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チャプター【065】
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「おや、いけませんね。こんな狭い場所で撃つつもりですか? 銃弾がはじけてその子にあたったりしたらどうするつもりですか?」
市川は、相変わらずの薄い笑みを、その眼に浮かべていた。
「美鈴になにをした!」
蝶子は、市川に銃口を向けたまま睨みつける。
「いいえ、なにも」
「なにもだと! 嘘をつくな。だったら、なぜ美鈴の胸に切開した傷があるんだ!」
「それは、その子の遺伝子の暴走を止めるための処置ですよ」
「ふざけるなよ、市川。きさま、遺伝子の暴走を止める治療薬が開発されたと言ったな。それなら、身体を切る必要がどこにある」
「そこまではわかりませんよ。僕は科学者ではありませんからね」
「なら、植草博士はどこだ!」
蝶子は市川に詰め寄ろうとする。
それに反応して、市川は美鈴の横たわる手術台へと回りこむように動く。
手術台を、市川と蝶子があいだに挟む形となった。
「いち早く、避難していただきましたよ。怪我でもされたら、困りますのでね」
「自分はさっさと逃げて、おまえに後始末を押しつけたというわけか」
「いえ、そんなことはありませんよ。それに、僕もすぐに避難します。このラボは、もうすぐ爆破されるでしょうからね」
「なに?……」
「とぼけなくてもいいですよ。電力源を爆破したのは、あなたではないでしょう? あなたにそんな芸当はできない。ここへ侵入したねずみは、あなたともう1匹。そのねずみは、ハヤブサ。違いますか?」
「――――」
蝶子は押し黙った。
「クク、わかりやすい人だ。胸の内が、そのまま顔に表れる。まあ、とにかく、これであなたとハヤブサ、桐生隼人は追われる立場となる。組織は裏切者を許さない。覚悟することです」
「それがなんだ。それなら、組織を叩き潰すまでさ。まずは手始めに、おまえを冥途に送ってやる」
蝶子は、銃口を向けたままでいる。
「これは恐い」
市川はわざとらしく肩を竦めると、眠っている美鈴の頬を指先でなでた。
「その汚い手で触るな!」
言われてすぐ、市川は指先を美鈴から離した。
「しかし、ひとりの娘のために、組織を裏切るとはね。僕にはとても理解できません。この子に、そんな価値があるのですか?」
「価値だと? ひとりの人間を、ただの実験体にしか考えられないおまえら組織には、到底理解などできるわけがない」
「ひとりの人間、ですか……」
市川は、美鈴に眼を落とした。
「この姿のどこが、人間と言えるんですか?」
「市川、言葉に気をつけろ。この距離なら外しはしないぞ。脳みそを撒き散らしてやろうか」
蝶子が向けている銃口は、ほとんど額に衝きつけたと言っていいほどの距離だった。
「これはこれは。危険ですね」
市川はホールド・アップすると、余裕の笑みを浮かべてスーツの胸の内側に右手を入れた。
すぐに右手を引き出すと、手のひらを上に向けて開いた。
そこには、小さな瓶が載っていた。
「この子はいま眠っていますが、このままでは眼を醒ますことはありません。この小瓶の薬を注射しないかぎりはね」
左手の人差し指と親指で小瓶を掴むと、市川は蝶子に見せた。
「なんだと!」
「要するにこれは、僕がここから無事に避難するための保険ですよ。もし、ほんの少しでもトリガーに掛かった指が動こうものなら、僕は躊躇せずにこの小瓶を床に叩きつけます。この小瓶は脆くてね、ちょっとした衝撃で割れてしまうのですよ。するとどうなるか、言わなくてもわかりますよね」
「卑怯なやつめ……」
「クク、卑怯、ですか。僕もまだまだ死ぬわけにはいかないのでね。わかってください」
市川は、唇の端に不敵な笑みを浮かべた。
「市川。それでも男か! おまえには、威気(いき)というものがあるだろう。それを使って闘ったらどうなんだ!」
「いえいえ、威気を使ったところで、あなたにはとても敵いませんよ」
言うと市川は、手術台から離れた。
小瓶を握り、蝶子から眼を離さずにゆっくりと開いたままのドアに向かった。
廊下に出ると、市川は走り出した。
市川は、相変わらずの薄い笑みを、その眼に浮かべていた。
「美鈴になにをした!」
蝶子は、市川に銃口を向けたまま睨みつける。
「いいえ、なにも」
「なにもだと! 嘘をつくな。だったら、なぜ美鈴の胸に切開した傷があるんだ!」
「それは、その子の遺伝子の暴走を止めるための処置ですよ」
「ふざけるなよ、市川。きさま、遺伝子の暴走を止める治療薬が開発されたと言ったな。それなら、身体を切る必要がどこにある」
「そこまではわかりませんよ。僕は科学者ではありませんからね」
「なら、植草博士はどこだ!」
蝶子は市川に詰め寄ろうとする。
それに反応して、市川は美鈴の横たわる手術台へと回りこむように動く。
手術台を、市川と蝶子があいだに挟む形となった。
「いち早く、避難していただきましたよ。怪我でもされたら、困りますのでね」
「自分はさっさと逃げて、おまえに後始末を押しつけたというわけか」
「いえ、そんなことはありませんよ。それに、僕もすぐに避難します。このラボは、もうすぐ爆破されるでしょうからね」
「なに?……」
「とぼけなくてもいいですよ。電力源を爆破したのは、あなたではないでしょう? あなたにそんな芸当はできない。ここへ侵入したねずみは、あなたともう1匹。そのねずみは、ハヤブサ。違いますか?」
「――――」
蝶子は押し黙った。
「クク、わかりやすい人だ。胸の内が、そのまま顔に表れる。まあ、とにかく、これであなたとハヤブサ、桐生隼人は追われる立場となる。組織は裏切者を許さない。覚悟することです」
「それがなんだ。それなら、組織を叩き潰すまでさ。まずは手始めに、おまえを冥途に送ってやる」
蝶子は、銃口を向けたままでいる。
「これは恐い」
市川はわざとらしく肩を竦めると、眠っている美鈴の頬を指先でなでた。
「その汚い手で触るな!」
言われてすぐ、市川は指先を美鈴から離した。
「しかし、ひとりの娘のために、組織を裏切るとはね。僕にはとても理解できません。この子に、そんな価値があるのですか?」
「価値だと? ひとりの人間を、ただの実験体にしか考えられないおまえら組織には、到底理解などできるわけがない」
「ひとりの人間、ですか……」
市川は、美鈴に眼を落とした。
「この姿のどこが、人間と言えるんですか?」
「市川、言葉に気をつけろ。この距離なら外しはしないぞ。脳みそを撒き散らしてやろうか」
蝶子が向けている銃口は、ほとんど額に衝きつけたと言っていいほどの距離だった。
「これはこれは。危険ですね」
市川はホールド・アップすると、余裕の笑みを浮かべてスーツの胸の内側に右手を入れた。
すぐに右手を引き出すと、手のひらを上に向けて開いた。
そこには、小さな瓶が載っていた。
「この子はいま眠っていますが、このままでは眼を醒ますことはありません。この小瓶の薬を注射しないかぎりはね」
左手の人差し指と親指で小瓶を掴むと、市川は蝶子に見せた。
「なんだと!」
「要するにこれは、僕がここから無事に避難するための保険ですよ。もし、ほんの少しでもトリガーに掛かった指が動こうものなら、僕は躊躇せずにこの小瓶を床に叩きつけます。この小瓶は脆くてね、ちょっとした衝撃で割れてしまうのですよ。するとどうなるか、言わなくてもわかりますよね」
「卑怯なやつめ……」
「クク、卑怯、ですか。僕もまだまだ死ぬわけにはいかないのでね。わかってください」
市川は、唇の端に不敵な笑みを浮かべた。
「市川。それでも男か! おまえには、威気(いき)というものがあるだろう。それを使って闘ったらどうなんだ!」
「いえいえ、威気を使ったところで、あなたにはとても敵いませんよ」
言うと市川は、手術台から離れた。
小瓶を握り、蝶子から眼を離さずにゆっくりと開いたままのドアに向かった。
廊下に出ると、市川は走り出した。
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