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月明かりが照らす夜
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抽出量はだいたい140mlに対し豆15gを使用、豆は少し粗めに挽きフィルターに入れる。今回は深煎りのため湯の温度は95℃だ。ちなみに浅煎りなら90℃~92℃が望ましいだろう。
次に、湯で粉全体を湿らせたらだいたい30秒蒸らす。この時、湯は中心から渦を巻くように、そして仕上がりの量を調整するように落とす。ここで注意すべきは深煎りの場合、注湯と抽出液が同じ速度で落ちるよう注湯間隔や注ぎ方をコントロールしなければならない。これが意外と難しいのだ。
そして抽出量が140mlに達したところで、湯が落ちきる前にフィルターを外す。だが、まだこれで終わりではない。抽出されたコーヒーが入ったコーヒーサーバーをコンロでだいたい10秒くらい加熱する。ここで大事なのは寒い日なんかはもう少し長めに熱することだ。
ホットコーヒーを注文されるお客様には春夏秋冬どんなときも熱々を提供するのが俺の師匠であったロクさんの流儀なのだ。さらに忘れてはならないのはミルクや砂糖を使うお客様には温度が下がる事を見越して加熱時間を長くするのも重要だ。
「と、ここまでやってやっと一杯のコーヒーができあがるんだよ」
俺は店内のカウンターでコーヒーの作り方をニナにレクチャーしていた。だがニナの顔色は優れない、夜になり空には綺麗な満天の星空と大きな月が姿を現し俺とニナしかいない店内フロアは静寂に包まれていた。
俺は先ほどニナにレクチャーしながら作ったコーヒーを一口啜り、「ふぅ」と息を吐く。
―――――静かな夜だ。
そう思い、コーヒーと一緒に食べるために用意していたチーズを挟んだビスケットに手を伸ばしたところで店の入り口の扉がバタンッと大きな音を立てて開く。
「甘味屋、いるか!? ケガ人の受け入れを頼む!! 重傷だが息はある、ギルドから支給された上級回復薬を使ってやってくれ!!」
スキンヘッドの斧を持った男が大ケガをした冒険者と思われる女性を背負いやって来た。ニナはスキンヘッドの男の声に呼応するようにカウンターの中にある俺の寝室兼従業員休憩所の扉を開けると男を中へ入るように促した。
休憩所では薬師やヒーラーと呼ばれる治癒術を扱う者たちがスタンピードに対処すべく最前線で魔物と戦い負傷して搬送されてきた冒険者たちを必死に治療している。だが、それでも助からない者もおり運ばれてきた冒険者のうちの半分以上は息を引き取ってしまった。
―――――勘弁してくれ。
目の前で血だらけになって亡くなっていく冒険者たちを見て俺は気が滅入りそうになりながらも「うちの店で亡くなったってことはうちの店は事故物件ってことになるのかな?」などと不謹慎極まりないことが頭を過ぎった。この店はただの喫茶店だったはずがなぜか今、最前線付近に店を移動させられた挙句セーフティハウスとして負傷した冒険者や町の兵士たちを受け入れ治療する場となっていた。
そもそも、こんなことになったのは俺の店が持つ『特殊な力』が原因だった。
俺の店はあの神様と名乗るジイさんの恩恵を受けているため俺や従業員、そして店の客に悪意を持ち害そうとする者を受け入れない。また以前ライラとライラの冒険者仲間に頼み実験した結果、俺の店は打撃も斬撃も特大の魔法による攻撃ですらも傷一つ付かない事がわかったのだ。
そしてそこに目を付けたのがあの白髪のギルドマスターだった。ギルドマスターは自分でも試してみたいと言い出すと、握った自分の拳にハァァっと息を吐きかけその拳で俺の店の窓ガラスを殴りつけた。ドォンという耳を劈くようなけたたましい派手な音がしたが店の窓ガラスには傷一つ付くことがなかった。
「うわははは、これなら問題ないだろう。これよりこの家をセーフティハウスとして最前線へと配置する!! 薬師やヒーラーたちはこのセーフティハウスに待機、負傷した者はこのセーフティハウスへと撤退するように!!!」
――――――ちょっと待て、そうなると店の主である俺は必然的に・・・。
