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番外編 2 タワマン事件簿

第二の事件

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 三十一階の清花さんが非常階段で突き落とされ、怪我をした。

 その話を聞いたのは、一週間経った頃だ。

 夫婦は被害届を出し、現在、傷害事件として捜査されているらしい。
 マンション付近の防犯カメラをチェックすると思うけれど、管理会社の関係もあるからすぐ結果は出ない。

「誰がセイカを殺したか」

「文香さん、死んでない。そんで、マザーグースにしないで」

 私は彼女と表参道にある生アイス専門店に入り、パフェをつついていた。
 ちょっとお高いパフェだけど、お値段だけの価値はある。

「私、ストーカー写真の時点でめちゃくちゃ腹立ってるんだけど。こうでもないとやってらんないわ」

 あのあと自分でも色々考えていて、すぐ文香に言える状態ではなかった。

 一週間経って清花さんの事件があり、そのタイミングで文香から「パフェ食おうぜ」とお誘いがあった。

 なので、彼女の知恵も借りたいと思って一連の事を話したら……。

 まー、怒られた。

 それで、よく分からない理屈だけど「腹立ったから奢らせろ」と言ってパフェをご馳走になっている。
 ついでにこのあと、ディナーも文香さまの奢りだ。

「優美をストーカーから守れなかった、無能夫のもとには返したくない」だそうだ。

 相変わらずの熱烈友情、ありがとうございます。

「心当たりはない訳? まぁ、優美なら好かれても嫉妬されても頷けるけど」

 文香はパフェスプーンでピ、と私を指してくる。

「んー、ないかなぁ。〝マンションの住人〟なんてあまりにも不特定多数すぎて。パーティーの時に話した人でも、挨拶程度の人でも、何が理由か分からないもん。当たり障りのない事しか話さなかったし。もしかしたら、話していない人で通りすがりに……とかも考えられるしね」

 本当の意味でのストーカーなら、そういうのもあると聞く。

 毎朝同じ電車で通勤、通学していたからとかでもストーカーされるし、同じマンションで顔を合わせて「あ、どうも」ぐらいでも一方的な好意を寄せられる事もあると聞いた。

 いつどこで、何が起こるか分からない。

 人の心は、底の知れない闇の壷みたいなものだ。
 一見、皆〝普通〟の壷を持っているように見えるのに、その中にあるのは清らかな水とは限らない。

 真っ黒な泥が溜まっていたとしても、傍目からは分からないものだ。

「あー……、きっしょ」

 文香が吐き捨て、それでもパフェを着々と食べ進める。

「まぁ、でも聞いてくれてありがとう。気持ちが楽になった」

 お礼を言うと、文香は息をつく。

「あんたが落ち込んでないならいいんだけどさ。キモくない?」

「んー、気持ち悪いけど、落ち込んで怖がって、家に閉じこもってても何もできないし。外に出てこうやって遊んで、気晴らししたほうが良くない?」

 私は「ねー」と俊希に話しかける。
 ちなみに大輝くんは健やかに眠っている。大物だ。

「確かにそうだけど」

 文香はまた溜め息をついて、髪を掻き上げた。

「何かあったらすぐ言ってよ? あと、うちに泊まりに来てもいいからね? 部屋なら余ってるんだから」

「うん、ありがと」

 頼もしい親友に笑いかけ、私はパフェの続きに取りかかった。



**



 それからさらに少し経ってから、私は清花さんに招かれて彼女の家を訪れていた。

 広々としたリビングダイニングでお茶を出してもらい、彼女ひいきのパティスリーのケーキをいただく。

「怪我は大丈夫ですか?」

「ありがとうございます。怪我と言っても打撲と少しの擦り傷だったので、外傷的には大した事はないんです」

 清花さんは髪を耳に掛け、弱々しく笑う。

 見たところ絆創膏を貼っているとかもないし、動いていてどこかが痛む様子も見せない。
 本当に言っている通り、怪我の程度としては軽いんだろう。

 ただ、精神面では分からない。

「……心のほうは、大丈夫ですか?」

 静かに尋ねると、微笑んだ清花さんの表情が泣きそうに歪む。
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