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京太郎も在雅も、家はごく普通のベータ家庭である。
ベータ同士で結婚して、子供を持って、子供の成長に合わせて戸建を買って移り住んで――。
そんなごくごく普通の――普通なりに恵まれた人生を送っていた家庭に生まれた、青天の霹靂。
それが京太郎と在雅だった。
ふたりとも幼い頃からベータではないのでは、と疑念を持たれていた。
成長が早く恵まれた体格と運動神経をそなえた京太郎と、周囲よりも小柄で、成長しても男性的というよりは女性的な肉づきの在雅。
正確な診断が下されるまでの周囲というのはなんとも気楽で、無責任なものだ。
特に子どもの場合は、ほとんどがまだ世の中の不平等や不条理のなんたるかを理解していない。
だからこそ余計にその口は軽やかに、まだ不確定の第二性を語る。大人たちからいくらしつけられていても、だ。
けれどもそのおかげで京太郎も在雅も、二次性徴にあわせて実施された一斉検査の結果、保護者つきで個別の呼び出しを受けても、大しておどろきはしなかった。
ふたりとも、「そうだろうな」と薄々感じ取っていたのだ。
それはだれよりも子どもの近くにいる両親も同じことで、ふたりの親もおどろくよりは先に納得が来た。
早め早めに第二性が判明したほうが、子どもの将来についても早め早めに準備ができる。
特に未だ就職時には差別を受けがちなオメガと判明した在雅は、なおのこと。
「在雅くんのこと、気にかけてやってね」
同じ年の子どもを持つ親しい保護者同士として、京太郎の両親は在雅の親から相談を受けたのだろう。
ある日の食卓の席で京太郎はそんなことを言われた。
そのことには特に感想もなく、「なにを当たり前のことを」という風に思ったことを、京太郎は覚えている。
元から華奢で弱弱しく、ともすればなよっちい印象を与えがちな在雅は、そういった容姿をいじられることが多かった。
そういうときに在雅をかばうのは、いつも京太郎の役目だった。
幼い頃のヒエラルキーは運動能力で決まりがちだ。特に、男の場合は顕著である。
だからこそ、アルファとして幼少期から体格に優れていた京太郎が在雅をかばっても、あまり反発を抱かれるようなことはなかった。
そうであるから在雅を守るのはいつも京太郎の役目だったのだ。
京太郎はそれを嫌だと思ったことはなかった。
強いから、弱いものを守る。それはアルファとしてごくごく当たり前の感覚であった。
そして京太郎と在雅のあいだには、幼馴染としての情以外にも、ベータ家庭出身の希少性としての、共感があった。
京太郎は、見た目からしてアルファである。
いくら第二性を率先して公表するのを良しとしない風潮があって、表向き、正確な第二性が伏せられていたとしても、京太郎の風貌は己の性を雄弁に語っていた。
そうなると、突っかかってくるようなつまらないアルファも出てくる。
ベータ家庭出身の劣等種のくせに――というようなくだらない趣旨の主張をされたこともある。
アルファにとって連綿と続くアルファの家系というのは、誇るべきものらしい。京太郎にはさっぱりわからないが。
アルファ同士の社交に熱心ではない京太郎は、閉鎖的なアルファのコミュニティの中では浮いていた。
けれどもそれを気にしたことはない。
自分は自分。そう思えたのは、いつだって隣に同じベータ家庭出身の希少性である在雅がいたからだろう。
在雅も京太郎と同じように、アルファからは軽んじて見られやすかった。
通常のオメガはアルファとオメガ、あるいはアルファとアルファから生まれることが多い。
となればオメガと判明した時点で相応の教育がなされる――というのは、普通のことらしかった。
相応の教育とは、主につがいとなるアルファの見つけ方やあしらい方のことを指すそうだ。
先に述べたように、アルファよりもさらに希少なオメガに対する保護や支援は手厚く、オメガに対して無体なことはしてはいけないというのはアルファとして一番に教育される――らしい。
とにかくそうであるらしいので、そんな家庭で育ったオメガの気を惹くのは大変なのだそうだ。
その点、一般庶民であるベータの家庭で育ったオメガは、御しやすいとみなされて軽んじられることがある。
