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チャプター【066】

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 蝶子は銃をホルスターにもどすと、あとを追った。
 市川から薬を奪わなければならない。
 手術室を出たときには、市川は非常階段のある方向へと廊下を曲がっていた。
 追って廊下を曲がると、市川はすでに非常階段に通じるドアを開け、奥へ入っていくところだった。
 蝶子が追う。
 非常階段のドアを開け、上を見上げる。
 そのときにはもう、市川は一階のドアから廊下へと出ていくところだった。
 疾い。
 想像以上の疾さだ。
 蝶子と同等、いや、それ以上かもしれない。

(まさか、あいつは……)

 市川は、ナノバイオ〈ナノプス〉を移植しているのではないのか。
 蝶子は、そう思った。
 そうでなければ、自分と大差のないスピードを、並みの人間が出せるわけがない、と。
 非常階段を上がり、一階へと出ると、正面玄関へと走った。
 正面玄関が眼に入る。
 すでに市川は、建物の外へ走り出ていた。
 蝶子も、正面玄関から外へ走り出る。
 正面には、いまにも飛び立とうとするヘリコプターがあり、市川が乗りこむところだった。

「市川ァァァッ!」

 蝶子が叫んだ。
 ヘリに乗りこんだ市川が、蝶子へと視線を向ける。
 唇にいやらしい笑みを浮かべている。
 蝶子は両のホルスターから銃を抜き、市川に向ける。

「止まれッ! 撃つぞッ!」

 さらに蝶子が叫ぶ。
 だが、市川は笑みを浮かべて、蝶子を見ているだけだ。

  ダン、
  ダン、
  ダン、
  ダン!

 銃声がこだました。
 2挺の銃から2発ずつ、市川の頭と胸に向かって銃弾が放たれた。
 市川は避けようともせずにいる。
 4発の銃弾が市川にあたるその寸前、その4発の銃弾が消えていた。
 市川が胸の前で両拳を握っている。
 その両拳を、下に向けて開く。
 すると、銃弾が2発ずつ、手のひらの中から落ちた。
 市川は、眼にも止まらぬ疾さで銃弾を掴み取ったのだった。

「おまえ、ナノプスを移植しているのか」

 蝶子が訊いた。

「バレましたか。そうですよね。4発の銃弾を素手で掴み取ったのですから。まあ、そういうことです。あ、それと――」

 市川は言うと、スーツのポケットから薬の入った小瓶を取り出し、

「これを、お渡ししないといけませんね」

 蝶子に向け、指先ではじいた。
 はじかれた小瓶は、まるで銃弾のように蝶子へと空を切って向かっていった。
 それを、蝶子は軽々と手で掴み取った。手を開いてみれば、確かにさきほど見せられた小瓶だった。

「タネを明かせば、それはただの水です。あの子は自然に眼を醒ましますよ。そして、最後にひとつ。あなたは、僕が偽りを言ったと思っているでしょうが、それは誤解です。遺伝子の暴走をとめる治療薬が開発されたというのは事実です。それを美鈴と言うあの子に投与しなかったのは、すでにその治療薬が効果を成さない段階にあったからなのです。もう、あの子は、異形人となってしまっていたのですよ」
「ばかなことを言うな。あの子は……、美鈴はまだ子供だぞ!」
「信じられないのであれば、ご自分で確かめてみることです」
「――――」
 蝶子は、スカイ・ポール・タワーの展望台で遭遇した、犬の異形人となった少年のことを思い出した。
 あの少年も、美鈴とさして変わらない子供であった。

「蝶子さん。あなたはもう、組織の人間ではなく、執行人でもなくなった。と同時に僕も、あなたの監視人ではなくなりました。あなたはこれより、追われることとなるでしょう。駆除の対象としてね。この先、あなたとは相見えるときが来るでしょうが、そのときは遠慮はしませんよ。憶えておいてください」

 市川がそう言うとともにヘリは浮上し、飛び立っていった。
 蝶子はまだ手の中にある小瓶に眼を落とすと、その小瓶を握り潰した。
 と、そこへ、

「蝶子!」

 どこからともなく、隼人が現れた。
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