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第2章 アルヴィゴ街道の騎士たち
6. 堕落した修道士部隊
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「この近辺における聖光輪騎士団の所業、それは、端的に言って賊だ」
カクペルの言葉に、私は一瞬息をのんだ。
「賊、ですって?」
聖光輪騎士団――それは世界宗教・太陽聖堂の威光を背に持ち、国家の中枢を監視するほどの権限を持つ、由緒正しき武装修道会。本来ならば、信仰と正義を背負い、秩序を守るべき者たち。
それが賊同然の振る舞いをしているというのは……?
「どういうことだ? 奴ら、基本的に人畜無害な慈善団体だろ」
ルスケンが腕を組み、興味深そうに尋ねる。
「ここら辺、オレはいつも馬でさっさと通り過ぎてっちまうからな。事情がまるきりわからねぇんだが」
カクペルは慎重に言葉を選びながら答えた。
「……この地区を管轄している部隊は聖光輪騎士団の名のもとに横暴を繰り返しているらしい。通行税の名目で旅人から不当に金銭を巻き上げ、街道沿いで商売をしている者からは護衛料と称して上納金を要求する」
「そして――」とカクペルは目を伏せる。
「極めつけには、修道誓願を破り、悪徳の限りを尽くしているとも……」
「なんだァ? そりゃつまり――」
ルスケンが気だるげに頭をかく。
「――マフィアじゃねえか」
「修道会全体がこのように腐敗しているわけでは、決してないのだが」
「そんなもの、太陽聖堂が許すはずがありませんわ!」
「ですが、事実としてここまで彼らの横暴は見過ごされてきています。上層部が問題を過少評価しているのか、それとも現地の有力者と癒着し問題を隠蔽しているのかはわかりませんが……」
「ただまあ、ここまでの話ではっきりしたことが一つあるな」
ルスケンが声を上げる。
「ここまで事情を知っているお前さんが、この問題を黙殺していたってことだ」
「…………」
カクペルが眉を顰める。
「オレの目はごまかせねぇよ、ブラザー。お前さん、かなり位階の高い騎士だろう。お嬢の護衛なんてやれてる身分な時点でそうだが、昨日の洗練された剣捌き、オレほどじゃねぇが高い戦闘能力、あれでヒラの騎士と名乗るにゃ無理があるぜ」
「……それで?」
「お前さんはその気になれば、耳に入れたこの問題を上層部に伝えることもできた。だがそれはしなかった。そうだろう?」
「……ああ。私は第一級騎士だ。上層部へのツテもそれなりにある」
「じゃあ何故?」
彼は少し沈黙し、それから短く息を吐いた。
「……個人的な理由だ」
「個人的な理由?」
私が疑問を込めて言葉を繰り返す。
「この地域の部隊の隊長イリヤ・ニコラエヴィチ・グラズノフ――彼は、私の幼年修練課程からの同期です」
カクペルはそれ以上言葉を続けようとはせず、ただ静かに前を見つめていた。
(ということは……)
私は父から、そして騎士団に関する報告の中で、カクペルがどんな道を歩んできたのか――ほんの一部ではあるけれど、聞いていた。
カクペルがどんな環境の中で息抜き、今の地位にいるのかも。
彼は自身を王女のお目付け役として誰からも認めさせるため、幼いころから人を出し抜き、蹴落とし、力を見せつけることで生き残ってきた人間らしかった。
驚異的な根性、執念でもって、どんなに年上、目上の人間相手だろうと、自分の敗北で物事を終わらせることを己に許さない人間だった。
彼はそのことを多く語りたがらない。
だからこそ、私はその話を無粋に持ち出したりはしない。
「――――貴方、その人と関わりたくないのね?」
カクペルの視線が一瞬私に向く。
それは、肯定とも否定とも取れる、わずかな一瞬の揺らぎ。
(……やはり)
彼は幼少のころ、騎士団の中でいじめのようなものを受けていたらしい。おそらくそのイリヤという人物もカクペルの中では好ましくない一人なのだろう。
実力では自分のほうが上である。すでに格付けは済んだ……そう考えていても、たとえ間接的にであろうともう彼の名が出る事案に首を突っ込みたくはないというわけだ。
「わかりましたわ。お話してくださってありがとうございます」
「…………」
「人は誰しも、人生の中でもう関わり合いになりたくないと思う相手はいるものですわ。ですから、貴方がそれを気に病む必要はありませんのよ」
私はなるべく優しい声色になるように言葉を紡ぐ。
「それに、これは貴方個人がどうにかする話ではありませんわ」
私は懐から小さな魔石を取り出した。これは王城との連絡に使う伝達魔法用魔道具である。
この魔石に魔力を流し、特定のパターンを刻むことで、王城にある対となる魔石が同じ魔力パターンを受信し、内容が伝達される仕組みだ。言葉を音として届けるのではなく、刻まれた魔力の波形を通じて、即座に意思を伝えられるというわけである。
「この件は、王家を通じて聖堂に正式に通達いたします。騎士団の問題は騎士団上層部と太陽聖堂が対応すべきこと。貴方が自ら矢面に立つ必要はありませんわ」
「……お言葉、痛み入ります」
カクペルは私に礼をした。
「んじゃ、この話はこれで終いだな」とルスケンが明るく声をあげる。
「こっからは提案だが。カクペル、お前さん修道服を脱いだらどうだ? その恰好は今は百害あって一利なしだ。マフィア部隊の縄張りを抜けるまでは普通の服を着ていたほうがいいぜ」
「しかし……私は修道会から支給された衣類しか持っていない」
「服くらいオレが貸してやるよ。タッパ同じくらいだしいいだろ」
ルスケンが袋の中から適当に服を取り出し、カクペルに押し付けるように渡す。
「恩に着る」
「服だけにってか?」
「……君は真面目にできないのか?」
ははは、と笑うルスケン。
そのような彼らの微笑ましいやり取りを見ながら、私は伝達魔法を発動させていた。
これで、この問題は王家が知ることになる。
あとは父や家臣団の判断に任せよう。
カクペルの言葉に、私は一瞬息をのんだ。
「賊、ですって?」
聖光輪騎士団――それは世界宗教・太陽聖堂の威光を背に持ち、国家の中枢を監視するほどの権限を持つ、由緒正しき武装修道会。本来ならば、信仰と正義を背負い、秩序を守るべき者たち。
それが賊同然の振る舞いをしているというのは……?
「どういうことだ? 奴ら、基本的に人畜無害な慈善団体だろ」
ルスケンが腕を組み、興味深そうに尋ねる。
「ここら辺、オレはいつも馬でさっさと通り過ぎてっちまうからな。事情がまるきりわからねぇんだが」
カクペルは慎重に言葉を選びながら答えた。
「……この地区を管轄している部隊は聖光輪騎士団の名のもとに横暴を繰り返しているらしい。通行税の名目で旅人から不当に金銭を巻き上げ、街道沿いで商売をしている者からは護衛料と称して上納金を要求する」
「そして――」とカクペルは目を伏せる。
「極めつけには、修道誓願を破り、悪徳の限りを尽くしているとも……」
「なんだァ? そりゃつまり――」
ルスケンが気だるげに頭をかく。
「――マフィアじゃねえか」
「修道会全体がこのように腐敗しているわけでは、決してないのだが」
「そんなもの、太陽聖堂が許すはずがありませんわ!」
「ですが、事実としてここまで彼らの横暴は見過ごされてきています。上層部が問題を過少評価しているのか、それとも現地の有力者と癒着し問題を隠蔽しているのかはわかりませんが……」
「ただまあ、ここまでの話ではっきりしたことが一つあるな」
ルスケンが声を上げる。
「ここまで事情を知っているお前さんが、この問題を黙殺していたってことだ」
「…………」
カクペルが眉を顰める。
「オレの目はごまかせねぇよ、ブラザー。お前さん、かなり位階の高い騎士だろう。お嬢の護衛なんてやれてる身分な時点でそうだが、昨日の洗練された剣捌き、オレほどじゃねぇが高い戦闘能力、あれでヒラの騎士と名乗るにゃ無理があるぜ」
「……それで?」
「お前さんはその気になれば、耳に入れたこの問題を上層部に伝えることもできた。だがそれはしなかった。そうだろう?」
「……ああ。私は第一級騎士だ。上層部へのツテもそれなりにある」
「じゃあ何故?」
彼は少し沈黙し、それから短く息を吐いた。
「……個人的な理由だ」
「個人的な理由?」
私が疑問を込めて言葉を繰り返す。
「この地域の部隊の隊長イリヤ・ニコラエヴィチ・グラズノフ――彼は、私の幼年修練課程からの同期です」
カクペルはそれ以上言葉を続けようとはせず、ただ静かに前を見つめていた。
(ということは……)
私は父から、そして騎士団に関する報告の中で、カクペルがどんな道を歩んできたのか――ほんの一部ではあるけれど、聞いていた。
カクペルがどんな環境の中で息抜き、今の地位にいるのかも。
彼は自身を王女のお目付け役として誰からも認めさせるため、幼いころから人を出し抜き、蹴落とし、力を見せつけることで生き残ってきた人間らしかった。
驚異的な根性、執念でもって、どんなに年上、目上の人間相手だろうと、自分の敗北で物事を終わらせることを己に許さない人間だった。
彼はそのことを多く語りたがらない。
だからこそ、私はその話を無粋に持ち出したりはしない。
「――――貴方、その人と関わりたくないのね?」
カクペルの視線が一瞬私に向く。
それは、肯定とも否定とも取れる、わずかな一瞬の揺らぎ。
(……やはり)
彼は幼少のころ、騎士団の中でいじめのようなものを受けていたらしい。おそらくそのイリヤという人物もカクペルの中では好ましくない一人なのだろう。
実力では自分のほうが上である。すでに格付けは済んだ……そう考えていても、たとえ間接的にであろうともう彼の名が出る事案に首を突っ込みたくはないというわけだ。
「わかりましたわ。お話してくださってありがとうございます」
「…………」
「人は誰しも、人生の中でもう関わり合いになりたくないと思う相手はいるものですわ。ですから、貴方がそれを気に病む必要はありませんのよ」
私はなるべく優しい声色になるように言葉を紡ぐ。
「それに、これは貴方個人がどうにかする話ではありませんわ」
私は懐から小さな魔石を取り出した。これは王城との連絡に使う伝達魔法用魔道具である。
この魔石に魔力を流し、特定のパターンを刻むことで、王城にある対となる魔石が同じ魔力パターンを受信し、内容が伝達される仕組みだ。言葉を音として届けるのではなく、刻まれた魔力の波形を通じて、即座に意思を伝えられるというわけである。
「この件は、王家を通じて聖堂に正式に通達いたします。騎士団の問題は騎士団上層部と太陽聖堂が対応すべきこと。貴方が自ら矢面に立つ必要はありませんわ」
「……お言葉、痛み入ります」
カクペルは私に礼をした。
「んじゃ、この話はこれで終いだな」とルスケンが明るく声をあげる。
「こっからは提案だが。カクペル、お前さん修道服を脱いだらどうだ? その恰好は今は百害あって一利なしだ。マフィア部隊の縄張りを抜けるまでは普通の服を着ていたほうがいいぜ」
「しかし……私は修道会から支給された衣類しか持っていない」
「服くらいオレが貸してやるよ。タッパ同じくらいだしいいだろ」
ルスケンが袋の中から適当に服を取り出し、カクペルに押し付けるように渡す。
「恩に着る」
「服だけにってか?」
「……君は真面目にできないのか?」
ははは、と笑うルスケン。
そのような彼らの微笑ましいやり取りを見ながら、私は伝達魔法を発動させていた。
これで、この問題は王家が知ることになる。
あとは父や家臣団の判断に任せよう。
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