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チャプター【032】
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「組織は、あの子をどうする気だ」
蝶子は市川を睨みつけた。
「蝶子さん。あなたは、なにか勘違いをなさっているようですね」
市川が言う。
「勘違いだと?」
「ええ。組織はなにも、あの子を実験台の上で切り刻もうとしているわけではありませんよ」
「なら、なんだ」
「あの子を救おうとしているのです」
「救う?」
「そうです。いまでは、組織の研究も躍進しましてね。遺伝子の暴走を止める治療薬が、開発されたのですよ。完全に異形人になってしまっては無理ですが、あの子のように、遺伝子の暴走が一定の期間ストップし、潜伏してしまうケースには有効な治療薬なのですよ。そのうえ、遺伝子の暴走を止めるだけでなく、その遺伝子を正常のレベルにもどすことも可能なところまできています。それだけに、まだ異形人の完全体に変異していないあの子の存在は、必要不可欠なのです。あの子を救うことは、同時に人類をも救うことになるのですから」
そう聞いて得心がいったのか、蝶子は肩の力を抜いた。
太刀を、背の鞘に収め、
「それで、父親にはどう説明したんだ」
改めるように訊いた。
「説明などしていません」
「なに? 説明もせずに、どうやって」
「秘密裏に、ラボまで搬送しました」
「なんだと。それじゃ、誘拐じゃないか」
「まあ、そうかもしれませんが、しかたがありません。組織の存在を明かすわけにはいきませんからね」
市川は坦々と言った。
「人ひとりを誘拐して、それを、しかたがありません、だと?」
「蝶子さん。あなたは感情に流されすぎです」
市川は、呆れたというようにため息をついた。
「いいですか、いまも言いましたが、あの子を救うことは、人類を救うことなのです。それに、あの子が異形人の完全体に変異してしまってからでは遅い。確かに父親からすれば、とつぜん娘がいなくなったことに狼狽するでしょう。ですが、いまのこの世界では、そんなことは日常のことです。まだ完全に変異していないあの子は、やはり異形人の餌でしかない。それならば、組織のラボにいたほうが安全というものではないですか」
「――――」
詭弁だ、と蝶子は思った。
しかし、そう思いながら、蝶子は言葉を返せなかった。
それは、美鈴のことを考えたからだ。
どんなに言い繕おうが、人ひとりを誘拐して、それを正当化することなどできはしない。
だが、市川の言うように、組織のラボにいれば美鈴が安全なのは確かだ。
そのうえ、美鈴の遺伝子が正常のレベルにもどる可能性もあるという。
それを思うと、市川の言うことに反論はできなかった。
「あなたが、あの子のことに関して、感情的になるのもわからなくはありません。おなじ年頃だった妹さんを喪っているのですからね。しかし、それでは困るのですよ。この先、あの子の、いや、妹さんとおなじ年頃の異形人と遭遇したとき、平常心で駆除できないようではね」
「そんなことは、わかっている」
それ以上は言うなというように蝶子は市川を睨み、背を向けた。
「異形人とあらば、駆除するさ。それが、たとえあの子であったとしてもな」
そう言うと、その場を歩き去った。
市川はもう何も言わず、蝶子が薄闇に消えるまで、その背を見送っていた。
「そうであってほしいものですね」
市川は車へともどり、乗りこんだ。
エンジンを掛けるとともに、ヘッドライトが前方の薄闇を切り裂いた。
「とはいえ、あの子とはもう二度と、会うことはないでしょうが」
笑みを浮かべたままぽつりと言うと、市川は瓦礫の中へとアクセルを踏みこんだ。
蝶子は市川を睨みつけた。
「蝶子さん。あなたは、なにか勘違いをなさっているようですね」
市川が言う。
「勘違いだと?」
「ええ。組織はなにも、あの子を実験台の上で切り刻もうとしているわけではありませんよ」
「なら、なんだ」
「あの子を救おうとしているのです」
「救う?」
「そうです。いまでは、組織の研究も躍進しましてね。遺伝子の暴走を止める治療薬が、開発されたのですよ。完全に異形人になってしまっては無理ですが、あの子のように、遺伝子の暴走が一定の期間ストップし、潜伏してしまうケースには有効な治療薬なのですよ。そのうえ、遺伝子の暴走を止めるだけでなく、その遺伝子を正常のレベルにもどすことも可能なところまできています。それだけに、まだ異形人の完全体に変異していないあの子の存在は、必要不可欠なのです。あの子を救うことは、同時に人類をも救うことになるのですから」
そう聞いて得心がいったのか、蝶子は肩の力を抜いた。
太刀を、背の鞘に収め、
「それで、父親にはどう説明したんだ」
改めるように訊いた。
「説明などしていません」
「なに? 説明もせずに、どうやって」
「秘密裏に、ラボまで搬送しました」
「なんだと。それじゃ、誘拐じゃないか」
「まあ、そうかもしれませんが、しかたがありません。組織の存在を明かすわけにはいきませんからね」
市川は坦々と言った。
「人ひとりを誘拐して、それを、しかたがありません、だと?」
「蝶子さん。あなたは感情に流されすぎです」
市川は、呆れたというようにため息をついた。
「いいですか、いまも言いましたが、あの子を救うことは、人類を救うことなのです。それに、あの子が異形人の完全体に変異してしまってからでは遅い。確かに父親からすれば、とつぜん娘がいなくなったことに狼狽するでしょう。ですが、いまのこの世界では、そんなことは日常のことです。まだ完全に変異していないあの子は、やはり異形人の餌でしかない。それならば、組織のラボにいたほうが安全というものではないですか」
「――――」
詭弁だ、と蝶子は思った。
しかし、そう思いながら、蝶子は言葉を返せなかった。
それは、美鈴のことを考えたからだ。
どんなに言い繕おうが、人ひとりを誘拐して、それを正当化することなどできはしない。
だが、市川の言うように、組織のラボにいれば美鈴が安全なのは確かだ。
そのうえ、美鈴の遺伝子が正常のレベルにもどる可能性もあるという。
それを思うと、市川の言うことに反論はできなかった。
「あなたが、あの子のことに関して、感情的になるのもわからなくはありません。おなじ年頃だった妹さんを喪っているのですからね。しかし、それでは困るのですよ。この先、あの子の、いや、妹さんとおなじ年頃の異形人と遭遇したとき、平常心で駆除できないようではね」
「そんなことは、わかっている」
それ以上は言うなというように蝶子は市川を睨み、背を向けた。
「異形人とあらば、駆除するさ。それが、たとえあの子であったとしてもな」
そう言うと、その場を歩き去った。
市川はもう何も言わず、蝶子が薄闇に消えるまで、その背を見送っていた。
「そうであってほしいものですね」
市川は車へともどり、乗りこんだ。
エンジンを掛けるとともに、ヘッドライトが前方の薄闇を切り裂いた。
「とはいえ、あの子とはもう二度と、会うことはないでしょうが」
笑みを浮かべたままぽつりと言うと、市川は瓦礫の中へとアクセルを踏みこんだ。
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