ミステイク・オブ・ゴッド~オネェ男子が迫ってきます~

雪宮凛

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馴れ初め編/第三章 不明瞭な心の距離

38.大・大・大家族 その2

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「柳ちゃん、さっき仕送りがどうのって言っていたけれど、それはご実家に? 若いのに偉いわねぇ」

「えっ? いや、そのっ! 全然偉くなんてないですよ。私が、勝手にやっている事なので……」

 あの後、しばし車内に沈黙が広がったのち、千優は小さな声で「迷った時は、相談に乗ってもらえますか?」とハンドルを握る彼へ尋ねた。
 すると、國枝は嫌な顔一つせず、笑みを浮かべ頷いてくれた。頼られたことが嬉しかったのか、普段の笑顔より表情や瞳が輝いていたような気がする。
 そんな二人の間で新たに話題となったのは、千優が発した無意識な呟きについて。

「私の家……兄弟が多くて、まだ小さい妹や弟が数人いるんです。だから、お父さんの稼ぎだけじゃ大変だと思って、社会人組や、アルバイトをしている妹が、出来る限り家にお金を入れることにしてて。勝手に話し合って仕送りしているんです」

「そうだったの……でもね、柳ちゃん。仕送りのために、貴女の生活を……衣食住を切り詰めることは、あまりおすすめ出来ないわよ。家族のために、少しでも多くお金を送ってあげようとする、貴女の想いは素敵だと思うわ。でも、もし、これからも今の生活を続けて、いつか柳ちゃんの身体が悲鳴をあげたら? 家族のために貴女が我慢することを、ご両親はきっと望んでいないと思う。自分より他人を優先するなんて、アタシには絶対出来ないことだもの。それを、サラッとやってのけちゃう柳ちゃんは凄いわ。だけど、ね……少しだけでもいいから、自分にも今より甘くなっていいんじゃない? 何も、仕送りを止めるわけじゃない。その中からほんの少しだけ……自分のためにお金を使っても、誰も怒らないから」

 己の事情を他人に話すというのは、何とも気恥ずかしいものだ。
 それに加え、柳家が特殊であることは学生時代嫌と言う程思い知らされたため、千優は自ら口にすることはほとんど無かった。
 大概自分の家族構成を知った人々は驚嘆し、仕送りの件を話せば偉いと褒めたたえるだけ。
 しかし國枝は、これまで接してきた皆とは明らかに違う反応を示した。

「……っ!」

 心底千優のことを心配し、強制や押しつけではない助言をくれる。
 どこまでも優しく真摯な彼の言葉に、不思議と目頭が熱くなった。
 彼の口から紡がれる言葉は、千優に初めての感情をたくさん与えてくれる。
 それは羞恥だったり、驚きだったり、感心だったりと、実に様々だ。

 今回國枝が千優に与えてくれたのは、他人に頼ることを、甘えることを許す言葉。
 柳家の長女として、いつも弟達や妹達、そして両親のためにと己を二の次にする生活を送ってきた。
 誰かに甘えるという普通の子供なら簡単なことを、彼女は物心ついた頃からした記憶がない。
 そんな生活を二十年以上続けた千優にとって、すぐそばから聞こえる言葉一つ一つが、甘美な雫となり、彼女の凝り固まっていた心に降り注いでいく。

(うわっ、私ったら何泣いてんの? はっずかしい!)

 次第に涙で霞む視界に気づき、慌てて俯けば、ポタリポタリとジーンズの太もも部分にシミが出来る。
 一刻も早く泣き止まなくてはと、申し訳程度な化粧が崩れないよう細心の注意を払い、バッグから取り出したハンカチで目元を拭った。

「ええっ! ちょ、ちょっと泣いてるの? やっだ、もう。運転中じゃ何も出来ないじゃない!」

 國枝に気づかれないよう、車が止まらぬうちに終わらせようと必死になる。
 しかし、そんな彼女の努力は、あっという間に意味をなさなくなった。
 きっと、返事が無いことに違和感を持ったのだろう。
 こちら泣いている事に、目ざとく気づいた彼の口から零れたのは、動揺しきった声だった。





 自分でも予想外の涙に動揺していた千優だったが、当人より明らかに困惑する國枝を前にすれば、どうにか泣き止むことが出来た。
 彼は終始慌てふためきながら、懸命に一旦車を停められる場所を探した。
 その最中、ずっとハンドルを握っているせいで手が塞がっているからと、「いい子いい子ー、なでなでー、よしよしー」と子供をあやすように声をかけてきたのだ。
 まるで、動かせない手のかわりに、言葉として頭を撫でようとする言動が、なんとも奇妙でおかしく、気づいた時にはすでに涙は引っ込んでおり、千優の口からは小さな笑いが何度も零れ落ちた。

 後藤や篠原と共に居る時、彼はいつも一歩引いて皆を眺めているような印象がある。
 まさに落ち着いた大人として理想とも言える紳士さが、多くの女性達を虜にしているのだろう。
 しかし、先程の國枝を見る限り、落ち着き払った紳士の面影はどこにも無かった。

「柳ちゃん、どう? 少しは落ち着いた?」

「はい……ご迷惑おかけしました。っ!」

 先程立ち寄ったコンビニエンスストアとは違う系列店の駐車場で、千優は運転席側を向き深々と頭を下げる。
 グズグズになった鼻をポケットティッシュでかむと、ここに入れてと指さされた小さなゴミ箱へ、使用済みのそれを放り投げた。

「アタシ、何か気に障るような事を無意識に言ったのね。ごめんなさい」

 フッと息を吐き出しながら顔をあげると、落ち込んだ様子を見せる彼と目が合う。

「ち、違いますよ! 國枝さんは何も悪くありません。國枝さんの言ったことが嫌だったわけじゃないんです。逆に、その……嬉しかった、くらいで……」

 慌てて首を横に振りながら、千優は必死に國枝の言葉を否定する。
 すると、再び脳裏に優しい言葉の数々が蘇り、不覚にも再び涙腺が緩みかけた。
 どうにか気合で窮地を乗り切ろうとすれば、深く考えることなく紡いだ言葉がやけに小さく聞こえる。

(そうか、私……嬉しかったんだ)

 あれこれ頭で考えるよりも先に出た素直な言葉。それにより、千優は涙を流した理由に気づく。
 嬉しくて泣くという感覚を味わったのは初めてだったが、悲しくて流す涙より、何倍も心が温かい。

「私の家、本当に兄弟が多くて、ずっと弟や妹の世話ばかりしていたんです。だから、自分を甘やかしていいなんて、考えたことすら無くて。さっきの言葉は、少し吃驚したんですけど……でも、本当に、すごく嬉しかったです」

 次第に熱を孕む頬を隠そうと、少しばかり顔を伏せ、視線をさ迷わせ言葉を紡ぐ。
 両手の指先を合わせ、時折絡ませる。まるで心のザワつきを表わすようにモジモジと忙しなく動く手に落とした視線を、なかなかあげることが出来ない。

 最後にもう一度、「本当に、すごく……」と想いを言葉に乗せると、大きくて無骨な手のひらが、徐に頭上へ乗り、そっと短い髪を撫でてくれた。





 頬の熱が治まり、本当の意味で落ち着きを取り戻した頃合いを見計らい、今度こそ繁華街を目指す。

『柳ちゃん、これからどうする? 今日はもう家に戻る?』

 出発前、情緒不安定な千優を心配してか、國枝が唐突な問いを投げかけてきた。
 彼なりの優しい気遣いが嬉しくなるも、千優はすぐに首を横に振り、「買い物に行きましょう」と笑みを浮かべ返答する。
 きっと自分が帰りたいと言えば、國枝は迷うことなく来た道を戻ると、確信に近いものを感じた。
 彼がどれ程今日のことを楽しみにしていたかは、いくら鈍い千優でも十分理解している。
 そして自分自身が、まだ國枝と共に居たいと思っていることに気づいた時、彼女の中で帰るという選択肢はあっという間に消滅した。

「…………」

 先程の一件で気を遣っているのか、國枝が積極的に話す様子は見られない。
 千優も元来お喋りな性格というわけではないので、必然的に静寂が漂う。
 その静けさが嫌というわかではないが、足元のホルダーに置いたままになっていたペットボトルを手にする回数が増え、どうしたものかと彼女は悩んだ。

「國枝さんの家には、兄弟っていますか?」

 運転中に声をかけるのは如何なものかと迷いながら、これまでは普通に会話をしていたしと思い、今度は千優の方から声をかける。

「いるわよー。姉が二人に、妹が一人。女系家族かってくらい女子率が高いの」

 そう言って彼は、ケラリと笑いながら己の事を話してくれた。
 何かと面倒見の良い國枝のことだから、下に兄弟がいるかとは思っていたが、まさか姉が二人いるとまでは想像出来なかった。
 そして、彼の言う通り國枝以外の家族のほとんどが女性と知り、更なる驚きを感じる。

「そ、そんなに女の子ばっかり生まれるんですね」

「本当に吃驚しちゃうわよねー。アタシが生まれた時も、女、女って続いたから、両親はてっきり女の子が生まれると思っていたみたい。名前はほたるにしたかったらしいの。でも、いざ生まれたら男だったでしょう? だから慌てて、音読みかつ難しい漢字に変えたんですって」

 次々と明かされる國枝の誕生秘話に、千優は珍しく興味津々で、驚いたり、頷いたりと感情と共に表情が忙しなく変わる。

(もしも女の子だったら、國枝さんは蛍ちゃんだったのか。あ、でも……この雰囲気で女の人だったら、蛍さん、かな?)

 國枝の横顔を眺め、女性バージョンを想像してみるが、今とあまり変わらないような気がして、妙に可笑しかった。

「柳ちゃんの家は、何人兄弟なの? さっき、兄弟が多いって言ってたけど……アタシの所と同じ、四人くらいかしら?」

 フフッと小さな笑い声を発していると、チラリとこちらへ視線を向けた國枝から質問を返される。
 その言葉に、千優は頭の中で弟や妹達の顔を思い浮かべながら、指折りその人数を数え始めた。

「えっと、私とすぐ下の弟が社会人で、高校生、中学生、小学生が双子、幼稚園児、あと入園前が一人……合計で八人ですね」

「八人っ!?」

 子供達に両親を加え、合計十人。世間一般で言う大家族だと教えれば、横顔からでもわかる程國枝の瞳が大きく見開かれる。

「ご、ご両親は随分と仲良し、なのね」

「若くないのに、本人達が無自覚にイチャつくので、下の子達の目線ガードがしんどいです」

 子供がどのように親のもとへ来るのか、知らぬ歳ではない。國枝なら猶更だ。
 あまりの人数に困惑したらしく、気づけば彼の口元は思いっきり引きつっていた。
 その姿を横目に、今も実家の手狭なアパートで賑やかに暮らしているだろう家族の顔を思い出しながら、千優はフッと車のフロントガラス越しに空を見上げた。
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