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長い一月六日 編

人は皆、過ちを犯す

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「……すまない。すべて私の弱さゆえだ」

 亘さんは申し訳なさそうに言い、視線を落とす。

「さゆりは高校時代の後輩だ。生徒会で出会って意気投合したあと、結婚するつもりで付き合い続けてきた」

 さゆりというのは、尊さんのお母さんの名前だろう。

「彼女ほど私の気持ちを理解してくれる人はいなかったし、優秀な秘書はいなかった。……だが両親が私とさゆりの結婚を許さなかった」

 やっぱりそうなるのか。

 私はそっと溜め息をついた。

 風磨さんとエミリさんは自分たちに重ねているようで、神妙な表情をしている。

「その時、私が自分の意志を強く持ち、彼女と結婚していたら、未来はもう少し違っていたかもしれない。……だが、風磨の存在を否定する事は言いたくない」

 確かにそうだ。

 私だって『母が再婚しなかったら何かが違ったかもしれない』と思う事はあったけど、母の選択や幸せを否定したくない。

 否定したとして、何かが変わる訳じゃないし。

「……最終的に私は両親の言葉に従い、見合いで怜香と結婚した。彼女はとてもいい妻になってくれた。……だが彼女との間に跡継ぎになる風磨が生まれ、気持ちが緩んでしまった。愚かにも、私は結婚後も頻繁にさゆりの所に通い、彼女との間にも子供がほしいと望んでしまった」

 私の隣で、尊さんが溜め息をつく。

 恐らく『結婚したなら他の女に目移りしてんじゃねぇよ』と思っているのだろう。

 けどそうなれば、彼は誕生しなかった事になる。

 すべて過ぎ去った事で、今さら何を言っても仕方がない。

 全員分かっている事だけれど、つい文句を言いたくなる。私だって同じだ。

「風磨を産みたての怜香は、育児に掛かりっきりだった。私はその間もさゆりの所へ通ってしまった。最低の夫だという自覚はある」

 本当に最低だと思います。

 そう思った時、尊さんが口を開いた。

「庇うつもりはないが、受け入れた俺の母にも問題があるんじゃないか? あんたが結婚したのは分かっていただろう」

 彼に問われ、亘さんは視線を落としたまま気まずく黙り込む。

 その姿を見て、尊さんが目を瞠った。

「……おい、まさか……。無理矢理迫った訳じゃないだろうな?」

 低い声で尋ねられ、亘さんは俯いたまま唇を震わせる。

「……っどうしても、愛する女性との間に子供がほしかった。さゆりは私のすべてだった。彼女のいない人生など考えられない。…………何と言われようが、私は自分の行動を後悔していない。彼女は私の立場が悪くなるのを怖れて会う事を避けていた。ただ問いただせば『本当はあなたと結婚したかった』と言ってくれた。だから……っ」

 皆が大きな溜め息をついた。

 一言でいうなら「アホ」だ。

 結婚したあとに他の女性を見なければ、今こんな混乱は起こっていなかった。……尊さんも産まれなかった訳だけれど。

 でも人は皆、過ちを犯す。

 愛しているから求めてしまうし、好きな人との間に子供がほしいと望んでしまう。

 大企業の社長だって人だ。

 経営者や有名人は、私生活にいたるまで、すべてが模範的であるべきという法律なんてない。

 愛する事が罪?

 間違えた関係の果てに産まれた尊さんは、悪の化身?

 …………そんな訳あるか!

 私は涙を拭い、顔を上げる。

「社会的に見れば、褒められた行動ではなかったと思います。浮気相手との間に子供ができたなんて聞けば、ほとんどの人は眉をひそめるでしょう。でも亘さんの行動を否定すれば、尊さんの存在を否定する事になります。私は亘さんの選択を『仕方がなかった事』だと思います。……世の中、仕方ない事って沢山あるんです。社会のルールなんかじゃ縛る事ができない事が沢山……」

 嗚咽しないように我慢していたけれど、声が震えてしまう。

 そんな私の肩を抱き、尊さんが言った。

「俺はずっとあんたが嫌いだった。母との間に無責任に子供を作り、『責任を持つ』と言って金や物だけは貢いだが、夫、父親としての自分は与えなかった。母が死んだあとになって『家族になろう』と言ったかと思いきや……。……あの家で過ごした八年間は、俺にとって地獄そのものだった」

 厳しい表情で言った尊さんの言葉を聞いても、亘さんは何も言わなかった。

 八年という事は、尊さんは十歳から高校卒業までは篠宮家で過ごしていたんだろう。
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