そして、当然の帰結

やなぎ怜

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 この世を統べていると言っても過言ではないアルファ。

 その一握りのアルファよりも、もっと数の少ないオメガ。

 それでいて、高い確率でアルファを産むことができる存在。それがオメガ。

 ゆえにオメガはその陰惨な歴史に反発するように、現代では珍重されると同時に、手厚い保護と支援を受けている。

 それは教育においても同じことで、アルファである京太郎きょうたろうは、幼い頃からオメガである在雅ありまさを気にかけるように育てられた。

 別にそこには必要以上の強制の意図はなかった。

 それは京太郎もよくわかっている。

 それでも京太郎は幼馴染としての情か、あるいはアルファとしての本能か――あるいはその双方か。

 オメガである在雅を守らなければと強く思うように育った。

 それは高校生になった今も変わらず――否、以前よりますます強く思っている次第である。

 それと言うのも近頃の在雅は

 発情期ヒートを持つその特質上、アルファの存在をなくしては生き辛いオメガらしく、在雅はアルファの庇護欲をそそるような容姿を持って生まれた。

 いや、庇護欲だけではない。アルファが持つオメガに対する独占欲や、持って生まれた支配欲を絶妙に誘き出す、そんな美しさが在雅にはあった。

 まだその美貌が花開く前から、行儀のよくないアルファにコナをかけられることも多かった在雅。

 それが今では出会うアルファを片端から引き付けてしまうような美しさを身に着けてしまったのだから、

 蟲惑的な釣り目がちの瞳が強く印象に残る桃花眼に見つめられれば、だれだって恋に落ちる。

 白磁のようにつるりとした肌は、抜けるように白く思わず触れたくなる。

 薄い唇はいつも美しく手入れされていて、引き結ばれた口元の可憐なこと。

 ほっそりと華奢な腰に手を回したいと思うアルファは後を絶たない。

 そして白魚のような手と、伸びるほっそりとした指は、ささいな所作すら優雅に見せる。

 とにかく近頃の在雅は

 それはアルファを必要とし、惹きつける必要性のあるオメガとして、正しく成長した姿なのだろうが――。

 とにかく、近頃の在雅は過剰なまでの色気をにじませている。

 それを本人が意識しているのかいないのかを、京太郎は知らない。

 十中八九無意識だろうと京太郎は思っているが。

 家が隣同士という間柄で、同じ年に生まれて、彼との付き合いだけは無駄に長い京太郎ですら、ときおり抗いがたい衝動に見舞われるのだ。

 これが在雅をひと目見ただけのアルファであれば、恋の病に狂ったとて、それは致し方のないことのように思えた。

 だから、京太郎は在雅を守らなければならない、と強く思っている次第である。

 いつか在雅が「このひとしかいない」――と思えるような相手に出会えるまで、守ってやる。

 それがアルファという生まれながらの強者の性を与えられ、彼の幼馴染として育った自分のするべきことなのだと、京太郎は信じて疑っていなかった。


 *


 在雅は、美しい。

 だからその美貌はアルファだけではなく、当然のようにベータの好意や下心も惹きつけた。

「――すまない。あなたのことはよく知らないし……俺はその思いに答えられない」
「あの! でも!」
「すまない」

 にべもなく愛の告白をつき返されたベータの男は、それでも何度か食い下がった。

 しまいには在雅の華奢な肩をつかんで、懇願するように迫ったのだから、いただけない。

 オメガは男性性に生まれついたとて、他の第二性の男性性に比べて、二次性徴を迎えても大して体は成長しない。

 それは典型的なオメガである在雅も同じことで、今彼の目の前にいるベータ男よりも在雅はずっと痩躯で、とにかく見ていて心配になるほど華奢な体つきをしている。

 そんな彼を制圧しようと思えば、簡単にできるだろう。

 ……だからいつも、在雅がこうして呼び出されたときに、京太郎はついて行くのだ。

 他人の愛の告白という、非常にプライベートな内容の会話を盗み聞くことは、後ろめたい思いを京太郎にもたらすが、在雅の安全には代えられない。

 建物の陰から身長一八〇センチを超える京太郎がずいと出てくると、相手の男はぎょっとしたような顔をして彼を見る。

 今回の男はそれだけで己の不利と、恋が実る可能性の低さに気がついたようだ。

 京太郎としては話が早くて助かる。

 中には京太郎に突っかかってくるような相手も、いなくはない。

 それでも京太郎はアルファとして並外れて優れた体躯をしているから、ごくごく普通のベータはもちろん、軟弱なアルファにだって負けるつもりはなかった。

 事実として、今までに京太郎はそれで在雅を守れていたのだから、その認識はさして間違ってはいないのだろう。

「ほら、言っただろ」
「いや、だって、つがいはいないって」
「そんなの方便に決まってるだろ! 井原いはらがつがいなんだって……」

 後ろに控えていた友人たちの元へと逃げ帰ったベータの男はそうやって慰められていた。

 在雅の近頃増している色気も京太郎を悩ませていたが、それ以外のところでも彼は頭を痛めていた。

 宮益みやます在雅は井原京太郎のつがいである――。

 そんな、根も葉もないウワサが校内を巡っていることに気づいたのは、高校に入学してわりとすぐのことだった。

 実のところ中学時代にもそういった類の流言があったことは京太郎も知っている。

 しかし、中学からかなり離れたこの高校に進学して、新緑の季節の頃には中学と同じようなウワサが駆け巡っていることに彼は愕然とした。

 もちろん面と向かって問われれば否定のしようもあるが、生徒の口から口へと飛び交うウワサにはいかんともしがたい。

 京太郎としては甚だ不本意なウワサである。

 こんなくだらないウワサ話で、もしも在雅の恋に支障など出ようものなら、どうしてくれよう。

 そんな不穏な考えに駆られるほど、京太郎として、それはかなりの懸念事項であった。

 しかし、当の在雅はそうではないらしい。

「はは、また言われているぞ」
「……笑っている場合か」
「それほど目くじらを立てるようなことでもないだろう」
「だけどな」
「それとも、都合が悪いか?」
「いや、オレが言いたいのは――」
「――ああ、わかったわかった」

 そう言って少々わずらわしそうに京太郎の言葉を流すや、「もうすぐ昼休みも終わる」と口にして在雅は背を向ける。

 そんな彼の背中へ言いたいことなど、京太郎には山ほどあったが、それをあえて飲み込んだ。

 今、在雅には気になるアルファがいないから、それほどまでに余裕があるのだろう。

 京太郎はそう解釈して、どうにか落ち着かない己の腹の内を治めようとするのだった。
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