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毒を飲んだ理由
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(それだけの経験をすれば、荒んでしまっても仕方がない。けれどイグナット様は最期まで優しく穏やかな方だった)
彼の心の強さに再度尊敬を……と思ったが、自分が現在動いている理由――ソルに毒を飲ませ続けていた事を思い出す。
「……罰を受けたかったのでしょうか。それで、毒を飲み続けていた……?」
ポツリと呟いたクローディアの言葉に、ディストは最初何も反応しなかった。
だが、やがて静かに頷く。
「ソルという女性は、王妃付きの侍女だったそうだ。エチルデが戦に巻き込まれる前、ソルは使いを理由にエチルデより遠い場所に出された。戦争が始まり、彼女はもちろん主人のもとに戻ろうとしたが、激化する戦により国に戻る事は叶わなかった。やがてイグナットに拾われたあと王妃からの手紙を渡され、『別に逃がした王太子と王女とどこかで会ったら、また仕えてほしい』と伝えられたそうだ」
「あぁ……」
彼の言葉を聞き、クローディアは深く納得する。
ソルがエチルデに深く関わる存在だったのなら、イグナットが罪悪を感じて当たり前だ。
「……イグナット様は、ソルに贖罪し、彼女に罰を与えてほしかったのですね」
彼の想いを想像し、そして恐らくイグナットを慕っていただろうソルの気持ちを考え、クローディアはあまりの悲しみに涙を滲ませる。
(ソルが三十歳の時にイグナット様に拾われたと言っていたのも、偶然ではないのだわ)
恐らくイグナットは秘密裏にエチルデの王太子や王女を探し、その中でソルの存在も身見つけ出したのだろう。
「そうだ。……だからあの男は、正式な罰を求めて王族である私に毒を望んだ」
求めていた真実に辿り着き、クローディアは息を止めた。
最初はイグナットが死を選んだ理由が分からず、勝手に犯人を作り出し憎んでいた。
自分の身近なイグナット、ソルを被害者と思い込み、誰か外部の第三者が加害者なのだと思っていた。
が、真実を紐解いてみればイグナット自身が罪を犯し、誰も裁く者がいない状況で、己に罰を与えようとしただけだった。
「私を恨むか?」
ディストに尋ねられ、クローディアは留めていた息を吐く。
「……分かりません。殿下が毒を渡さなければ、イグナット様はもっと長生きされたかもしれません。ですが、毒を所持していなければ、もっと早くに自死を選んだかも分かりませんし、ずっと罪の意識に苛まれ己を責め続けていたのでしょう」
「そうだな。イグナットの罪の意識を許せるのは、エチルデの王族とあの戦争で死んだ者たちだけだ」
もっともな事を言われ、クローディアはもう一度溜め息をついた。
「死者も、行方不明になった王族も、誰も今のイグナット様には慰めの言葉を言えませんものね」
(だから、イグナット様は自分に罰を与えたかったのだわ)
死は何よりも深く人と人の間を引き裂く。
許してもらえるかもしれなかった後悔も、伝えたかった想いも、すべて永遠に届かなくなる。
嫌いで、憎んで罰したいと思う相手でも、生きている方がまだマシだろう。
死んでしまったら、良くも悪くも何の反応もなくなる。
行き場のない想いをずっと抱え続けたイグナットを思い、クローディアは唇を噛む。
「イグナットは私にとって他者だから、完全に彼の気持ちを『分かる』とは言わない。だが、毎日ジワジワと体を蝕む毒を飲みつつけた、彼の思いは分かる気がする」
ディストはテーブルの下で脚を組み替え、どこか遠くを見て息をつく。
「責任のある者だったから、すぐに死んでしまっては残された城の者、領民、エチルデの者たちに顔向けできないと思ったのだろう。だから、すぐに死に至らない軽い毒を長年にわたって飲み続けた。一度、茶さじ一杯を薄めて飲む程度なら多少の眩暈と具合の悪さ程度で済むものでも、毒は毒だ。それを飲む事によって、毎晩イグナットは救われる気持ちになっていたのだろう」
「……そう、ですね」
今までのクローディアなら、毒を口に含んで救われる気持ちになると聞いたら、耳を疑っていただろう。
だが夫婦として何もなくてもイグナットの妻になり、未亡人になった今、一気に様々な事を知り始めた。
遠い過去の出来事と思った戦争は、意外と身近な人物に影響を与えていた。
毒という死に近いものを、普通に取り扱っている人もいる。
表向き家族のように優しくしてくれた者たちも、裏側には人に言えない暗い過去を持っていた。
どれも、クローディアから見れば「そんな事、大丈夫だから生きて」と言える事かもしれない。