ギルドマスターは青ざめる俺を見てニッと白い歯を見せながら微笑むと「この戦の勝利はお前とお前の家にかかっている」などと無責任な事を言って笑っていた。だが青ざめる俺とは逆に、さっきまで不安そうにしていたニナは両手で拳を握りながら妙に気合が入っているように俺には見えた。後でニナにこの時の事を聞いてみると、どうやらギルドの長であるギルドマスターに店の一員であるニナも期待されたことが嬉しかったようだ。
それから俺とニナはすぐに冒険者ギルドが用意してくれた馬車で町の西門から外に出ると、そこから10分ほど行った所で馬車を下ろされた。どうやらここが戦いの最前線となる場所のようだが、辺りには何もない平原が広がっているだけだった。
「本当にこんなところで戦争するのでしょうか?」
戦争などというものを経験したことがない俺はどこか他人事のように感じ、後ろを振り向き俺たちをここまで運んでくれた御者に尋ねようとしたが、そこには馬車と御者の姿はすでにない。
どうやら馬車は俺たちを下ろすとすぐに町へと帰ったようで、走り去る音が聞こえなかったのは御者が辺りを警戒しスキルで音を消しながら去ったからだとニナから教えてもらった。
「俺たちも早く店に避難しよう!」
「う、うん・・・・」
ニナからいつもの変な敬語が消えている。よっぽど緊張しているようだ。
俺が『茶房』と唱えると目の前に俺の店が現れた。俺とニナは急ぎ店の中に入ると慌てて店の扉を閉めお互い店内のいつもの場所(俺はカウンターの中、ニナはカウンター席の右端)に身を置いた。そして俺は緊張するニナに何か甘いものでも出してやろうとするがニナは首を横に振る。極度の緊張のせいか、ニナは何も食べたくないようだ。
「そっか、じゃあこんなのも食べられないか・・・・」
そう言って俺はニナが座っているカウンター席にプリンを出した。ニナは初めて見るプリンに顔を近づけまじまじと見ている。
「・・・・これは何? ケーキでもなければライラちゃんの好きなパンケーキでもないしヴィエラちゃんのガトーショコラでもないよ?」
どうやら初めて見るプリンに興味を持ったようだ。百聞は一見に如かず、俺はニナに一口だけでも食べてみてくれと伝えるとニナはスプーンでプリンを掬い口に運んだ。
「んん~!!」
ニナは口にプリンが乗ったスプーンを入れたまま嬉しそうに笑った。どうやら自分が想像した以上に初めて食べるプリンは美味かったようだ。
ニナは俺と出会いこの店で働くようになってから俺の元いた世界で食べられていたいろいろなスイーツを口にしてきた。またニナの甘味好きも相まって今ではうちの店に訪れる客の要望を聞き、その客が求めるスイーツを提供したりすることもあるくらいだ。
そんなニナを俺が『スイーツソムリエ』などとふざけて呼んだことがきっかけで、初めて聞く言葉に興味を持ったニナがスイーツソムリエについて聞いてきたので説明してやるとニナは喜んでいた。それからというもの、ニナは自分をスイーツソムリエだと自称しスイーツの勉強と称して店で出されている和菓子や洋菓子を自分なりに勉強していた。
そんなニナでもプリンを知らなかったのは俺がコーヒーのお供にプリンは合わないと思っているため、プリンを出してしまうと客のコーヒー離れが更に加速し俺の店が今以上にどんどん甘味屋へと変わってしまう事を危惧したためである。
「『しーつそりえる』としてお勉強不足でしたですよ。このぷりんはわからないことだらけですからお店のお客さんに提供できませんですますよ!!」
しーつそりえるとは恐らくスイーツソムリエのことだろう。少し緊張が解けたのか、いつもの変な敬語も戻って来ていた。さっきまで何も食べられないと俯いていた姿が嘘のように、ニナはペロッとプリンを食べきりおかわりまで要求した。
ニナが言うには、スイーツソムリエとしてはお客さんに提供する前にプリンを食べて研究する義務があるのだとか。何とも仕事熱心なうちのマスコットは結局、その後、もう一皿プリンを食べ口直しにライラやヴィエラの真似をして紅茶を飲もうとした。だが、まだ子供であるニナに無糖の紅茶は早かったようで一口啜ると「うぇっ」と渋い顔をして吐き出しそうになった口を手で必死に押さえていた。
俺もコーヒーを啜りながら一息ついているとバタンと扉が開き、町を出る前にギルドマスターから紹介された薬師とヒーラーたちが店に入って来た。
すっかりプリンとコーヒーで落ち着いていた俺とニナに緊張が走る。外ではすでに戦いが始まっているようで次々と負傷者が店内に運び込まれて来たため、ニナも念のためとヴィエラから貰ったダガーナイフを腰に差し薬師やヒーラーたちを治療のために使う店の休憩所へと案内し冒険者たちの補佐を始めた。
