異世界喫茶『甘味屋』の日常

癸卯紡

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突然の災難

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 今日は朝から外が騒がしかった。ニナと一緒にスタッフルーム(休憩所&寝室として使用している部屋)で朝食を食べているとライラが開店前にもかかわらず店の扉を勢いよく開けて入って来たのだ。息を切らせたライラは俺たちが店内にいない事を確認すると『STAFF ONLY』と書かれたカウンターの中にある扉へと視線を移す。さすがのライラも店内のプライベート空間であるスタッフルームの扉をいきなり開ける事には躊躇したようでドンドンドンッと凄い音を立てて扉をノックした。

余談ではあるが、開店前であるにも関わらず店の従業員でもないライラが店の扉を開けて入って来れたのはセキュリティが甘いとかライラとは合鍵を渡す仲になったとかそういう事ではない。この店は基本的に店や店のスタッフ、そして店で飲食を楽しんでいる客を害そうと悪意を持った者は入れないようになっているのだ。これもあのジイさんの、、、いや、神の恩恵というものであって間違いなくこの世界で最弱であろう俺を保護するための措置であると勝手に解釈している。


「マスター殿、そしてニナ、そこにいるか!? 緊急事態だ、至急冒険者ギルドへ来てくれ!!」

ライラの切羽詰まったような声を聞き俺とニナは食事の手を止めスタッフルームの扉を開ける。扉の前には息を切らしながら膝に手をつき体を屈めているライラの姿があった。

「ライラさん、こんな朝早くからどうされたのですか? とりあえずスッタフルームでお茶でも・・・・」

「何を呑気な事を言っているのだ! スタンピードだ、スタンピードが始まったのだマスター殿!!」

『すたんぴぃど』などと言われてもさっぱり意味が分からない。『すたんぴぃど』というものが何か尋ねるように俺はニナを見るがニナもわかっていないようだった。だが事態は急を要するという事は今のライラを見ていれば理解できる。普段は騎士然としたライラがこれほどまでに慌てているのだから・・・・。

「すたんぴぃどって何なのですか?」
     
     ―――――ナイスだニナ。

俺の聞きたかったことを聞いてくれた。俺が聞けば『コイツはそんなことも知らないのか』と怪しまれるかもしれないが子供のニナなら問題ないだろう。即戦力や知ってて当たり前を要求される大人と違い、わからないことやできないことがあるという事は子供の特権であり伸び代なのだから。

「うむ、スタンピードとはな・・・・」


 ライラの話を要約すると、スタンピードというのはダンジョンと呼ばれる洞窟から魔物が外に溢れ出て暴れまわることのようだ。それを防ぐため普段から冒険者たちが領主や町の依頼でダンジョンを含め外にいる魔物や、町や人を害する害獣と指定された獣を間引いているのだ。

だが例外もあるようで、魔物が多く巣食うダンジョンではいくら間引きを行ってもダンジョン内に魔物たちやそれらを討伐しに来た冒険者たちの魔力が溜まってしまい膨れ上がる。すると、ダンジョンを形成する『ダンジョンコア』というものに影響を与えそれが魔物たちを暴走させるとのことだったが詳しくはまだわかっていないらしい。

 また冒険者にはA~GまでのランクというものがありスタンピードはCランク以上の冒険者で対抗するのが規則のようだ。ならばCランクでもなければ冒険者ですらない俺が一体なぜ冒険者ギルドに呼び出されたのかと不思議に思いライラに尋ねたのだが「説明している時間はない」と一蹴すると俺はライラに腕を掴まれ引きずられるように冒険者ギルドへと連れて行かれた。

ライラと俺の後を追ってニナもヴィエラから貰ったダガーナイフを腰に差し冒険者ギルドへと向かったが、ニナの顔色が優れない。当初、ニナは『スタンピード』というものを町でやるイベントや祭りの類だと思ったようでライラから説明を受けるまでは目を輝かせていたのだ。

だが、そんな楽しいイベントや祭りとは真逆の命がけのサバイバルになるということを知ると、浮かれていたニナを一気に不安と恐怖が支配したようだ。ニナはうちの従業員としてだけではなく冒険者としても頑張っているがニナの冒険者としてのランクはFであるためスタンピード鎮圧の任務を受ける必要はない。それでもニナが冒険者ギルドへと向かったのは世界最弱の俺を心配する一方で、戦いに参加しない自分でも何かできることがあるのではないかと思っての事だったようだ。

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 俺が冒険者ギルドへと到着すると、ギルド内はすでに屈強そうな冒険者たちで溢れ返っていた。否、冒険者だけではない。冒険者以外にも町の門にいた警備兵や身綺麗な格好をした貴族、そして商業ギルドの職員や以前うちの店に来て町の大掃除を押し付けていった商人なんかもいる。こんな連中がいる中で俺に何をしろというのか? 俺にできる事などせいぜいコーヒーと菓子を提供することくらいなものだ。

「貴殿が噂の甘味屋か? 今日はよろしく頼むぞ、貴殿の働きには期待しているのでな!!」

屈強な冒険者たちの中にあって更に一段と屈強そうな白髪の男がニッと白い歯を見せながら笑い俺に話しかけて来た。正直意味が分からない、本当に菓子とコーヒーでも出せというのだろうか。だが、そんなことより・・・・。

   ―――――俺は甘味屋ではない。

などとは思っても言えず、「はぁ・・・・頑張ります」とだけ白髪の男に答えておいた。後で聞いた話では、どうやら白髪の男はこの町の冒険者たちを束ねるギルドマスターという存在らしく、ギルドマスターとは分かりやすく言うと全国展開している店の店長のようなもののようだ。

「あれ? マスターさん!? なんでアナタまでいるの!?!?」

 ライラやニナと一緒にいる俺に声をかけて来たのはうちの常連客であるヴィエラだった。どうやらヴィエラも冒険者ギルドに駆り出されたようで普段うちに来る時に着ている派手な格好ではなく古びたポンチョのようなものを着てライラや冒険者ギルドの依頼で出かける時のニナのようにマントも羽織っていた。


「私も何が何だかさっぱりわかりません。戦えない私を呼び出したところで何もできないとおもうのですが・・・・」

「ギルマスの奴、どういうつもりなのかしら? マスターさんに何かあったら私のガトーショコラは誰から貰えばいいのよ!?」

「うむ、私もそこが気になっていたのだ。戦えないマスター殿に何かあれば私のパンケーキはどうなるのかと」

「いや、そこですか!? せめてコーヒーが飲めなくなると悲しんでください!!」

「まったく、コーヒーバカにも程があるぞマスター殿」

「まったくライラちゃんの言う通りね! 私たちは冗談で言ったつもりだったのに、アナタの返答は斜め上から来るのだもの」

冗談を言いふざけて笑っているが2人とも俺を心配してくれているようだった。

    ―――――それにしても・・・・。

俺は冗談を言ってライラと笑っているヴィエラの全身を見た。疚しい気持ちなどこれっぽっちしかなく、それ以上に彼女の恰好を不思議に思ったからだ。ヴィエラがなぜ冒険者ギルドにいるのかという事もそうだが、仮に彼女が戦いに参加するにしては武器一つ持っていないのだ。ライラなら腰に差した剣で、ニナはヴィエラから貰ったダガーナイフというもので普段魔物や獣と戦っているようだが(ニナは基本的に子供なので戦闘は禁じられている)ヴィエラにはそれがない。

一流の殺し屋は武器を見せないというのを昔漫画か何かで見た気がするがヴィエラも何か武器を隠し持っているのかもしれない。だが、こんな綺麗で華奢な女性が魔物なんかと戦えるのだろうかと一瞬思ったがすぐに考えを改める。

同じくヴィエラにも負けず劣らず綺麗なライラがあれだけ強いのだ。きっとこの世界では男女関係なく強い者は強いのだろう。であれば、尚更世界最弱の俺が呼ばれた理由がわからない。

そうこうしているとギルドの受付カウンターの方から、「全員、注目!!!」という大きな声が聞こえた。見ると受付カウンターの前に貴族とその護衛のような細目で三つ編みにし髪を束ねている男が立っていた。


「全員、準備はできているな!? よもやスタンピードに怯えて震えているような臆病者などここにはいないだろうな?」

「「「 おおおおおお!!!!! 」」」

「多くは言わぬ! この町の命運はお前たちの活躍にかかっている。屈強な冒険者たちよ、この町と町に住む無辜の民たちの未来を託すぞ!!!」

「「「  おおおおおおお!!!!!  」」」

集められた冒険者たちが貴族の煽りに対し自分自身を鼓舞するように叫んだり気合を入れるためバンバンと両手で顔を叩いたりしている中、正直ビビリまくってどうにか逃げ出せないかと考えていた俺は頭が痛くなってきた。ニナも俺と同じで不安ではあるようだが、そんな気持ちを押し殺すかのようにギュッと拳を握りながら無言で話をしている三つ編み男を見ていた。

そんなニナを見て自分が情けなくなるが、今までスタンピードどころか魔物や戦闘などというものとは無縁の世界で生活していた自分には仕方ない事だと必死に自分に言い聞かせ臆病な自分を正当化する。

男の話では町の危機であるスタンピードといえども冒険者への依頼であることは変わらないため活躍に応じて冒険者たちに報酬を支払うようだ。そして今更ながら俺はあることに気づく。

冒険者ギルドで講習を受ける際、講習を受けるだけではなくせっかくだからと言われ冒険者登録をしていたのだということと冒険者は自分より上のランクの者とパーティを組んでいればその者が帯同することで上のランクの依頼を一緒に受けられるのだということだ。

あの時、自分一人で冒険者などできるわけがないと思いライラに弟子入りしたニナに便乗し3人でパーティを組もうと提案した自分を恨んでいる俺の所へギルドマスターがやって来て作戦と今回の俺の役割を説明した。

その時のギルドマスターはまるで大きな鎌を持った死神のように俺には見えていた。
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