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06.王子の献身
しおりを挟む05.王子の献身
この世界の太陽も東から昇り、西へ落ちていく。
時間も二十四時間単位で四季もある。
大体が地球と同じだった。
しかし、空は空であり、その向こうが宇宙だっていう話はない。
この世界は空気に含まれる魔素を使い生活魔法を使う。
攻撃魔法だったり、補助魔法だったりは魔力が相当多くないと使えない。
精霊が眠りに付くということはそういうことだ。
精霊が居ないだけで生態系は呆気なく崩れ、魔獣が人の世界へ侵略してくる。なんとか凌げているのは魔力持ちの冒険者や魔術師、腕力自慢の騎士が居るからだ。
それでも魔素はどんどん減るし、魔力持ちである人間もここ数年確実に減っている。魔力を持って生まれる子が誕生しないからだ。
それに危機感を覚え、あの召喚の儀が行われたらしい。
「このノアトルの地はどこもかしこも精霊の加護に溢れている。活気付いているし、とても良いことだ」
食事をお盆に載せてやってきたシシェルがテーブルに食事を乗せていく。
小ぶりのサラダに肉がごろごろ入ったスープ、ステーキがドーンと置かれ、この宿屋の斜め向かいにあるパン屋自慢のふかふか柔らかい小麦パン。
夕飯にしては少し…かなり、多いかもしれない。
サラダは適当なサイズだけど、スープなんて両手で持たないといけない大きさだし、パンも二人分にしては数がおかしい。
「…僕、こんなに食べれません」
「そうか。食べれるだけ食べてくれ。明日はもう少し減らしてもってこよう」
お盆に載せられた料理はそれだけだ。
おや? と思って僕の傍らに立っていたシシェルに「あなたの分は?」と尋ねた。
「私は大丈夫だ。さぁ、食事をしよう」
もう一つの椅子に座ったシシェルが此方に寄り、一組しかないナイフとフォークを持ち、音もなくステーキを切り、あろうことか僕の口元にそれを向けた。
「ひっ! ぼ、僕、一人で食べられます!」
「しかし、世話をする約束だ」
「世話の範疇を越えてます!」
「遠慮をするな」
嫌がる僕に約束であると念を押し、料理を運んでくるから顔を真っ赤にして口を開ければ「良い子だ」と褒められる。
トロリと蕩けそうな程の甘い目をしたシシェルに空腹感なんて飛散して、厚切りのステーキを二口でギブアップした。
パンだったら手で千切れるしそれを手にとり自分で食べていると「なんだ面白くない」とシシェルはへの字口を作った。
それでもお世話をやめないようで、パンを租借するとすぐに肉をどけたスープを口に運ばれた。
ちまちまパンを食べる僕に思案していたシシェルは僕が残したステーキをパクリとその口に入れた。
僕がポカンとしていると無防備だった口にサラダがつっこまれた。
「世話というのも楽しいものだな」
ニコニコとご機嫌なシシェルに開いた口が塞がらない僕は意識を飛ばしている内にしかっりと夕飯を手ずから給餌されてしまった。
知らない内に満腹になっていて、気付いたらテーブルは綺麗に片付けられていた。
この王子、手際が良すぎる。どこかで経験でもあるのだろうか。
食事だけでガッツリと精神を削られた僕はさっさと寝てしまおうと思っていたのだけど、荷物を整理していたシシェルがベッドに座る僕の傍にやってきて、徐に僕の服を脱がせてきた。
「な、なにしてっ…!!」
前世の記憶がフラッシュバックして、過剰に反応してしまった。
震える僕に一瞬だけシシェルが眉間に皺を寄せた。
「なにって、風呂に入るだろう? やったことはないが、なんとかなるだろう」
王家御用達の極上のふわふわタオルを持つシシェルに、それはさすがに勘弁してほしいとほぼ半泣きでシャワー室に閉じこもった。
シャワー室が付いているが、この世界の人は大体が生活魔法が使える。浄化魔法で簡単に身体を綺麗にするのが主流だが、王族は湯浴みを日課として行う。
僕も日本人に生まれたから風呂に入ることが大好きだけど、生憎と風呂は上級貴族の贅沢であり平民には習慣がない。
それでも清潔さは譲れなくてちょっとお高めだけど頭を洗うのと身体を洗う石鹸を使っている。髪も香油をつけている。
ささっと身体を流し、香油をつけて風の魔法で水気を飛ばし脱衣所兼洗面所に出た。寝巻き代わりのシャツとハーフパンツもどきを置いていたはずなのに、そこにあるのはふかふかバスタオルと下着のみ。
嫌な予感がするが、なにも着衣せず部屋に戻ることも出来ず、仕方なく下着とバスタオルを身に付け恐る恐る部屋の扉を開けた。
「早かったな。こちらの準備は整っている」
シシェルのベッドに大きなタオルが何枚も敷かれ、その手には香油の瓶が握られている。
まさか…。
ジワリと嫌な汗が浮かぶ。
「疲れた身体を癒すために、尽力しよう」
やっぱりだーーーー!!
マッサージの準備はバッチリだとシシェルは逃げようとした僕の身体を抱きかかえ、抵抗なんてなんのその、魔法を使って逃げようとする前にベッドに寝転ばされた。
「んん? 良い香りがするな。成る程、お前から香る花のような匂いは石鹸の香りだったのか。お前に合っていて、とても良いが…」
うつぶせにされた僕の項に顔を埋めたシシェルに、憤死をしそうな僕はなにを言っているのか理解できるだけの理性は残されていなかった。
暴れた際に身にまとっていたタオルはほぼ上に乗っているだけになっていたし、シシェルの手の平で暖められた香油はとても良い花の香りがした。
首筋から背中、腕と程よい力でマッサージされて、緊張していた糸が切れたのか、精神的疲労がピークを達したのか目も開けていられない状態になっていた。
「気持ちいいのか?」
「ふっ…あ、はい…」
ふわふわとした思考でなんとか返事をする。
腰をゆっくりと揉まれ、ビクリと身体が震える。
大きな手が腰を掴む感覚に既視感を感じ、引きつった声が出たが、彼は同じだけど、ここは前世のあの場所と似ているけど、違うんだ。
思考が定まらなくなってきて、僕は諦めて目を閉じた。
考えることを放棄したと言っていい。
こんな風に第三殿下に奉仕されることが不思議でならなかった。
婚約者であっても僕がなにか奉仕する側だったし、彼が僕の為に動くことなんてほぼなかった。
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