それから数時間後、夜になって魔物たちの勢いが増し大勢の負傷者を抱え込んだ俺の店はすっかり野戦病院へと姿を変えていた。
次に、湯で粉全体を湿らせたらだいたい30秒蒸らす。この時、湯は中心から渦を巻くように、そして仕上がりの量を調整するように落とす。ここで注意すべきは深煎りの場合、注湯と抽出液が同じ速度で落ちるよう注湯間隔や注ぎ方をコントロールしなければならない。これが意外と難しいのだ。
そして抽出量が140mlに達したところで、湯が落ちきる前にフィルターを外す。だが、まだこれで終わりではない。抽出されたコーヒーが入ったコーヒーサーバーをコンロでだいたい10秒くらい加熱する。ここで大事なのは寒い日なんかはもう少し長めに熱することだ。
ホットコーヒーを注文されるお客様には春夏秋冬どんなときも熱々を提供するのが俺の師匠であったロクさんの流儀なのだ。さらに忘れてはならないのはミルクや砂糖を使うお客様には温度が下がる事を見越して加熱時間を長くするのも重要だ。
「と、ここまでやってやっと一杯のコーヒーができあがるんだよ」
俺は店内のカウンターでコーヒーの作り方をニナにレクチャーしていた。だがニナの顔色は優れない、夜になり空には綺麗な満天の星空と大きな月が姿を現し俺とニナしかいない店内フロアは静寂に包まれていた。
俺は先ほどニナにレクチャーしながら作ったコーヒーを一口啜り、「ふぅ」と息を吐く。
―――――静かな夜だ。
そう思い、コーヒーと一緒に食べるために用意していたチーズを挟んだビスケットに手を伸ばしたところで店の入り口の扉がバタンッと大きな音を立てて開く。
「甘味屋、いるか!? ケガ人の受け入れを頼む!! 重傷だが息はある、ギルドから支給された上級回復薬を使ってやってくれ!!」
スキンヘッドの斧を持った男が大ケガをした冒険者と思われる女性を背負いやって来た。ニナはスキンヘッドの男の声に呼応するようにカウンターの中にある俺の寝室兼従業員休憩所の扉を開けると男を中へ入るように促した。
休憩所では薬師やヒーラーと呼ばれる治癒術を扱う者たちがスタンピードに対処すべく最前線で魔物と戦い負傷して搬送されてきた冒険者たちを必死に治療している。だが、それでも助からない者もおり運ばれてきた冒険者のうちの半分以上は息を引き取ってしまった。
―――――勘弁してくれ。
目の前で血だらけになって亡くなっていく冒険者たちを見て俺は気が滅入りそうになりながらも「うちの店で亡くなったってことはうちの店は事故物件ってことになるのかな?」などと不謹慎極まりないことが頭を過ぎった。この店はただの喫茶店だったはずがなぜか今、最前線付近に店を移動させられた挙句セーフティハウスとして負傷した冒険者や町の兵士たちを受け入れ治療する場となっていた。
そもそも、こんなことになったのは俺の店が持つ『特殊な力』が原因だった。
俺の店はあの神様と名乗るジイさんの恩恵を受けているため俺や従業員、そして店の客に悪意を持ち害そうとする者を受け入れない。また以前ライラとライラの冒険者仲間に頼み実験した結果、俺の店は打撃も斬撃も特大の魔法による攻撃ですらも傷一つ付かない事がわかったのだ。
そしてそこに目を付けたのがあの白髪のギルドマスターだった。ギルドマスターは自分でも試してみたいと言い出すと、握った自分の拳にハァァっと息を吐きかけその拳で俺の店の窓ガラスを殴りつけた。ドォンという耳を劈くようなけたたましい派手な音がしたが店の窓ガラスには傷一つ付くことがなかった。
「うわははは、これなら問題ないだろう。これよりこの家をセーフティハウスとして最前線へと配置する!! 薬師やヒーラーたちはこのセーフティハウスに待機、負傷した者はこのセーフティハウスへと撤退するように!!!」
――――――ちょっと待て、そうなると店の主である俺は必然的に・・・。
ギルドマスターは青ざめる俺を見てニッと白い歯を見せながら微笑むと「この戦の勝利はお前とお前の家にかかっている」などと無責任な事を言って笑っていた。だが青ざめる俺とは逆に、さっきまで不安そうにしていたニナは両手で拳を握りながら妙に気合が入っているように俺には見えた。後でニナにこの時の事を聞いてみると、どうやらギルドの長であるギルドマスターに店の一員であるニナも期待されたことが嬉しかったようだ。
それから俺とニナはすぐに冒険者ギルドが用意してくれた馬車で町の西門から外に出ると、そこから10分ほど行った所で馬車を下ろされた。どうやらここが戦いの最前線となる場所のようだが、辺りには何もない平原が広がっているだけだった。
「本当にこんなところで戦争するのでしょうか?」
戦争などというものを経験したことがない俺はどこか他人事のように感じ、後ろを振り向き俺たちをここまで運んでくれた御者に尋ねようとしたが、そこには馬車と御者の姿はすでにない。
どうやら馬車は俺たちを下ろすとすぐに町へと帰ったようで、走り去る音が聞こえなかったのは御者が辺りを警戒しスキルで音を消しながら去ったからだとニナから教えてもらった。
「俺たちも早く店に避難しよう!」
「う、うん・・・・」
ニナからいつもの変な敬語が消えている。よっぽど緊張しているようだ。
俺が『茶房』と唱えると目の前に俺の店が現れた。俺とニナは急ぎ店の中に入ると慌てて店の扉を閉めお互い店内のいつもの場所(俺はカウンターの中、ニナはカウンター席の右端)に身を置いた。そして俺は緊張するニナに何か甘いものでも出してやろうとするがニナは首を横に振る。極度の緊張のせいか、ニナは何も食べたくないようだ。
「そっか、じゃあこんなのも食べられないか・・・・」
そう言って俺はニナが座っているカウンター席にプリンを出した。ニナは初めて見るプリンに顔を近づけまじまじと見ている。
「・・・・これは何? ケーキでもなければライラちゃんの好きなパンケーキでもないしヴィエラちゃんのガトーショコラでもないよ?」
どうやら初めて見るプリンに興味を持ったようだ。百聞は一見に如かず、俺はニナに一口だけでも食べてみてくれと伝えるとニナはスプーンでプリンを掬い口に運んだ。
「んん~!!」
ニナは口にプリンが乗ったスプーンを入れたまま嬉しそうに笑った。どうやら自分が想像した以上に初めて食べるプリンは美味かったようだ。
ニナは俺と出会いこの店で働くようになってから俺の元いた世界で食べられていたいろいろなスイーツを口にしてきた。またニナの甘味好きも相まって今ではうちの店に訪れる客の要望を聞き、その客が求めるスイーツを提供したりすることもあるくらいだ。
そんなニナを俺が『スイーツソムリエ』などとふざけて呼んだことがきっかけで、初めて聞く言葉に興味を持ったニナがスイーツソムリエについて聞いてきたので説明してやるとニナは喜んでいた。それからというもの、ニナは自分をスイーツソムリエだと自称しスイーツの勉強と称して店で出されている和菓子や洋菓子を自分なりに勉強していた。
そんなニナでもプリンを知らなかったのは俺がコーヒーのお供にプリンは合わないと思っているため、プリンを出してしまうと客のコーヒー離れが更に加速し俺の店が今以上にどんどん甘味屋へと変わってしまう事を危惧したためである。
「『しーつそりえる』としてお勉強不足でしたですよ。このぷりんはわからないことだらけですからお店のお客さんに提供できませんですますよ!!」
しーつそりえるとは恐らくスイーツソムリエのことだろう。少し緊張が解けたのか、いつもの変な敬語も戻って来ていた。さっきまで何も食べられないと俯いていた姿が嘘のように、ニナはペロッとプリンを食べきりおかわりまで要求した。
ニナが言うには、スイーツソムリエとしてはお客さんに提供する前にプリンを食べて研究する義務があるのだとか。何とも仕事熱心なうちのマスコットは結局、その後、もう一皿プリンを食べ口直しにライラやヴィエラの真似をして紅茶を飲もうとした。だが、まだ子供であるニナに無糖の紅茶は早かったようで一口啜ると「うぇっ」と渋い顔をして吐き出しそうになった口を手で必死に押さえていた。
俺もコーヒーを啜りながら一息ついているとバタンと扉が開き、町を出る前にギルドマスターから紹介された薬師とヒーラーたちが店に入って来た。
すっかりプリンとコーヒーで落ち着いていた俺とニナに緊張が走る。外ではすでに戦いが始まっているようで次々と負傷者が店内に運び込まれて来たため、ニナも念のためとヴィエラから貰ったダガーナイフを腰に差し薬師やヒーラーたちを治療のために使う店の休憩所へと案内し冒険者たちの補佐を始めた。
それから数時間後、夜になって魔物たちの勢いが増し大勢の負傷者を抱え込んだ俺の店はすっかり野戦病院へと姿を変えていた。
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