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17_厚顔な頼み事
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「・・・・・・・・」
食事の時間は予想通り、気まずいものとなった。
泥のように重たい空気の中、食器が鳴る音だけが響いている。真綿で首を絞められているような感覚だ。
「うー、ごほん」
重たい空気を吹き飛ばそうとしたのか、ベンジャミンがわざとらしく咳払いする。
「そ、それで、カロル。最近、どうなんだ?」
「最近?」
あなたと話すことなんて何もないと伝えるために、目に力を込めてみたものの、ベンジャミンにはまるで効果がなかった。
「その・・・・最近の話だよ」
ベンジャミンはにこにこと笑っているものの、歯切れは悪い。
「・・・・何が言いたいの?」
「ほら、最近城で、お前の話をよく聞くようになったんだ。だから、城で何かがあったのかなって思って――――なあ、アデレード」
「そ、そうね。なぜか最近になって、あなたの噂話をよく聞くようになったの。どうしてだと思う?」
ベンジャミンがアデレードに水を向け、アデレードも言葉を淀ませながらも、話を合わせていた。
「最近・・・・」
そこでようやく、私は二人が何を言いたいのかを悟る。
(ああ、なるほど)
二人が今になって突然、押しかけてきた理由がわかった。
――――最近、私がノアム陛下とよく会っているという噂を耳にして、真偽を確かめるために慌てて駆け付けてきたのだろう。そして私から、真相を引き出そうとしている。
「特に、何もないわよ」
二人の狙いがわかった上で、私ははぐらかすことにした。今までさんざん煮え湯を飲まされてきたのだから、やり返したい気持ちがあった。
「王宮でお前の噂を聞くことなんて、今まで一度もなかったのに、最近、色々耳にするようになったんだぞ?」
「そうよ。何かあったはずでしょ?」
「そう言われても・・・・心当たりがないのよ」
二人の必死の形相を見ていると、とぼけることが楽しくなってきた。
「なんなの? 意地悪をせずに、教えてよ!」
だけどそんな楽しみも、アデレードの次の一言で台無しになってしまう。
些細な言葉だ。だけど今は、その些細な言葉が、いちいち琴線に触れる。
我慢するのが、馬鹿らしく思えていた。もう後先など考えずに、溜まりに溜まった不満を、ベンジャミンとアデレードにぶつけてみようか。
「ただいま!」
そんなことを考えていた時、威勢のいい声が玄関から聞こえてきた。
そして、踏み鳴らすような足音が、食堂に近づいてくる。
「帰ったぞ! 腹が減った――――」
食堂の扉を勢いよく開け放ったマテオおじさんは、食卓にそろった奇妙な顔ぶれを見て、面食らっていた。
「あなた、お帰りなさい」
「あ、ああ・・・・いや、この顔ぶれは一体・・・・」
「ベンジャミンさんとアデレードさんは、カロルさんを訪ねてきたのよ。まあ、とにかく、ここに座って。夕食を食べましょう」
戸惑っているマテオおじさんを、ポーリンさんが強引に席に座らせた。
「・・・・・・・・」
そしてまた、気まずい時間が流れる。
(・・・・マテオおじさんに、迷惑はかけられない)
マテオおじさんの姿を見て、私は少しだけ、冷静になることができた。
ここで思いの丈をぶちまければ、きっとすっきりするだろう。
だけど、爽快感を味わえるのは一瞬だけ。この話がベンジャミン達の両親に伝わり、マテオおじさんに気まずい思いをさせるかもしれないと気づけば、後悔だけが残るだろう。
私はぐっと、怒りを呑み込んで、ナイフとフォークをお皿の手前に置く。
「・・・・ごちそうさまでした」
「あら、もういいの?」
「ごめんなさい、食欲がなくて」
食事はまだ半分、残っている。せっかく用意してもらったのに、申し訳ないと思うけれど、もう食欲が湧いてこなかった。
「せっかく用意してもらったのに、本当にすみません」
「気にしないで。今日はゆっくり休んでね」
「ありがとうございます・・・・」
「あ、待って、カロル!」
部屋に戻ろうとすると、アデレードが追いかけてきた。
「・・・・何?」
二人の顔を見るのが耐えられなくなったから、食堂を出たのに、追いかけてくるなんて。煩わしいという気持ちを、隠すことができなかった。
「な、仲直りがしたいの」
「・・・・・・・・」
「そ、そんなに睨まないで。あ、そうだ、今度一緒に、王宮に行かない?」
「・・・・どうしてそうなるの?」
頭痛がして、額に手を当てる。
「ほ、ほら・・・・私、新しい友達ができたのよ。紹介するから、あなたの友達も紹介して?」
――――アデレードの狙いがわかった。
「・・・・ああ、そういうこと」
思わず、嘲笑の笑いが零れてしまう。
「な、何よ・・・・」
「はっきり言ったらどう? 陛下に紹介してほしい、って」
「・・・・・・・・」
「何を勘違いしてるのか知らないけど、私は陛下からある仕事を頼まれて、その調査をしているだけで、個人的に親しいわけじゃないのよ。もちろん、友達と呼べるような距離じゃない。だから、期待されても困る」
「仕事? 仕事って何?」
「それについて、詳しく話すつもりはない」
「・・・・・・・・」
アデレードは恨めしそうな目付きになる。
「――――仮に、私が、陛下の友達だったのだとしても、あなた達を紹介するつもりはない」
穏便に帰ってもらうために、我慢していた。
でもここまでふてぶてしい相手にたいして、オブラートに包んでいても、無意味だと気づいたから、はっきりと伝えることにした。
アデレードは怒ったのか、眉が吊り上がり、頬が少し紅潮している。
「もう二度と、ここに来ないで」
身を翻して、私は二階に上がった。
背中にアデレードの視線を感じていたけれど、振り返りはしなかった。
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