110 / 780
加速する絶望 編
命の価値
しおりを挟む
『面会した時に夫が言ったんです。〝本当はブレーキの踏み間違えじゃなく、故意にさゆりさんと娘さんを撥ねた〟と。〝息子の借金を肩代わりしてもらう代わりに、篠宮怜香さんという人の頼みを聞いた〟……と。息子のためとはいえ、小さい子まで殺すなんて……っ』
そう言って、老婦人は泣き崩れた。
『…………頼まれた……とは? ……金は、幾ら積まれたんですか?』
俺の問いに、中年女性が気まずそうに答える。
『三千万円です。……私の兄が作った借金が一千万円。……残りは私たちが好きに使うように……との事でしたが……』
――あの女、金に困ってる老人に目を付けて、母とあかりを殺させたのか!
――たった三千万円で!
――母とあかりの命は、それっぽっちの価値だったのか!?
『…………っうあぁああああっ!!』
信じられない事実を知った俺は、とっさに持っていた仏花を地面に叩きつけた。
バシャッと音がし、母を思って買ったカーネーションが散る。
女性たちは俺の反応を見て、驚いて固まった。
俺は彼女たちを無視し、何度も仏花を地面に叩きつけた。
そのあと荒くなった息を整え、涙を拭って考える。
――ちゃんと考えろ。
――絶望なら今まで何度も味わったはずだ。今さら動じるな。
――復讐を果たす相手は誰だ? そのために何をすべきだ?
冷静な俺が荒れ狂う自分に問いかけ、心の中で決意が固まっていく。
今までありとあらゆる事をされた。
人生を破壊されても、人をまともに愛せなくなっても、自分が怜香の人生を台無しにしたのだからと言い聞かせて、耐え忍んできた。
母の代わりに自分が罰を受けているなど、考えた事はない。
だが自分は必要のない存在で、存在しているだけで人の迷惑になっているのだと、怜香の呪いの言葉によって洗脳されていた。
だから極力、誰にも迷惑を掛けないようにひっそりと生きてきたつもりだ。
怜香を見返したい気持ちはあったし、嫌悪し、顔も見たくないほど憎んでいる。
けれど心の底には『怜香だって可哀想な存在だ』という思いがあり、それで溜飲を下げていたところもあった。
でも――、あいつはしてはいけない事をした。
夫の浮気相手が子供を産んだと聞いたら、そりゃあ怒り狂うだろう。気持ちは分かる。
だが、母とあかりは殺されるほどの事をしたか?
不倫相手になって子供を産んだら、子供もろとも殺されてもいいのか?
不倫は命をもって償うべき大罪なのか?
――誰か教えてくれよ!!
人の道を踏み外しておきながら、あいつは今ものうのうと篠宮フーズの社長夫人をし、贅沢三昧をして高笑いしている。
――ここまでやったなら、やり返される覚悟を持っての事だろうな?
怜香の所業を知り、生まれて初めて胸の奥にどす黒い殺意が芽生えた。
だが感情のままに怒り狂い、誰かを殴り、殺して自分も犯罪者になるなら、誰だってできる。
――そうじゃない。母とあかりに顔向けできない事は絶対にしてはいけない。
――もっと効果的なやり方を考えるんだ。
――十八年耐えられたならまだ我慢できるだろ。〝いつか〟怜香を徹底的に潰す時のために、あらゆる証拠を揃えておけ。
自分に言い聞かせた俺は、乱れた髪を掻き上げて、怯えている母娘に笑いかけた。
『…………取り乱してすみません。あとで詳しく事情を伺えませんか? 連絡先をお教えします』
速水家に罪悪感を抱いている母娘は、俺が〝どこかにいる速水尊の親戚〟だと思い込んでいるようなので、適当に嘘をついて補足しておく事にした。
『僕は速水尊さんに頼まれて、代理で墓参りしている者です。彼とは本当の兄弟のような関係にあり、彼のつらさを一番理解している存在だと自負しています』
その説明を聞いて、二人は俺が動揺した理由を理解したようだった。
『申し訳ございません。考えなしな事を言ってしまって……』
『いいえ、いいんです。中山さんは世間的には加害者と言われているでしょうけれど、あなた達だってつらい思いをされているでしょう』
努めて冷静に言ったつもりだが、俺の声は怒りで震えていた。
〝理由〟を知って怜香に激しい怒りを覚えると共に、俺は中山が完全な悪ではないと知って酷く混乱していた。
今まで『いつか中山に復讐できたら』と思って生きてきたのに、運命は俺に憎しみすら抱かせてくれない。
――本当はごく普通の善人だった?
