夢のまた夢～豊臣秀吉回顧録～

新・賤ヶ岳合戦記

越前勢動く

「さらなる手立てとは一体どのような？」
「年明け天正十一年正月四日に姫路を出立し、同月二十三日に総勢四万余騎で江南に陣を構えた。江南に陣を構えた後、軍勢を三軍に分け、その内の一軍で勢州と江南の境にある将監（滝川一益）勢力下の要害を攻め立てた。そして、勢州各地の砦を次々に攻め落としていった。」
「柴田様、三七様、滝川様の三者同盟が機能しないようにするためということでしょうか？」
「わかっているではないか。権六は雪で動けぬ。その間、余としてあってはならないことが、三七殿と将監が結託して決戦を仕掛けてくることじゃ。もちろん、二人が結託したところで、余が優位に立つことは間違いないが、万一、戦が長引いて権六の救援が間に合うようだと少々苦しくなる。この事態だけは絶対に避けねばならぬ。もちろん、将監などに構わず、三七殿を討ってしまえばよいという意見もあろう。じゃが、何度も申しておるとおり、城攻めというのは無理をすると味方の損害が膨大なものとなる。まして、岐阜城は難攻不落の名城じゃ。ここに籠城されては、余とて簡単には落とせぬ。岐阜城を包囲している後背から将監が襲ってこられると厄介じゃ。他方、先日、美濃の大半は余の勢力下に入ったので三七殿が野戦を仕掛けてくることは考えにくい。であれば、その間に将監の勢力を削ぐ方が得策じゃ。将監の勢力を削いだ後、岐阜に攻め入っても遅くはない。実際、勢州での戦のあと美濃に向かったところ、まだ態度を決めかねていた土豪どもが我先にと余の下に集まって気負ったわ。こうして、余は大垣城を拠点とし、軍勢を因幡山に差し向け、岐阜城を包囲させたのじゃ。」
「水も漏らさぬとはまさにこのことを指すのでございましょうな。もはや、三七様も風前の灯ではありませぬか？」
「権六が出陣できぬことは是非もないとして、よもや将監があっけなく敗れるとは思わなかったであろうな。岐阜城の包囲を見た三七殿は驚愕し、急ぎ越前に飛脚を走らせた。権六に対する書状には、こう書かれていた。”筑前が数万の軍勢を従え、美濃に攻め入ってきた。所々の小城を傘下に加え、それら傘下の者どもを競わせて、岐阜城を包囲させている。早々に、出陣を請う”と。」
「三七様にそこまで嘆願されては、柴田様としても何か手を打たねばなりますまい。かといってまだ雪深いでしょうから、即座に出陣できるとも思えませぬが。」
「書状を見た権六は、さすがにこの事態は看過できないと判断し、越前の国中の人足を集め、江州柳ケ瀬までの道を塞ぐ雪を除こうと試みたのじゃ。じゃが、二月初めのこともあり、まだ雪深く、結局出陣できず、空しく日々を費やすばかりであったのじゃ。」
「これは、見事な殿下の作戦勝ちといったところですな。この機に、岐阜城を落としてしまおうとはお考えにならなかったので？」
「できることならそうしたかったわ。じゃが、三七殿は一縷の望みを賭けて再三、権六に飛脚を遣わした。そこで権六は先遣隊を差し向けた。先発の面々は、柴田玄蕃亮、前田又左衛門親子であった。後続の面々は、佐久間三左衛門、原彦次郎、徳山五兵衛、金森五郎八、不破彦助であった。こうして先遣隊総勢五千余騎が、三月七日に越前を出立した。同八日、木の本付近を放火し、木の本から軍勢を二軍に分けた。一軍の大将を柴田玄蕃として、京海道に向かわせた。もう一軍の大将を佐久間三左衛門として美濃海道に向かわせたのじゃ。」
「柴田様も可能な限りの動員を図ったわけでございますな。しかも、”鬼柴田”の異名のとおり、一度進軍されたら、迅速な陣立てでございますな。」
「やはり権六は戦上手よ。たとえ、権六自身が出陣せずとも、家臣どもはみな権六の戦ぶりが染みついておる。京海道を進む軍勢は、北早水村まで焼き払い、美濃海道を進む軍勢は、春照宿まで焼き払った。そして、九日の暮れ頃引き上げ、美濃国余吾庄市山に帰陣した。こうなった以上、岐阜城攻略は一旦中止せずにはいられない。そこで、岐阜城の包囲はそのままにして、十日に大垣を出立し、長浜城に着陣した。そして翌十一日、余吾庄に向けて出陣した。」
「いよいよ柴田様との決戦に臨まれるというわけですな。ということは、大軍をもっての出陣ということになりますな。」