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勇者と魔王 編
51 三途の川より手前のところ
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「はっ」
目を覚ますと座敷にいた。──畳? ミュラッカの魔族仕様のものではない、懐かしい日本の畳だ。
「ハヤトキ、おはよ」
座椅子でお茶を飲んでいるのは他でもないリオンだった。
ローテーブルの向こうには薄型テレビがあり、砂嵐が流れている。
「お、俺……死んだ?」
「まだ。意識不明の瀕死状態だね」
ということは、ここは死後の世界ではなく夢の中だ。
「キミに謝らなくちゃいけなくて」
湯呑みをテーブルに置いてリオンが俺のほうへ向き直った。
「キミのことを食べるうちに、身体の自由が効くようになってきたはいいんだけど……気付いたんだ」
喋りながら、リオンの姿がノイズがかって消えそうになっては元に戻る。俺が死にそうだからなのか、彼が復活しそうだからなのかはわからない。
「私たち転生者は女神の加護を身体に宿すけど、死んだら返すことになるんだ。そして転生の際にまた授けられる」
「……つまり?」
「心臓止まったら、ダメかも」
ごめん。──もう一度謝られてやっと、話の意味を理解する。
俺が死んだら、いくら捕食されても女神の加護を渡せないってこと?
「……リオンが心臓って言ったんじゃないか!」
「だって! そのときはそうかなって!! ……でも実際は、死なないようにキミを食べて吸収しないと……というか、ギリギリまでの輸血で充分だったかもで」
「いま言う?」
俺の覚悟と痛みって一体。
「ほんとごめん」
「まあ……精一杯やった結果なら、仕方ないよ」
そう言うしかなかった。
なにより、一番悔しいのはリオンだろう。はじめてのことに対し、知恵を巡らせてやれるだけのことをやったのだから。
「……でもさ、誰か気付いて、俺が完全に死ぬ前に巻き返せないか?」
俺たちはもう手札を使い切ってしまったが、現実にはまだ生き残っている人たちがいる。
ジェードとベクトルドだ。
リオンは渋い顔をして、困ったようにテレビのほうをみた。いまは砂嵐のその画面で、現実の出来事を鑑賞していたのかもしれない。
「魔王、バカだからなぁ」
精神状態的にきびしい、とかじゃないんだ。
「あ、違うよ? 魔王は思考が真っ直ぐだけど、それはゲスさがないっていう長所で純粋さと神聖さの表れだし強すぎるから駆け引きする必要がなくてそのへんの能力が育ってないっていうかわいいキャラ立ちでそのぶん優秀な部下を育てるのがうまくてカリスマと勘とセンスでまかなえてるのとかあって実際めちゃくちゃ賢くてかっこいいとこもあってその二面性が沼っていうかだからね一口にバカっていってもただバカなわけじゃないからそこはわかってほしい」
「うわっ、なんて?」
早口で一気に言われて何も頭に入ってこなかった。
「なんでもない」
なんだったんだ。
お茶で喉を潤す彼を見ながら、俺も座布団を引き寄せてそこに座る。
「彼らがどうなったのか、確認する方法ってないのかな?」
奇跡が起きやしないかとか、祈ってしまう。
ジェードたちだけじゃない。森のロコやバウ、町の人たちがこれからどうなるのか、気にならないわけがない。
「うーん……難しいんじゃないかな。テレビもキミが目を閉じたら映らなくなっちゃった。私は現実の感覚が少し戻ったけど、実況できるほど五感がはっきりしてないんだ」
「そっか……」
「むしろ、見ないほうがいいかもね。私がハヤトキのところへたどり着いても、吸血鬼が私を許さないだろう。キミを食べようとして殺されて終わりだ」
「……ジェードなら察してくれるかも」
「何か伝えてたもんね。でも、そもそもの条件が間違ってたわけで。彼がキミの心臓をくり抜いたところでさ……」
リオンは後ろめたそうに俺と目を合わせない。
怒ってはいないが、やるせなくて、俺もうつむいたまま何も言えなかった。
しん……と部屋が静まり返る。
「ま、詰みだよね。来世に期待しようよ」
そう言って笑った彼が、笑顔のまま大粒の涙をポロポロとこぼしはじめた。
慌てて彼に近寄って、その震える肩をさする。
「ごめん、ごめんハヤトキ。……私が間違ってたんだ。そもそものところから、ぜんぶ間違ってた。途中で気付けたのに、そんなことないって思いたかった。バカは私だ。ベクトルド…………」
声を上げて泣くリオンは外見よりもずっと幼く見えた。
彼がどんな人生を歩み、歩もうとしていたのか俺は知らないが、この終わり方が彼にとってのハッピーエンドじゃないことくらいはわかる。
「リオン、リオン。大丈夫だ、大丈夫だから……」
しゃくりあげる彼の背中を撫でながら、俺も泣いていた。
自分の言葉の空っぽさが情けない。何が大丈夫なんだ。次の人生があるから? 今回のことをやり直せるわけでもないのに。
いつかのときのように、夢の世界が白んでいく。
今回は目が覚めるからじゃない。
俺が死ぬからだろう。
いままで、何かをがんばって失敗しても「自分だから仕方ない」で済ませてきた。サクセス・ストーリーを完成させるのはいつだって俺とは関係のない主役だから。成功に至るまでの失敗エピソードのために、俺みたいな脇役がいる。だから、うまくいかないほうが当たり前で、それが自然。
だから、悔しいなんて思ったことなかった。
……ああ、悔しいなぁ。
目を覚ますと座敷にいた。──畳? ミュラッカの魔族仕様のものではない、懐かしい日本の畳だ。
「ハヤトキ、おはよ」
座椅子でお茶を飲んでいるのは他でもないリオンだった。
ローテーブルの向こうには薄型テレビがあり、砂嵐が流れている。
「お、俺……死んだ?」
「まだ。意識不明の瀕死状態だね」
ということは、ここは死後の世界ではなく夢の中だ。
「キミに謝らなくちゃいけなくて」
湯呑みをテーブルに置いてリオンが俺のほうへ向き直った。
「キミのことを食べるうちに、身体の自由が効くようになってきたはいいんだけど……気付いたんだ」
喋りながら、リオンの姿がノイズがかって消えそうになっては元に戻る。俺が死にそうだからなのか、彼が復活しそうだからなのかはわからない。
「私たち転生者は女神の加護を身体に宿すけど、死んだら返すことになるんだ。そして転生の際にまた授けられる」
「……つまり?」
「心臓止まったら、ダメかも」
ごめん。──もう一度謝られてやっと、話の意味を理解する。
俺が死んだら、いくら捕食されても女神の加護を渡せないってこと?
「……リオンが心臓って言ったんじゃないか!」
「だって! そのときはそうかなって!! ……でも実際は、死なないようにキミを食べて吸収しないと……というか、ギリギリまでの輸血で充分だったかもで」
「いま言う?」
俺の覚悟と痛みって一体。
「ほんとごめん」
「まあ……精一杯やった結果なら、仕方ないよ」
そう言うしかなかった。
なにより、一番悔しいのはリオンだろう。はじめてのことに対し、知恵を巡らせてやれるだけのことをやったのだから。
「……でもさ、誰か気付いて、俺が完全に死ぬ前に巻き返せないか?」
俺たちはもう手札を使い切ってしまったが、現実にはまだ生き残っている人たちがいる。
ジェードとベクトルドだ。
リオンは渋い顔をして、困ったようにテレビのほうをみた。いまは砂嵐のその画面で、現実の出来事を鑑賞していたのかもしれない。
「魔王、バカだからなぁ」
精神状態的にきびしい、とかじゃないんだ。
「あ、違うよ? 魔王は思考が真っ直ぐだけど、それはゲスさがないっていう長所で純粋さと神聖さの表れだし強すぎるから駆け引きする必要がなくてそのへんの能力が育ってないっていうかわいいキャラ立ちでそのぶん優秀な部下を育てるのがうまくてカリスマと勘とセンスでまかなえてるのとかあって実際めちゃくちゃ賢くてかっこいいとこもあってその二面性が沼っていうかだからね一口にバカっていってもただバカなわけじゃないからそこはわかってほしい」
「うわっ、なんて?」
早口で一気に言われて何も頭に入ってこなかった。
「なんでもない」
なんだったんだ。
お茶で喉を潤す彼を見ながら、俺も座布団を引き寄せてそこに座る。
「彼らがどうなったのか、確認する方法ってないのかな?」
奇跡が起きやしないかとか、祈ってしまう。
ジェードたちだけじゃない。森のロコやバウ、町の人たちがこれからどうなるのか、気にならないわけがない。
「うーん……難しいんじゃないかな。テレビもキミが目を閉じたら映らなくなっちゃった。私は現実の感覚が少し戻ったけど、実況できるほど五感がはっきりしてないんだ」
「そっか……」
「むしろ、見ないほうがいいかもね。私がハヤトキのところへたどり着いても、吸血鬼が私を許さないだろう。キミを食べようとして殺されて終わりだ」
「……ジェードなら察してくれるかも」
「何か伝えてたもんね。でも、そもそもの条件が間違ってたわけで。彼がキミの心臓をくり抜いたところでさ……」
リオンは後ろめたそうに俺と目を合わせない。
怒ってはいないが、やるせなくて、俺もうつむいたまま何も言えなかった。
しん……と部屋が静まり返る。
「ま、詰みだよね。来世に期待しようよ」
そう言って笑った彼が、笑顔のまま大粒の涙をポロポロとこぼしはじめた。
慌てて彼に近寄って、その震える肩をさする。
「ごめん、ごめんハヤトキ。……私が間違ってたんだ。そもそものところから、ぜんぶ間違ってた。途中で気付けたのに、そんなことないって思いたかった。バカは私だ。ベクトルド…………」
声を上げて泣くリオンは外見よりもずっと幼く見えた。
彼がどんな人生を歩み、歩もうとしていたのか俺は知らないが、この終わり方が彼にとってのハッピーエンドじゃないことくらいはわかる。
「リオン、リオン。大丈夫だ、大丈夫だから……」
しゃくりあげる彼の背中を撫でながら、俺も泣いていた。
自分の言葉の空っぽさが情けない。何が大丈夫なんだ。次の人生があるから? 今回のことをやり直せるわけでもないのに。
いつかのときのように、夢の世界が白んでいく。
今回は目が覚めるからじゃない。
俺が死ぬからだろう。
いままで、何かをがんばって失敗しても「自分だから仕方ない」で済ませてきた。サクセス・ストーリーを完成させるのはいつだって俺とは関係のない主役だから。成功に至るまでの失敗エピソードのために、俺みたいな脇役がいる。だから、うまくいかないほうが当たり前で、それが自然。
だから、悔しいなんて思ったことなかった。
……ああ、悔しいなぁ。
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