――息子を思うあまり、苦渋の決断をした父親だった?
――そんな情報、今さら聞かせるなよ!
――娘、妻が今さら俺の目の前に現れて、『犯人は本当はいい人なんです』って泣くなよ!
――俺の絶望と悲しみが軽く思えるだろ!
心の中は荒れ狂った感情でグチャグチャになっているが、それをこの二人にぶつけても仕方がない事ぐらい、大人になった今なら分かっている。
この世界は理不尽だらけだ。
どれだけ善くあろうとしても、心ない者の所業ですべてぶち壊され、積み上げてきたものが崩される。
何度『正気を失ったほうが楽だ』『死んで楽になりたい』と願ったか分からない
――でも、死にぞこなった俺にだって、まだできる事はある。
――俺だけが母と妹の無念を晴らすため、復讐できる。
――誰に何を言われても構わない。破滅? 上等だ。
――もとより幸せになれるなんて思っていない。やってやる。
そう言って、老婦人は泣き崩れた。
『…………頼まれた……とは? ……金は、幾ら積まれたんですか?』
俺の問いに、中年女性が気まずそうに答える。
『三千万円です。……私の兄が作った借金が一千万円。……残りは私たちが好きに使うように……との事でしたが……』
――あの女、金に困ってる老人に目を付けて、母とあかりを殺させたのか!
――たった三千万円で!
――母とあかりの命は、それっぽっちの価値だったのか!?
『…………っうあぁああああっ!!』
信じられない事実を知った俺は、とっさに持っていた仏花を地面に叩きつけた。
バシャッと音がし、母を思って買ったカーネーションが散る。
女性たちは俺の反応を見て、驚いて固まった。
俺は彼女たちを無視し、何度も仏花を地面に叩きつけた。
そのあと荒くなった息を整え、涙を拭って考える。
――ちゃんと考えろ。
――絶望なら今まで何度も味わったはずだ。今さら動じるな。
――復讐を果たす相手は誰だ? そのために何をすべきだ?
冷静な俺が荒れ狂う自分に問いかけ、心の中で決意が固まっていく。
今までありとあらゆる事をされた。
人生を破壊されても、人をまともに愛せなくなっても、自分が怜香の人生を台無しにしたのだからと言い聞かせて、耐え忍んできた。
母の代わりに自分が罰を受けているなど、考えた事はない。
だが自分は必要のない存在で、存在しているだけで人の迷惑になっているのだと、怜香の呪いの言葉によって洗脳されていた。
だから極力、誰にも迷惑を掛けないようにひっそりと生きてきたつもりだ。
怜香を見返したい気持ちはあったし、嫌悪し、顔も見たくないほど憎んでいる。
けれど心の底には『怜香だって可哀想な存在だ』という思いがあり、それで溜飲を下げていたところもあった。
でも――、あいつはしてはいけない事をした。
夫の浮気相手が子供を産んだと聞いたら、そりゃあ怒り狂うだろう。気持ちは分かる。
だが、母とあかりは殺されるほどの事をしたか?
不倫相手になって子供を産んだら、子供もろとも殺されてもいいのか?
不倫は命をもって償うべき大罪なのか?
――誰か教えてくれよ!!
人の道を踏み外しておきながら、あいつは今ものうのうと篠宮フーズの社長夫人をし、贅沢三昧をして高笑いしている。
――ここまでやったなら、やり返される覚悟を持っての事だろうな?
