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第二章
月に導かれるなら 5
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雪乃とは反対側から姿を現した風人は、瑞華からは信じられない程、妹に優しい。
固まってしまった瑞華の様子に全く気付いていないかのようにこちらの側に来て、瑞華の代わりに説明を始めた。
「こちらの花宮のお嬢さんは、弥生さんのことで頼み事があるってんで、兄貴に今日呼ばれたんだよ」
「まぁ、そうでしたの。それは大変失礼いたしました」
残念そうな顔を見せてから、雪乃は深々と頭を下げた。
それで慌てて瑞華は首を振った。
「いえ。実を言えば、私、まだご用件を聞いておりませんでしたの。私が勘違いさせてしまったんです。ごめんなさい」
良家の子女らしく、言葉はゆっくりとほほ笑んで。
どうにかそう返せば、雪乃はにかんだ様な笑顔を返してくれて、その神々しさに瑞華は心を躍らせてしまう。
やはり、この系統の顔にはどうも弱いらしい。
しかし風人がこちらを向けば、瑞華はとたんに顔を強張らせてしまった。
それにまるで気づかないように、相手はにっこりと華やかな笑みを向けてくれる。
「どうぞ、花宮さん。『九条の次期様』がお呼びだよ」
瑞華の顔の強張りに、この男が気づいていないわけがない。
ぎこちなくだが、どうにか微笑みに表情を変えた。
「あなたが…ご案内してくださるんですか」
「兄貴に頼まれたからな」
肩を竦めた様子に、雪乃が不思議そうにする。
「お二人はお知り合いでございました?」
「ああ。こちらの花宮さんは俺と同じ大学の後輩なんだ」
「まあ、そうでしたの」
「え、ええ」
どうにか微笑みを維持しつつ相槌を打てば、益々申し訳なさそうに少女は目線を落とした。
「お兄様方のお客様でいらっしゃいますのに、大変失礼なことを申し上げてしまいました。どうしましょう」
「ゆきが気にすることもないだろう」
取りなすような風人の態度はどこまでも優しい。本当に優しい。
どなた様ですかと思えるほど、昨晩の悪夢が何だったのかと思えるほどに。
「ですが…」
「まあ、気になるなら。お詫びに向こうの部屋でのお茶はゆきが出してやるってのはどうだ?」
「お客様に、よろしいのでしょうか?それに着替えてからだと遅くなってしまいますが」
戸惑った様子の少女に、瑞華はふわり微笑んだ。
この少女の憂いは取り払ってあげたい。
「嬉しいです。ご迷惑でなければ是非お願いします」
心からそう思ってお願いすれば、遠慮がちにではあるが、雪乃は少しばかり嬉しそうに笑みを浮かべて見せた。
「…では、そうさせて頂きます」
柔らかく華やいだ笑顔に変わって。
愛らしく品がある、本物の淑女とはこういう子ではないだろうか。
瑞華は密かに感嘆の想いを持たずにはいられなかった。
それでは準備致しますとしずしずと去っていった後ろ姿を、名残惜しいように見送っていると、どこか冷たい目線で風人に見られていることに気付いた。
気まずく目線を逸らすと、それ以上は何も言われない。
ついてこいと言わんばかりに先を立って歩き出した。
非常に気まずい。
しかし、ここまで来て付いていかないという選択肢はなかった。
瑞華は風人の後ろ姿を追うように歩き出した。
固まってしまった瑞華の様子に全く気付いていないかのようにこちらの側に来て、瑞華の代わりに説明を始めた。
「こちらの花宮のお嬢さんは、弥生さんのことで頼み事があるってんで、兄貴に今日呼ばれたんだよ」
「まぁ、そうでしたの。それは大変失礼いたしました」
残念そうな顔を見せてから、雪乃は深々と頭を下げた。
それで慌てて瑞華は首を振った。
「いえ。実を言えば、私、まだご用件を聞いておりませんでしたの。私が勘違いさせてしまったんです。ごめんなさい」
良家の子女らしく、言葉はゆっくりとほほ笑んで。
どうにかそう返せば、雪乃はにかんだ様な笑顔を返してくれて、その神々しさに瑞華は心を躍らせてしまう。
やはり、この系統の顔にはどうも弱いらしい。
しかし風人がこちらを向けば、瑞華はとたんに顔を強張らせてしまった。
それにまるで気づかないように、相手はにっこりと華やかな笑みを向けてくれる。
「どうぞ、花宮さん。『九条の次期様』がお呼びだよ」
瑞華の顔の強張りに、この男が気づいていないわけがない。
ぎこちなくだが、どうにか微笑みに表情を変えた。
「あなたが…ご案内してくださるんですか」
「兄貴に頼まれたからな」
肩を竦めた様子に、雪乃が不思議そうにする。
「お二人はお知り合いでございました?」
「ああ。こちらの花宮さんは俺と同じ大学の後輩なんだ」
「まあ、そうでしたの」
「え、ええ」
どうにか微笑みを維持しつつ相槌を打てば、益々申し訳なさそうに少女は目線を落とした。
「お兄様方のお客様でいらっしゃいますのに、大変失礼なことを申し上げてしまいました。どうしましょう」
「ゆきが気にすることもないだろう」
取りなすような風人の態度はどこまでも優しい。本当に優しい。
どなた様ですかと思えるほど、昨晩の悪夢が何だったのかと思えるほどに。
「ですが…」
「まあ、気になるなら。お詫びに向こうの部屋でのお茶はゆきが出してやるってのはどうだ?」
「お客様に、よろしいのでしょうか?それに着替えてからだと遅くなってしまいますが」
戸惑った様子の少女に、瑞華はふわり微笑んだ。
この少女の憂いは取り払ってあげたい。
「嬉しいです。ご迷惑でなければ是非お願いします」
心からそう思ってお願いすれば、遠慮がちにではあるが、雪乃は少しばかり嬉しそうに笑みを浮かべて見せた。
「…では、そうさせて頂きます」
柔らかく華やいだ笑顔に変わって。
愛らしく品がある、本物の淑女とはこういう子ではないだろうか。
瑞華は密かに感嘆の想いを持たずにはいられなかった。
それでは準備致しますとしずしずと去っていった後ろ姿を、名残惜しいように見送っていると、どこか冷たい目線で風人に見られていることに気付いた。
気まずく目線を逸らすと、それ以上は何も言われない。
ついてこいと言わんばかりに先を立って歩き出した。
非常に気まずい。
しかし、ここまで来て付いていかないという選択肢はなかった。
瑞華は風人の後ろ姿を追うように歩き出した。
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