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エピソード・ゼロ

0-1 出征前

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 使用人全員に暇を与えた。この庭園は枯れるだろう。

 月明かりに照らされた木々を眺める。
 どの季節でも楽しめるよう、様々な種類を植えさせた。沈丁花、無花果、花菖蒲、犬槐……庭師自慢の景色も今夜が見納めだ。

「なんだ? 光が……」

 花壇の片隅に弱々しい光が見えた。まるで小さな星が一粒、空から落ちてきたようだ。

 すすり泣くように揺れる光にそっと近付く。

「おまえ、さまよう魂ウィルオウィスプか?」

 かがんで声をかけるが、こちらの声が聞こえているのかもわからない。

「生まれ変わる魂がなぜ独りでいる。しかも、こんな場所で……。神の導きからはぐれたか」

 伝承で聞く存在を目の当たりにしても、不思議とそれほど驚かなかった。

 仲間を探す一匹の光虫のような、夜の海を渡る一艘の船灯のような、不安と孤独を感じさせる輝きに思わず憫笑びんしょうしてしまう。

「ふふ、いまの私のようだな」

 行く末のわからない闇をあてもなく彷徨さまようことになりながら、それでも輝きを放って誰かを呼び続けている。

「私はしばらく戻らないし、人が寄りつく場所でもない。ここにいても退屈だぞ。──光は見えるか? そこへ行けば来世へ行けるはずだが……飛ぶ余力がないのか」

 思いついて、首につけていたネックレスを外す。なんでも良かったが、指輪やボタンよりかは失くさないと思えたからだ。
 どこが首かもわからないが、光の玉へチェーンをかけてやる。

「これを渡そう。ドラキュリア家に代々伝わるネックレスだ。宝石に私の魔力を込めておく。──力になりそうか? おお、浮いたな」

 光がよろよろと浮き上がり、私も嬉しくなる。

 ……こんな小さな善行をしたところで、これからの自分の罪が軽くなるとは思わない。

「名もなき魂よ、私はこれから戦争に行く。我々はあれらを見せしめに嬲り尽くすだろう」

 そうしなければこの国に安寧はない。

 あれらは我々の魔法技術を盗むため、誘拐、生体解剖をやめない。科学などという得体の知れない技術とかけ合わせ、滅茶苦茶な実験を仕掛けてくる。
 あれらこそ……我々を同じ生き物と思っていない。

「これ以上増長させるわけにはいかないと、魔王は判断した。私も賛成したことだ」

 そうだ、私が自分で決めた。彼らから歴史を奪い、家族を奪うことを。

「あれらに我々とそう変わらない知能や痛みを感じる力があるとしても、私は魔族のために働くつもりだ」

 光がゆっくりと空に上がっていく。
 数々の星の輝きに紛れて、今まで話していた魂がどれだか見失った。

 送り出した側でありながら、なんだか取り残されたような気になってしまう。

「おまえの旅路に幸福があるよう祈る。

 ……魂の生まれ変わりにどれほどの時が経つものか知らないが、もし道に迷ったら、そのネックレスを持って私の元へ来なさい。きっと力になってやろう。

 どうか覚えておいてくれ。ジェード・ドラキュリアにも慈悲の心があったことを。

 私自身が忘れても……」
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