怜香の所業を知り、生まれて初めて胸の奥にどす黒い殺意が芽生えた。
だが感情のままに怒り狂い、誰かを殴り、殺して自分も犯罪者になるなら、誰だってできる。
――そうじゃない。母とあかりに顔向けできない事は絶対にしてはいけない。
――もっと効果的なやり方を考えるんだ。
――十八年耐えられたならまだ我慢できるだろ。〝いつか〟怜香を徹底的に潰す時のために、あらゆる証拠を揃えておけ。
自分に言い聞かせた俺は、乱れた髪を掻き上げて、怯えている母娘に笑いかけた。
『…………取り乱してすみません。あとで詳しく事情を伺えませんか? 連絡先をお教えします』
速水家に罪悪感を抱いている母娘は、俺が〝どこかにいる速水尊の親戚〟だと思い込んでいるようなので、適当に嘘をついて補足しておく事にした。
『僕は速水尊さんに頼まれて、代理で墓参りしている者です。彼とは本当の兄弟のような関係にあり、彼のつらさを一番理解している存在だと自負しています』
その説明を聞いて、二人は俺が動揺した理由を理解したようだった。
『申し訳ございません。考えなしな事を言ってしまって……』
『いいえ、いいんです。中山さんは世間的には加害者と言われているでしょうけれど、あなた達だってつらい思いをされているでしょう』
努めて冷静に言ったつもりだが、俺の声は怒りで震えていた。
〝理由〟を知って怜香に激しい怒りを覚えると共に、俺は中山が完全な悪ではないと知って酷く混乱していた。
今まで『いつか中山に復讐できたら』と思って生きてきたのに、運命は俺に憎しみすら抱かせてくれない。
――本当はごく普通の善人だった?
――息子を思うあまり、苦渋の決断をした父親だった?
――そんな情報、今さら聞かせるなよ!
――娘、妻が今さら俺の目の前に現れて、『犯人は本当はいい人なんです』って泣くなよ!
――俺の絶望と悲しみが軽く思えるだろ!
心の中は荒れ狂った感情でグチャグチャになっているが、それをこの二人にぶつけても仕方がない事ぐらい、大人になった今なら分かっている。
この世界は理不尽だらけだ。
どれだけ善くあろうとしても、心ない者の所業ですべてぶち壊され、積み上げてきたものが崩される。
何度『正気を失ったほうが楽だ』『死んで楽になりたい』と願ったか分からない
――でも、死にぞこなった俺にだって、まだできる事はある。
――俺だけが母と妹の無念を晴らすため、復讐できる。
――誰に何を言われても構わない。破滅? 上等だ。
――もとより幸せになれるなんて思っていない。やってやる。
107
あなたにおすすめの小説
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
【完結】広間でドレスを脱ぎ捨てた公爵令嬢は優しい香りに包まれる【短編】
青波鳩子
恋愛
シャーリー・フォークナー公爵令嬢は、この国の第一王子であり婚約者であるゼブロン・メルレアンに呼び出されていた。
婚約破棄は皆の総意だと言われたシャーリーは、ゼブロンの友人たちの総意では受け入れられないと、王宮で働く者たちの意見を集めて欲しいと言う。
そんなことを言いだすシャーリーを小馬鹿にするゼブロンと取り巻きの生徒会役員たち。
それで納得してくれるのならと卒業パーティ会場から王宮へ向かう。
ゼブロンは自分が住まう王宮で集めた意見が自分と食い違っていることに茫然とする。
*別サイトにアップ済みで、加筆改稿しています。
*約2万字の短編です。
*完結しています。
*11月8日22時に1、2、3話、11月9日10時に4、5、最終話を投稿します。
拗れた恋の行方
音爽(ネソウ)
恋愛
どうしてあの人はワザと絡んで意地悪をするの?
理解できない子爵令嬢のナリレットは幼少期から悩んでいた。
大切にしていた亡き祖母の髪飾りを隠され、ボロボロにされて……。
彼女は次第に恨むようになっていく。
隣に住む男爵家の次男グランはナリレットに焦がれていた。
しかし、素直になれないまま今日もナリレットに意地悪をするのだった。
地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます
久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」
大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。
彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。
しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。
失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。
彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。
「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。
蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。
地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。
そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。
これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。
数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる