時戻りのカノン

臣桜

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本当に花音だ

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(患者のプライバシーを守っているのかな)

 そんな事を思いながら、花音は秀真が入院している部屋番号を見つけ、心の準備をしてからドアをノックした。

「はい」

「…………!」

 中から秀真が返事をし、久しぶりに聞けた彼の声に胸の奥がキュンッと切なく締め付けられる。

 静かにドアを開いて顔を覗かせると、ホテルの部屋のような病室が目に入った。

 秀真はダブルほどある、ゆとりのあるベッドをリクライニングさせて本を読んでいたようだった。

 室内には他にソファセットや液晶テレビ、こぢんまりとした流しまであり、ここで生活できそうだ。

「花音!?」

 心底驚いたという顔をした彼は、慌てて本をベッドサイドに置き、ベッドから下りようとする。

「あっ、そのままでいいです!」

 花音は後ろ手にドアをそっと閉じ、秀真の側まで近寄った。

「お久しぶりです。入院しているだなんて知らなくて、……その、春枝さんにお聞きして駆けつけてしまいました」

 こんな行動を取って呆れられていないだろうかと心配しつつも、素直に事情を話して頭を下げた。

 彼が何も言わないので、不安に思って顔を上げると、秀真は心底愛しいという顔で花音を見ていた。

「……あの?」

「……本当に花音だ。ずっと夢に見ていたけど……、ああ……。ちょっと、こっちに来て抱き締めさせて」

 秀真は両手を広げ、花音は椅子の上に菓子折の入った紙袋とバッグを置き、「お邪魔します……」と彼の腕の中に収まった。

(あ……。秀真さんの匂いがする)

 いつも彼から香っていた匂いが、微かにだが感じられる。

 きっとこの香りは香水的なものなのだろうけれど、もう彼の体臭の一部になっているのだと思った。

「……あぁ、花音の香りだ」

 と、秀真が自分と同じ事を考えていたと知り、恥ずかしくなる。

「……私、匂いなんてしますか?」

「うん、俺だけが分かる、花音の甘い匂いがするんだよ」

 甘いと言われて安心したが、どうにも自分から匂いがすると言われると、変な匂いではないか心配になってしまう。

(早足で来たから、汗ばんでないかな)

 遅れてそんな事も心配しだし、花音は頃合いを見計らったふりをして秀真から体を離した。

「あの、これ。お見舞いのお菓子です。お口に合えばいいんですが」

「わざわざありがとう。気を遣わなくて良かったのに」

 改めて形式張った挨拶をし、花音は進められるがままにベッド横にある椅子に腰掛けた。

「凄い病室ですね。ホテルみたい」

 素直な感想を口にすると、秀真が苦笑いする。

「ここの病院には、家族で世話になっているんだ。主治医は祖父のような存在でもあって、今回過労で倒れたと言ったら、しこたま怒られた」

「ふふ……っ」

 春枝から聞いていたものの、ばつの悪そうな秀真を見ると、つい笑ってしまう。

「花音はいつまで東京にいるんだ?」

「あ、今日中には帰ります」

「え?」

 一泊二日ぐらいに思っていたのか、秀真は目を見開いて驚いたあと、「そうだよな……」と呟く。

 そして改めてまじめに頭を下げた。

「心配掛けてすまなかった。祖母と話をしたというなら、あらかた聞いていると思う。すべて自己管理ができていなかったのが原因で、その上花音にも心配かけてしまってすまない」

「いいえ、倒れたと聞いて心臓が止まったかと思いましたが、無事で良かったです」

「……ありがとう。……ダメだな。俺はこうやって、いつも花音の優しさと人の良さに甘えてしまう。今回の事だって、俺が事前に説明していれば余計な心配をかける事もなかったんだ」

 反省する秀真を見て、「そんな事はないですよ」と思わず言いかけた。

 だが今後、彼が自分と結婚する未来を考えてくれているなら……と、少し厳しめに意見を言おうと決めた。
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