27 / 58
旧エチルデ領の歴史
しおりを挟む
「エチルデには莫大な財があると言われていましたが、戦が終わりハーティリアの兵が確認のため国内、城内を探っても宝は一つも出てきませんでした。『こんなはずはない』と誰もが思うものの、幾度もの調査を経て現在は調査隊の活動も停止。旧エチルデは完全に沈黙し、当時の英雄バフェット辺境伯が土地を守るようになりました。いまだバフェット領近辺は周辺国から狙われているものの、一応の平和は約束されている。……このような感じで如何でしょうか?」
「完璧だ。まるで歴史の本でも暗記したかのようだな」
ディストは軽く拍手をする。
それに対し、クローディアはにっこり笑ってみせた。
「これでもバフェット辺境伯の妻でした。土地の事は嫁ぐ前からしっかり調べ、現地でも城の者や民たちから色んな話を聞きました」
「君は外見や噂に似合わず、本当は勤勉でまじめな性格なんだな」
言い当てられ、クローディアは苦笑いをする。
「わざと喪服を着て目立ってみせたのは、イグナットに毒を飲ませた犯人を捜し当てるためか?」
「はい。喪に服した悲しみの未亡人として王都に行っても、過去に交流のあった人と話をして終わりだったでしょう。基本的に未亡人というものは、舞踏会になど行きませんから」
「確かに」
思わずディストとイェールン伯爵が笑った。
「目立って、〝バフェット伯の未亡人〟がいるという事を全員に知らしめたかったのです。こちらが目的の人を知らなくても、相手は私が何かを考えていると察したかもしれません。おかしな動きをしたなら、私に興味を持った人が教えてくれるかもしれません」
「確かに……一理ある。普通の未亡人ならまず考えない行動だが、君は目的のためなら、自分がゴシップの種になっても構わないと判断した。その勇気は認めよう」
「ありがとうございます」
少なくとも、正直に話してからというもの、ディストの気を引けたと思っている。
(殿下が情報を持っているかどうかは置いておいて、協力はしてくれそうな雰囲気かもしれない)
ディストは紅茶を一口飲み、息をつく。
少し迷うように沈黙してから、口を開いた。
「イグナットには生涯秘密にしてほしいと言われていたが、君は彼の妻であるから、その秘密を聞く権利はあると思う」
「はい」
確信に触れてきたと思い、クローディアは背筋を伸ばす。
「君はイグナットの老いた姿しか知らないと思うが、彼は若い頃は相当女性からモテて、腕力もあり剣が強く、騎士たちからも尊敬されていた男だったらしい」
「城の者たちは全員イグナット様を好いていました。想像できます」
「勇猛果敢な辺境伯は、二十年前の戦争の時も自ら剣を持って前線に立っていた。エチルデの見方になろうとし、彼の国の王城に立てこもって一緒に作戦会議を開いていたようだ」
クローディアは小さく頷く。
「やがて戦は熾烈さを増し、城の中でも戦闘が始まった」
そこまで言って、ディストは細く長く息を吐いた。
「エチルデの国王ガルティアは戦のさなか亡くなったとされていたが、本当はイグナットが誤って王を切ってしまったのが原因だ」
知らなかったイグナットの罪を聞かされ、クローディアは静かに息を吸う。
「それほどの激戦だったのだろう。複数の敵を相手に切り結めば、興奮して敵も味方も分からなくなる。大勢の命を奪いながらも冷静でいられるのは、よほど戦いに慣れた者でない限り無理だ」
「……分かります。私自身も剣を握り騎士たちと手合わせをする事がありますが、一対一の模擬戦でも精一杯になり、戦形式になるとあっという間に〝死者〟の印をつけられて退場になりました」
しんみりとして言った途端、ディストが噴き出した。
「見かけとは違うと思っていたが、そこまでお転婆だったのか」
「あ、その……。ええ、これがお転婆というのなら」
笑われて一瞬恥ずかしいと思ったものの、自分の生き方になんら恥など感じていない。
クローディアはすぐに開き直り、小首を傾げ笑ってみせた。
「イグナットがガルティアに負わせた傷は、浅いものではなかったそうだ。王はイグナットと打ち解けていたから、彼を疑わず責める事もしなかった。だが話し合う余裕もなく、ガルティアは傷ついた体で戦い続け隙を突かれて戦死してしまった」
ディストの言葉から、エチルデ王の人柄が分かる気がする。
「王妃アリシアは王太子と王女を外に逃がしたあと、国の誇りとして塔に留まっていた。が、国王崩御の知らせを聞き、自ら塔から飛び降りてしまった」
