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元彼との決着 編

『こんな人と付き合ってたんだ』

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 やがて彼は、ポツポツと自分の気持ちの移り変わりを語り出した。

「……学生時代、朱里はいつも一人だったし、美人で気になっていたから『近づきたい』って思って声を掛けた。とっつきにくい雰囲気はあったけど意外と普通に話せて、『もっと知りたい』と思って沢山デートに誘った」

 やっぱり外見ありきなのか。

 第一印象の半分は外見で決まるっていうから、ある意味仕方ない事なのかな。

「朱里はいつも澄ましてるけど、笑ったら可愛い。良さを見つけたあと、もっと好きになってほしいと思って色々頑張ったけど……、お前はいつまでも心の中にラインを引いたままだった」

「そんなラインあったっけ」

 多分、ずっと〝忍〟を気にしていたからだと思うけど、その辺りを昭人に言うつもりはない。

「朱里はいつも〝クールビューティー〟だったよ。笑い転げる事もないし、怒りや悲しみも激しく表さない。家庭の悩みは持っていたけど、俺に『こうしてほしい』と求める事はなかった。『距離感の気持ち悪い兄貴を一発殴ってくれ』って言ってくれたら、俺だって朱里のために動いたのに」

 あー……。私、そんなふうに思わせてたのか。

 というか亮平が昭人に殴られなくて良かった。

「確かにそういうところはあったけど、……泣いても笑っても何かが変わる訳じゃないのは分かってた。私はある意味、色んなものを諦めてたんだよ」

 言いながら、昔の私は〝忍〟に救われたとはいえ、今ほど幸せルンルンで生きていなかったなと再度思った。

 幸せを噛み締めている今だからこそ、昔の自分がいかに根暗で自分にも周りにも期待していなかったのかを思い知った。

 昭人は私を少しの間見つめていたけれど、やがてボソッと言う。

「だから俺は『何をやっても反応の少ない朱里を夢中にさせて、俺に依存させたい』って思ってたんだ」

「おお……」

 思わず声を出してしまったので、昭人はばつが悪そうな顔をする。

「朱里は美人だし胸が大きいから、男子の間でもひそかに人気があった。だから俺はいつも他の奴に盗られないか不安で、繋ぎ止めるのに必死だったんだ」

 さっきも思ったけど、私に価値を感じる部分がまずそこっていうの、結構キツイな。

(尊さんなら、もっと内面の事を言ってくれるのに)

 つい尊さんと比べてしまい、私は昭人に気取られないように静かに溜め息をつく。

(別れたから嫌いになる……って訳じゃないけど、『こんな人と付き合ってたんだ』って思い知るのしんどいな)

 少なくとも付き合っていた当時は〝大切な彼氏〟と思っていたし、フラれたあとは凄くショックでヤバい状態にもなった。

 なのに今はカエル化現象っていうのか、昭人に何も魅力を感じないし、彼が言い訳を重ねるほど心が冷えていくのを感じる。

 そういう自分を「やだな」と感じるいっぽうで、尊さんが『DV彼氏と付き合っていて、やっと目が覚めた状態』と言っていたのも思い出す。

(何はともあれ、付き合っていた当時のフィルターは完全に外れたって事だよな……)

 私が特に表情を変えずに話を聞いていたからか、昭人はなおも焦ったように言葉を続ける。

「……必死になったらダサいって思っていたから、バカップルみたいな事は言わなかったし、しなかった。朱里もベタベタした関係は好きじゃなさそうだし」

 そうでもない。

 私は今、尊さんといるとバカップルみたいな反応をするし、彼とならめちゃくちゃベタベタしたい。

「いつ浮気されるか心配だったけど、意外とお前は一途だった。一応安心して付き合っていたものの、『俺に夢中ではないよな』っていつも不安に思ってた。……でも、俺たちはその関係がベストで、このまま結婚するべきなのかも……とも考えていた」

 おい、色々失礼だな!

『いつ浮気されるか心配』とか、『意外と一途』とか……。

 私が心の中で突っ込んだ時、昭人は悩ましげに溜め息をついて視線を落とす。

「……朱里は理想の女だけど、『学生時代の彼女と結婚してもいいのか』って何回も考えてた。『もしかしたら自分にはもっとピッタリの相手が見つかるかもしれない』って思うと、何だか勿体なくて……。分かるだろ? この気持ち。……一番の原因は、朱里が何を考えてるか分からなくて不安だったからだ。……だから、同僚が無理矢理合コンに誘ってきた時、『嫉妬してくれるかも』って思ったんだ」

 ……なんかこいつ、考え方が他責だな……。

 それに彼女の気持ちが分からなくて、合コン行って嫉妬させる? ワケ分かんない。

 加えて加代さん登場の流れになり、私は大きな溜め息をつく。

 昭人は俯いたまま、私の顔を見ずボソボソと続ける。

「……加代はその時の俺が求めていたものを、すべてくれた。何かと『好き』と言って、甘えてくれた。彼女といると『この子は俺がいないと駄目なんだ』って思ってしまったんだ。……それがあいつのテクニックだと思うんだけど……」

