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終章 ジスラン2
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『彼を破滅させた運命の女神というものを、拝んでみたかった。恥知らずの令嬢なら相応にあしらうつもりだったが……。あなたは思っていた以上の業をその身に宿していた。我ながら憐憫を煽られたよ。俺は自分をそこそこ哀れだと思っていたが、それ以上に忌まわしい境遇を持つ者がいるとはな……』
土を馬蹄が静かに蹴り、馬は静かに進む。
この暗い森を抜けた向こうに、シャブラン城はある。
あと少し生き延びられたなら、コレットは悪魔の手から逃れられたかもしれないのに。
『あなたは可哀相だな。近親相姦の父から逃れられたと思えば、悪魔使いに求婚される』
指先でコレットの前髪をすくっても、彼女は睫毛を震わせることもしない。
『正直、俺のような男に普通の娘を嫁がせるのは酷だと思っていた。妻となれば夫の秘密を垣間見る。血を見て悲鳴を上げ失神してしまう令嬢なら、絶対に俺の妻など務まらない。俺の両親とて罪悪感に耐えきれず、夫婦して馬車で谷底へ落ちてしまった。両親の自死を〝事故〟として扱うことの、何と気の重いことか』
普通なら両親が亡くなって悲しいと思うところ、ジスランはなんの感情も持てなかった。
そこで初めて、自分が他人と違った心を持っていると気づいたのである。
普通とは違う自分が何かしくじれば、悪目立ちをして国王にも迷惑をかけてしまう可能性がある。
自分の家柄や外見だけを見て声を掛けてくる女性を見ても、彼女たちが秘密を守り普通と違う自分を愛してくれると思えなかった。
そこにコレットという令嬢がいるのを知り、友を破滅させた美女がどんなものかと声を掛けてみたのがきっかけだ。
結果、「この女性(ひと)なら……」と自分の中で何かがカチッと当てはまった音を聞いたのだ。
自分が普通ではないのなら、相手も普通でない必要がある。
この壊れたコレットなら、自分が愛しても大丈夫なのではないか――と期待した。
『だがあなたなら……。歪んだ育ち方をしたあなたなら、俺とともに血にまみれた家を背負い、俺を愛してくれそうだ。あなたなら俺に愛を教えてくれるんだろう?』
優しく、優しく、ジスランはコレットの頭を撫でる。
『あなたには俺しかいないとすり込ませ、俺もあなただけ大切にする。あなたを愛し、あなただけを見つめよう。少なからずあなたの境遇に同情しているのも事実なのだから。それにしてもデジレ殿の次は俺……。つくづくあなたは男に縁がないな』
自嘲めいた笑みを浮かべ、ジスランは気絶したコレットに唇を寄せる。
闇に支配されようとする大地の上、馬上の二人は一つの影になっていた。
ぴったりと寄り添った影は、くっついてもう離れない。
『あなたが求めるすべてを与えよう。だからあなたは、俺のすべてを受け入れてくれ。可哀想なコレット、今日から俺があなたのすべてだ』
コレットは知るよしもないだろう。
ジスランがコレットの身の上を調べ、デジレから狂った愛情を傾けられていると知った時、眉を顰める前に〝いい獲物〟を見つけニタリと笑ったことなど――。
――あなたを(過去も家族も)愛するから、俺を(家も血筋も)愛してくれ。
それはあの舞踏会の夜、ジスランが告白した言葉だ。
深い闇からの求愛でも、コレットには地獄から救ってくれる神の如き声に聞こえたのだろう。
そして彼女はジスランを愛した。
心を開き、生まれて初めて家族以外の人間を受け入れようとする。
堅かった蕾が綻べば、あとはジスランが手を掛けて肥料や土、水や光を与えるだけだ。
大きく美しく咲いた花は、ヒマワリのようにジスラン(太陽)だけを見てくれる。
それが誰かを愛そうとして誰も愛せなかった男の、初めての恋の始め方だった。
自分を普通の人間とは違う〝化け物〟だと自覚するからこそ、ジスランは普通とは違う生き方をしたコレットに的を絞り、彼女に自分を愛するよう躾けた。
これからはずっと、コレットに愛されて生きていける。
人の愛を知らなかった化け物は、人道に外れたやり方でもって妻を得たのだ。
柔らかなベッドに横たえられたコレットは、ジスランの手によって洗われ清潔な体になっていた。
『さあ、ここから二人の生活を始めよう』
劇の幕開けを告げるかのような声で、ジスランが語りかける。