在雅がまさにそうで、ほとんど人身売買に近い見合い話を、小学生のときに持ちかけられたことがあった。
言うまでもなく彼の両親はそれを跳ね除けたが、その後もかなりしつこかったらしく、弁護士を挟んでも長引いたのだと京太郎は自身の両親から漏れ聞いていた。
また、在雅は同じオメガからも、ベータ家庭の出身なら生殖能力はそう高くないというような、ゲスな見方をされたこともある。
オメガはアルファを生むことのできる存在として羨望を受け、尊重される。
だからこそ、それができる己に歪んだ自信を持つオメガがいることを、在雅の隣にいて京太郎は知った。
アルファの中にもヒエラルキーが存在するように、オメガの中にもそれはあるのだ。
その中で、ベータ家庭の出身というのは、そう誇れるべきことではないらしい。やはり京太郎にはわからない事柄ではある。
アルファだとわかった。オメガだとわかった。
たったそれだけでそういった有象無象のうっとうしい事柄に見舞われたふたりのあいだに、共感が生まれるのはごく自然なことだった。
受けたわずらわしい出来事に違いはあっても、それに対して抱く感情は同じだ。
それに伴ってふたりのあいだに信頼が生まれるのは、ごく自然な流れだった。
そしてアルファである京太郎が、オメガである在雅を守ろうと考えることも。
在雅がオメガであろうとなかろうと、いつかはきっと心惹かれるような相手が現れるだろう。
それがアルファだろうと、ベータだろうと、オメガだろうと、だれだって構わない。
在雅と尊重しあって、大切にしあって、愛を育てていける相手だったら性別は問わない。
ただ、そんな相手に出会えるまでに、オメガだからというつまらない理由で、在雅が傷つけられるようなことがあってはならないはずだ。
――だから、自分は在雅がそんな相手に出会えるまで、彼を守る。
京太郎はそう考えて、そしてそれを信じて疑っていなかった。
たとえ近頃の在雅の色気が自身にとって抗いがたい魅力を伴っていたとしても。
在雅にそんな相手が一向に現れる気配がなかったとしても。
……京太郎は在雅をこの世のいただけない連中から守るべき存在だと、そう信じ切っていた。
ベータ同士で結婚して、子供を持って、子供の成長に合わせて戸建を買って移り住んで――。
そんなごくごく普通の――普通なりに恵まれた人生を送っていた家庭に生まれた、青天の霹靂。
それが京太郎と在雅だった。
ふたりとも幼い頃からベータではないのでは、と疑念を持たれていた。
成長が早く恵まれた体格と運動神経をそなえた京太郎と、周囲よりも小柄で、成長しても男性的というよりは女性的な肉づきの在雅。
正確な診断が下されるまでの周囲というのはなんとも気楽で、無責任なものだ。
特に子どもの場合は、ほとんどがまだ世の中の不平等や不条理のなんたるかを理解していない。
だからこそ余計にその口は軽やかに、まだ不確定の第二性を語る。大人たちからいくらしつけられていても、だ。
けれどもそのおかげで京太郎も在雅も、二次性徴にあわせて実施された一斉検査の結果、保護者つきで個別の呼び出しを受けても、大しておどろきはしなかった。
ふたりとも、「そうだろうな」と薄々感じ取っていたのだ。
それはだれよりも子どもの近くにいる両親も同じことで、ふたりの親もおどろくよりは先に納得が来た。
早め早めに第二性が判明したほうが、子どもの将来についても早め早めに準備ができる。
特に未だ就職時には差別を受けがちなオメガと判明した在雅は、なおのこと。
「在雅くんのこと、気にかけてやってね」
同じ年の子どもを持つ親しい保護者同士として、京太郎の両親は在雅の親から相談を受けたのだろう。
ある日の食卓の席で京太郎はそんなことを言われた。
そのことには特に感想もなく、「なにを当たり前のことを」という風に思ったことを、京太郎は覚えている。
元から華奢で弱弱しく、ともすればなよっちい印象を与えがちな在雅は、そういった容姿をいじられることが多かった。
そういうときに在雅をかばうのは、いつも京太郎の役目だった。
幼い頃のヒエラルキーは運動能力で決まりがちだ。特に、男の場合は顕著である。
だからこそ、アルファとして幼少期から体格に優れていた京太郎が在雅をかばっても、あまり反発を抱かれるようなことはなかった。
