異世界喫茶『甘味屋』の日常

癸卯紡

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セミフレッド

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 ヴィエラとの情事の後、俺はそのまま自分の部屋のベッドで寝てしまい目が覚めると外はすでに夕方だった。朝起きて夜まで仕事をすることが当たり前だった俺にとって皆が起きて働いている平日の真昼間からグダグダと生活するのは少し悪い気がしたが、たまにはこんな日があってもバチは当たらないだろうと自分を甘やかすことにした。

ベッドから立ち上がり着替えて自分の部屋から出ると休憩所ではなぜかニナが大の字で寝ていた。休憩所にはニナの部屋もあるのになぜここで布団も敷かずに寝ているのかと疑問に思ったが起こすのも可哀想なので俺はニナをそのままにしてそっとホールへと向かう。

「おお、マスター殿! 体の方は大丈夫か?」

店のホールへ出るといつものカウンター席ではライラとヴィエラが座って紅茶飲みながら談笑しており俺に気づいたライラが笑顔で俺に声をかけた。紅茶は俺が以前スキルを使い出しておいたティーバッグを使って淹れたようだ。

「はい、ご心配おかけしました。もう大丈夫です」

「それは何よりだ! ニナもマスター殿が心配だったようでな、今日はあまり訓練に身が入らんようであった」

「なんかすみません・・・・。そういえば、なんでニナは休憩所で寝てるんですか? 部屋で寝ればいいのに」

「あぁ、それはニナなりの気遣いなのだろう。帰って来るなり店の休憩所に駆け込むとニナはマスター殿が部屋から起きて来るまでじっとマスター殿の部屋の扉の前で待っていたのだ。だが昨日の寝不足に加え訓練や依頼で疲れたのだろう。それからすぐに力尽きて寝てしまったのだ」

「そうだったんですね・・・・」

どうやら俺は自分が思っていた以上に皆に心配をかけてしまっていたようだ。ニナだけではなく、ライラやニナと共にパーティを組んでギルドの依頼を受けたポックル達も俺の事が心配で訓練にも身が入らなかったらしく今日はいつもより早めに仕事を切り上げて帰って来たようだ。

朝食の時、皆いつも通りに振舞っていたのでそこまで俺の事を深刻に考えてくれていたとは思いもしなかった。

   ――――昼間にキャッキャウフフしてたなどと口が裂けても言えない。

そんな俺の考えていることなど見透かすように冷や汗をかいている俺を見て笑っているヴィエラが口を開いた。

「もう大丈夫よね。だってマスターさんは元気に『立てる』んだから!」

「さて、ご心配かけてしまったお詫びにお二人にはご馳走させていただきますよ」

いろいろ含みのあるヴィエラの言葉を打ち消す様に俺は声を張り言葉を被せる。ライラからは俺の快気祝いとして今日は自分が何かご馳走したいと言われたが俺はライラからの提案を丁重にお断りすると、急ぎスキルを使い菓子を出した。

「ふむ、これは初めて見るな。何という甘味なのだろうか?」

「以前食べたアイスというものにも似ているわね」

「いやヴィエラ殿、これはケーキではないだろうか? 上にイチゴが乗っているのが何よりの証拠だ」

「ケーキにしてはひんやりとした冷気を感じるわよ? やっぱりこれはアイスなのよ」

ライラとヴィエラのアイスorケーキ論争が白熱する前に俺は慌てて割って入った。この2人には以前『ガトーショコラとパンケーキではどちらが美味いのか』という議論が白熱し喧嘩になりかけたことがあるのだ。

お互いにあーだこーだと浅いお菓子論を戦わせた末、両者一歩も引かず議論は最終的に戦って勝った方の推し菓子が美味いという事にするという何とも脳筋な結論で決着し一触即発のムードになったのだが、俺の店で切った張ったはご法度だ。2人はすぐに俺の店にかけられている神のジイさんの力によって外に放り出されてしまい事なきを得た。


「これはセミフレッドというお菓子です」

「「 せみふれど? 」」


 セミフレッドとはイタリアで生まれたアイスケーキで・・・・まぁ、簡単に言えばムースを凍らせたようなものだ。セミフレッドと似たスイーツにカッサータというものがあるが、セミフレッドはカッサータよりも食感が軽いのが特徴だろう。

ちなみに俺はこのセミフレッドとはビールがめちゃくちゃ相性が良いと思っている。だがビール&セミフレッドの組み合わせは何故か俺の周囲からは理解が得られず『味音痴』という不名誉な称号を与えられてしまい日本にいた時は悔しい思いをしたものだ。

「ふむ、これは美味いな! マスター殿、これはなかなか・・・・いや、かなり美味いぞ!!」

「本当ね。あっさりとした味わいだけど美味しいわ。しかも食べた後に残る余韻はなにかしら?」

ヴィエラはかなりグルメなのかもしれない。以前俺が自分のスキルで出し試食したセミフレッドにも今ヴィエラが感じたであろう『余韻』は薄っすらとあったが大抵の人はそれに気づかないだろう。なぜならセミフレッド自体が甘いためヴィエラの言う余韻もセミフレッドの甘さとごっちゃになって気づかないからだ。

「よく気づきましたね! それはキャラメルです」

「また新しく聞く名前の甘味ね。本当にあなたコーヒー屋ではなく甘味屋になればいいのに。コーヒーなんかより絶対甘味の方が才能あるわよ」

   ―――――大きなお世話だ。

神のジイさんからもらったスキルで出してるだけの甘味を食べて「甘味の才能がある」などと言われても嬉しくない。というか、あれだけ修行したコーヒーが脇役の甘味より評価されないのもショックだ。俺の店の名前は不慮の事故で『甘味屋』となってしまったが間違いなくコーヒーがメインなのだから。

美味そうにセミフレッドを食べる2人を見ていた俺は自分でも食べたくなり自分の分のセミフレッドを出すとキッチンからフォークを取り出し一口サイズに切り口に運ぶ。

「悔しいけど美味い・・・・」

「でしょ? やっぱり甘味専門店にするべきよ」

嬉々として俺を説得するヴィエラに待ったをかけるようにライラが話に割り込む。

「いや、マスター殿にはマスター殿の矜持があるのだろう。たとえ泥水と揶揄されようとも、店名が甘味屋となろうともマスター殿にとってきっとそこだけは譲れぬものなのだ」

ライラは胸の前で腕を組みながらドヤ顔でうんうんと納得したように頷いている。彼女としては良い事言ったと思っているのかもしれないが、俺は久々に言われた『泥水』という言葉に若干傷ついていた。

そんな3人の声で目が覚めたのか、突然休憩所のドアが開くと眠い目を擦りながらニナが出て来た。ニナは俺たちを見ると3人の前に出ているセミフレッドに目が行ったようだ。

「けえき食べてますですか? 私もけえき食べますです」

「ニナちゃんおはよう。これはケーキじゃなくてセミフレッドっていうものなのよ」

「・・・・知らない甘味です。これはユユシキ時代なのですよ!!」

ユユシキ時代ではなく由々しき事態と言いたいのだろう。だがそんなことにツッコまず俺はスルーする。ニナとしてはスイーツソムリエの自分が知らないスイーツを自分より先にライラやヴィエラが知ってしまったのが悔しいらしく俺にこれから新しいスイーツを出す時は一番最初に自分に食べさせてほしいと頼んだ。

どうやらニナの頭の中はすっかり俺の心配は消えスイーツソムリエとしての矜持が占めてしまったようだ。

それからすぐにニナにもセミフレッドを出してやると何やらブツブツ言いながら以前俺がニナにあげたペンとメモ帳を取り出しセミフレッドについて何やらメモを取っていた。

それにしても俺のスキルから出て来るスイーツは妙に凝った物ばかりなのが気になる。セミフレッドに関してもそうだ。一体どういう仕組みで今俺の前に現れたのか・・・。

と、まぁいろいろ気になりはするが、この奇妙な異世界では『そういうものなのだ』と受け入れるしかないということはわかっている。次に神のジイさんに会った時にでも聞いてみるつもりだが、おそらく俺が納得できる回答は得られないだろう。
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