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4_不可解な点

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「私、今回の事件、カンペール公爵夫人が仕掛けたと思ってるの」


 ミラの言葉に、ぎょっとする。

「カンペール公爵夫人?」

「アンティーブ辺境伯夫人とカンペール公爵夫人、この二人が社交界の二大勢力だったじゃない? 不仲だったのは周知の事実よ。カンペール公爵夫人がきっと、侍女をけしかけて、アンティーブ辺境伯夫人を殺させたのよ!」

 ミラは、私の顔の前に、びしっと指を突きつける。


 アレット・ド・カンペール公爵夫人は、アンティーブ辺境伯夫人と同じく、頼りない夫に代わり、窮地に陥っていた領地を立て直した女傑じょけつだ。二人はどちらも名家の出身で、十代の頃は友人関係だったらしい。


 だけど社交界で派閥を持つことになると、二人は対立するようになったという。


 アンティーブ家が貴族派、カンペール家が皇室派なので、二人が不仲になった背景には、嫁ぎ先の事情もあったようだ。二人は社交界で顔を合わせれば、嫌味の応酬を繰り返したと聞いている。


「そうとう仲が悪かったらしいからね。でもまさか、殺すまでするとは思わなかったわ・・・・」

 ミラは、カンペール公爵夫人が犯人だと決めつけている。


「・・・・カンペール公爵夫人が、アンティーブ辺境伯夫人を殺すとは思えない」


 私がそう言うと、ミラは目を丸くした。


「どうしてそう思うの? あんなに仲が悪かったのよ?」

「・・・・本当に仲が悪かったのかしら?」


 ミラは眉根を寄せた。


「・・・・どういうこと?」

「私、二人は仲が悪いと見せかけていただけだと思うの」

 ミラは訳が分からないと言いたげに、何度も目を瞬かせる。

「見せかけるって・・・・そんなことして、何の意味があるの?」

「去年、クラシックブルーが流行ったこと、覚えてる?」

 私がそう聞くと、ミラは小首を傾げた。

「ええ、覚えてるわ。どのご令嬢も、クラシックブルーのドレスばかり着たがって、色が被ってたのよね」

「発端は、辺境伯夫人の派閥のアサレア様と、公爵夫人の派閥のマカレナ様が、同じ時期にクラシックブルーのドレスを着てきたからよ。二人とも長身で美人、何を着ても見栄えするから、社交界の花だった。ご令嬢達はみなそろって、彼女達の真似をしていたでしょう?」

「ええ、そうね」


 社交界では必ず一人は、流行の発信者となる人物がいる。


 今現在、流行の発信者となっているのは、有名貴族のご令嬢の、アサレア様とマカレナ様だ。二人とも背が高く、しなやかな身体を持っていて、何を着てもよく似合う。ご令嬢達の、憧れの的だった。


「その前は、ワインレッドが流行したじゃない? その時も、発信者はアサレア様とマカレナ様だった。しかも去年もその前も、二人が流行らせたのは色だけじゃない。髪飾りやネックレスやドレスの型まで、同じだったわ」

「そうね」

「おかしいと思わない? 流行を生み出すのが一人ならともかく、敵対する派閥で、二人の流行発信者が、いつも同じ色のドレスを着てくるなんて、狙わなきゃできないことよ」

「アサレア様とマカレナ様が示し合わせて、特定の色を流行らせようとしたってこと?」

「アサレア様とマカレナ様が、というよりは、アンティーブ辺境伯夫人とカンペール公爵夫人が示し合わせたんじゃないかしら。二人のご令嬢は、派閥のリーダー的存在の夫人達の言うことをよく聞くらしいから、夫人達にそのドレスの色がいいと言われれば、その色のドレスを着ると思うの」

「それはそうかもしれないけど・・・・特定の色やドレスの形を流行らせることが、そんなに重要? メリットなんてないでしょ?」

「流行を先取りして、売れる商品を用意しておくことはとても重要よ。流行なんて移り変わりが早いから、早めに用意した店が勝つんだから。そしてアンティーブ領は、宝石や絹の産地で、リモージュの宝石店や仕立て屋に、宝石類を納品しているわ」

「あっ」

 ミラが目を輝かせる。


「二人が仕立て屋や宝石店とも繋がっていて、特定の色やデザインを流行らせて、裏で見返りを貰ってるってことね!」


 貴族のご令嬢方が集まる社交界は、リモージュの流行の発信地だと言っても過言じゃない。


 そして、社交界は結婚相手を見つける場でもあるから、殿方の目を引き付けるため、女性達は目いっぱい着飾る。――――莫大なお金が動くのだ。


 二人はそこに目を付け、女性が憧れる女性に、流行らせたいものを着せるという宣伝方法を実践したのではないだろうか。


「それだけじゃないわ。アンティーブ辺境伯夫人とカンペール公爵夫人が、薔薇の栽培をしていることは知っている?」

「知ってるけど・・・・」

「社交界では色々な花も飾られている。今、一番使われているのは薔薇よ。薔薇の色の流行にも色々あって、やっぱり流行の発信者はアサレア様達だったわね。彼女達が帽子に薔薇をつけてきたことで、去年は青い薔薇が流行した」

「そうね。それがどうかしたの?」

「実は一度、カンペール公爵夫人の薔薇園が嵐で駄目になって、出荷ができなくなったことがあるそうなの。でもその年も、カンペール公爵夫人はどこからか薔薇を調達して、きちんと納品したそうなの」

「もしかして、アンティーブ辺境伯夫人がその穴を埋めたのかしら?」

「そう思うわ。だって品種が、アンティーブ辺境伯夫人の薔薇と同じだったらしいから。二人はもともと友人だったんでしょう? そしてどちらも、同じように斜陽貴族に嫁いで、お金が入用だった。似たような立場だったことも相まって、より絆が深まったんじゃないかしら」

「なるほど! すごいわね、カロル。そこまで考えてるなんて」

「あくまでも、推測だけどね」

「ううん、それ、当たってるんじゃないかしら? あなたの話を聞いて思い出したんだけど、実はね、以前、人気のないところで、アンティーブ辺境伯夫人とカンペール公爵夫人が親しげに話していたという噂話を聞いたことがあるのよ。その時は不思議に思ってたけど・・・・あなたの話を聞いて、合点がいったわ」

 表向きは不仲であるように振舞って、裏では情報交換し、二人で宣伝活動をしていた。そしてどちらかが困窮した時は、助けの手を差し伸べていたのかもしれない。


 ただの推測だったけれど、ミラの、実は二人が親しそうにしていたという話を聞いて、当たっていたのではないかと推測に確信を持つ。


 だけどすぐに、ミラは新しい疑問を見つけたらしく、難しい顔になってしまった。

「だけど、おかしくない? 仲が良いのなら、どうしてわざわざ仲が悪いふりをするの?」

「アンティーブ家は貴族派で、カンペール家は皇室派なのよ? 家同士が不仲だから、仲良くするわけにはいかなかったんだと思う。それに、流行は自然に発生していると思われているから、みんなその流れに乗ってくれているのよ。誰かが作り出しているものだと気づいたら、熱が冷めてしまう」

「なるほど・・・・それを悟られないために、表向きは仲が悪いふりをしてるってことね」

 ミラの目は輝いていた。

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