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勇者と魔王 編
52 繋いだもの 〈Side J〉
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「リオン……」
ベクトルドが動揺している。魔王でも理屈がわからないことが起きているのだろう。
死者がわずかにでも自我を取り戻すなど前代未聞だ。勇者だからこその奇跡なのかもしれない。
だが、そんな奇跡などどうでもいい。
腕の中のハヤトキを見る。
目を閉じた彼の絶え絶えの呼吸に耳をすませていた。
死なせたくないと願っても、青ざめた顔に血色を戻す方法がない。
彼の腹部は圧迫止血でどうにかなるような破壊の度合いではなかった。高度な治癒魔法を扱える味方もこの場にはいない。
別れの瞬間を逃さないようにすることしか、私に選択肢はなかった。
「う、う゛……」
リオンのうめき声が聞こえる。ベクトルドの制御にあらがうには相当の気力が必要だろう。全身の骨を砕きながら引きずるようなものだ。だから動きものろい。
復活の兆しがあるのなら自由にしてやれば良いのに、ベクトルドはむしろ再び会話できることを怖がって制御を強めているようだった。
自分を殺した者へ復讐するため、復活を望んでいる可能性がないわけではないからだ。
ベクトルドのことだ。もう一度殺すことより、もう一度嫌われることが恐ろしいとでも考えている。
けれどすぐに対処しないのは、二度とない再会の奇跡に迷っているのだろう。
顔面を血にまみれさせたアンデッドは、ゆっくりとしかし着実にこちらへ向かってくる。
復活の鍵がハヤトキにあるらしい。
……ハヤトキもそれを自覚しているようだった。だからあんなバカなことをした。
リオンが復活したところで何になる。何を知っていたんだ?
私は左腕で霧を操作し、こちらへ手を伸ばすリオンの首を絞めた。
当人は捕食されることを許したのかもしれないが、私はとても許してやれない。なぜおまえに彼を食い散らかす権利がある?
「ガ……ッ! ァア゛……ッ」
あの状態なら片腕の私でも首をねじ切って殺せる。
そうしてやるほうが、ベクトルドもホッとするかもしれない。
「やめろ! ジェード!」
意外にも、ベクトルドは怒鳴った
殺気を真っ直ぐに向けられる。肉体は鳥肌を立てて本能的な恐怖反応を示すが、私の心は揺れることなく凪いでいた。
「……なぜ止める。おまえが望んだ光景だ。私がこれを殺し、おまえが私を殺せばいい」
ハヤトキを撫でながら視線だけやる。
彼は私の冷めた目にたじろいだ様子で一歩後ろへふらつく。
「そ、んな目をするな、ジェード……おぬしは……わかってはくれていると……!! こんな……こんな光景、我が望んだわけではない……!! 我は魔族を守らなければ、ならないから……、に、人間のせいだ、人間さえいなければ、こんな苦しまずに、人間さえ──」
「いま苦しみを生み出しているのはおまえなんだ。おまえの言う守るべき魔族はどこにいる? おまえの復讐のため何も知らずに飢える者たちはなんなんだ? 現実を見ろ」
「ちがう、ちがうちがうちがう。いまを乗り越えれば、解決するのだ。目障りなものを消し去りさえすれば、ぜんぶやり直して、我たちはまた楽しく暮らしていける!」
「そうか。なら、証明すればいい。我々の誰もいなくなった後の世界で」
リオンを殺そう。
はじめは遺体の尊厳のためにも倒すことを考えていたが、いまは違う。復活するかもしれない可能性を叩き潰してやる。あのベクトルドに安息などくれてやるものか。
──ぜんぶうまく、いく、から……。頼む、ジェ、…ド……。
霧の拘束具へ命令を送ろうとする直前、ハヤトキの最後の言葉を思い出す。
ぜんぶうまくいく──ハヤトキは他者の幸せを願える優しい男だ。自分自身だけを勘定から外す悪いクセはあるが。
彼は、やろうとしていたことを託し、私を信じて目を閉じた。
だが、おまえのいない世界に私の幸せはない。
憎しみに負けて信頼を裏切る私を許してくれ。
一度死んだ男の首をもう一度刎ねようとしたとき、ハヤトキの胸元で何かがきらと光った。
──血まみれのネックレス。
ハヤトキには説明を省いたが、それは遠い昔に私が手放したものだ。そして、なぜかハヤトキが持っていて、覚えのない女神の加護をまとっていたもの。
「女神の、加護……?」
ふと気付く。ネックレスから感じる女神の加護と、勇者の力の質が同じだ。
(ハヤトキとリオンは……何かを共有しているのか?)
それこそ、女神の加護を。
彼らが受け渡したいものが、心臓そのものではなく、力の源だとしたら?
神の力をもってすれば、確かに蘇生という奇跡もあり得たのかもしれない。
それならばもっと、犠牲の少ないやり方があったんじゃないか?
どちらかが死んで、どちらかが生きるなんて方法ではなく。
我々が手を取り合えたなら。
私がリオンへの拘束術を解くと、ベクトルドはほんの少し警戒を緩めた。私の出方をうかがうようにじっとしている。
顔を上げ、久しぶりに友の目を見た。
「……ベクトルド。もし、リオンと対話しなかったことを少しでも悔いているのなら、私の話を聞け。おまえが全員を助けるんだ」
ベクトルドが動揺している。魔王でも理屈がわからないことが起きているのだろう。
死者がわずかにでも自我を取り戻すなど前代未聞だ。勇者だからこその奇跡なのかもしれない。
だが、そんな奇跡などどうでもいい。
腕の中のハヤトキを見る。
目を閉じた彼の絶え絶えの呼吸に耳をすませていた。
死なせたくないと願っても、青ざめた顔に血色を戻す方法がない。
彼の腹部は圧迫止血でどうにかなるような破壊の度合いではなかった。高度な治癒魔法を扱える味方もこの場にはいない。
別れの瞬間を逃さないようにすることしか、私に選択肢はなかった。
「う、う゛……」
リオンのうめき声が聞こえる。ベクトルドの制御にあらがうには相当の気力が必要だろう。全身の骨を砕きながら引きずるようなものだ。だから動きものろい。
復活の兆しがあるのなら自由にしてやれば良いのに、ベクトルドはむしろ再び会話できることを怖がって制御を強めているようだった。
自分を殺した者へ復讐するため、復活を望んでいる可能性がないわけではないからだ。
ベクトルドのことだ。もう一度殺すことより、もう一度嫌われることが恐ろしいとでも考えている。
けれどすぐに対処しないのは、二度とない再会の奇跡に迷っているのだろう。
顔面を血にまみれさせたアンデッドは、ゆっくりとしかし着実にこちらへ向かってくる。
復活の鍵がハヤトキにあるらしい。
……ハヤトキもそれを自覚しているようだった。だからあんなバカなことをした。
リオンが復活したところで何になる。何を知っていたんだ?
私は左腕で霧を操作し、こちらへ手を伸ばすリオンの首を絞めた。
当人は捕食されることを許したのかもしれないが、私はとても許してやれない。なぜおまえに彼を食い散らかす権利がある?
「ガ……ッ! ァア゛……ッ」
あの状態なら片腕の私でも首をねじ切って殺せる。
そうしてやるほうが、ベクトルドもホッとするかもしれない。
「やめろ! ジェード!」
意外にも、ベクトルドは怒鳴った
殺気を真っ直ぐに向けられる。肉体は鳥肌を立てて本能的な恐怖反応を示すが、私の心は揺れることなく凪いでいた。
「……なぜ止める。おまえが望んだ光景だ。私がこれを殺し、おまえが私を殺せばいい」
ハヤトキを撫でながら視線だけやる。
彼は私の冷めた目にたじろいだ様子で一歩後ろへふらつく。
「そ、んな目をするな、ジェード……おぬしは……わかってはくれていると……!! こんな……こんな光景、我が望んだわけではない……!! 我は魔族を守らなければ、ならないから……、に、人間のせいだ、人間さえいなければ、こんな苦しまずに、人間さえ──」
「いま苦しみを生み出しているのはおまえなんだ。おまえの言う守るべき魔族はどこにいる? おまえの復讐のため何も知らずに飢える者たちはなんなんだ? 現実を見ろ」
「ちがう、ちがうちがうちがう。いまを乗り越えれば、解決するのだ。目障りなものを消し去りさえすれば、ぜんぶやり直して、我たちはまた楽しく暮らしていける!」
「そうか。なら、証明すればいい。我々の誰もいなくなった後の世界で」
リオンを殺そう。
はじめは遺体の尊厳のためにも倒すことを考えていたが、いまは違う。復活するかもしれない可能性を叩き潰してやる。あのベクトルドに安息などくれてやるものか。
──ぜんぶうまく、いく、から……。頼む、ジェ、…ド……。
霧の拘束具へ命令を送ろうとする直前、ハヤトキの最後の言葉を思い出す。
ぜんぶうまくいく──ハヤトキは他者の幸せを願える優しい男だ。自分自身だけを勘定から外す悪いクセはあるが。
彼は、やろうとしていたことを託し、私を信じて目を閉じた。
だが、おまえのいない世界に私の幸せはない。
憎しみに負けて信頼を裏切る私を許してくれ。
一度死んだ男の首をもう一度刎ねようとしたとき、ハヤトキの胸元で何かがきらと光った。
──血まみれのネックレス。
ハヤトキには説明を省いたが、それは遠い昔に私が手放したものだ。そして、なぜかハヤトキが持っていて、覚えのない女神の加護をまとっていたもの。
「女神の、加護……?」
ふと気付く。ネックレスから感じる女神の加護と、勇者の力の質が同じだ。
(ハヤトキとリオンは……何かを共有しているのか?)
それこそ、女神の加護を。
彼らが受け渡したいものが、心臓そのものではなく、力の源だとしたら?
神の力をもってすれば、確かに蘇生という奇跡もあり得たのかもしれない。
それならばもっと、犠牲の少ないやり方があったんじゃないか?
どちらかが死んで、どちらかが生きるなんて方法ではなく。
我々が手を取り合えたなら。
私がリオンへの拘束術を解くと、ベクトルドはほんの少し警戒を緩めた。私の出方をうかがうようにじっとしている。
顔を上げ、久しぶりに友の目を見た。
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