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長い一月六日 編

父と息子

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 尋ねられ、尊さんは機嫌良さそうに笑う。性格の悪さ的にどっちもどっちっぽいな。

「じゃあ、聞いてもらおうか」

 尊さんは息を吐いてから言い、〝時限爆弾〟の内容を一部話し始めた。

 以前に風磨さんに話せないと言った事については、まだ伏せたまま――。



**



 約束の十四時の三十分前には、私たちは一階にあるラウンジカフェへ移動していた。

「こんにちは」

 そこに現れたのは、尊さんのお父さんの亘さんだ。

 彼は怜香さん以外の全員が集合しているのを見て、瞠目して少しのあいだ固まっていた。

 けれど尊さんを見て、諦念の笑みを浮かべる。

 亘さんが何か言う前に、尊さんが口を開いた。

「〝始める〟前に親父にも言っておきたい事がある」

 大切な話があると察して、亘さんは椅子に座った。

 彼がホールスタッフにコーヒーを頼んだあと、尊さんは淡々と話し始める。

「俺が長年、あの人にどう扱われてきたかは、あんたはよく知っているはずだ」

 言われて、亘さんは覚悟を決めた表情で頷く。

「……謝っても謝りきれない。私の優柔不断さでお前たち母子を苦しめ、さらには怜香と風磨も苦しめる事になった」

「今さら謝ってほしいなんて思ってない。母は死んだ。そして俺が今までされた事も変えられない。……だがあの人が罰を受けたあと、俺と朱里が結婚しても一切関わらないなら、すべて水に流す」

 尊さんがここまで強く怜香さんを恨んでいるのは、やっぱり長年家の中でも迫害され続けたからだろうな。

 その影響が結婚後も続くなら我慢できない、だからその前に怜香さんに厳しい現実を突きつけておこうという心づもりなんだと思う。

 でも私としては、会社をクビになったりしないなら、そんなにやりすぎなくてもいいけど……と思ってしまう。

 けど怜香さんが尊さんに酷い言葉を言った事については、撤回してほしい。

 考えている間も、二人の会話は続く。

「何が起こっても受け入れよう。お前が私の息子である事は変わらない。こう見えても、私は尊の父親だ。お前が自分の幸せを掴みたいと願っているなら、無条件で応援したい」

 様々な感情が混じった表情で言う亘さんは、イケオジだけれど、とても苦労を積み重ねた顔をしていた。

 あの強烈な妻を持ち、婚外子がいる状態で何も感じなかった……なんていったら、とんだスーパーマンだ。

(むしろ、風磨さんが模範的な王子様的存在になったのは、周りの空気を読んで〝いい子〟であろうとした結果なんだろうな)

 私はチラッと風磨さんを見てそう思った。

 想像だけど、彼はエミリさんと二人きりの間は、長年抑圧してきた自分を解放できているのかもしれない。

「このあと、あんたや風磨、春日さんの前であの人の悪事を暴く。相当な修羅場になる事を覚悟してくれ。それでも妻として側に置くなら、あんたの自由だから好きにすればいい。俺はあの人を追い詰め、今後俺たちに関わらないよう約束させる。あんたはその約束がきちんと守られるよう見張っていてほしい。それが唯一の望みだ」

 かつて深く愛した女性の息子から「あんた」と呼ばれ、望まれるのは「妻がこれ以上やらかさないように監視してくれ」という事。父親として、なかなかつらい状況だ。

 亘さんは今も尊さんを大切な息子と思っているだろうけど、尊さんは父親に向ける信頼や愛情を、かなり前になくしてしまったんだろうな。

 私は乾ききった父子関係を目の当たりにして、とても悲しくなった。

「…………分かった。二人の幸せのためならどんな協力も惜しまない」

 悄然として言う亘さんを前にして、私はどうしても我慢する事ができなかった。

「……自社の社長に、暴言を吐く事をお許しください」

 私が固い表情で言ったからか、亘さんは苦笑いする。

「今は〝社長〟は抜きで考えてくれ。君は尊の婚約者だ。不甲斐ない義父に言いたい事があるなら、ハッキリ言ってくれて構わない」

 何を言われても受け入れようとする弱々しい顔は、リーダーシップのある辣腕経営者とは思えない姿だった。

「事情は教えてもらったので、ある程度の事は分かっていますし『今さらグチグチ言っても仕方がない』って理解しています。……でもどうして、こんな事態になるまで尊さんを放置していたんですか? この状況を作ったのはご自身だと、分からないはずがないでしょう」

 隣に座っている尊さんが、テーブルの下で私の手をそっと握る。

「お前はいいから」と思っているのは分かるけれど、私だって尊さんの事が大切だ。

 夫になる人がずっと不遇な目に遭っていたと聞いて、口を挟まずにいるなんてできない。
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