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赤を纏う少女

ウルフ族の街2/3

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ホテルまでの道すがら、ミカエラは街の様子をキョロキョロと見回す。チェルシャーが言っていた通り、獣人のウルフ族の街である。見渡す限り狼、狼、狼…。
どうやらウルフ族は動物のままの姿で人語を喋る者の比率が大きいようだった。動物の姿のままなのに、人間のように洋服を着て二足歩行の彼らはミカエラの目に新鮮に映った。

「どうしてあんなに耳が大きいんでしょうか…?」

ミカエラは街行く狼の耳を見つめて呟く。それに答えたのは意外にもジークだ。

「仲間の声を正確に拾うためだ」
「…それじゃあ、どうしてあんなに目が大きいんでしょう?」
「仲間が危険な目に遭っていないか見張るため」
「じゃあ、口が大きいのは?」
「仲間と円滑に言葉を交わすためだな」

自分の問いに間髪入れず答えを返すジークに対して、ミカエラはキョトキョトと視線を送る。

「…殿下は狼に詳しいんですね」
「本で読んだだけだ。俺も実物を見たのは初めてだからな」
「私も本は読みますが、ビジネス書ばかりでした。今後は図鑑も読もうと思います」
「まぁ、狼が仲間想いなのは有名だしな。この街の『声』もそう言っている」
「声、ですか?」
「…ふん。前を見て歩かないと転ぶぞ」

ジークは不自然に話を切り上げてミカエラの手を取った。突然のジークの行動にミカエラは狼狽える。しかし、ジークの手が解かれることはなかった。



「ようこそ、ピンクパールホテルへ!直ぐにお部屋にご案内致します」

フロントマンにうやうやしくお辞儀をされて、ミカエラは何だか擽ったい気持ちになる。公爵家の令嬢として一般的な教養や行儀作法は身につけているが、どうにもかしずかれることに慣れない。それとは逆にジークやアドの態度は実に堂々としている。

御一行様ですね!荷物の運び入れはわたくしどもにお任せください!!ウルフ族は力持ちですからね」

ホテルマンたちもウルフ族のため、目の前のフロントマンも狼の姿にスーツをパリッと着こなしている。スーツの上からでも筋肉の盛り上がりが分かるほど、皆逞しい体をしていた。

「この度は新婚旅行でいらっしゃいますか?」

ベルボーイが軽々と荷物を持ち上げる様子に感心していたミカエラは、フロントマンの言葉を全身で否定しようとする。…が、アドに遮られ背後に押しやられてしまった。

「そうなんですよ!我が閣下と奥様はとってもラブラブなんですよ!!だからお部屋は一緒にしてもらえますか?」
「なにを……むぐっ」
「ですよねぇ?閣下!奥様とご一緒の部屋でよろしいですよね?」

ミカエラが抗議の言葉を紡ぐ前にその口を押さえ、アドはジークに燦々と期待の眼差しを向ける。

「いや、俺は一人の方が…」
「チッ!!…はい!大丈夫です!!お二人ご一緒のお部屋でお願いしまーす!!」
「え?いや、お二人とも別々のお部屋をお望みのようですが…」
「大丈夫です!大丈夫です!!ほら、お二人とも恥ずかしがり屋なんで!素直じゃないんですよね~。まったく従者泣かせの二人で困りますよ~」
「さ、左様で。そういうことでしたら、新婚のお二人にピッタリのお部屋にご案内致します。ビート、お部屋までしっかりとお送りしてくれ」

名前を呼ばれたベルボーイがフロントマンから鍵を受け取る。そのベルボーイはこの街では珍しく、チェルシャーのように人型に狼の耳と尻尾を有する容姿だった。

「……ご案内致します。こちらへどうぞ」

12歳くらいに見えるそのベルボーイが先頭に立ち、ミカエラたちは部屋へと向かう。ミカエラたち以外の宿泊客は居ないようだった。

ピンクパールホテルと言うだけあって、部屋の壁紙は上品なピンク色で、調度品の要所要所にパールが埋め込まれている。ベッドも大きく広々としており、これならゆっくり眠れそうだ、とミカエラは思った。

(一人だったら、だけど)

洗面所を確認したミカエラは主寝室に戻ってソファーに腰掛けるジークを見遣る。アドはベルボーイたちにテキパキと指示を出しながら、なんだか嬉しそうに鼻唄を歌っている。

「……これで最後です」

ビートと呼ばれていた少年がミカエラの鞄を持ってやって来た。ミカエラはそれを自分で受け取ろうと彼に歩み寄る。ミカエラがビートに右手を差し出したところ、彼に思い切り手をはたかれてしまった。

「…!!」

チャキッ、と音がしたかと思うと、ジークが腰元の剣を抜きビートに切りかかろうとしている。
ミカエラは慌てて声を上げた。

「殿下!!なりません!!!私は平気です!!」
「しかし…」
「急に手を出した私が悪いのです。…ビート、と言ったわね?驚かせてごめんなさい」
「……っ」

そう言いながら虹色の瞳を細めたミカエラに、ビートはビクリと体を強張らせる。そうこうしている内に他の部屋に居たベルボーイたちが集まって来た。

「あの!申し訳ございません!!ビートが何か不手際を致しましたか?」
「私たちの指導が足りぬせいです!罰するなら私たちにしてください!!」
「この子のことはどうか見逃してやってください!!」

床にひれ伏して陳謝するベルボーイたちに、ミカエラたちは困惑の眼差しを向けるしかなかった。
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