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5.遊園地

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 次の日の朝。
 緊張してあまり眠れなかった。

 起きてすぐに朝ご飯の準備をする。手軽に食べられる食パンと、ヨーグルトに缶詰のミカンを入れたもの。ちなみに朝はいつもこんな感じ。

 お出かけ用に買っておいた、柚希とお揃いのカットソー着ようかな? 白地に小さな水色の花が散りばめられていてふんわりした形のチュニック。下はデニムのスキニーパンツ。着替えてから柚希と並んで全身鏡に映ると、柚希は嬉しそうだった。

 迎えに来てくれる予定だった七時をちょっとすぎてしまった。急いで柚希の胸元まである髪の毛をツインテールにして、準備が完成。ちょうどその時『着きました!』と彼からLINEが来た。

 急いで外に出ると、彼が車から降りてきた。

「江川さん、おはようございます。予定時刻少し遅れてすみません」
「いえいえ、大丈夫です。朝バタバタしてて、実は準備終わったの、ちょうど生田さんからLINEが来た時でした」
「朝はバタバタしますよね……。あっ、服、親子お揃い! 可愛いですね」
「ありがとうございます」

 すぐお揃いなことに気がついてくれた。 
 しかも可愛いだなんて――。

 ふわっとした気持ちになりながら、車に乗り、席に着く。

「じゃあ、出発します!」
 
 彼がそう言うと、車が走り出した。

 途中何回か休憩しながら、遊園地に着いたのは、十時くらい。

 車から降りる時、彼は「ちょっと待っててください」と言って、紙袋から何かを取り出した。ウィッグだ。

「これ、結構前に仲良いヘアメイクさんから『変装に使って!』ってもらったんですけど、今初めて使います」

 ちょっと照れくさそうに、初めての割には慣れた手つきで、そのウィッグを彼はかぶった。

「どうでしょうか?」

 どうでしょうか? って言われても。
 格好良いに決まっている!

 いつもはサラサラヘアーの黒い髪。
 今は明るい茶色の緩いウェーブ。
 どんな姿になってもイケメン。

「いいね! パパカッコイーよ!」
「いいと思う!」
 斗和ちゃんが言うと、柚希も続けて言う。
「私も、似合っていて良いと思います」
 
 彼が優しく微笑んできた。
 更にマスクをした彼は、もう別人。周りに正体バレなさそう。



 遊園地なんて何年ぶりだろう。
 最後に行ったのは学生の頃かな? 久しぶりすぎる。

 空を見上げると、雲ひとつない青空が広がっている。
 遊園地内でかかっている最近の流行りの曲が駐車場にいる時点で、すでに聞こえてくる。

 遊園地入口にある受付で、彼が四人分の乗り放題一日券を買った。各乗り物の前にいる係員に提示する、リストバンドタイプのチケット。私はうちの分の、大人一人分と子供一人分の料金を彼に渡した。それから柚希と自分の腕につけた。

 中に入ると、色鮮やかな観覧車やジェットコースターなど、沢山の乗り物が、常に沢山のお客さんを乗せて動いている。ヒーローショーもあるからなのか、とても混んでいた。小さな子供の叫び声が大きなBGMに混ざり聞こえる。とにかく賑わっていた。


 パンフレットを彼と眺める。乗り物一覧表や地図が載っている。身長制限や年齢制限で子供たちが乗れないものもあるけれど、思ったよりも乗れるものが多くて、楽しめそう。

「どれから乗りましょうか?」
 私は彼に訊ねる。
「そうですね……。まずはここからスタートして、ここまで乗ったら、ちょうどお昼ご飯の時間でしょうか? それから……」

 彼はテキパキと計画を考えて、伝えてくれた。

 まずはゆっくりめの乗り物から。
 速く動く乗り物とか、子供たちは大丈夫かな?って私は心配していたけれど、意外にはしゃいで「もう一回乗りたい!」なんて言い、楽しんでいる様子だった。

 柚希が楽しんでいる姿を見て、私はとても幸せな気持ちになった。

「お昼ご飯にしましょう!」

 鞄からスマホを出し、時計を見ると、十二時十五分。彼が予想した通りの時間。午前の部は、時間があっという間に過ぎていった。

 大きな建物の中へ。そこにはテーブルや椅子が沢山並べられていて、軽食系、ガッツリ系、両方の食べ物屋も並んでいる。

 昼時だから混んでいた。
 空いている席を探す。

 ちょうど四人掛けのテーブルが空いていたから、そこに座った。

「何か食べたいものある?」
 彼は子供たちに質問する。
「私、ポテト!」と柚希が先に答え、続けて斗和ちゃんが「あれ食べたい!」と、売り場の上にある、フランクフルトの大きな写真を指さした。

「江川さんは、何か食べたいものありますか? 僕、買ってきますから、子供たちと待っていてください」

「ありがとうございます。私は……」

 私はこういうのを決める時、いつも時間がかかってしまう。早く決めないと。座りながら見える大きなメニュー表を見ながら、ちょっと焦る。

「お任せでも大丈夫ですよ? 苦手なものありますか?」
「すみません。じゃあ、お任せでお願いします。苦手なものは、ないです」

 彼は微笑むと、売り場に向かった。

 まずは子供たち用に、ポテトとフランクフルト、そしてサンドイッチセットを買って持ってきた。もう一度彼は売り場に行き、次はラーメンとカレーライス、そして、取り分ける用のお皿とお椀を持ってきた。

 取り分け用の器は、子供たちのかな?って思っていたら「どれ食べようか迷ってしまって……。もしよければ、ラーメンとカレーライス、半分こずつ食べませんか?」って。

 迷って? 嘘! だって、映画を宣伝するために彼が出演していた、日帰りツアーの番組。それを録画して何回も観ていたんだけど、ランチの時に、彼が餃子定食を選ぶのが早すぎて共演者に「選ぶの早すぎますね!」って言われてた。しかも彼「いつも迷わないですぐに決まるんです」って。

 私のこと考えてくれたのかな?



 食べ終えたら、午後の部。

 帰りは遅くなりすぎないようにしたいから、ちょっと乗って、終わりな感じ。まずはメリーゴーランド、それからトロッコ列車に。

 ラストは観覧車に乗った。子供たちを乗せてから、私、彼の順番に乗る。子供たちは並んで座り、外を眺めて相変わらずはしゃいでいる。私は彼の隣に。

 上がっていくと、遊園地内の全体が見渡せるようになる。カップルや家族連れが多い。

 ――私たちは他の人から見たら、家族のように見えるのかな?

 それがリアルであれば、どんなに嬉しいことか。でも彼には相手が――。そして、この時間が終われば、またいつもの日々。

 まるで夢の世界にいるようだった。
 私はぼんやりと外を眺めていた。

 


 遊園地を出て、帰りの車の中。
 はしゃぎすぎた子供たちは、爆睡。

「今日は、いきなりのお誘いにお付き合いいただいて、ありがとうございました」
「こちらこそ、楽しみました。ありがとうございます」

 ルームミラーを通して彼と目が合う。

「あ、やっと江川さんと目が合った」
「えっ?」
「あ、いや、気のせいかもなんですけど、今日の江川さん、僕と目を合わせてくれないなぁって思って」
「……」
「今日の遊園地、本当は嫌だったのかなとか、僕、何かやらかしちゃったかなぁとか色々考えちゃって……」
「いや、全然そういうのじゃなくて……」
「じゃなくて?」
「あの! いや、なんでもない、です」

 本当は、撮られていた写真の、一緒にいた女優さんとはお付き合いしているのですか?って質問をしたかった。けれど、マイナス思考が頭の中を支配してくる。落ち込む答えが返ってきそうだったし、なんでそんな親しいわけでもないのに、プライベート質問してくるの? みたいになって嫌われても嫌だし――。

 帰りは子供たちが眠っていて、休憩タイムも一回だけ。道もそんなに混んでいなくて、行く時よりも時間がかからず家に着いた。

「生田さん、今日はありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました」
「柚希ちゃん、バイバイ!」
「バイバイ!」

 夢のような時間は、終わった。
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