童貞食いのお兄さんが童貞(仮)を誘惑する話

つむぎみか

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市川浩平という男2

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 本人は多分覚えてすらいないだろうけど、実は俺と美鳥さんはジムで会うよりも前に一度出逢っていたんだよな。

 その日の俺は、時期外れのインフルエンザに罹っていた。大学の授業中からなんだか体調が悪い気がしていたので、必修科目だけをなんとかこなして早々に帰宅したのだが、帰りに寄った病院で順番待ちをしている間に具合がどんどん症状が悪化していった。息も絶え絶えに診察室へ入ると、医師が俺の様子を診て簡単な検査をした結果「インフルエンザだねー」と軽い診断を出す。大量の薬を処方されたのち、一週間の自宅安静を言い含められ家へと帰された。

 大学に入って一人暮らしを始めてから、はじめて出た高熱。タイミングの悪いことにその時はちょうど彼女と別れたばっかりで、セフレは家に連れ込まない主義の俺には看病してくれる相手がいなかったのだ。
 ガンガンと割れそうに痛い頭と、止まらない悪寒。立って歩くたびに目眩がする中、死ぬ気で辿り着いた家の冷蔵庫は空っぽで。ビールしか入っていない中身を見て大きく肩を落とすと、このままでは薬も飲めないと再び外へと向かうのだった。

 家の近くにコンビニがないため、少し離れた大通りの方まで行くしかない。まるでゾンビのような足取りでようやく目的地につくと、とりあえずヨーグルトやスポーツドリンク、後は簡単に食べられそうなレトルト食品などを持てる範囲で買い漁り元来た道を戻って行く。コンビニを出てしばらく進んだ後、どうにも歩けなくなってしまった俺は、車に轢かれないように道の端へと寄って蹲る。

(あーー……やばい。インフルエンザって死ぬ病気だっけ? マジで辛い……)

 そのまま立つことすら出来なくなって途方に暮れていた俺に都会の人々は冷たかった。俺の様子がおかしいのは一目瞭然だったので、関わりたくなかったのだろう。ほとんどの人が見て見ぬふりをして、遠回りをしながら俺を避けて行った。

(俺がもしここで死んだら、その原因は現代社会が生んだ闇による弊害だ……)

 回らぬ頭でそんな馬鹿げたことを考えていた時、天使が現れる。



「君、どうしたの?」



 その時俺に声をかけてくれた人こそ、他でもない美鳥さんその人だった。

「大丈夫? 具合悪いの?」
「美鳥っ、そんな奴、関わらない方がいいって……」

 熱で朦朧とした頭でも、見上げた先にいる人がとても美しく優しい顔をしていることだけはわかった。あまりの神々しさに本当に俺を迎えに来た天使が見えてしまったのかと勘違いするほどに。

「は? 俺死んだ……?」

「えぇっ、本当に大丈夫⁈ 救急車呼ぼうか?」
「あ、いえ、それは平気……です。しばらく休んだら、歩けるようになると思うんで」

 心の声をそのまま口に出してしまうと、驚愕した美鳥さんは携帯を取り出しながら慌てた様子を見せた。実際にただのインフルエンザと分かっているし、救急車なんて呼んだら顰蹙(ひんしゅく)ものだ。天使の後ろに立つ、天使に不釣り合いのモサい男からの視線も痛いことだし丁重にお断りをして、暗にもう行ってくれと示した……つもりだったのだが。

「でも……。あ、そうだ、家は近いの? 俺が連れて行ってあげるよ」
「え……」
「そんな! 待ってくれよ、美鳥っ」

 困った人を捨て置けない性分なのだろうか。何故かその時の美鳥さんは頑なに俺から離れようとしなかった。しばらく歩けなさそうだったし、送ってもらえるのは非常に有難いのだが、俺の驚く声よりも後ろの男の悲壮な声の方が大きく響き渡る。その声に美鳥さんはわずかに眉を寄せると男を振り返った。

「何?」
「何って……! せっかく今日は二人で休日を合わせたのに! 次に会えるのはいつになるか分からないんだぞ⁈」
「こんな辛そうにしてる人がいるのに、無視しろって言うの?」
「他に誰かいるだろ⁈ 別に美鳥じゃなくたって……」

 とにかく早く美鳥さんと二人きりになりたいらしい男は必死だ。馬鹿でかい声でかなり自己中心的な主張を喚き散らしている。周りを歩いていた人々も何事かと振り返ったり、クスクス笑いながら囁き合っているのだが、それには全く気付いた様子はなかった。俺より年上かと思ったけど、ずいぶん余裕のない幼稚な男だな。

「この際だから言わせてもらうけど、今日君との関係を終わらせるつもりだったんだよね」
「えっ……」
「そういう風に、相手を思いやれなくって自分勝手な感じがセックスにも出てるんだよ。悪いけど、もう俺が君と会うことはないから。さようなら」
「美鳥っ、待ってくれよ……!」
「ねぇ、そんな大きい声出してると、知り合いに見られるかもしれないよ?」

そう言われた瞬間、美鳥さんの方に伸びていた男の手がピタリと止まる。それを見てより一層冷たい目をした美鳥さんは、淡々と言葉を紡ぐ。

「……俺の気持ちは変わらないけど、どうしてもと言うならまた今度話そう。とにかく今日は、もう無理です」
「……わかった……」

「あ、あの……」
「あっ! ごめんね~痴話喧嘩に巻き込んじゃって。肩貸すよ」

 家はどっち?と聞かれて指で示す。
 うう、背後から突き刺さる視線が痛すぎ且つ怖すぎで振り返ることが出来ないんですが。

「大丈夫、君のことがなくても本当に別れるつもりだったし気にしないで」
「そうっすか……」

 なんとか相槌は打ってはいたけど既に意識が朦朧としていた俺は、その時はもうめちゃくちゃ近くにある横顔が綺麗だなぁって事しか考えられていなかったと思う。たまにふらつく美鳥さんの足取りを感じては、こんな細い肩に体重かけてて申し訳ないって気持ちでいっぱいになった。



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