そうであるから在雅を守るのはいつも京太郎の役目だったのだ。
京太郎はそれを嫌だと思ったことはなかった。
強いから、弱いものを守る。それはアルファとしてごくごく当たり前の感覚であった。
そして京太郎と在雅のあいだには、幼馴染としての情以外にも、ベータ家庭出身の希少性としての、共感があった。
京太郎は、見た目からしてアルファである。
いくら第二性を率先して公表するのを良しとしない風潮があって、表向き、正確な第二性が伏せられていたとしても、京太郎の風貌は己の性を雄弁に語っていた。
そうなると、突っかかってくるようなつまらないアルファも出てくる。
ベータ家庭出身の劣等種のくせに――というようなくだらない趣旨の主張をされたこともある。
アルファにとって連綿と続くアルファの家系というのは、誇るべきものらしい。京太郎にはさっぱりわからないが。
アルファ同士の社交に熱心ではない京太郎は、閉鎖的なアルファのコミュニティの中では浮いていた。
けれどもそれを気にしたことはない。
自分は自分。そう思えたのは、いつだって隣に同じベータ家庭出身の希少性である在雅がいたからだろう。
在雅も京太郎と同じように、アルファからは軽んじて見られやすかった。
通常のオメガはアルファとオメガ、あるいはアルファとアルファから生まれることが多い。
となればオメガと判明した時点で相応の教育がなされる――というのは、普通のことらしかった。
相応の教育とは、主につがいとなるアルファの見つけ方やあしらい方のことを指すそうだ。
先に述べたように、アルファよりもさらに希少なオメガに対する保護や支援は手厚く、オメガに対して無体なことはしてはいけないというのはアルファとして一番に教育される――らしい。
とにかくそうであるらしいので、そんな家庭で育ったオメガの気を惹くのは大変なのだそうだ。
その点、一般庶民であるベータの家庭で育ったオメガは、御しやすいとみなされて軽んじられることがある。
在雅がまさにそうで、ほとんど人身売買に近い見合い話を、小学生のときに持ちかけられたことがあった。
言うまでもなく彼の両親はそれを跳ね除けたが、その後もかなりしつこかったらしく、弁護士を挟んでも長引いたのだと京太郎は自身の両親から漏れ聞いていた。
また、在雅は同じオメガからも、ベータ家庭の出身なら生殖能力はそう高くないというような、ゲスな見方をされたこともある。
オメガはアルファを生むことのできる存在として羨望を受け、尊重される。
だからこそ、それができる己に歪んだ自信を持つオメガがいることを、在雅の隣にいて京太郎は知った。
アルファの中にもヒエラルキーが存在するように、オメガの中にもそれはあるのだ。
その中で、ベータ家庭の出身というのは、そう誇れるべきことではないらしい。やはり京太郎にはわからない事柄ではある。
アルファだとわかった。オメガだとわかった。
たったそれだけでそういった有象無象のうっとうしい事柄に見舞われたふたりのあいだに、共感が生まれるのはごく自然なことだった。
受けたわずらわしい出来事に違いはあっても、それに対して抱く感情は同じだ。
それに伴ってふたりのあいだに信頼が生まれるのは、ごく自然な流れだった。
そしてアルファである京太郎が、オメガである在雅を守ろうと考えることも。
在雅がオメガであろうとなかろうと、いつかはきっと心惹かれるような相手が現れるだろう。
それがアルファだろうと、ベータだろうと、オメガだろうと、だれだって構わない。
在雅と尊重しあって、大切にしあって、愛を育てていける相手だったら性別は問わない。
ただ、そんな相手に出会えるまでに、オメガだからというつまらない理由で、在雅が傷つけられるようなことがあってはならないはずだ。
――だから、自分は在雅がそんな相手に出会えるまで、彼を守る。
京太郎はそう考えて、そしてそれを信じて疑っていなかった。
たとえ近頃の在雅の色気が自身にとって抗いがたい魅力を伴っていたとしても。
在雅にそんな相手が一向に現れる気配がなかったとしても。
……京太郎は在雅をこの世のいただけない連中から守るべき存在だと、そう信じ切っていた。
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