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文禄の役

碧蹄館

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「我が軍も破れたりとは申せ、小西様はじめ名だたる方々がご無事であったことは、何よりでございました。」
「じゃが、油断は出来ぬのじゃ。平壌に入城した李将軍の元に朝鮮各地から続々と兵卒が集まってきた。総勢三十万騎に膨れ上がったのじゃ。」
「さ、三十万騎ですと!?この軍勢で攻め込まれれば、我が軍とて苦戦は必至でございましょう。」
「確かにそうじゃ。じゃがな、そこに慢心が生まれるのも事実よ。」
「慢心でございますか?」
「左様。明軍三十万騎は平壌を立って、開府城に入った。ここも、筑前宰相らが退いた後ゆえ、もぬけの殻。明軍をここで数日逗留し、漢城を窺っておった。そんな折、張通事という者が李将軍に進言した。日本の将軍たちは、先の平壌の戦いで討たれており、今、漢城を守る者どもは弱卒ゆえ、恐れるに足りない。ここは、一気に攻め潰すべし、とな。これを李将軍は是とし、配下の朝鮮勢を後続とし、高守孫、守廉、祖水訓ら屈強の将を引き連れ、十万余騎で開府城を出立し、碧蹄館に入城した。」
「明軍も万全の態勢でございますな。これでは、日本軍も一筋縄ではいきますまい。」
「左様。我が軍としては、何とか先手を取りたい。総勢三十万の明軍と正面切って戦うわけにもいかぬ。明軍を迎え撃つのは、筑前宰相(小早川隆景)率いる二万余。明軍の態勢が整う前に、一撃を与えるべく、筑前宰相配下の諸将が代わる代わる斥候にあたっていた。文禄二年正月二十六日の夜、その日の当番は、柳川侍従(立花宗茂)であった。十時伝右衛門を大将に、手勢五百余で見回っていたところ、李将軍の先手の大軍と鉢合わせしたのじゃ。出合い頭の上、辺りは漆黒の闇。兵卒どもが敵か味方かと騒いでいるうちに、敵の軍勢が柳川侍従の手勢を取り囲んでしまった。多勢に無勢ゆえ、たちどころに数百機余が討たれてしまった。大将の十時は、ここで退いては武士の面目が立たぬと踏みとどまり、敢え無い最期を遂げてしまった。生き残った兵卒は、散々に駆け抜け、辛うじて漢城までたどり着く有様じゃった。」
「先手は明軍に握られてしまったわけでございますな。」
「明軍が間近に迫っているとあらば、漢城に立て籠るか、打って出るかのどちらかしかない。注進を受けた、日本軍総大将備前宰相(宇喜多秀家)はじめ奉行衆が漢城南大門に向かうと、一里ばかり隔てた先に、雲霞のごとき李将軍大軍が、今まさに攻め寄せてくる気配じゃった。漢城は上を下への大騒ぎとなった。急ぎ軍議を開くも、意見がまとまらぬ。漢城に立て籠り、日本からの援軍を待つべしという者あり。漢城の外に柵を設け、弾幕を張って迎え撃つべしという者あり。全く収集がつかなんだ。」
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