339 / 778
猫洗い 編
必要な沈黙
しおりを挟む
「……昭人は外面はいいから『俺は女性に理解があるよ』ってフリはするんです。そういう話題になった時も『女子は大変だよね』って言ってくれていました。でも実際、私がイライラしたり、情緒不安定になったら面倒がってデートとかも延期して、顔を合わせないようにしていました。収まった頃になって何事もなかったように普通に接して……。……まぁ、イライラされると面倒だって気持ちは分かるんですけどね」
私の言葉を聞き、尊さんは溜め息をつく。
「俺は必要があれば〝アルテミス〟を朱里と共有したいと思ってるぐらいだけど、さすがにキモいって言われそうだから自重してる」
「あはは、尊さんらしい」
〝アルテミス〟は月経や体調などを記録するアプリだ。
可愛いイラストの月の女神〝アルテミスちゃん〟が色々ガイドしてくれるので、私も気に入っている。
生理が近くなったら通知で教えてくれて、アルテミスちゃんが『体調に気をつけてね』とアドバイスをくれるのだ。
他にも女性ならではのお悩み掲示板とか、アバターを作っての交流とか、色々あって面白い。
それはいいとして、「彼氏とアルテミスを共有してる」っていう話は、まあまあよく聞く話ではある。
「別に尊さんなら気持ち悪くないから、いいと思いますけどね」
「まったく知らない男ならまだしも、婚約者になったんだし生理周期を知って、何か気持ち悪い事をする……って思いつかないしな。まあ、PMSの時期をあらかじめ知れたら、ある程度カバーできるからいいかな、とは考えていた」
「うん、じゃああとでID教えますね」
こういう話を穏やかにできるのも、尊さんの為人を知っているからだ。
同じように付き合っている相手でも、昭人だったらアプリを共有しようと思えたかは分からない。
(……昭人だったらアプリを入れるだけ入れて、忘れてそう。忘れた頃にアプリを開いてログインできなくなって、そのままになってそうだな……)
加えて彼は女性向けのアプリを入れて、悩み相談の掲示板をちょっと下卑た目で見ていそうな気がして、見せる事自体に拒否感を持っていたかもしれない。
その点、尊さんならまったく心配がない。
「朱里ってまじめだよな。相手の事を理解しようとして、ネットであれこれ調べものをするぐらいには」
尊さんはクスッと笑い、手で水鉄砲をすると私のデコルテの辺りに掛けてくる。
「人は基本的に理解し合えないですからねぇ……。知識を得て『こうなのかな?』って思うぐらいが関の山です」
私はモソモソと移動し、尊さんの膝の上に向かい合わせで座る。
「だから裸の付き合いをして、じっくり語り合って、少しずつ分かり合っていくしかないんですよ。『尊さんは思ったよりおっぱい星人だな~』とか」
言いながら、私は彼の顔を胸で軽く圧迫する。
「こら」
「おっぱい好きなんですよね?」
「……嫌いじゃないけど。…………いや、好き」
「これが本当の圧迫面接」
「ぶふっ……。誰が上手い事を言えと」
二人で笑ったあと、充分温まったのでお風呂から上がり、尊さんが責任をもって最後まで猫洗いをするため、ドライヤーもしてくれた。
お風呂を出ると二十一時過ぎになっていて、私は麦茶を飲みながらスマホをチェックする。
リビングではビル・エヴァンスのピアノジャズが流れていて、間接照明のみになった空間はお洒落なバーのようだ。
尊さんは一人掛けのソファをリクライニングさせ、ホットアイマスクをしつつ何やら考え事をしていた。
多分、彼は速水家に行った事について色々考えている。
その胸にあるのは、単純に「嬉しい。これからは親しくやっていける」だけじゃないだろう。
だから私はあえて話しかけない事で、彼に静けさを提供していた。
尊さんが望むならいつでもイチャイチャしたいけど、黙っている事も時には必要だ。
彼はサービス精神旺盛な人だから、常に私を喜ばせようとするだろう。
……多分だけど、尊さんは私にとても気を遣っている。
無理して楽しくさせようとしているとかじゃなくて、一緒にいると自然体でいられると言ってくれたのは事実だと思う。
でも彼は失う怖さを知っているから、私に飽きられないよう、他所を向かれないよう、無意識に〝良く〟振る舞っているところもあるんじゃないだろうか。
そこを指摘してどうこうじゃなくて、彼が自分の事を優先している時ぐらいは、沈黙していられる彼女でありたいな、と思っていた。
私の言葉を聞き、尊さんは溜め息をつく。
「俺は必要があれば〝アルテミス〟を朱里と共有したいと思ってるぐらいだけど、さすがにキモいって言われそうだから自重してる」
「あはは、尊さんらしい」
〝アルテミス〟は月経や体調などを記録するアプリだ。
可愛いイラストの月の女神〝アルテミスちゃん〟が色々ガイドしてくれるので、私も気に入っている。
生理が近くなったら通知で教えてくれて、アルテミスちゃんが『体調に気をつけてね』とアドバイスをくれるのだ。
他にも女性ならではのお悩み掲示板とか、アバターを作っての交流とか、色々あって面白い。
それはいいとして、「彼氏とアルテミスを共有してる」っていう話は、まあまあよく聞く話ではある。
「別に尊さんなら気持ち悪くないから、いいと思いますけどね」
「まったく知らない男ならまだしも、婚約者になったんだし生理周期を知って、何か気持ち悪い事をする……って思いつかないしな。まあ、PMSの時期をあらかじめ知れたら、ある程度カバーできるからいいかな、とは考えていた」
「うん、じゃああとでID教えますね」
こういう話を穏やかにできるのも、尊さんの為人を知っているからだ。
同じように付き合っている相手でも、昭人だったらアプリを共有しようと思えたかは分からない。
(……昭人だったらアプリを入れるだけ入れて、忘れてそう。忘れた頃にアプリを開いてログインできなくなって、そのままになってそうだな……)
加えて彼は女性向けのアプリを入れて、悩み相談の掲示板をちょっと下卑た目で見ていそうな気がして、見せる事自体に拒否感を持っていたかもしれない。
その点、尊さんならまったく心配がない。
「朱里ってまじめだよな。相手の事を理解しようとして、ネットであれこれ調べものをするぐらいには」
尊さんはクスッと笑い、手で水鉄砲をすると私のデコルテの辺りに掛けてくる。
「人は基本的に理解し合えないですからねぇ……。知識を得て『こうなのかな?』って思うぐらいが関の山です」
私はモソモソと移動し、尊さんの膝の上に向かい合わせで座る。
「だから裸の付き合いをして、じっくり語り合って、少しずつ分かり合っていくしかないんですよ。『尊さんは思ったよりおっぱい星人だな~』とか」
言いながら、私は彼の顔を胸で軽く圧迫する。
「こら」
「おっぱい好きなんですよね?」
「……嫌いじゃないけど。…………いや、好き」
「これが本当の圧迫面接」
「ぶふっ……。誰が上手い事を言えと」
二人で笑ったあと、充分温まったのでお風呂から上がり、尊さんが責任をもって最後まで猫洗いをするため、ドライヤーもしてくれた。
お風呂を出ると二十一時過ぎになっていて、私は麦茶を飲みながらスマホをチェックする。
リビングではビル・エヴァンスのピアノジャズが流れていて、間接照明のみになった空間はお洒落なバーのようだ。
尊さんは一人掛けのソファをリクライニングさせ、ホットアイマスクをしつつ何やら考え事をしていた。
多分、彼は速水家に行った事について色々考えている。
その胸にあるのは、単純に「嬉しい。これからは親しくやっていける」だけじゃないだろう。
だから私はあえて話しかけない事で、彼に静けさを提供していた。
尊さんが望むならいつでもイチャイチャしたいけど、黙っている事も時には必要だ。
彼はサービス精神旺盛な人だから、常に私を喜ばせようとするだろう。
……多分だけど、尊さんは私にとても気を遣っている。
無理して楽しくさせようとしているとかじゃなくて、一緒にいると自然体でいられると言ってくれたのは事実だと思う。
でも彼は失う怖さを知っているから、私に飽きられないよう、他所を向かれないよう、無意識に〝良く〟振る舞っているところもあるんじゃないだろうか。
そこを指摘してどうこうじゃなくて、彼が自分の事を優先している時ぐらいは、沈黙していられる彼女でありたいな、と思っていた。
184
あなたにおすすめの小説
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます
久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」
大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。
彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。
しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。
失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。
彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。
「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。
蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。
地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。
そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。
これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。
数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる