ミステイク・オブ・ゴッド~オネェ男子が迫ってきます~

雪宮凛

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馴れ初め編/第二章 お酒と油断はデンジャラス

13.気持ちを伝える品選び

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 心が少しばかり軽くなった千優は、続いて國枝に渡すお礼の品探しを始めた。
 一夜の過ち疑惑について謎が解けたわけではないが、今はそちらより優先すべきことがある。

(絶対、教えてくれないだろうしな……)

 もう一度事実確認を、とも考えたが、十中八九またあの笑顔で話をそらされるに決まっている。
 そんな状況になってしまえば、骨折り損で終わることは目に見えていた。
 本当にあの人に抱かれたのか、それとも単なる嘘なのか。嘘だとしたら、どんな思惑があるのか。次々と湧き上がる疑問は尽きない。
 現状で唯一わかるのは、これらの疑問を直接投げかけた所で、真っ当な答えが返ってこないことくらい。
 それ程に、二人の間には目には見えない距離、そして大きな壁がある。

(なんで、私の世話をしてくれたんだろう)

 後藤と篠原の紹介で出会い、会えば互いに挨拶を交わし、世間話をする程度には親しい。國枝に対し、千優はそう認識していた。
 そんな二人の間柄がおかしくなったのは数日前。千優の中では、これも大きな疑問だった。



 彼女はその後、答えの無い問題に頭を悩ませ続けた。
 しかし、意識はしっかりとお礼品探しへ向けられる。
 普段の業務をこなすかたわら、協力者である茅乃との話し合いは幾度となく行われる。
 人生初の贈り物探しは、想像以上に難航していた。

 國枝に直接欲しい物を聞ければ、こんなに悩むことは無いだろう。しかし、そんな事をすれば「気をつかうな」と拒否されるに決まっている。
 昼食休憩だけでは時間が足りず、夜には電話越しで相談をし、約束していた物販待機列でも話し合いが続けられた。
 朝早くから並び続け、ようやく販売所が少しばかり見え始めた頃、二人は一つの答えにたどり着く。

「……結論出たのはいいけどさ。なんか、安すぎない?」

「変に凝った物なんてあげたら、余計に気使わせるかもしれないでしょう。普通が一番、普通が」

「…………」

 自信満々に頷く茅乃の姿に、心に出来た小さなしこりへ意識が向く。素直に頷いていいものかと、ひねくれ者な分身が顔を覗かせるのだ。
 同時に思うのは、今更一人で悩み選んだプレゼントが、お礼の品として間違っていたらという不安。
 きっとここは、友人の言葉を信じ実行するのが最良の選択なのだろう。





 翌日、千優はお礼の品を買うため、家の近所にある大型スーパーへやってきた。

「えっと、これと……これもいい、かな?」

 買い物かごを手にした彼女が見つめる先には、酒のつまみとして重宝される珍味が並んでいる。

『もし千優が國枝さんの立場だったら、何を貰いたい? 何をプレゼントされたら、嬉しいって思う?』

『うーん。お酒のつまみ、とか?』

『あー……うん、千優らしいわ』

 投げかけられた問いに答えただけだと言うのに、茅乃は最初、乾いた笑いを浮かべ、明らかにこちらの案を流していた。
 酒好きな自分にとって、つまみになるものはプレゼントとして最高だと思えたが、どうも違うらしい。
 だからと言って、もっと一般的な女性っぽいものをと言われても、正直思いつかない。

 その後も話し合いは続き、女性的思考がある國枝なら無難にスイーツかと半ば決まりかけた時、千優はあることを思い出した。
 以前、後藤、篠原と話した何気ないやり取り。
 そんな何気ない会話がきっかけに、プレゼント選びの路線は不思議と真逆方向へ突き進んでいく。


『また皆で、飲みにでも行くか』

『あ、だったら今度は國枝さんも一緒がいいっす』

『え? 國枝さんって、お酒飲むんですか?』

『あぁ、あいつは結構飲むぞ。俺達三人の中じゃ、一番強いんじゃないかな』

 以前、業務中偶然社内の廊下で出会った三人は、数分ほど立ち話をしていた。その話題は、皆で定期的に開催している飲み会について。


 國枝は酒が好き。先輩達から入手した情報を茅乃に教えれば、すぐに彼女は百八十度思考を転換し、プレゼントを珍味の詰め合わせにしろと提案してきた。
 お礼の品が珍味とはなんとも奇妙だが、「下手に凝ったものあげるより、酒好きにはこれが一番!」という彼女の言葉を千優は受け入れることにした。
 最初は聞き流していたくせに、結果だけを見れば自分の案が採用された状況に、少々複雑なものを感じる。

(……國枝さん、喜んでくれたらいいな)

 しかし、様々な珍味を前に頭を悩ませれば、そんな雑念はすぐに彼方へ消える。
 己のためなら絶対買わないだろう、少し高価な商品も奮発して買い物かごへ放り込んだ。


 買い物を終え自宅に戻ると、千優はリビングのテーブルへ買ってきたものを並べ写真を撮る。イベントを心待ちにしている友人へ報告するためだ。
 夜の部に参加すると聞いているため、茅乃は今頃入場待機列に並んでいるだろう。
 数種類のつまみと魚の缶詰を映した画像をメッセージと共に送信すると、数分と経たず返信が来た。待機中なのか暇な様だ。
 その内容は、想像よりずっと簡素なもの。多すぎる品数に対する指摘と、爆笑を伝えるスタンプ画像だけだった。

「うるさいな」

 カッと熱くなる頬に気づかぬふりをし、返信はせずスマートフォンをテーブルの上へ置く。
 あれもこれもと選んでいるうちに、気づけばカゴの中は想定していた品数より多くなっていた。
 一つ一つは安価なものばかりだが、あの日世話になった感謝の気持ちが伝わるよう選んだ品ばかりなので、千優は迷わず購入を決めた。
 國枝がどんな酒を飲み、どんなつまみを好むのかなど知らない。この中から、何か一つでも好みのものが見つかればそれで良いのだ。
 少しでも栄養になればと考え選んだ缶詰も、つまみとしてではなく、料理に使ってくれても構わない。料理上手な彼ならきっと、素敵なものへ変えてくれるのだから。

「…………」

 フッと息を吐き、目を向けた先に見えるのは、ハンガーにかけられた借り物のジャージ。洗濯を終え、押し入れから引っ張り出したアイロンを使い皺を取ったお陰か、とても綺麗に仕上がっている。
 あれを着た日のことを思い出しながら、熱の引かない頬から意識をそらし、千優はおもむろに立ち上がる。
 向かった先は、部屋の片隅にある棚の前。下段の引き出しから便箋を取り出した彼女は、改めて國枝へ感謝の想いを綴ろうとペンを取った。





 翌日、一日の仕事を終え帰宅した千優は、肩の荷が下りたとばかりに、玄関のドアを閉め大きく息を吐く。

『國枝さん……あの、これ。借りてたものです。遅くなってすみません』

 朝、会社へ到着してすぐ商品開発部へ向かうも、彼とはすれ違いになってしまい、結局ジャージを返せたのは昼の休憩時間だった。

『気にしなくていいわよ、わざわざありがとう』

 お礼の品と手紙を忍ばせた袋を手渡した瞬間、心臓がやけに煩かったのを覚えている。
 そんな鳴り止まない心音と一緒に、國枝の柔らかな笑みまで思い出すのは何故だろう。
 ただ借りたものを返すだけなのに鳴りやまない鼓動が不思議で仕方なかった。そんな疑問に答えを見つけたのは家へ向かう帰り道でのこと。

(久しぶりに会ったからだよね、きっと)

 あの日以来、初めて彼と会い言葉を交わした。
 まだ疑惑が晴れていない状況での再会が、緊張感を生みだしたに違いない。
 そんな結論を出した千優は、一人納得した様子で頷く。
 この一週間無意識に張っていた気が緩んだのか、まだ月曜だというのに疲労感が半端ない。

「はぁ……今日は早めに寝よう」

 夕食よりも先に入浴を済ませようと、リビングへ向かい帰宅途中に買ったコンビニ弁当が入った袋をテーブルの上へ置く。
 そのまま、着替え用の部屋着を手に浴室へ向かう千優だったが、後方から着信を知らせるメロディが聞こえ、不意に足を止めた。

「……え?」

 あと数歩で目的地という所から足早に引き返し、手に取ったスマートフォン画面に目を落とす。
 瞳がとらえるのはたった三文字――國枝螢という人の名前だけだ。
 表示された名前を認識した瞬間、驚きと疑問が同時に頭を支配する。
 二人が連絡先を交換したのは出会ってすぐの頃。しかし、特に必要性を感じず、これまで双方共に連絡をとることは無かった。
 それが、今になってどういう風の吹き回しだろう。

「も、もしもし……」

「もしもし、柳ちゃん?」

 初めてかかってきた電話に、静まりかけた心臓が、再び激しい鼓動を始める。
 反射的に通話ボタンをタップし耳元へ近づけると、聞こえてきたのはいつもと変わらぬ國枝の声だった。

「今日はありがとう。なんだか気を遣わせちゃったみたいでごめんなさいね」

「い、いいえ! あの、その……こっちこそ、なんかすみません。本当は、甘いものにしようかと思ってたんですけど……後藤さん達から、國枝さんはお酒が好きだって聞いて」

 落ち着けという命令が声帯へ届いていないのか、時折声はうわずり、声量が不安定になる。
 何故そんな状態になっているのか、自分でもわからぬまま、千優は混乱するばかりだ。

「ふふっ、ありがとう。甘いのも好きだけど、こういうのも大好きよ。しっかり味わって頂くわ」

「あ、味わうなんてそんな! ササッと食べてください。ササッと!」

 電話越しに聞こえる優しい声が、わずかに心を落ち着けてくれる。
 しかし次の瞬間、思考と口元、そして声帯の連動が食い違ってしまい、千優は自分でも何を言っているのかわからない言葉を紡ぐ羽目になった。
 そのことが余計恥ずかしくて、せっかく静まった心がかき乱される。

「はははっ! 流石にこの量を一気には食べられないわよ」

「はは、は……」

 電話越しに伝わる心地良い声を聞きながら、不思議と千優の口からは乾いた笑いが零れた。
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