14 / 73
馴れ初め編/第二章 お酒と油断はデンジャラス
14.世話焼き無用
しおりを挟む
(どう対処すればいいんだ)
おつまみセットを渡した日から約二週間。初めて目にし体感する変化に、千優は酷く戸惑っていた。
最初は気のせいと思っていたモノが、日を追うごとに確信へ変わる感覚。そして付随する疑問が脳裏に大きな疑問符を出現させる。
連日頭を悩ませるのも限界に近づいたある夜。彼女は意を決して、自宅でオタク活動に勤しんでいるであろう茅乃へ電話をかけた。
「え? ごめん。もう一回言って」
突然のことにも関わらず、茅乃は文句も言わず千優の相談に乗ると頷いてくれた。
邪魔をしなくて良かったと思いつつも、もしかしたらこちらに気を遣ってくれているのかと、申し訳なくなる。ここは手短に済ませるのが得策だろう。
スピーカーモードへ切り替えたスマートフォンをテーブルの上に置き、千優はそのまま発泡酒片手に愚痴混じりの悩みを相談を始めた。
しかし、電話越し故にこちらの意図が上手く相手へ伝わらない。
「だから……國枝さんが、最近犬みたいになってるんだよ」
「いや、犬みたいって言われてもわかんないから。どこが、どう犬っぽいか説明しなさい」
スムーズに会話が進まず、無意識にガシガシと頭を掻きながら、どう説明するかと頭を悩ませる。
思い出すのは、この二週間で体験してきた数々の出来事について。
『あ、柳ちゃん。昨日は本当にありがとう。ねえ、あの中でおすすめってある?』
『おすすめですか? そうですね……』
社内の廊下で偶然國枝と会い、つまみ談議に花を咲かせたことが始まりだった。
『柳ちゃん、おはよう』
『おはようございます』
出会えば挨拶を交わし、時折立ち話をする。これまでも時々行ってきたやりとりだ。それ自体は、取り分け疑問に思うような事ではない。
問題はその回数。
連日とまではいかないが、言葉を交わす機会は以前より格段に増えている。
前は、互いの姿を認識しても会釈しすれ違うだけなんて事が多かった。しかし、今はそれが無い。
ほぼ毎回、國枝はこちらへ近づき声をかけてくる。
その変化に気づかない程、千優も馬鹿ではない。
会話自体はいたって普通なのだが、そんなやりとりを、彼はいつも楽しんでいる。
そんな姿を目の当たりにし、こちらも少しばかり口角が上がってしまうのは仕方のないこと。
そんなやりとりが続くこと約二週間。
社内で出会い頭に近づいてくる彼の姿は、まるで主人のもとへ嬉しそうに駆け寄る犬の姿を彷彿とさせることが、目下の悩みである。
翌日、出社した千優は玄関ロビーで茅乃と遭遇し、そのまま共にエレベーターへ乗り込んだ。
総務と営業、それぞれ違う部署に在籍する二人は、時折出勤時間が重なれば途中まで一緒に向かうことが多い。
「何? まだ納得してないの?」
「…………」
友人の顔を目にし、無意識に眉間の皺が深くなる。原因はもちろん、昨夜の電話で納得のいく結論が出なかったせいだ。
(どう見たって犬なのに……)
ここ数日何度も目にした男の姿を思い出せば、一人で納得し頷きたくなる。しかし、茅乃曰くそれは単なる幻らしい。
「千優の記憶が間違ってることは無い?」
「無い」
「それじゃあ、ただ単に知り合いを見つけたから挨拶をしたとか、立ち話してるだけじゃない? いくらなんでも、犬っぽく見えるって」
首を傾げ投げかけられる言葉に、千優は首を横にふり否定する。その後続けるのは、昨日から何度も口にしている言葉だ。
「本当に犬っぽいんだよ。耳と尻尾が見えるんだ」
「イケメンのケモ耳はとても美味しいけど……現実に居たら、ただのヤバい奴よ、そんな男」
両肩をポンと叩かれ、可哀想な子を見るような生温かい眼差しを向けられる。
もちろん千優だって、現実に犬の尻尾や耳が見えているわけではない。そんな幻が見えてしまう程に、國枝の行動が変だと伝えたいだけなのだ。
想いを言葉に変換し相手へ届ける。その単純さからは想像しにくい難しさがとても厄介で、心の声が直接届けばいいのにとさえ思える。
その後も二人で言い合いを続けるうちに、目的階へ到着したエレベーターの扉が開いた。
営業部が総務部より上の階にあるため、普段は千優が先に降り別れるのだが、今日は用事があると言う彼女と一緒に同じ階で鉄の箱から降りる。
乗り込む社員とすれ違いながらフロアへ降りると、後から降りたにも関わらず前を歩く茅乃の姿を見つけ、急ぎ足で追いかけた。
「お、噂をすれば」
「え?」
時折人が行き来する廊下を歩けば、耳に届く声と視界の端に映りこむ前方へ向けられた茅乃の指に意識が向く。
彼女の指先へ移動する視線の先に、向こうから歩いてくる國枝の姿が瞳に映り込んだ。
(今日も、また会った)
ここしばらく、会わない方が珍しいと感じてはいたが、これでまた遭遇確率の数値が変化する。
単なる偶然なのか、それとも何か意図があるのか。
懇親会以降、國枝絡みで思い悩む機会が増えたせいで、千優の脳内では多くの疑問がループしていた。
答えが見つからないうちに、また新たな疑問が湧き、次々と増えていく感覚はとても奇妙だ。
そのうち、何故こんなに自分が思い悩んでいるかと、疑問に思いそうで怖い。
無意味なものとすべてを放棄すれば、楽になるのだろうか。はたして、そんなことは出来るのだろうか。
考えれば考える程、ほの暗い思考の海へ意識が沈んでいく気がして、余計に恐怖を感じてしまう。
「……ひろ、千優ったら」
「……っ!」
思考の海へ落ちかけた意識を、友人の声が引き戻してくれる。
総務部へ向かうため直進していた足は、いつの間にか動きを止めていた。
すぐ横からは心配そうな表情の茅乃が、こちらを覗き込んでいる。
慌てて小声の謝罪をした千優は、ホッと息を吐きながら己の足元へ視線を移す。
すると、視界に自分と親友以外、第三者の足が映りこんでいることに気づいた。
「……あ」
急いで顔をあげると、すぐ目の前にその人はいた。つい先程まで数メートル離れた場所に居たはずの國枝だ。
「柳ちゃん、もしかして具合が悪いの?」
「へっ?」
眉間に皺を寄せ小首を傾げる姿と、思いもよらぬ発言を聞き、驚くあまり千優の口からは、気の抜けた声が漏れる。
「なんだかボーっとしてたから……どれどれ」
「……っ」
特に具合は悪くないのだが。
しかし、そう言うよりも早く、彼の顔と手のひらがこちらへ近づいて来た。
反射的に後退ったものの、言葉では言い表せない緊張のせいで、あまり距離を稼げなかった。
その結果、千優の額に少しばかり冷たい國枝の手が押し当てられる。
「千優。顔、赤いよ? 熱でもあるの?」
隣から聞こえてくるのは、からかい混じりの声。動した視線の先には、明らかにこの状況を面白がり、ニヤついた笑みを浮かべる女がいた。
「んー……熱は無いみたいだけど。顔は赤いのよね……やっぱり調子悪いんじゃない? それなら帰った方が……」
「だ、大丈夫です! めちゃくちゃ元気です!」
本気でこちらを心配そうに見つめる國枝の視線に、このままでは強制的に早退させられると焦った千優は、茅乃への対処を後回しにし、しっかり彼と向き合った。
何度も頷きながら大丈夫だと繰り返すと、渋々ながら納得してくれたようで、間近にあった顔がスッと離れていく。
これ以上余計な詮索は無いだろう。
「あら嫌だ」
二人に気づかれないようホッと安堵の息を吐く千優だったが、突如聞こえた國枝の声にビクンと両肩を震わせる。
ようやく頬の熱と一緒に緊張が解けかけていたのに、一際大きく脈打つ鼓動のせいで精神が不安定に揺れ動いた。
「ちょっとー、柳ちゃんったら唇荒れてるじゃない。リップクリームは持ってないの?」
「え? あ、はい……持ってない、です」
再び近づいてくる顔に一歩後退しながら、コクンと首を縦にふる。普段、自分ですらあまり気にしていない事を指摘され、緊張以上に驚きを感じた。
女子力なんて微々たる程度しかない千優が、リップクリームなど常備しているわけがない。化粧ポーチの中身も、必要最低限しか入れていないのだから。
「仕方ない。それじゃあ、アタシの貸してあげるから。口紅……はつけてないのね」
「ま、待って……っ!」
千優の静止も聞かず、國枝は素早くスーツの上着ポケットに手を突っ込んだ。その姿に、何故か身の危険を感じ、逃げろと脳が叫び出す。
エレベーターを降りてから数分と経たぬうちに、心の中で様々な感情がせめぎ合っている。
そのせいで、千優は軽いパニック状態に陥っていた。そんな彼女の肩を掴むのは、細さの中に無骨さを感じる手。
「こら、逃げないの。上手く塗れないでしょう」
とにかく何か言葉を紡ごう。その一心で開きかけた唇に固いモノが触れる。
その感触が、易々と言葉を奪っていった。
「あれ? どうして縦に塗るんですか?」
「口紅と同じように塗るより、こうして塗った方が、皺の間までしっかり保湿出来るんですって。前にネットで見かけてから実践してるの。心なしか普通に塗るよりいい気がするわ」
すぐそばで言葉を交わす二人の声が、不思議と遠く感じてしまう。
数秒触れては離れ、また触れる。間近に迫る國枝の顔から目を離せず、口から吐き出されたのは言葉ではなく微かな吐息。
丁寧すぎる動きは何度もくり返され、リップクリームの感触と、頬に集中した謎の熱だけを脳がやけにはっきりと認識した。
おつまみセットを渡した日から約二週間。初めて目にし体感する変化に、千優は酷く戸惑っていた。
最初は気のせいと思っていたモノが、日を追うごとに確信へ変わる感覚。そして付随する疑問が脳裏に大きな疑問符を出現させる。
連日頭を悩ませるのも限界に近づいたある夜。彼女は意を決して、自宅でオタク活動に勤しんでいるであろう茅乃へ電話をかけた。
「え? ごめん。もう一回言って」
突然のことにも関わらず、茅乃は文句も言わず千優の相談に乗ると頷いてくれた。
邪魔をしなくて良かったと思いつつも、もしかしたらこちらに気を遣ってくれているのかと、申し訳なくなる。ここは手短に済ませるのが得策だろう。
スピーカーモードへ切り替えたスマートフォンをテーブルの上に置き、千優はそのまま発泡酒片手に愚痴混じりの悩みを相談を始めた。
しかし、電話越し故にこちらの意図が上手く相手へ伝わらない。
「だから……國枝さんが、最近犬みたいになってるんだよ」
「いや、犬みたいって言われてもわかんないから。どこが、どう犬っぽいか説明しなさい」
スムーズに会話が進まず、無意識にガシガシと頭を掻きながら、どう説明するかと頭を悩ませる。
思い出すのは、この二週間で体験してきた数々の出来事について。
『あ、柳ちゃん。昨日は本当にありがとう。ねえ、あの中でおすすめってある?』
『おすすめですか? そうですね……』
社内の廊下で偶然國枝と会い、つまみ談議に花を咲かせたことが始まりだった。
『柳ちゃん、おはよう』
『おはようございます』
出会えば挨拶を交わし、時折立ち話をする。これまでも時々行ってきたやりとりだ。それ自体は、取り分け疑問に思うような事ではない。
問題はその回数。
連日とまではいかないが、言葉を交わす機会は以前より格段に増えている。
前は、互いの姿を認識しても会釈しすれ違うだけなんて事が多かった。しかし、今はそれが無い。
ほぼ毎回、國枝はこちらへ近づき声をかけてくる。
その変化に気づかない程、千優も馬鹿ではない。
会話自体はいたって普通なのだが、そんなやりとりを、彼はいつも楽しんでいる。
そんな姿を目の当たりにし、こちらも少しばかり口角が上がってしまうのは仕方のないこと。
そんなやりとりが続くこと約二週間。
社内で出会い頭に近づいてくる彼の姿は、まるで主人のもとへ嬉しそうに駆け寄る犬の姿を彷彿とさせることが、目下の悩みである。
翌日、出社した千優は玄関ロビーで茅乃と遭遇し、そのまま共にエレベーターへ乗り込んだ。
総務と営業、それぞれ違う部署に在籍する二人は、時折出勤時間が重なれば途中まで一緒に向かうことが多い。
「何? まだ納得してないの?」
「…………」
友人の顔を目にし、無意識に眉間の皺が深くなる。原因はもちろん、昨夜の電話で納得のいく結論が出なかったせいだ。
(どう見たって犬なのに……)
ここ数日何度も目にした男の姿を思い出せば、一人で納得し頷きたくなる。しかし、茅乃曰くそれは単なる幻らしい。
「千優の記憶が間違ってることは無い?」
「無い」
「それじゃあ、ただ単に知り合いを見つけたから挨拶をしたとか、立ち話してるだけじゃない? いくらなんでも、犬っぽく見えるって」
首を傾げ投げかけられる言葉に、千優は首を横にふり否定する。その後続けるのは、昨日から何度も口にしている言葉だ。
「本当に犬っぽいんだよ。耳と尻尾が見えるんだ」
「イケメンのケモ耳はとても美味しいけど……現実に居たら、ただのヤバい奴よ、そんな男」
両肩をポンと叩かれ、可哀想な子を見るような生温かい眼差しを向けられる。
もちろん千優だって、現実に犬の尻尾や耳が見えているわけではない。そんな幻が見えてしまう程に、國枝の行動が変だと伝えたいだけなのだ。
想いを言葉に変換し相手へ届ける。その単純さからは想像しにくい難しさがとても厄介で、心の声が直接届けばいいのにとさえ思える。
その後も二人で言い合いを続けるうちに、目的階へ到着したエレベーターの扉が開いた。
営業部が総務部より上の階にあるため、普段は千優が先に降り別れるのだが、今日は用事があると言う彼女と一緒に同じ階で鉄の箱から降りる。
乗り込む社員とすれ違いながらフロアへ降りると、後から降りたにも関わらず前を歩く茅乃の姿を見つけ、急ぎ足で追いかけた。
「お、噂をすれば」
「え?」
時折人が行き来する廊下を歩けば、耳に届く声と視界の端に映りこむ前方へ向けられた茅乃の指に意識が向く。
彼女の指先へ移動する視線の先に、向こうから歩いてくる國枝の姿が瞳に映り込んだ。
(今日も、また会った)
ここしばらく、会わない方が珍しいと感じてはいたが、これでまた遭遇確率の数値が変化する。
単なる偶然なのか、それとも何か意図があるのか。
懇親会以降、國枝絡みで思い悩む機会が増えたせいで、千優の脳内では多くの疑問がループしていた。
答えが見つからないうちに、また新たな疑問が湧き、次々と増えていく感覚はとても奇妙だ。
そのうち、何故こんなに自分が思い悩んでいるかと、疑問に思いそうで怖い。
無意味なものとすべてを放棄すれば、楽になるのだろうか。はたして、そんなことは出来るのだろうか。
考えれば考える程、ほの暗い思考の海へ意識が沈んでいく気がして、余計に恐怖を感じてしまう。
「……ひろ、千優ったら」
「……っ!」
思考の海へ落ちかけた意識を、友人の声が引き戻してくれる。
総務部へ向かうため直進していた足は、いつの間にか動きを止めていた。
すぐ横からは心配そうな表情の茅乃が、こちらを覗き込んでいる。
慌てて小声の謝罪をした千優は、ホッと息を吐きながら己の足元へ視線を移す。
すると、視界に自分と親友以外、第三者の足が映りこんでいることに気づいた。
「……あ」
急いで顔をあげると、すぐ目の前にその人はいた。つい先程まで数メートル離れた場所に居たはずの國枝だ。
「柳ちゃん、もしかして具合が悪いの?」
「へっ?」
眉間に皺を寄せ小首を傾げる姿と、思いもよらぬ発言を聞き、驚くあまり千優の口からは、気の抜けた声が漏れる。
「なんだかボーっとしてたから……どれどれ」
「……っ」
特に具合は悪くないのだが。
しかし、そう言うよりも早く、彼の顔と手のひらがこちらへ近づいて来た。
反射的に後退ったものの、言葉では言い表せない緊張のせいで、あまり距離を稼げなかった。
その結果、千優の額に少しばかり冷たい國枝の手が押し当てられる。
「千優。顔、赤いよ? 熱でもあるの?」
隣から聞こえてくるのは、からかい混じりの声。動した視線の先には、明らかにこの状況を面白がり、ニヤついた笑みを浮かべる女がいた。
「んー……熱は無いみたいだけど。顔は赤いのよね……やっぱり調子悪いんじゃない? それなら帰った方が……」
「だ、大丈夫です! めちゃくちゃ元気です!」
本気でこちらを心配そうに見つめる國枝の視線に、このままでは強制的に早退させられると焦った千優は、茅乃への対処を後回しにし、しっかり彼と向き合った。
何度も頷きながら大丈夫だと繰り返すと、渋々ながら納得してくれたようで、間近にあった顔がスッと離れていく。
これ以上余計な詮索は無いだろう。
「あら嫌だ」
二人に気づかれないようホッと安堵の息を吐く千優だったが、突如聞こえた國枝の声にビクンと両肩を震わせる。
ようやく頬の熱と一緒に緊張が解けかけていたのに、一際大きく脈打つ鼓動のせいで精神が不安定に揺れ動いた。
「ちょっとー、柳ちゃんったら唇荒れてるじゃない。リップクリームは持ってないの?」
「え? あ、はい……持ってない、です」
再び近づいてくる顔に一歩後退しながら、コクンと首を縦にふる。普段、自分ですらあまり気にしていない事を指摘され、緊張以上に驚きを感じた。
女子力なんて微々たる程度しかない千優が、リップクリームなど常備しているわけがない。化粧ポーチの中身も、必要最低限しか入れていないのだから。
「仕方ない。それじゃあ、アタシの貸してあげるから。口紅……はつけてないのね」
「ま、待って……っ!」
千優の静止も聞かず、國枝は素早くスーツの上着ポケットに手を突っ込んだ。その姿に、何故か身の危険を感じ、逃げろと脳が叫び出す。
エレベーターを降りてから数分と経たぬうちに、心の中で様々な感情がせめぎ合っている。
そのせいで、千優は軽いパニック状態に陥っていた。そんな彼女の肩を掴むのは、細さの中に無骨さを感じる手。
「こら、逃げないの。上手く塗れないでしょう」
とにかく何か言葉を紡ごう。その一心で開きかけた唇に固いモノが触れる。
その感触が、易々と言葉を奪っていった。
「あれ? どうして縦に塗るんですか?」
「口紅と同じように塗るより、こうして塗った方が、皺の間までしっかり保湿出来るんですって。前にネットで見かけてから実践してるの。心なしか普通に塗るよりいい気がするわ」
すぐそばで言葉を交わす二人の声が、不思議と遠く感じてしまう。
数秒触れては離れ、また触れる。間近に迫る國枝の顔から目を離せず、口から吐き出されたのは言葉ではなく微かな吐息。
丁寧すぎる動きは何度もくり返され、リップクリームの感触と、頬に集中した謎の熱だけを脳がやけにはっきりと認識した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる