「ひぇっ、ぅ……ん、」
両手首を握られて、情けない声が出た。端正な顔が近づいてくるとエディスは目を強く閉じる。首筋に息が吹きかかり、腰に手が当てられると力が抜けてしまいそうになる。弱音が口から出そうになる恐れから、やだという声が出ていく。
「他の奴もいるのに、さっきみたいなことするわけないだろ」
直接囁きかけられた耳の近くに軽くキスをして、すぐに体を離すレウに絶句した。ぷるぷると体が震え、耳を押さえて、なにを言われたのか考えているエディスの白い肌が赤く染まっていく。
リスティーの前だというのに、恥ずかしさから涙で目が潤んできた。
「……アイザック」
小さく呼びかけると、リスティーの近くにいた彼は「へっ? 俺ですか!?」と驚きつつも寄ってきてくれた。その背中に隠れると「レウ~、大人気ないよ」とやんわりと注意をしてくれる。
アイザックの後ろから覗き見ると、レウはべっと舌を出した。
「ソイツ全然反省してねえ!」
「するわけねーだろ」
だからお前はガキだって言うんだよとそっぽを向き、リスティーになあ? と同意を求める。リスティーはこめかみに手を当てて息を吐き出すと「あなたもね」と目を閉じた。
アイザックを盾にしながら歩いていくと、庭の出口だった銀の柵まで来た。ひしゃげて今にも崩れ落ちそうな柵を反対側からくぐり抜け、アーマーが走ってくる。
「兄様、ご健勝でなによりです!」
フェリオネルの姿を目に入れると駆け寄っていき、胸に手を当てて兄を見上げる。フェリオネルは微笑みをたたえて頷いた。
「アーマーも元気でよかったよ。エンパイア公子様はよくしてくださったんだね」
お礼を言わないとと言うフェリオネルに、エディスはそういえばと辺りを見渡す。
「エドはどこにいるんだ?」
ここに来た時はエドワードもいたはずだ。だが、今は姿が見えない。
「え……あの、エドワード様が皆さんを捜しに行くとおっしゃられたので、エディス様といるのだとばかり思っていました。ご一緒でなかったんですね」
護衛を務めているアーマーは顔色を変えた。
「捜してまいります。……いえ、」
もしかしたらと動く口に指が当てられる。些か青ざめた顔に、エディスはひゅっと息を呑んだ。
これは、彼を知る二人だけの直感でしかない。
だが――だが、婚約者を亡くし、友人に裏切られてすぐに父を自らの手にかけたのだ。その心境を考えるとありえないことではない。
「エクイラ・ランドリュー交響曲の、第九番は」
「ティンパニに演奏者が頭から突っ込む様を、復讐を遂げた男が自死したと表すのが定説だったよな」
エディス様! と涙目になって叫んだアーマーが手を握ってくる。エディスは首を振った。
「エンパイア家に行って確かめてくる」
青ざめた顔の彼女に大丈夫だと言ってやりたかったが、どこにも保証がない。
「私も行きます!」
もしかしたら辛い場面に立ち合わせることになると思い、同行は断ろうとしたが「私はあの方の護衛です、契約も終わっておりません」と言われてしまって言い切り辛くなった。
「……わかった。なら一緒に行くぞ」
レウたちはそこにいてくれと言い置いて走り出したエディスに並走してきたアーマーは、「エドワード様がどこにおられるか、心当たりが!?」と訊ねてくる。
「……離れの螺旋階段の一番上だろ」
そう言うと、アーマーは顔を伏せた。胸元に当てた手を握り、目を閉じる。
「……ご存じでしたか」
「あそこに余計なことを言うメイドがいただろ。ソイツに訊いたら、簡単に教えてくれたよ」
アーマーは口の中で舌を跳ねさせ、眉をぎゅっと寄せた。あの女……と罵倒の言葉が出てきそうになるが、それでエドワードがいれば結果的には救いになるかと気持ちを落ち着かせる。
「ごめんな、アーマー。お前がついていてくれたのに」
「いえ! 私などではあの方の支えにはなれませんので」
急ぎましょう! とアーマーが拳を握って顔を見てきたのに頷きを返し、エディスは先に行くぞと、身体強化魔法を使った。
*** *** *** *** ***
ある屋敷に、貧相な女主人がいた。
金の巻き毛は美しかったが、目ばかり大きいその女をメイドですら陰では嗤っていた。子どものような心持ちで、ころころと笑っては人を鞭で打つような品性のなさだった。
その女の腹を裂いて出てきた子どもは、女にこれっぽっちも似ておらず。
髪が生え揃う前から可愛いと頬を染めて人が振り返る愛らしい相貌、生まれながらにして領主として立つにふさわしい知性と品格。
豊かな金髪が肩を越す頃には、手を握る女が霞む程であった。
そんな息子を、彼女は心の底から嫌悪した。
年端もいかない子どもが父と寝室を同じにしただけで頬を叩き、背を鞭で打つ。
それもそうだ、彼女の妻は同性愛者。それも幼い子どもを狙っていたのを彼女は知っていたのだから。
大きな目を涙で潤ませる息子に、彼女は幾日も罵声を浴びせた。
「お前は淫乱よ」「そこらの娼婦と変わりがない」「私を不器量な女だと蔑んでいるんでしょう!」と――
こちらを振り返らず、金で買った艶めかしい男を連れ歩く夫。嘲笑うかのように見る度に自分とは似ても似つかない美男子へと成長していく息子。
彼女の怒りはすべて息子へ向けられていった。
どこで会おうと、常は己の醜悪な顔を隠す為に持ち歩いている扇で息子の顔を叩き、首を絞めて奇声を上げては使用人に留められた。そして、引き離される直前には、息子の肩に爪を立てて叫ぶ。
「アンタが憎い!!」
「そんな顔を私に見せないで!」
「お前など、早く死ねばいいのに」
あまりの絶望に耐え兼ねた彼女は、ついに死んだ。
一年前のことだ。
息子に会う時以外に帰って来ることのない夫から宛がわれた離れ屋敷で、自殺か他殺か調べられもしていない。
胸にナイフを深々と刺して、大きな螺旋階段の真ん中を通ってエントランスへと飛び降りてきた。
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