8 / 24
07.朝一番
しおりを挟む07.朝一番
無音だった世界から、チチチ、と小鳥の囀る音が聞こえて朝かと徐々に覚醒する頭が寝る前の状況を思い出した。
「!」
ゾッとして一気に覚醒した僕は慌ててベッドから身を起こした。
どうか夢であれと祈ったが、部屋は広く、起き上がった視線の向こうでは第三殿下であるシシェルが朝食の準備をしていた。
「おはよう。食事を用意した。顔を洗うのを手伝おう」
「えっ?!」
大き目のボウルに入れられたサラダをそれぞれの器に盛り付ける所だったのだろう、シシェルがサラダトング片手にニッコリと朝の挨拶をしてくれた。
テーブルには程よくトーストされた食パンと、目玉焼きにベーコンとウィンナーが乗った皿がそれぞれ置かれている。料理の量が明らかに違うから、昨日の僕の食事量を察してくれたのだろう。
寝起きの顔を見せてしまったことが恥ずかしくて、簡素に挨拶を返し急いで洗面所に向かう。
服はワンピースタイプの白いシャツを着せられていて、昨日、寝落ちた僕にシシェルが着せてくれたんだと思うと居た堪れなさに落ち込んだ。
身体はスッキリとしていて、あの後マッサージは全身に及んだのだろう。第三殿下を放って寝落ちをするなんて。更に気分が落ちた。
洗面所で一人悶えているとノックの音がして「朝食が冷めてしまうぞ」と声が掛かった。これ以上の醜態はまずいと、そそくさと部屋に戻った。
僕が座る椅子を引いて待っていてくれたシシェルが座ったタイミングで椅子を調整してくれる有能ぶりだ。
食事をしようと手を合わせて、ナイフとフォークを持とうとして気付いた。また、一組しかないことに。
「…へ…?」
また?
またなの?
恐る恐るシシェルを見れば、ニッコリと笑う彼と目があった。
「さぁ、口を開けろ」
「やだっ…! やだって、僕一人で食べれる!」
首を振って止めろと拒絶するのにシシェルは意に介さないようで、楽しそうに笑うばかりでこちらに向けるフォークを下げる様子はゼロだ。
僕が口を開けるよう刺したサラダを唇にツンツンと当ててくる。ドレッシングが唇について、思わず舌で舐めてしまい、その隙間を狙ってフォークを突っ込まれた。
あまりの力技に早々に諦めて次はカトラリーを用意しておこうと堅く心に誓った。
食事だけでクタクタになっているのに、シシェルの“お世話”は終わらなくて、食事の片付けをした後に椅子に座らされて丁寧に髪を梳かされ結われ、あろうことか着替えまでされた。
髪を結う手のひらはとても器用でどうやって結われたのか判らない編みこみの髪型にされ、僕の私物じゃない綺麗な髪飾りをつけられた。服だって、僕こんな上等なヒラヒラした服持ってない。ワンピース型の服が好きなのか、白地に金色のラインと装飾の施された服に墨色のローブを着せられ、スキニータイプのパンツと、短いこちらも白地に金具は金色のブーツを傅いて履かされた。
シシェルのコーデで僕は飾られた。
息も絶え絶えだ。
一々距離が近いし、一々褒めてくる。
かわいいとか、きれいだ、とか。
シシェルってこんな感じだったかな。
着替えが終わり、その出来栄えに満足したのかシシェルが仕上げだとばかりに僕の額にキスをしてきて思わず腰が抜けた。
シシェルもまさか僕が腰を抜かすとは思っていなかったようで、慌てて僕を起こし上げてくれた。
「…すまない」
「~~~~っ」
軽々持ち上げられて、ベッドに降ろされた。
額にキスされただけで腰が抜けるって、恥ずかしすぎないか?
シシェルと顔が合わせられなくて、真っ赤な顔で斜め下の床を見ていたらスライドで秀麗な顔がフェイドインしてきた。
「こちらを見てくれ。そこまで初心だとは思わず、すまなかった」
甘い声に引きずり込まれそうになって、慌てて頭を振る。
いつもこうやって僕はほいほい騙されて前世では皆に見捨てられた。
シシェルにだって色々とあって、僕の機嫌をとっているだけに違いないのに、また前世みたいな熱病に掛かったように浮かされてしまう。
シシェルがあの少女を大切にしていると知ったのに、僕はまた愚かな思い違いをしそうになった。生まれ変わっても僕はなにも変わっていない。またアッサリと第三殿下に騙されてしまった。
溜息を一つついて、ベッドから降りて部屋を出る。
後ろからシシェルの気配が付いてくるけど無視して宿屋を出た。
宿屋を出て、街の中心部にあるギルドに足を向ける。
ギルドは街の中心部にドーンとあるけれど、ここに討伐対象の魔獣を持ってくるわけにもいかないから街の外れに討伐、採取の獲物を受け渡す施設がある。そこで確認のカードを貰いギルドで報酬を貰う仕組みになっている。
魔獣討伐の確認の為に一匹を持って帰るのは至難の技なので、その魔物だと確認できる一部を持って帰れば依頼はクリアなのだけど、魔獣の肉は美味しい。色んな魔獣が居るけれど、この国の家畜はそこまで味は良くない。が、魔獣の肉は高級な味がする。
僕は無限収納があるので、討伐した魔獣を宿屋に持ち帰り女将さんにお土産として渡している。肉は美味しく調理され、僕の食卓に並ぶ。昨日、今日とシシェルが運んできた肉がそれだ。
王都に行くとなるとお世話になった女将さんに貢物が出来なくなるってことだ。それも悩みどころだ。
しかも、僕は立場はどうであれ、日陰者としてあの少女の影にされいいように使われるのだ。嫌だな。どんな待遇を申し出られようと、冒険者として暮らすほうが楽しい。
それが判っているから、人身御供のようにシシェルが僕のお世話をしているのだ。第三殿下自らこんな甲斐甲斐しい真似をしてまでも少女が大切らしい。
苦々しい想いがこみ上げてきて、顔を顰めていたら前方から名前を呼ばれた。
「ユエ! 今日もギルドに行くのか? だったら俺も一緒にいいかな」
「アバン。いいけど」
アバンはAクラスの冒険者で、この街の人気者だ。
茶褐色の癖のある髪を後ろに撫でつけていてピョンピョン跳ねた髪が愛嬌たっぷりで、男ぶりの逞しい顔つきとAクラスならでわの鍛え抜かれた体格が街の女性達に人気がある。笑えば蜂蜜色の瞳がとろりと甘く溶け、色気が立ち込める…とは、パン屋の女将さん談だ。
そんな有名な冒険者は何故か僕に目をかけてくれていて、何かあるとこうやって声をかけてくれる。
いつも通りに肩を抱かれギルドまでの道のりを歩むのかと思っていたら、その手がガシリと掴まれた。
307
お気に入りに追加
5,074
あなたにおすすめの小説
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**

王子様から逃げられない!
白兪
BL
目を覚ますとBLゲームの主人公になっていた恭弥。この世界が受け入れられず、何とかして元の世界に戻りたいと考えるようになる。ゲームをクリアすれば元の世界に戻れるのでは…?そう思い立つが、思わぬ障壁が立ち塞がる。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「本当に可愛い。」
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる