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第一章
第八話 幸せ
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見知らぬ部屋で起床し、目の前には初めて見る大きなショッピングモールが広がる。昼前、実璃は3人の女の子と共に関兵本部から外出していた。
「ここへ来るのも久々じゃないすか! テンション上がるっすねー」
見るからにはしゃいであちこちにふらつこうとする智彩だが、それも長くは続かない。
軽く智彩の頭を叩き、痛がる彼女の他所に日影は話を続ける。
「最近はみんな面倒くさくて外出してなかったからね。しょうがないわ」
「ショッピングモールまで、結構遠いもんね」 そう言って奏は頷く。
ここ関兵本部は東京の中央、国分寺市に位置している。安全地区で恐らく1番治安が良く、最大の規模を有しているこの地区には様々な商店が並び、飲食店は尽きない。遊園地や水族館、コンサート会場ですら存在する。
日本に住む住民は、エネミーが人類を侵攻して以降、安全に問題がなければ元々居た場所に縛られる。
今彼女達がいる地区は、圧倒的なセキリティ性と退屈しないという点から多くの移籍希望者が居るのだが、審査には多くの条件があり満たすのは簡単ではない。
最近では強引に審査を突破しようとして捕まった者もいるとか。
―――まさか自分がこんな所に来れるなんて。夢にも思わなかったけど。
現実味に帯びない状況に呆然としていると、横から視線がぶつかる。
「びっくりした? みのりん」
服買いに行こう、以外特に何も伝えなかった奏はちょっとしたサプライズのつもりだった。
幼少期以前は、ショッピングモールに行った事があるのかもしれないが、スラムで働いて以降、服といった贅沢品に手を伸ばさなかった実璃はこういった場所に縁が無い。
以前彼女が持っていた服は、仕事先の作業服と私生活で使い古された服一着のみ。
仕事用の服はエネミーに焼き尽くされているだろう、朝ベッドで寝ていた時は既に着替えられていたのでもう一着の所在は検討がつかない。
今着ている服は出かける際に奏に着替えさせられたもの。
新品に卸されているかのような光沢感があるため、以前とは大違い。靴も含め、貰えると言われて驚嘆したのが記憶に新しかった。
更に服を何着か買ってくると聞いて,どこか温かな幸せが満ち溢れる気がする。
「本当にいいの?」
「いいよいいよ。みのりんにはおしゃれしてもらいたいから」
「でも、お金は…」
「経費で落とせるから気にしないで。新しい女の子が入ってくるのに、服が買えないなんて納得いかないからね」
そう言って、奏は微笑む。その顔はとても嬉しそうで,酷く懐古的な心地がした。
「服選びは賛成っすけど,その前に腹が減ったっすよ」
少し反省したのか,実璃のそばまで来ていた智彩が,腹に手を当てぼやく。まともな人間であればこの時間は昼飯タイムと言っても差し支えない。
スラムで暮らしていた実璃も15分という僅かな休憩で,今頃配給されたパンとスープを食べていることだろう。
同調するように日影も意見を述べる。
「私も空いてるわ。奏は?」
「同じくー,みのりんも?」
「うん」
「なら、全員賛成ということで、ランチタイムにしよう!」
ピッカーンと目を光らせ、天へ人差し指を突き上げる奏。次の瞬間、奏は割と大きな声で言葉を張り上げた。
「食おうぜ!」
「「「何を…?」」」
「東京名物! もんじゃ焼き‼︎」
・・・
ヘラを使い、油を鉄板に行きわたせる。少量の汁と同時に、生きのいい食材を軽くヘラで炒め、その上にキャベツ等の野菜を乗せる。
数分炒めたのち、その食材達で円を作り中央は鉄板が見えるよう空ける。そして、その場所に取っておいた汁を半分ほど投入。
「美味しそうっすね!」
「うん。でもまだ工程は残ってるんだ」
ショッピングモール最上階にある飲食店コーナー。
数多くの店が鎮座する中、奏が選んだのは、外まで行列が溢れる回転寿司屋の隣、女子供だけで行く店とは程遠い、和食亭『もんじゃ』という飲食店だった。
軽快な舞で三人を先導し、店頭まで辿り着いた奏は「予約した夢冬です」と言い放った。
予約から下調べまで手が回っていることに三人は驚く間もなく、一瞬のうちにテーブル席にあり着いた。現状としては、実璃の隣に慣れた手捌きでもんじゃお調理している奏がいる。
「さーて、頃合いかな」
汁と共に材料を炒めていた奏は、もう一度円を作り取っておいた汁を垂れ流す。更にそれを炒めながら、全体を拡張する。
「うん。いい感じ。ところでみんな、切り分ける前にタレかけちゃうけど、何のタレがいい?」
テーブルを見渡しながら、「候補はソースかマヨネーズ、あとはチーズかな」と言って、奏は隅に置かれた調味料を手元に持ってくる。
「青のりは絶対だよ。異論は認めない。鰹節はまたの機会で。店にないようだしね」
「アタシは、マヨネーズがいいっす。こう、上からドバーっと!」
「私はソースね。甘さと酸っぱさが同時にくるのがたまらないから」
やはりというべきか、真っ二つに割れた意見に智彩と日影は互いに睨み合う。言い出すタイミングは同一でも、内容は全く異なるらしい。
「みのりんは?」
「「‼︎」」
そうだ、まだ1人いたではないか。ハッとした様子でまだ何一つ発言をしていないメンバーへと詰め寄る2人。
「ええと…、その…」
期待を裏切るはずがない、という表情で見守る2人。強い圧が実璃に押し寄せ、負けじと彼女は恐る恐る口を開く。
「私は……………………………………………………チーズが良くて…」
シーン。
目が点になる二人の近くでジュワーという音がー
「ちょ⁉︎」
「意見割れてるっすよ! なぜ入れる!」
「手が滑って、」
「「嘘つけ‼︎」」
ここまでどストレートに、嘘を吐かれると予想していなかったため、呆然と手が硬直するしかない。
「って、言ってるそばから!」
ポイポイ、と流れ作業の如く投げ込まれるチーズ。スライスされたチーズはもんじゃ一面に投げ込まれ、上面を形成していく。
「よし、完成!」
反論が聞き入れられる間もなく、割と丁寧な仕上がりのもんじゃ焼きがそこにあった。
怒涛の勢いでチーズが乗せられたため、溶けたチーズの香りが4人の前に漂っている。
「じゃあ切り分けよっか」
「はぁ、分かったわ」
項垂れる智彩と日影は諦めと言わんばかりに自分の皿を手に取る。4等分したのち、奏がヘラでもんじゃの左右を擦り取り、1人ずつ乗せていく。
「アタシの分、少なくないっすか?」
「がめつい女はモテないわよ。あ、奏。その細切れになってるやつ欲しいわ」
「あんま食い維持張らないの。後で均等に分けるから」
「へ、怒られてるとはざまあねえっす。って、痛!」
無言で拳骨を落とす日影。「威力倍増してる気が…」という智彩の泣き言も無視され、実璃に番が回ってきた。
「はい、みのりん」
笑顔で奏から渡されるもんじゃ焼き。チーズがたっぷりかかったその生地には、湯気が立ち込め、旨味を引き立てているように感じた。
実璃自身、ちゃんとした食事の形式で食べるのは久しぶりだった。「いただきます」と言葉を発し、息を吹きかけて冷ましてから口へと運ぶ。
―――温かい…。
もんじゃを頬張りながら絶えず何かを言い合っている智彩と日影。黙々と食事に集中して味を楽しむ奏。目の前に広がる光景に、実璃の瞳から、薄く雫が零れ落ちた。
「あ、みのりんが泣いてるっす!」
「ほんとだわ!」
真っ先に気づいた智彩に反応するように奏も「大丈夫?」とこちらを心配する。返答するよりも先に溢れてくる涙に手で拭う実璃は、嗚咽が止まらない。
「いや、違くて…、これ、は嬉しく、て」
ずっと1人で頑張ってきた。誰からも助けてもらわずこの歳までスラムで生き抜いた。そんな自分が、こんな温かい気持ちにさせてもらえるなんて、考えもしなかった。
いいのだろうか。落ちてきた幸運を自分が享受して、罰は下らないのか。
―――今はただ、この場所にもっといたい。
そっと頭を撫でられる。実璃の胸の内の見透かすように、隣から優しく声をかけられた。
「これから、もっと楽しく過ごそうね」
諭すような言葉に、感傷的な思いが心に広がる。
「食事を終えたら服選びだよ。みのりんの服選ぶの、楽しみなんだ」
「……そう、私も楽しみ」
「なら良かった」
にこりと微笑む奏。実璃の頭から手を離すと、もんじゃの方に目を向ける。
「一緒に食べよう」
「…うん」
2人の口元には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「もしやアタシ達、完全にお邪魔虫っすか…」
「智彩。黙りましょう」
「ここへ来るのも久々じゃないすか! テンション上がるっすねー」
見るからにはしゃいであちこちにふらつこうとする智彩だが、それも長くは続かない。
軽く智彩の頭を叩き、痛がる彼女の他所に日影は話を続ける。
「最近はみんな面倒くさくて外出してなかったからね。しょうがないわ」
「ショッピングモールまで、結構遠いもんね」 そう言って奏は頷く。
ここ関兵本部は東京の中央、国分寺市に位置している。安全地区で恐らく1番治安が良く、最大の規模を有しているこの地区には様々な商店が並び、飲食店は尽きない。遊園地や水族館、コンサート会場ですら存在する。
日本に住む住民は、エネミーが人類を侵攻して以降、安全に問題がなければ元々居た場所に縛られる。
今彼女達がいる地区は、圧倒的なセキリティ性と退屈しないという点から多くの移籍希望者が居るのだが、審査には多くの条件があり満たすのは簡単ではない。
最近では強引に審査を突破しようとして捕まった者もいるとか。
―――まさか自分がこんな所に来れるなんて。夢にも思わなかったけど。
現実味に帯びない状況に呆然としていると、横から視線がぶつかる。
「びっくりした? みのりん」
服買いに行こう、以外特に何も伝えなかった奏はちょっとしたサプライズのつもりだった。
幼少期以前は、ショッピングモールに行った事があるのかもしれないが、スラムで働いて以降、服といった贅沢品に手を伸ばさなかった実璃はこういった場所に縁が無い。
以前彼女が持っていた服は、仕事先の作業服と私生活で使い古された服一着のみ。
仕事用の服はエネミーに焼き尽くされているだろう、朝ベッドで寝ていた時は既に着替えられていたのでもう一着の所在は検討がつかない。
今着ている服は出かける際に奏に着替えさせられたもの。
新品に卸されているかのような光沢感があるため、以前とは大違い。靴も含め、貰えると言われて驚嘆したのが記憶に新しかった。
更に服を何着か買ってくると聞いて,どこか温かな幸せが満ち溢れる気がする。
「本当にいいの?」
「いいよいいよ。みのりんにはおしゃれしてもらいたいから」
「でも、お金は…」
「経費で落とせるから気にしないで。新しい女の子が入ってくるのに、服が買えないなんて納得いかないからね」
そう言って、奏は微笑む。その顔はとても嬉しそうで,酷く懐古的な心地がした。
「服選びは賛成っすけど,その前に腹が減ったっすよ」
少し反省したのか,実璃のそばまで来ていた智彩が,腹に手を当てぼやく。まともな人間であればこの時間は昼飯タイムと言っても差し支えない。
スラムで暮らしていた実璃も15分という僅かな休憩で,今頃配給されたパンとスープを食べていることだろう。
同調するように日影も意見を述べる。
「私も空いてるわ。奏は?」
「同じくー,みのりんも?」
「うん」
「なら、全員賛成ということで、ランチタイムにしよう!」
ピッカーンと目を光らせ、天へ人差し指を突き上げる奏。次の瞬間、奏は割と大きな声で言葉を張り上げた。
「食おうぜ!」
「「「何を…?」」」
「東京名物! もんじゃ焼き‼︎」
・・・
ヘラを使い、油を鉄板に行きわたせる。少量の汁と同時に、生きのいい食材を軽くヘラで炒め、その上にキャベツ等の野菜を乗せる。
数分炒めたのち、その食材達で円を作り中央は鉄板が見えるよう空ける。そして、その場所に取っておいた汁を半分ほど投入。
「美味しそうっすね!」
「うん。でもまだ工程は残ってるんだ」
ショッピングモール最上階にある飲食店コーナー。
数多くの店が鎮座する中、奏が選んだのは、外まで行列が溢れる回転寿司屋の隣、女子供だけで行く店とは程遠い、和食亭『もんじゃ』という飲食店だった。
軽快な舞で三人を先導し、店頭まで辿り着いた奏は「予約した夢冬です」と言い放った。
予約から下調べまで手が回っていることに三人は驚く間もなく、一瞬のうちにテーブル席にあり着いた。現状としては、実璃の隣に慣れた手捌きでもんじゃお調理している奏がいる。
「さーて、頃合いかな」
汁と共に材料を炒めていた奏は、もう一度円を作り取っておいた汁を垂れ流す。更にそれを炒めながら、全体を拡張する。
「うん。いい感じ。ところでみんな、切り分ける前にタレかけちゃうけど、何のタレがいい?」
テーブルを見渡しながら、「候補はソースかマヨネーズ、あとはチーズかな」と言って、奏は隅に置かれた調味料を手元に持ってくる。
「青のりは絶対だよ。異論は認めない。鰹節はまたの機会で。店にないようだしね」
「アタシは、マヨネーズがいいっす。こう、上からドバーっと!」
「私はソースね。甘さと酸っぱさが同時にくるのがたまらないから」
やはりというべきか、真っ二つに割れた意見に智彩と日影は互いに睨み合う。言い出すタイミングは同一でも、内容は全く異なるらしい。
「みのりんは?」
「「‼︎」」
そうだ、まだ1人いたではないか。ハッとした様子でまだ何一つ発言をしていないメンバーへと詰め寄る2人。
「ええと…、その…」
期待を裏切るはずがない、という表情で見守る2人。強い圧が実璃に押し寄せ、負けじと彼女は恐る恐る口を開く。
「私は……………………………………………………チーズが良くて…」
シーン。
目が点になる二人の近くでジュワーという音がー
「ちょ⁉︎」
「意見割れてるっすよ! なぜ入れる!」
「手が滑って、」
「「嘘つけ‼︎」」
ここまでどストレートに、嘘を吐かれると予想していなかったため、呆然と手が硬直するしかない。
「って、言ってるそばから!」
ポイポイ、と流れ作業の如く投げ込まれるチーズ。スライスされたチーズはもんじゃ一面に投げ込まれ、上面を形成していく。
「よし、完成!」
反論が聞き入れられる間もなく、割と丁寧な仕上がりのもんじゃ焼きがそこにあった。
怒涛の勢いでチーズが乗せられたため、溶けたチーズの香りが4人の前に漂っている。
「じゃあ切り分けよっか」
「はぁ、分かったわ」
項垂れる智彩と日影は諦めと言わんばかりに自分の皿を手に取る。4等分したのち、奏がヘラでもんじゃの左右を擦り取り、1人ずつ乗せていく。
「アタシの分、少なくないっすか?」
「がめつい女はモテないわよ。あ、奏。その細切れになってるやつ欲しいわ」
「あんま食い維持張らないの。後で均等に分けるから」
「へ、怒られてるとはざまあねえっす。って、痛!」
無言で拳骨を落とす日影。「威力倍増してる気が…」という智彩の泣き言も無視され、実璃に番が回ってきた。
「はい、みのりん」
笑顔で奏から渡されるもんじゃ焼き。チーズがたっぷりかかったその生地には、湯気が立ち込め、旨味を引き立てているように感じた。
実璃自身、ちゃんとした食事の形式で食べるのは久しぶりだった。「いただきます」と言葉を発し、息を吹きかけて冷ましてから口へと運ぶ。
―――温かい…。
もんじゃを頬張りながら絶えず何かを言い合っている智彩と日影。黙々と食事に集中して味を楽しむ奏。目の前に広がる光景に、実璃の瞳から、薄く雫が零れ落ちた。
「あ、みのりんが泣いてるっす!」
「ほんとだわ!」
真っ先に気づいた智彩に反応するように奏も「大丈夫?」とこちらを心配する。返答するよりも先に溢れてくる涙に手で拭う実璃は、嗚咽が止まらない。
「いや、違くて…、これ、は嬉しく、て」
ずっと1人で頑張ってきた。誰からも助けてもらわずこの歳までスラムで生き抜いた。そんな自分が、こんな温かい気持ちにさせてもらえるなんて、考えもしなかった。
いいのだろうか。落ちてきた幸運を自分が享受して、罰は下らないのか。
―――今はただ、この場所にもっといたい。
そっと頭を撫でられる。実璃の胸の内の見透かすように、隣から優しく声をかけられた。
「これから、もっと楽しく過ごそうね」
諭すような言葉に、感傷的な思いが心に広がる。
「食事を終えたら服選びだよ。みのりんの服選ぶの、楽しみなんだ」
「……そう、私も楽しみ」
「なら良かった」
にこりと微笑む奏。実璃の頭から手を離すと、もんじゃの方に目を向ける。
「一緒に食べよう」
「…うん」
2人の口元には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「もしやアタシ達、完全にお邪魔虫っすか…」
「智彩。黙りましょう」
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