未亡人クローディアが夫を亡くした理由

臣桜

文字の大きさ
上 下
28 / 58

毒を飲んだ理由

しおりを挟む
(それだけの経験をすれば、荒んでしまっても仕方がない。けれどイグナット様は最期まで優しく穏やかな方だった)

 彼の心の強さに再度尊敬を……と思ったが、自分が現在動いている理由――ソルに毒を飲ませ続けていた事を思い出す。

「……罰を受けたかったのでしょうか。それで、毒を飲み続けていた……?」

 ポツリと呟いたクローディアの言葉に、ディストは最初何も反応しなかった。

 だが、やがて静かに頷く。

「ソルという女性は、王妃付きの侍女だったそうだ。エチルデが戦に巻き込まれる前、ソルは使いを理由にエチルデより遠い場所に出された。戦争が始まり、彼女はもちろん主人のもとに戻ろうとしたが、激化する戦により国に戻る事は叶わなかった。やがてイグナットに拾われたあと王妃からの手紙を渡され、『別に逃がした王太子と王女とどこかで会ったら、また仕えてほしい』と伝えられたそうだ」

「あぁ……」

 彼の言葉を聞き、クローディアは深く納得する。

 ソルがエチルデに深く関わる存在だったのなら、イグナットが罪悪を感じて当たり前だ。

「……イグナット様は、ソルに贖罪し、彼女に罰を与えてほしかったのですね」

 彼の想いを想像し、そして恐らくイグナットを慕っていただろうソルの気持ちを考え、クローディアはあまりの悲しみに涙を滲ませる。

(ソルが三十歳の時にイグナット様に拾われたと言っていたのも、偶然ではないのだわ)

 恐らくイグナットは秘密裏にエチルデの王太子や王女を探し、その中でソルの存在も身見つけ出したのだろう。

「そうだ。……だからあの男は、正式な罰を求めて王族である私に毒を望んだ」

 求めていた真実に辿り着き、クローディアは息を止めた。

 最初はイグナットが死を選んだ理由が分からず、勝手に犯人を作り出し憎んでいた。
 自分の身近なイグナット、ソルを被害者と思い込み、誰か外部の第三者が加害者なのだと思っていた。

 が、真実を紐解いてみればイグナット自身が罪を犯し、誰も裁く者がいない状況で、己に罰を与えようとしただけだった。

「私を恨むか?」

 ディストに尋ねられ、クローディアは留めていた息を吐く。

「……分かりません。殿下が毒を渡さなければ、イグナット様はもっと長生きされたかもしれません。ですが、毒を所持していなければ、もっと早くに自死を選んだかも分かりませんし、ずっと罪の意識に苛まれ己を責め続けていたのでしょう」

「そうだな。イグナットの罪の意識を許せるのは、エチルデの王族とあの戦争で死んだ者たちだけだ」

 もっともな事を言われ、クローディアはもう一度溜め息をついた。

「死者も、行方不明になった王族も、誰も今のイグナット様には慰めの言葉を言えませんものね」

(だから、イグナット様は自分に罰を与えたかったのだわ)

 死は何よりも深く人と人の間を引き裂く。

 許してもらえるかもしれなかった後悔も、伝えたかった想いも、すべて永遠に届かなくなる。
 嫌いで、憎んで罰したいと思う相手でも、生きている方がまだマシだろう。

 死んでしまったら、良くも悪くも何の反応もなくなる。

 行き場のない想いをずっと抱え続けたイグナットを思い、クローディアは唇を噛む。

「イグナットは私にとって他者だから、完全に彼の気持ちを『分かる』とは言わない。だが、毎日ジワジワと体を蝕む毒を飲みつつけた、彼の思いは分かる気がする」

 ディストはテーブルの下で脚を組み替え、どこか遠くを見て息をつく。

「責任のある者だったから、すぐに死んでしまっては残された城の者、領民、エチルデの者たちに顔向けできないと思ったのだろう。だから、すぐに死に至らない軽い毒を長年にわたって飲み続けた。一度、茶さじ一杯を薄めて飲む程度なら多少の眩暈と具合の悪さ程度で済むものでも、毒は毒だ。それを飲む事によって、毎晩イグナットは救われる気持ちになっていたのだろう」

「……そう、ですね」

 今までのクローディアなら、毒を口に含んで救われる気持ちになると聞いたら、耳を疑っていただろう。

 だが夫婦として何もなくてもイグナットの妻になり、未亡人になった今、一気に様々な事を知り始めた。

 遠い過去の出来事と思った戦争は、意外と身近な人物に影響を与えていた。

 毒という死に近いものを、普通に取り扱っている人もいる。
 表向き家族のように優しくしてくれた者たちも、裏側には人に言えない暗い過去を持っていた。

 どれも、クローディアから見れば「そんな事、大丈夫だから生きて」と言える事かもしれない。

 だが当人にとっては、この上ない苦痛の日々だったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

妹と人生を入れ替えました〜皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです〜

鈴宮(すずみや)
恋愛
「俺の妃になって欲しいんだ」  従兄弟として育ってきた憂炎(ゆうえん)からそんなことを打診された名家の令嬢である凛風(りんふぁ)。  実は憂炎は、嫉妬深い皇后の手から逃れるため、後宮から密かに連れ出された現皇帝の実子だった。  自由を愛する凛風にとって、堅苦しい後宮暮らしは到底受け入れられるものではない。けれど憂炎は「妃は凛風に」と頑なで、考えを曲げる様子はなかった。  そんな中、凛風は双子の妹である華凛と入れ替わることを思い付く。華凛はこの提案を快諾し、『凛風』として入内をすることに。  しかし、それから数日後、今度は『華凛(凛風)』に対して、憂炎の補佐として出仕するようお達しが。断りきれず、渋々出仕した華凛(凛風)。すると、憂炎は華凛(凛風)のことを溺愛し、籠妃のように扱い始める。  釈然としない想いを抱えつつ、自分の代わりに入内した華凛の元を訪れる凛風。そこで凛風は、憂炎が入内以降一度も、凛風(華凛)の元に一度も通っていないことを知る。 『だったら最初から『凛風』じゃなくて『華凛』を妃にすれば良かったのに』  憤る凛風に対し、華凛が「三日間だけ元の自分戻りたい」と訴える。妃の任を押し付けた負い目もあって、躊躇いつつも華凛の願いを聞き入れる凛風。しかし、そんな凛風のもとに憂炎が現れて――――。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...