ひとでなしの声

やなぎ怜

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(1)オリヴィア視点

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 オリヴィアは、妹のウィスタリアが嫌いだ。

 オリヴィアからすると、妹のウィスタリアはこのブルーム伯爵家の令嬢としてはあまりに不甲斐なく、見ていて腹が立つ。

 姉妹のように多少の魔法を扱う才もなく、なにをさせても平均以下の落ちこぼれで、それでも愛想や愛嬌があればまだいいが、ウィスタリアはどんなときでもにこりともしない。

 だからオリヴィアはこの、上の妹のウィスタリアが嫌いだった。

 下の妹のローレリアは、オリヴィアたちの父の後妻が産んだ子だったので、異母妹ということになるが、オリヴィアは断然、このローレリアのほうを可愛がった。

 ローレリアはウィスタリアと違ってブルーム伯爵家の血筋らしく魔法が扱えたし、愛らしく笑うことに長けていた。

 正直なところを言えば、オリヴィアは下の妹のローレリアに軽い嫉妬を覚えることもある。

 ローレリアのような、庇護欲をそそる可憐さをオリヴィアは持ち合わせていなかったし、そもそもそのような愛らしさは、婿取りを望まれているオリヴィアには求められていなかった。

 だから、オリヴィアは下の妹のローレリアをときおりうらやましく思わないかと問われれば、やんわりと嘘を言うだろう。その仮面の下に嫉妬心を隠して。

 逆に、頼まれたって上の妹のウィスタリアのようにはなりたくない。

 オリヴィアの母はウィスタリアとその双子の弟を産んだあと、産褥熱で亡くなり、それが遠因となって父に疎まれている。

 新しくやってきた父の後妻はそんな伯爵家の空気を読むことには長けていて、夫である伯爵と上の娘のオリヴィアにはいい顔をしたが、ウィスタリアには冷たく当たった。

 オリヴィアは、伯爵家の面々の歓心を買うためにこの若い義母がそうしているのだということをすぐに理解したが、それを咎め立てるようなことはしなかった。

 すべては、ウィスタリアが悪いのだ。

 少しは笑って、相手の機嫌でも取ればいいのに、ウィスタリアはにこりともしない。

 オリヴィアとて冷血ではないから、もし義母の態度にウィスタリアが涙していれば、少しは苦言を呈したかもしれない。

 けれどもウィスタリアは無口で、無感情で無表情で、愛想もなく、義母が屋敷にくる前とあととで、少しも変わりはしなかった。

 オリヴィアはそんなウィスタリアを不気味に思うと同時に、腹立たしくもなった。

 立場をわきまえていないウィスタリアの態度が原因で、伯爵家の名に傷がついたら――。

 そういう風にオリヴィアが気を揉んでいるとは知らなさそうな顔をしていることに、腹が立つ。

 ウィスタリアが同じ母親から生まれてきたとは思いたくなかった。

 それくらい、オリヴィアはウィスタリアのことを嫌っていた。

「あらウィスタリア、貴女にその色は似合わないんじゃないかしら?」

 新しく仕立てるドレスの生地の数々へと視線を落とすウィスタリアに、オリヴィアはそんな言葉を投げかける。

 屋敷に呼び立てた馴染みの仕立て屋がウィスタリアに勧めていた生地は、社交界の令嬢たちに流行りの淡いブルー。

「ウィスタリアにはもっと……重厚な色がいいわよ。髪の色が暗いんだから、その色では浮いてしまうわ」

 表向きは親切ぶってアドバイスを送るオリヴィアが、ウィスタリアのことなどひとかけらも思っていないことは、姉妹のことを知る人間であればだれしも理解できた。

 オリヴィアは、ウィスタリアを見ていると意地悪な気持ちが湧いて出てきて、そしてそれを抑えるつもりはさらさらなかった。

 けれどもオリヴィアは内心で言い訳をする。

 なにも大嘘をついているわけではないと。

 ブルネットの、野暮ったくて冴えないウィスタリアには、社交界で流行りの色は似合わない。

 オリヴィアは、そう思ったから素直にそれを口にしただけ。嘘はひとつもついていない。

「落ち着いた、暗い色のほうがいいわよ」

 オリヴィアがそう言い募ると同時に、部屋の扉がノックされる。

「おねえさま」

 どこか舌足らずな声が、扉越しにくぐもって聞こえた。

 オリヴィアは壁際に控えていた侍女に命じて扉を開けさせる。

 途端に飛び込んできたのは、ふわふわとしたプラチナブロンドに、大きなブルーグレーの瞳を持つ美しい少年だった。

「まあジニオ」

 ジニオは、オリヴィアの弟だ。ウィスタリアとは双子で生まれてきて、彼女からしても弟ということになる。

「なにをしているの? おねえさま」

 ジニオはそう言ってイスに腰かけている双子の姉のウィスタリアに駆け寄ると、そのまま絨毯の上に座り込んで、ベージュのドレスの裾を軽く引っ張った。

 ジニオは姉たちよりもすでに背が高かったが、言葉遣いはどこかたどたどしかったし、行動は幼児のようだった。

「お姉様たちはね、今ドレスにする生地を選んでいるのよ」
「そうなの?」

 ウィスタリアは言葉に反し、慈しみもない無感情な声で弟のジニオにそう告げる。

 ジニオは目をしばたたかせると、仕立て屋が持ってきていた生地に視線を向けた。

「ドレス着たらかわいい~ってなるね」

 ジニオは花が咲いたような満面の笑みを見せる。

 血が繋がっている、いないにかかわらず、伯爵家の面々からは冷たい態度を取られているウィスタリアであったが、唯一家族で彼女に心から笑顔を向けてくれるものもいる。

 それがウィスタリアとは双子の、弟のジニオだった。

 しかしジニオはそろそろ青年と呼ばれる時期に差し掛かっているにもかかわらず、幼稚な言動が鳴りを潜める様子がない。

 姉妹たち同様に家庭教師をつけられているものの、ジニオの学習意欲は残念ながら皆無で、その精神はいつまで経っても無垢な幼子のままだった。

 姉のウィスタリアとは違い、魔法の才はあるようだったが、気まぐれにしか使わない。

 ゆえにジニオは陰で「知恵遅れ」と言われていた。
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