71 / 778
長い一月六日 編
人は皆、過ちを犯す
しおりを挟む
「……すまない。すべて私の弱さゆえだ」
亘さんは申し訳なさそうに言い、視線を落とす。
「さゆりは高校時代の後輩だ。生徒会で出会って意気投合したあと、結婚するつもりで付き合い続けてきた」
さゆりというのは、尊さんのお母さんの名前だろう。
「彼女ほど私の気持ちを理解してくれる人はいなかったし、優秀な秘書はいなかった。……だが両親が私とさゆりの結婚を許さなかった」
やっぱりそうなるのか。
私はそっと溜め息をついた。
風磨さんとエミリさんは自分たちに重ねているようで、神妙な表情をしている。
「その時、私が自分の意志を強く持ち、彼女と結婚していたら、未来はもう少し違っていたかもしれない。……だが、風磨の存在を否定する事は言いたくない」
確かにそうだ。
私だって『母が再婚しなかったら何かが違ったかもしれない』と思う事はあったけど、母の選択や幸せを否定したくない。
否定したとして、何かが変わる訳じゃないし。
「……最終的に私は両親の言葉に従い、見合いで怜香と結婚した。彼女はとてもいい妻になってくれた。……だが彼女との間に跡継ぎになる風磨が生まれ、気持ちが緩んでしまった。愚かにも、私は結婚後も頻繁にさゆりの所に通い、彼女との間にも子供がほしいと望んでしまった」
私の隣で、尊さんが溜め息をつく。
恐らく『結婚したなら他の女に目移りしてんじゃねぇよ』と思っているのだろう。
けどそうなれば、彼は誕生しなかった事になる。
すべて過ぎ去った事で、今さら何を言っても仕方がない。
全員分かっている事だけれど、つい文句を言いたくなる。私だって同じだ。
「風磨を産みたての怜香は、育児に掛かりっきりだった。私はその間もさゆりの所へ通ってしまった。最低の夫だという自覚はある」
本当に最低だと思います。
そう思った時、尊さんが口を開いた。
「庇うつもりはないが、受け入れた俺の母にも問題があるんじゃないか? あんたが結婚したのは分かっていただろう」
彼に問われ、亘さんは視線を落としたまま気まずく黙り込む。
その姿を見て、尊さんが目を瞠った。
「……おい、まさか……。無理矢理迫った訳じゃないだろうな?」
低い声で尋ねられ、亘さんは俯いたまま唇を震わせる。
「……っどうしても、愛する女性との間に子供がほしかった。さゆりは私のすべてだった。彼女のいない人生など考えられない。…………何と言われようが、私は自分の行動を後悔していない。彼女は私の立場が悪くなるのを怖れて会う事を避けていた。ただ問いただせば『本当はあなたと結婚したかった』と言ってくれた。だから……っ」
皆が大きな溜め息をついた。
一言でいうなら「アホ」だ。
結婚したあとに他の女性を見なければ、今こんな混乱は起こっていなかった。……尊さんも産まれなかった訳だけれど。
でも人は皆、過ちを犯す。
愛しているから求めてしまうし、好きな人との間に子供がほしいと望んでしまう。
大企業の社長だって人だ。
経営者や有名人は、私生活にいたるまで、すべてが模範的であるべきという法律なんてない。
愛する事が罪?
間違えた関係の果てに産まれた尊さんは、悪の化身?
…………そんな訳あるか!
私は涙を拭い、顔を上げる。
「社会的に見れば、褒められた行動ではなかったと思います。浮気相手との間に子供ができたなんて聞けば、ほとんどの人は眉をひそめるでしょう。でも亘さんの行動を否定すれば、尊さんの存在を否定する事になります。私は亘さんの選択を『仕方がなかった事』だと思います。……世の中、仕方ない事って沢山あるんです。社会のルールなんかじゃ縛る事ができない事が沢山……」
嗚咽しないように我慢していたけれど、声が震えてしまう。
そんな私の肩を抱き、尊さんが言った。
「俺はずっとあんたが嫌いだった。母との間に無責任に子供を作り、『責任を持つ』と言って金や物だけは貢いだが、夫、父親としての自分は与えなかった。母が死んだあとになって『家族になろう』と言ったかと思いきや……。……あの家で過ごした八年間は、俺にとって地獄そのものだった」
厳しい表情で言った尊さんの言葉を聞いても、亘さんは何も言わなかった。
八年という事は、尊さんは十歳から高校卒業までは篠宮家で過ごしていたんだろう。
亘さんは申し訳なさそうに言い、視線を落とす。
「さゆりは高校時代の後輩だ。生徒会で出会って意気投合したあと、結婚するつもりで付き合い続けてきた」
さゆりというのは、尊さんのお母さんの名前だろう。
「彼女ほど私の気持ちを理解してくれる人はいなかったし、優秀な秘書はいなかった。……だが両親が私とさゆりの結婚を許さなかった」
やっぱりそうなるのか。
私はそっと溜め息をついた。
風磨さんとエミリさんは自分たちに重ねているようで、神妙な表情をしている。
「その時、私が自分の意志を強く持ち、彼女と結婚していたら、未来はもう少し違っていたかもしれない。……だが、風磨の存在を否定する事は言いたくない」
確かにそうだ。
私だって『母が再婚しなかったら何かが違ったかもしれない』と思う事はあったけど、母の選択や幸せを否定したくない。
否定したとして、何かが変わる訳じゃないし。
「……最終的に私は両親の言葉に従い、見合いで怜香と結婚した。彼女はとてもいい妻になってくれた。……だが彼女との間に跡継ぎになる風磨が生まれ、気持ちが緩んでしまった。愚かにも、私は結婚後も頻繁にさゆりの所に通い、彼女との間にも子供がほしいと望んでしまった」
私の隣で、尊さんが溜め息をつく。
恐らく『結婚したなら他の女に目移りしてんじゃねぇよ』と思っているのだろう。
けどそうなれば、彼は誕生しなかった事になる。
すべて過ぎ去った事で、今さら何を言っても仕方がない。
全員分かっている事だけれど、つい文句を言いたくなる。私だって同じだ。
「風磨を産みたての怜香は、育児に掛かりっきりだった。私はその間もさゆりの所へ通ってしまった。最低の夫だという自覚はある」
本当に最低だと思います。
そう思った時、尊さんが口を開いた。
「庇うつもりはないが、受け入れた俺の母にも問題があるんじゃないか? あんたが結婚したのは分かっていただろう」
彼に問われ、亘さんは視線を落としたまま気まずく黙り込む。
その姿を見て、尊さんが目を瞠った。
「……おい、まさか……。無理矢理迫った訳じゃないだろうな?」
低い声で尋ねられ、亘さんは俯いたまま唇を震わせる。
「……っどうしても、愛する女性との間に子供がほしかった。さゆりは私のすべてだった。彼女のいない人生など考えられない。…………何と言われようが、私は自分の行動を後悔していない。彼女は私の立場が悪くなるのを怖れて会う事を避けていた。ただ問いただせば『本当はあなたと結婚したかった』と言ってくれた。だから……っ」
皆が大きな溜め息をついた。
一言でいうなら「アホ」だ。
結婚したあとに他の女性を見なければ、今こんな混乱は起こっていなかった。……尊さんも産まれなかった訳だけれど。
でも人は皆、過ちを犯す。
愛しているから求めてしまうし、好きな人との間に子供がほしいと望んでしまう。
大企業の社長だって人だ。
経営者や有名人は、私生活にいたるまで、すべてが模範的であるべきという法律なんてない。
愛する事が罪?
間違えた関係の果てに産まれた尊さんは、悪の化身?
…………そんな訳あるか!
私は涙を拭い、顔を上げる。
「社会的に見れば、褒められた行動ではなかったと思います。浮気相手との間に子供ができたなんて聞けば、ほとんどの人は眉をひそめるでしょう。でも亘さんの行動を否定すれば、尊さんの存在を否定する事になります。私は亘さんの選択を『仕方がなかった事』だと思います。……世の中、仕方ない事って沢山あるんです。社会のルールなんかじゃ縛る事ができない事が沢山……」
嗚咽しないように我慢していたけれど、声が震えてしまう。
そんな私の肩を抱き、尊さんが言った。
「俺はずっとあんたが嫌いだった。母との間に無責任に子供を作り、『責任を持つ』と言って金や物だけは貢いだが、夫、父親としての自分は与えなかった。母が死んだあとになって『家族になろう』と言ったかと思いきや……。……あの家で過ごした八年間は、俺にとって地獄そのものだった」
厳しい表情で言った尊さんの言葉を聞いても、亘さんは何も言わなかった。
八年という事は、尊さんは十歳から高校卒業までは篠宮家で過ごしていたんだろう。
144
あなたにおすすめの小説
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます
久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」
大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。
彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。
しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。
失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。
彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。
「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。
蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。
地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。
そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。
これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。
数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる