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クリスマスデート 編

生まれないほうが世の中のため

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「うぅ……」

 せめてもの抵抗で睨むと、尊さんはネクタイを緩めながら、捕食者のように私を見下ろして悠然と笑う。

 彼は悪い顔をして笑っていたけれど、不意に優しい表情になると、私の頭を撫でてきた。

「……今日は大丈夫か?」

 尋ねられて、前回は途中で終わってしまったのを思い出した。

「平気です。……先日はすみませんでした」

「気にすんなよ。死ぬ訳じゃねぇし」

 笑った尊さんは、ジャケットを脱いでソファの背もたれに掛ける。

「今日も、恐かったらすぐ言え。遠慮なんてするな」

「……はい」

 変なの。最初は酔ったところを抱かれて、そのあとも会議室でいきなり襲われた。

 反発を抱きながらも、押し流されて感じてしまったけれど、恋人になったあとの尊さんは私を無理に抱こうとしない。

 それが少し不思議だった。

「あの、私をお持ち帰りした日と、次の日の会議室」

「ああ」

 私は質問しながら、ゆっくり起き上がった。

 すると尊さんは、私の肩にジャケットを掛けてくれる。

 ……こういうさり気ない優しさが好きなんだよなぁ。

「今はこうして気遣ってくれますけど、あの時はほぼ無理矢理だったじゃないですか。……やっぱり今は、恋人になったから大切にしてくれてるんですか?」

 すぐに「そうだよ」と言われると思っていた。

 けど尊さんはすぐに返事をせず、黙ってリビングルームの中を見ている。

「え……、と。実はああいうシチュのほうが燃えるタチとか」

 その〝間〟を埋めるため、思いついた事を言った時、ポンと頭に手を乗せられた。

 そのまま、ポンポンと撫でられる。

「ごめんな」

 謝られ、酷く悲しい気持ちになった。

「……どうして謝るんですか」

 尋ねると、尊さんは溜め息をついてゆっくり脚を組む。

 そして解いたネクタイを手元で弄びながら言った。

「……あの時、すげぇムシャクシャしてた。酒を飲んで忘れようと思って、行きつけのバーに向かったらお前がいて、ちょっと怒りが冷めた。人間って自分より正体失ってる奴を見ると、冷静になるもんだな」

「え、ちょっと酷い」

 ボソッと突っ込むと尊さんは小さく笑い、溜め息混じりに言った。

「前日、母親の命日だったんだよ」

 それを聞き、私はハッとなった。

 彼が篠宮家で暮らすようになったのは、十歳の冬からだ。

 だとすれば、彼のお母さんが亡くなった時期も冬だ。

 十二月といえば自分の誕生日、年末年始ぐらいしか認識がなくて、そこまで考えられなかった。

(今だって、尊さんにとっては一番つらい季節なんだ。二十二年前、本当はお母さんと過ごすクリスマスを、楽しみにしていたかもしれないのに……)

 そう思うと、胸の奥がズキンと痛くなった。

(何やってるんだろ。誕生日にフラれたとか、そんな事どうでもいい。尊さんは大切な家族を喪っていたのに……)

 私が昭人について愚痴を言っていた時も、尊さんは黙って話を聞いてくれていた。そして私を励まし、自分を愛するよう迫ってくれた。

 その優しさと「愛してもらえている」というときめきの中に、気づかないといけない事が紛れてしまっていた。

 彼が大きな傷を負っていたのを、知らなかった訳じゃないのに……。

(もっと早くに気づくべきだった)

 無言で落ち込んでいると、さらにポンポンと頭を撫でられる。

「またゴチャゴチャ考えてるな。お前は被害者なんだから、余計な事を考えなくていい」

「っ被害者とか言わないでください! 確かに会議室のは無理矢理だったけど、私は受け入れていました。自分が加害者みたいな言い方しないでください」

 尊さんを睨むと、彼は私を見て苦笑いし、遠い目で言った。

「……あの女、傷口に塩を塗るのが大好きなんだ。命日に墓参りに行って、家に帰ったらあの女がいた。『こんな時間まで出歩いて、女遊びでもしてるの?』と言われたから、母の命日だったと伝えた。……誰より知っているはずなのにな」

 彼は「ハッ」と嘲笑する。

「そしたら、自分が邪魔してるくせに、俺に対してこう言った。『いい歳して独り身で、決まった恋人もいない。このまま結婚もできずに子供もできなかったら、篠宮家の恥さらしだ』。…………『でもあなたの子供なんて、生まれないほうが世の中のためだから、丁度いい』とも言われた」

「なにそれ!」

 私は大声を上げ、ジャケットをはね除けて立ちあがった。
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