 私はもう一度大きな溜め息をつき、腕を組む。

「テクって何よ。……っていうか、私ってフラれたんじゃなくて、浮気されて捨てられたんじゃない。私と別れたあとに、合コンで相良さんと出会ったって聞いたけど、嘘ついたな? 順番が逆じゃない」

「ちっ、違うんだ! 同僚が無理矢理誘ってきて……、人数が足りないとかなんとか……」

「はい? 私が嫉妬するかもって思って参加を決めたんでしょ?」

 強めに言うと、昭人はモゴモゴ言ったあと俯いて黙った。

「で? 相良さんと別れたあなたが、今さら私にどうしろと? よりを戻したいなんて言わないよね?」

 ここまでくると、さすがの私も苛ついた声を出してしまう。

 心境の変化を細やかに説明し、今まで昭人が何を考えていたのかは分かったけど、ハッキリ言って「で?」だ。それ以外の何でもない。

 昭人はしばらく黙って俯いていたけど、顔を上げると思い詰めた表情で縋ってきた。

「やっぱり朱里が好きなんだ。朱里は浮ついてなくて信頼できる。調子のいい事を言わないから安心感があるんだ。加代は化粧を落としたらブスだし、胸も小さくて頭も悪い。所詮、合コンでお持ち帰りできるレベルの女だったんだ。不倫なんて、人間として終わってるだろ。若さと化粧で作った顔で、一時のスリルを味わって人生を壊す、頭の悪い女なんて関わっていたくない。……あんな低スペックの女、あと十年経てば、ただの厚化粧の若作りババアになり下がる。その点、朱里は美人だし胸も大きいし、自立してるし、頭もいいし……」

 加代さんを悪く言って薄ら笑いを浮かべる昭人を、私は死んだ目で見ていた。

 漫画で言えばハイライトが消えた目だ。

 ……ちょっと待て。突っ込み所が多すぎて考えがついていかない。

 こいつ、ちょっと前まで加代さんを褒めてなかったっけ? なのに都合が悪くなると、掌を返して悪口ばっかり……。

 ……というか、そうだよ。こいつはこういう奴だった。

〝思い出した〟瞬間、こいつにされた数々の嫌な事が、当時の怒りと共に脳裏に蘇る。

(あー、駄目、駄目。無理)

 まだ昭人がゴチャゴチャ言っているけど、私はバッグからお財布を出して千円札をテーブルの上に置き、立ち上がるとダウンジャケットを着た。

「朱里!」

 昭人が焦った顔をして立ちあがるけれど、もう一分一秒でもこいつと同じ空気を吸いたくなかった。

「ごめん、もう無理。これ以上話を聞きたくない。千円出すからあとは宜しく」

 そう言って私はカフェオレを一気飲みし、「ごちそうさまでした」と言ってカフェを出た。

 頭の中は怒りと悲しみで一杯だ。

 あれ以上昭人の話を聞いていれば、感情的になって大きな声を出し、店内の人に迷惑を掛けていただろう。

 何も考えずにスタスタ歩いていたけれど、すぐに後ろから昭人が「朱里!」と私を呼び、バタバタと追いかけてきた。

「待ってくれよ! まだ話が終わってない」

 グイッと腕を掴まれたけれど、私はその手を乱暴に振り払う。

「……っ、もうやめてよ!」

 ――もう駄目だ。

 限界を感じた瞬間、両目からボロッと涙が零れてしまった。

 その間も、今まで昭人に言われた嫌な言葉が蘇り、私の心をかき乱してくる。

「さっきから何なの? 自分が何を言ってるか分かってる? 私を捨てて相良さんを選んだくせに不倫してたから別れた? それでまた私と付き合いたい? 胸が大きくて見た目がいいから、連れて歩いて気分がいい? メイクで盛った女の子はまやかし? 学歴がそんなに大事? 気持ちよく褒めてもらったら、コロッと傾いたくせに? あと言っとくけど、三十代の女性がババアなら、十年後のあんたもジジイだよ!」

 私が泣く姿を見た事がなかったからか、昭人は目を丸くして固まっている。

「あんたはおだててほしかったから、相良さんを好きになったんだよ。私は自分の事ばっかりで、昭人の自尊心をくすぐる事を言えなかった。その意味で私は昭人に合わない彼女だったかもしれない。それでも、当時の私はあんたと一緒にいて心地よく思っていたし、結婚できると思ってた……っ」

 今さら昭人との結婚が惜しい訳じゃない。私は悔しくて堪らないんだ。

 昔の私はこんな男を一生懸命好きになろうと努力し、フラれてボロボロになっていた。

 そう思うと、自分があまりにバカで泣けてくる。

 本当は浮気されて捨てられたのに、私は自分の落ち度でフラれたと思い『どこが悪かったんだろう? 言ってくれたら直すのに』って病むほど悩んだ。

 こんな男のために、泣いて悩んで、頭をいっぱいにして……。

「じゃあ、俺とやり直そうよ」

 勘違いした昭人が期待した目で言った時、誰かが私の前に立ちはだかった。

 その人の顔が見えなくても、フワッと香ったこの匂いで分かる。

「お前、いい加減にしとけよ」
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