悲劇の王家の話を聞き、クローディアは軽く唇を噛む。
「その戦でイグナットは戦場に出た自分の息子も喪っていた。自分が不甲斐ないばかりに……と、己を責め、けれど最後まで自身の役割を果たし連合軍を撃退した。現場の整理をし、協力してくれた帝国に礼を言う手続きを取り、王をなくしたエチルデの民を己の領地に導いたあと、彼はドッと疲れたのだろう」
ディストの言葉を聞き、クローディアはイグナットが負っていたものの大きさを改めて思い知る。
「完璧だ。まるで歴史の本でも暗記したかのようだな」
ディストは軽く拍手をする。
それに対し、クローディアはにっこり笑ってみせた。
「これでもバフェット辺境伯の妻でした。土地の事は嫁ぐ前からしっかり調べ、現地でも城の者や民たちから色んな話を聞きました」
「君は外見や噂に似合わず、本当は勤勉でまじめな性格なんだな」
言い当てられ、クローディアは苦笑いをする。
「わざと喪服を着て目立ってみせたのは、イグナットに毒を飲ませた犯人を捜し当てるためか?」
「はい。喪に服した悲しみの未亡人として王都に行っても、過去に交流のあった人と話をして終わりだったでしょう。基本的に未亡人というものは、舞踏会になど行きませんから」
「確かに」
思わずディストとイェールン伯爵が笑った。
「目立って、〝バフェット伯の未亡人〟がいるという事を全員に知らしめたかったのです。こちらが目的の人を知らなくても、相手は私が何かを考えていると察したかもしれません。おかしな動きをしたなら、私に興味を持った人が教えてくれるかもしれません」
「確かに……一理ある。普通の未亡人ならまず考えない行動だが、君は目的のためなら、自分がゴシップの種になっても構わないと判断した。その勇気は認めよう」
「ありがとうございます」
少なくとも、正直に話してからというもの、ディストの気を引けたと思っている。
(殿下が情報を持っているかどうかは置いておいて、協力はしてくれそうな雰囲気かもしれない)
ディストは紅茶を一口飲み、息をつく。
少し迷うように沈黙してから、口を開いた。
「イグナットには生涯秘密にしてほしいと言われていたが、君は彼の妻であるから、その秘密を聞く権利はあると思う」
「はい」
確信に触れてきたと思い、クローディアは背筋を伸ばす。
「君はイグナットの老いた姿しか知らないと思うが、彼は若い頃は相当女性からモテて、腕力もあり剣が強く、騎士たちからも尊敬されていた男だったらしい」
「城の者たちは全員イグナット様を好いていました。想像できます」
「勇猛果敢な辺境伯は、二十年前の戦争の時も自ら剣を持って前線に立っていた。エチルデの見方になろうとし、彼の国の王城に立てこもって一緒に作戦会議を開いていたようだ」
クローディアは小さく頷く。
「やがて戦は熾烈さを増し、城の中でも戦闘が始まった」
そこまで言って、ディストは細く長く息を吐いた。
「エチルデの国王ガルティアは戦のさなか亡くなったとされていたが、本当はイグナットが誤って王を切ってしまったのが原因だ」
知らなかったイグナットの罪を聞かされ、クローディアは静かに息を吸う。
「それほどの激戦だったのだろう。複数の敵を相手に切り結めば、興奮して敵も味方も分からなくなる。大勢の命を奪いながらも冷静でいられるのは、よほど戦いに慣れた者でない限り無理だ」
「……分かります。私自身も剣を握り騎士たちと手合わせをする事がありますが、一対一の模擬戦でも精一杯になり、戦形式になるとあっという間に〝死者〟の印をつけられて退場になりました」
しんみりとして言った途端、ディストが噴き出した。
「見かけとは違うと思っていたが、そこまでお転婆だったのか」
「あ、その……。ええ、これがお転婆というのなら」
笑われて一瞬恥ずかしいと思ったものの、自分の生き方になんら恥など感じていない。
クローディアはすぐに開き直り、小首を傾げ笑ってみせた。
「イグナットがガルティアに負わせた傷は、浅いものではなかったそうだ。王はイグナットと打ち解けていたから、彼を疑わず責める事もしなかった。だが話し合う余裕もなく、ガルティアは傷ついた体で戦い続け隙を突かれて戦死してしまった」
ディストの言葉から、エチルデ王の人柄が分かる気がする。
「王妃アリシアは王太子と王女を外に逃がしたあと、国の誇りとして塔に留まっていた。が、国王崩御の知らせを聞き、自ら塔から飛び降りてしまった」
悲劇の王家の話を聞き、クローディアは軽く唇を噛む。
「その戦でイグナットは戦場に出た自分の息子も喪っていた。自分が不甲斐ないばかりに……と、己を責め、けれど最後まで自身の役割を果たし連合軍を撃退した。現場の整理をし、協力してくれた帝国に礼を言う手続きを取り、王をなくしたエチルデの民を己の領地に導いたあと、彼はドッと疲れたのだろう」
ディストの言葉を聞き、クローディアはイグナットが負っていたものの大きさを改めて思い知る。
0
お気に入りに追加
233
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
亡くなった夫の不義の子だと言われた子どもを引き取ったら亡くなった婚約者の子どもでした~この子は私が育てます。私は貴方を愛してるわ~
しましまにゃんこ
恋愛
ある日アルカナ公爵家に薄汚い身なりをした一人の娘が連れてこられた。娘の名前はライザ。夫であり、亡きアルカナ公爵の隠し子だと言う。娘の体には明らかに虐待された跡があった。けばけばしく着飾った男爵夫妻は、公爵家の血筋である証拠として、家宝のサファイヤの首飾りを差し出す。ライザはそのサファイヤを受け取ると、公爵令嬢を虐待した罪と、家宝のサファイヤを奪った罪で夫婦を屋敷から追い出すのだった。
ローズはライザに提案する。「私の娘にならない?」若く美しい未亡人のローズと、虐待されて育った娘ライザ。それから二人の奇妙な同居生活が始まる。しかし、ライザの出生にはある大きな秘密が隠されていて。闇属性と光属性を持つライザの本当の両親とは?ローズがライザを引き取って育てる真意とは?
虐げられて育った娘が本当の家族の愛を知り、幸せになるハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
素敵な表紙イラストは、みこと。様から頂きました。(「悪役令嬢ですが、幸せになってみせますわ!10」「とばり姫は夜に微笑む」コミカライズ大好評発売中!)
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
紹嘉後宮百花譚 鬼神と天女の花の庭
響 蒼華
キャラ文芸
始まりの皇帝が四人の天仙の助力を得て開いたとされる、その威光は遍く大陸を照らすと言われる紹嘉帝国。
当代の皇帝は血も涙もない、冷酷非情な『鬼神』と畏怖されていた。
ある時、辺境の小国である瑞の王女が後宮に妃嬪として迎えられた。
しかし、麗しき天女と称される王女に突きつけられたのは、寵愛は期待するなという拒絶の言葉。
人々が騒めく中、王女は心の中でこう思っていた――ああ、よかった、と……。
鬼神と恐れられた皇帝と、天女と讃えられた妃嬪が、花の庭で紡ぐ物語。
後宮の系譜
つくも茄子
キャラ文芸
故内大臣の姫君。
御年十八歳の姫は何故か五節の舞姫に選ばれ、その舞を気に入った帝から内裏への出仕を命じられた。
妃ではなく、尚侍として。
最高位とはいえ、女官。
ただし、帝の寵愛を得る可能性の高い地位。
さまざまな思惑が渦巻く後宮を舞台に女たちの争いが今、始まろうとしていた。
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。
天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」
目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。
「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」
そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――?
そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た!
っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!!
っていうか、ここどこ?!
※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました
※他サイトにも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる