花が実るための未来

柄山勇

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第一章

第九話  楽しげな時間

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「つうことで、やってきたぞー。N&Gー」 
「えらくテンションが高いっすね」 
「アタシ眠くなってきたっす」 
 
 テンションノリノリな奏とは打って変わり、あくびをしながらゆったり歩く智彩。同じく眠そうな日影とそれに連れ添って歩く実璃。三者三様な様子に奏は喝を入れる。 

「締まらないなぁ。これからみのりんの服を選ぶというのに」 
「服なんて着れればいいじゃない」 
「女子力のカケラもない発言っすね……痛!」 
「アンタがそれを言うな」 

 つい口を滑らしてしまった智彩に制裁を加える日影は、思い出したように口にする。 

「そういえば、この階って服以外にもコーナーがあったわよね」
「うん。娯楽施設と本屋さんとか……あとは食品コーナーが、」 
 
 最後の台詞が声に出された瞬間、日影は先程鉄拳を加えた智彩をすかさず掴み取る。

「ぐへぇ!」と悲鳴を上げて問答無用の様子で智彩は、抵抗する暇もなく引き摺られていく。 

「ねえ奏。私達、服よりそっちのコーナーの方が興味あるから、そっち寄ってもいい?」
「いいけど……こっち結構時間かかるかもよ」 
 
 そう言って奏は実璃の方を見る。実璃が今着ている服は奏の手元にあった下ろし立ての服。綺麗で整っているが、無地かつシンプルでお洒落かと言われたらそうではない部類だ。 
 
 最低でも3着以上は買うと決意している奏は、実璃を今日の占める時間の大半を費やすつもりだった。 

「いいよ別に。終わったら私達もそっち寄るから」 
「分かった。なら此処のコーナーにいるからね」 

 返事を聞いたのち、日影は智彩の腕を握りしめたまま、真っ直ぐに食品コーナーへと向かう。

 ずるずると引っ張られていく智彩は、希望の瞳で奏と実璃に視線を向けるが、その願いは聞き届けられることはなかった。 

「日影! ま、待つっすよ! アタシは行くなんて一言も言ってないっす!」 
「安心して。強制だから。それに一人だと経費下りずらいし」 
「まさかの金づる⁉︎ いやだ、搾り取られるー‼︎」 
 
 悲鳴を響かせながら、一瞬のうちに姿を消す日影と智彩。敬礼で見送りながら、奏は実璃の方に向き直った。 

「さて、なんか役者が減っちゃったけど、時期に戻ってくるでしょう」 
 
 ぶん、と腕を震いやる気を漲らせると、奏は実璃の手を取り店内へと連れて行く。 

「こっちこっち」 
「ちょ⁉︎」 

 駆け足で連れ出す奏に、少々狼狽した具合になるもなんとか足並みを揃える。  
 
 後ろをついていくように数十メートル駆けると、女性用の洋服コーナが現れた。 

「うわー」 
 
 自身にはこれから先縁がないと思われたジャンル。目を見張って肝をつぶす実璃に対して、奏が嬉しそうに問いかける。 

「すごいでしょ。みのりんにはどうしても着てほしかったんだ」 
 
 満足げに語る奏の言葉は、実璃の耳には入らない。こんな所、幼い頃以来の再来だった。ずっと生きるのに一生懸命な彼女は憧れの対象ですらなかったのだ。 

―――綺麗。 

 見渡す限り、オシャレという名のファッションの世界が広がる。
 まず最初に目に留まったのは、淡いピンクに淡麗な彩色で施されたドレスだ。手に取ると、その暖かい生地が、指先に心地よく触れる。 

「これ、可愛い」 

 実璃が微笑む中、奏も隣から反応をする。 

「そうだね。これ、実璃に合うかも」 
「ほんと?」 
「うん!」 

 元気よく相槌を打つ奏を見て、実璃は僅かに先の試着室に向かった。 
 さて、ここから実璃の着替えの時間が始まるはずだったが…… 

「私だけ着るの嫌だから奏も着てよ」 
「えー、私も?」 
 
 そんなこんなで不服そうな奏に、頼み込みどうにか承諾を得ると、お互いに着替えを始める。

 若干恥ずかしげに着替える実璃とは対照的に、奏は鼻歌を歌いながら衣服を脱いでおり、自身の裸など気にしていないようだった。 

 だが、 

―――意外と、大きくない? 
 
 本人が気にならないとはいえ、すぐそこにいる同世代の女の子の目に止まらないかと言われたら、残念なことにそうではなかった。
 
 服を脱ぎ終わり、下着姿になった奏を流し見るとそこには年相応とはえらくかけ離れた2つの膨らみが居座っている。 
 
 皆で外を歩いていた時は、一番身長が高い日影が、全体的に見て、胸部も大きいと予測をしていたが、これは認識を改めなければいけないだろう。(因みに智彩は身長同様、まな板と言っても差し支えない) 

「……現代の女の子を侮ることなかれ」 
「ん? みのりん何か言った?」 
「ううん。何も。それより、早く着よ」 
 
 焦るように実璃は話題を逸らし、いそいそと持ってきた服を試着する。不思議そうな表情をしながらも、サイズ違いで何着か持ってきているため、奏も同じように服を着る。 
 
 実璃と奏は選んだドレスを手に取り、鏡の前でお互いを見比べた。何年か前の実璃であれば今の自分の姿を断固信じないはずだ。

 着飾るなんて余裕はなく、身の回りより知恵と金銭を欲していたあの頃。ただがむしゃらに藻搔いていた日々は、何も見えていなかった。 

―――でも、今は違う。 

 鏡に映った自分の姿にうっとりと微笑み、奏も納得した表情で頷いた。 

「いい感じ!」 
「ありがとう。奏だって、似合ってる」 
「ほんと⁉︎ みのりんにそう言ってもらえるなんて、嬉しいよ!」 
 
 実璃に褒められ顔がふやける奏。実際、奏の白髪に明るい色で彩色されたドレスはこれ以上ないくらい似合っている。奏を麗人と仮定するなら、今の彼女は羽衣を渡された天女と言えるだろう。
 
 優しげで可愛らしいその姿身は、庇護欲を掻き立てられる仕草に満ちていた。 

―――奏が隣に居たら、私なんて恥ずかしいよ。 
 
 余りにも相応した彼女の存在に、多少気の迷いが出てこようとする。

 けれども、自分の容姿など気に留めず実璃の姿しか瞳に映さない奏にとって、自身のお洒落より実璃のとある一点に目が行く。 

「みのりん、みのりん」 
「え、なに?」 
「ちょっと髪触ってもいいかな」 
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