『あなたを手に入れるため、俺はあなたのすべてを受け入れる。あなたが望むだけ愛し、あなたのすべてを愛そう。ここが……、この呪われた城が二人の終の棲家だ』
一度死に黄泉帰った花嫁は、死後硬直と記憶喪失を経て、悪魔に祝福された侯爵の愛を深く刻まれてゆくのだ。
完
土を馬蹄が静かに蹴り、馬は静かに進む。
この暗い森を抜けた向こうに、シャブラン城はある。
あと少し生き延びられたなら、コレットは悪魔の手から逃れられたかもしれないのに。
『あなたは可哀相だな。近親相姦の父から逃れられたと思えば、悪魔使いに求婚される』
指先でコレットの前髪をすくっても、彼女は睫毛を震わせることもしない。
『正直、俺のような男に普通の娘を嫁がせるのは酷だと思っていた。妻となれば夫の秘密を垣間見る。血を見て悲鳴を上げ失神してしまう令嬢なら、絶対に俺の妻など務まらない。俺の両親とて罪悪感に耐えきれず、夫婦して馬車で谷底へ落ちてしまった。両親の自死を〝事故〟として扱うことの、何と気の重いことか』
普通なら両親が亡くなって悲しいと思うところ、ジスランはなんの感情も持てなかった。
そこで初めて、自分が他人と違った心を持っていると気づいたのである。
普通とは違う自分が何かしくじれば、悪目立ちをして国王にも迷惑をかけてしまう可能性がある。
自分の家柄や外見だけを見て声を掛けてくる女性を見ても、彼女たちが秘密を守り普通と違う自分を愛してくれると思えなかった。
そこにコレットという令嬢がいるのを知り、友を破滅させた美女がどんなものかと声を掛けてみたのがきっかけだ。
結果、「この女性(ひと)なら……」と自分の中で何かがカチッと当てはまった音を聞いたのだ。
自分が普通ではないのなら、相手も普通でない必要がある。
この壊れたコレットなら、自分が愛しても大丈夫なのではないか――と期待した。
『だがあなたなら……。歪んだ育ち方をしたあなたなら、俺とともに血にまみれた家を背負い、俺を愛してくれそうだ。あなたなら俺に愛を教えてくれるんだろう?』
優しく、優しく、ジスランはコレットの頭を撫でる。
『あなたには俺しかいないとすり込ませ、俺もあなただけ大切にする。あなたを愛し、あなただけを見つめよう。少なからずあなたの境遇に同情しているのも事実なのだから。それにしてもデジレ殿の次は俺……。つくづくあなたは男に縁がないな』
自嘲めいた笑みを浮かべ、ジスランは気絶したコレットに唇を寄せる。
闇に支配されようとする大地の上、馬上の二人は一つの影になっていた。
ぴったりと寄り添った影は、くっついてもう離れない。
『あなたが求めるすべてを与えよう。だからあなたは、俺のすべてを受け入れてくれ。可哀想なコレット、今日から俺があなたのすべてだ』
コレットは知るよしもないだろう。
ジスランがコレットの身の上を調べ、デジレから狂った愛情を傾けられていると知った時、眉を顰める前に〝いい獲物〟を見つけニタリと笑ったことなど――。
――あなたを(過去も家族も)愛するから、俺を(家も血筋も)愛してくれ。
それはあの舞踏会の夜、ジスランが告白した言葉だ。
深い闇からの求愛でも、コレットには地獄から救ってくれる神の如き声に聞こえたのだろう。
そして彼女はジスランを愛した。
心を開き、生まれて初めて家族以外の人間を受け入れようとする。
堅かった蕾が綻べば、あとはジスランが手を掛けて肥料や土、水や光を与えるだけだ。
大きく美しく咲いた花は、ヒマワリのようにジスラン(太陽)だけを見てくれる。
それが誰かを愛そうとして誰も愛せなかった男の、初めての恋の始め方だった。
自分を普通の人間とは違う〝化け物〟だと自覚するからこそ、ジスランは普通とは違う生き方をしたコレットに的を絞り、彼女に自分を愛するよう躾けた。
これからはずっと、コレットに愛されて生きていける。
人の愛を知らなかった化け物は、人道に外れたやり方でもって妻を得たのだ。
柔らかなベッドに横たえられたコレットは、ジスランの手によって洗われ清潔な体になっていた。
『さあ、ここから二人の生活を始めよう』
劇の幕開けを告げるかのような声で、ジスランが語りかける。
『あなたを手に入れるため、俺はあなたのすべてを受け入れる。あなたが望むだけ愛し、あなたのすべてを愛そう。ここが……、この呪われた城が二人の終の棲家だ』
一度死に黄泉帰った花嫁は、死後硬直と記憶喪失を経て、悪魔に祝福された侯爵の愛を深く刻まれてゆくのだ。
完
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