だが当人にとっては、この上ない苦痛の日々だったのだ。
彼の心の強さに再度尊敬を……と思ったが、自分が現在動いている理由――ソルに毒を飲ませ続けていた事を思い出す。
「……罰を受けたかったのでしょうか。それで、毒を飲み続けていた……?」
ポツリと呟いたクローディアの言葉に、ディストは最初何も反応しなかった。
だが、やがて静かに頷く。
「ソルという女性は、王妃付きの侍女だったそうだ。エチルデが戦に巻き込まれる前、ソルは使いを理由にエチルデより遠い場所に出された。戦争が始まり、彼女はもちろん主人のもとに戻ろうとしたが、激化する戦により国に戻る事は叶わなかった。やがてイグナットに拾われたあと王妃からの手紙を渡され、『別に逃がした王太子と王女とどこかで会ったら、また仕えてほしい』と伝えられたそうだ」
「あぁ……」
彼の言葉を聞き、クローディアは深く納得する。
ソルがエチルデに深く関わる存在だったのなら、イグナットが罪悪を感じて当たり前だ。
「……イグナット様は、ソルに贖罪し、彼女に罰を与えてほしかったのですね」
彼の想いを想像し、そして恐らくイグナットを慕っていただろうソルの気持ちを考え、クローディアはあまりの悲しみに涙を滲ませる。
(ソルが三十歳の時にイグナット様に拾われたと言っていたのも、偶然ではないのだわ)
恐らくイグナットは秘密裏にエチルデの王太子や王女を探し、その中でソルの存在も身見つけ出したのだろう。
「そうだ。……だからあの男は、正式な罰を求めて王族である私に毒を望んだ」
求めていた真実に辿り着き、クローディアは息を止めた。
最初はイグナットが死を選んだ理由が分からず、勝手に犯人を作り出し憎んでいた。
自分の身近なイグナット、ソルを被害者と思い込み、誰か外部の第三者が加害者なのだと思っていた。
が、真実を紐解いてみればイグナット自身が罪を犯し、誰も裁く者がいない状況で、己に罰を与えようとしただけだった。
「私を恨むか?」
ディストに尋ねられ、クローディアは留めていた息を吐く。
「……分かりません。殿下が毒を渡さなければ、イグナット様はもっと長生きされたかもしれません。ですが、毒を所持していなければ、もっと早くに自死を選んだかも分かりませんし、ずっと罪の意識に苛まれ己を責め続けていたのでしょう」
「そうだな。イグナットの罪の意識を許せるのは、エチルデの王族とあの戦争で死んだ者たちだけだ」
もっともな事を言われ、クローディアはもう一度溜め息をついた。
「死者も、行方不明になった王族も、誰も今のイグナット様には慰めの言葉を言えませんものね」
(だから、イグナット様は自分に罰を与えたかったのだわ)
死は何よりも深く人と人の間を引き裂く。
許してもらえるかもしれなかった後悔も、伝えたかった想いも、すべて永遠に届かなくなる。
嫌いで、憎んで罰したいと思う相手でも、生きている方がまだマシだろう。
死んでしまったら、良くも悪くも何の反応もなくなる。
行き場のない想いをずっと抱え続けたイグナットを思い、クローディアは唇を噛む。
「イグナットは私にとって他者だから、完全に彼の気持ちを『分かる』とは言わない。だが、毎日ジワジワと体を蝕む毒を飲みつつけた、彼の思いは分かる気がする」
ディストはテーブルの下で脚を組み替え、どこか遠くを見て息をつく。
「責任のある者だったから、すぐに死んでしまっては残された城の者、領民、エチルデの者たちに顔向けできないと思ったのだろう。だから、すぐに死に至らない軽い毒を長年にわたって飲み続けた。一度、茶さじ一杯を薄めて飲む程度なら多少の眩暈と具合の悪さ程度で済むものでも、毒は毒だ。それを飲む事によって、毎晩イグナットは救われる気持ちになっていたのだろう」
「……そう、ですね」
今までのクローディアなら、毒を口に含んで救われる気持ちになると聞いたら、耳を疑っていただろう。
だが夫婦として何もなくてもイグナットの妻になり、未亡人になった今、一気に様々な事を知り始めた。
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毒という死に近いものを、普通に取り扱っている人もいる。
表向き家族のように優しくしてくれた者たちも、裏側には人に言えない暗い過去を持っていた。
どれも、クローディアから見れば「そんな事、大丈夫だから生きて」と言える事かもしれない。
だが当人にとっては、この上ない苦痛の日々だったのだ。
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