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実家に挨拶 編

ハグる

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「亮平さん自身は『我慢していた』と思っていなかったでしょう。性格的にストレスが溜まったとしても、大きな声を出さず、静かに押し殺していくタイプの人に思えます。常識人ですから、世間的に〝いけない〟事はしません。堅実な性格なのでナンパや合コンなどもあまり好まないと思います」

「その通りです」

 美奈歩は「兄の事はよく知っている」という顔で頷く。

「だから彼は、突然できた継妹という非日常の存在に惹かれてしまった可能性があります。朱里さんをどうこうしたいとは思っていなかったでしょうけど、〝兄〟の範囲内で仲良くしたいと思った。女として見ていたかは分かりませんが、血を分けた妹には感じられないときめきを朱里さんに求めていたのでは……と。それを無意識に感じた美奈歩さんは、二人を見て嫉妬してしまっていた」

 今度は美奈歩は、何も言わなかった。

 代わりに考えるように膝を抱え、自分のつま先を見ている。

「誰が悪い、で片づけられる事ではないと思います。朱里さんは大好きな父親を亡くして心に壁を作り、新しい家族と打ち解けられないままだった。頑なになっている彼女に亮平さんが言葉少なに近づこうとしても、あらぬ誤解を受けたでしょう。そんな二人を見て、美奈歩さんは大好きなお兄さんをとられそうな気持ちになり、嫉妬してしまった。嫌いな訳ではないけれど、つまらないからついツンとしてしまう。それを見て朱里さんも、話しかけないほうがいいのかもしれないと思い、二人の間にすれ違いが生まれてしまった」

 私は彼の言葉を聞きながら、尊さんがいてくれて良かったなと感じていた。

 結婚する前に美奈歩との関係を改善したいと思っていても、私一人だったらお互い言葉足らずでうまく話せなかったと思う。

 亮平が私に惹かれていたくだりも、自分で言ったら「自意識過剰」と思われてしまう。

 だから、第三者の尊さんがいて本当に良かった。

「誰かを嫌う理由は、その人といると自分が損なわれる時……と感じています。自分の話ばかりする人や、自慢話ばかり、嘘ばかり、誰かを悪く言ってばかり……など。そういう人と一緒にいるだけで、自分がすり減りますし、時間が勿体なく感じます。または自分を陥れた相手だとか、借りたお金を返さない人、約束を反故にする人などもありますが、二人の場合何にも当てはまりません。二人とも直接の要因はなく、〝何となく〟で避けていたんです」

 確かに、尊さんの言う通りだ。

 私は美奈歩から実害をほぼ受けていない。

 ちょっと冷たい態度をとられたといっても、学校や会社の中みたいに、その態度が他の人に伝染して自分の立場が悪くなる訳でもない。

 美奈歩の態度さえ気にしなければ、別に普通に過ごしていられた。

 恵や昭人に愚痴る時も『ツンツンされてしんどい』ぐらいしか言う事がなかった。

 ……亮平の場合は、妙に近い場所に立たれたりとかで、変な危機感はあったから別物だけど。

 だから私も〝何となく〟美奈歩を避けて、それに〝嫌い、苦手〟という理由をつけていたのかもしれない。

「話してみれば、こうやってお互いが何を考えていたか知る事ができます。まずは話し合いのテーブルにつきましょう。To be is to do.『存在するとは、行動する事である』とカントも言っています。思っているだけでは何にもなりません。家族になりたい、相手にとっての〝何か〟になりたいと思うなら、思いきって自分の考えを話してみる事を勧めます」

 尊さんの言葉が、じんわりと胸の奥に染み入っていく。

(私、結構思い込みで判断したあと、ろくに話さずに『もういいや』って思って距離をとってしまった事ってあったな。学生時代もそうだったし、家族も……)

 反省した時、美奈歩がポツンと言った。

「……今まで感じ悪くてごめん」

「う、ううん!? 私も……、まともに話そうとしないでごめん」

 謝り合ったあと、私たちは照れくさくなってジワジワと赤面する。

 そんな私たちを見て尊さんは笑顔になり、ポンと私の肩を叩いてきた。

「付き合うから、今度美奈歩さんを誘ってお茶でもしてみたらどうだ? 家から出て、場所を変えたら色々話題が出てくるかもしれない。仕事の悩みとか、恋愛関係とか。ホテルのアフタヌーンティーとかは? 女子って好きだろ」

 もう……。アフターケアまで万全の速水クオリティ!

「……美奈歩、いい所知ってる?」

 おずおずと尋ねると、彼女は少し迷ってから言った。

「一応ヌン活はしてるけど、一月、二月だと割と苺をテーマにする所が多いから、苺が好きなら狙い目かも。…………好きでしょ? 苺味のチョコとかよく食べてたし」

 んん! ……まさか、美奈歩が私が好んでいたお菓子を覚えていたとは……。

 じわぁ……、と嬉しくなった私は、立ちあがるとガバッと両腕を広げ、トトト……と美奈歩に近づいて優しくハグをした。

「な、なに!」

「……しゅき。嬉しくなったらハグる」

「なにその理論」

 美奈歩は呆れたように突っ込んだあと苦笑し、ポンポンと私の背中を叩いてきた。
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