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42 三空母炎上
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「面舵一杯! 急げ!」
「おもーかーじ、一杯!」
赤城艦橋に、青木泰二郎大佐の急かすような声が響き渡る。
赤城見張り員はこれまで敵雷撃機にばかり気を取られていたため、上空から迫っていた敵艦爆の発見が遅れたのである。見張り員がようやく上空から迫る脅威に気付いたのは、飛龍からの発光信号と加賀の高角砲発砲があってからであった。
そして、飛龍へ「了解」の返信を出す間もなく、見張り員の絶叫が赤城の危機を告げたのである。
「……」
南雲中将は長官席で唇を引き結んでいた。インド洋で赤城が被弾した時の記憶が蘇っていた。そしてそれは、あの戦いを経験した他の者たちも同様であった(青木艦長はインド洋作戦後に着任したので、赤城被弾の経験はない)。
あの時は、水平爆撃を仕掛けてきた敵陸上機の爆弾が運悪く命中したという印象を皆が抱いているが、今回は違う。水平爆撃などよりも遙かに命中率の高い急降下爆撃である。
基準排水量三万六五〇〇トンの赤城の船体が、ゆっくりと右に振られ始める。だが、誰もがその動きを遅いと感じていた。
最初の衝撃が訪れたのは、その刹那であった。
艦橋からもよく見える前部甲板に、爆炎が生じた。艦橋の防弾ガラスが、爆風で粉々に飛び散る。
引き起こしをかけて離脱していく米軍機の星印が、妙に艦橋にいる者たちの脳裏にこびりついていた。
「前部甲板に火災発生!」
「消火、急げ!」
だがその直後、後部甲板にも爆弾が命中した。再びの衝撃が、赤城を襲う。
米軍の投下した一〇〇〇ポンド爆弾は、〇・三秒の遅延信管が付けられており、二発とも艦内に飛び込んでから炸裂していた。
特に前部に命中した爆弾による火災は、前部航空燃料庫に引火して猛烈な勢いで燃え出した。消火に駆け付けようとした赤城運用長が、咄嗟の判断で周囲の隔壁を完全に閉鎖し、それ以上の延焼を食い止めようとする。
一方、後部に命中した爆弾は、弾片によって周囲の機銃座にいた乗員を切り刻んでいた。首や手足のない機銃員の死体、あるいは弾片に体を貫かれて機銃にもたれ掛かったまま息絶えた乗員が、機銃座を埋めていた。
さらに命中しなかった爆弾が赤城の周囲に水柱を噴き上げ、彼女の姿を他艦から覆い隠していく。
前部甲板から濛々と黒煙を噴き上げる赤城が助かるのかどうか、まだ誰にも判らなかった。
爆撃を受けたのは、赤城だけではなかった。
ベスト大尉が際どい判断で目標を変更したため、加賀もまた爆撃を受けることとなったのである。
先ほど最初の急降下爆撃を受けた加賀見張り員は上空にも注意を払っていたため、赤城よりもマクラスキー隊の急降下に備える時間はあった。
岡田艦長は再び取り舵転舵を命じ、加賀の巨体が傾斜していく。
来襲してきた敵急降下爆撃機は四機だけ。今度も何とか避けられるだろう。
だが、そんな乗員たちの思いを嘲笑うかのように、飛行甲板前縁に閃光が迸った。加賀の船体に、つんのめるような衝撃が走る。
舷側に立った水柱が、硝煙混じりの海水を加賀の甲板に叩き付けていく。
「被害知らせ!」
加賀は操舵員に与えられた命令通りに、右に傾斜を深めつつ左舷へと旋回を続けていた。
「前部にて小規模な火災発生! 前部エレベーター、使用不能!」
それは、艦橋からも見て取れた。
加賀の前部エレベーターが爆風によって噴き上げられ、歪な形でめくれ上がっていたのである。これでは、飛行甲板は使えない。
だが不幸中の幸いであるのは、命中がこの一発で済んだことであろう。
一方、合衆国側にとっても最も劇的な攻撃となったのは、蒼龍に対するものであろう。
ショート大尉率いるヨークタウン第五爆撃隊もまた、マクラスキー隊と同じく下方から零戦が突っ込んでくる中で急降下を開始していた。
降下をかけようとするドーントレス隊と、上昇を続けつつそれを阻止しようとする零戦隊。
零戦の二〇ミリ機銃とドーントレスの十二・七ミリ機銃が正面から交差する。
この空戦で“恐れ知らず”の名に相応しかったのは、あるいは零戦の方であったかもしれない。彼らの背後には、守るべき母艦が存在していたのだ。
正面から撃ち合った結果、零戦とドーントレス双方が火を噴いて墜ちていく光景すら見られた。
より壮絶であったのは、その身を以てドーントレスの降下針路を塞ごうとした零戦だろう。空中で二つの機体が激突し、火球となって消滅する。
だが一方のドーントレス隊の中にも勇敢な者はいた。
その中の一機、ジョン・J・パワーズ大尉の機体は、零戦からの銃撃を受けて後部偵察員が戦死。翼から炎を噴き出しながらも、なおも蒼龍目がけて急降下を続行したのである。
パワーズ大尉は出撃前夜、部下たちに対して「ジャップがパールハーバーでやったことを忘れるな」と檄を飛ばして、さらにこう続けていた。「俺は敵空母に爆弾を直撃させることにしているが、俺はそれを明日やるつもりだ」、と。
その言葉を、彼は忠実に実行した。
炎上したまま、パワーズ機は高度三〇〇メートルで爆弾を投下したのである。最早、引き起こしは不可能な高度であった。
彼の操るドーントレスは炎上したまま、蒼龍舷側の海面に激突した。
パワーズ大尉が蒼龍への体当たりを考えていたのかは、誰にも判らない。だが、彼が命を賭して投下した爆弾は、確実に蒼龍の飛行甲板を捉え、そこで信管を作動させた。
蒼龍の飛行甲板に、閃光が走る。
さらに蒼龍にはもう一発の一〇〇〇ポンド爆弾も命中し、その飛行甲板は完全に破壊された。
エンタープライズとヨークタウン、二隻の空母から飛び立った計四十八機のドーントレスは、それまでの味方の無念を晴らすかのように、三隻の日本空母を炎上させたのであった。
「おもーかーじ、一杯!」
赤城艦橋に、青木泰二郎大佐の急かすような声が響き渡る。
赤城見張り員はこれまで敵雷撃機にばかり気を取られていたため、上空から迫っていた敵艦爆の発見が遅れたのである。見張り員がようやく上空から迫る脅威に気付いたのは、飛龍からの発光信号と加賀の高角砲発砲があってからであった。
そして、飛龍へ「了解」の返信を出す間もなく、見張り員の絶叫が赤城の危機を告げたのである。
「……」
南雲中将は長官席で唇を引き結んでいた。インド洋で赤城が被弾した時の記憶が蘇っていた。そしてそれは、あの戦いを経験した他の者たちも同様であった(青木艦長はインド洋作戦後に着任したので、赤城被弾の経験はない)。
あの時は、水平爆撃を仕掛けてきた敵陸上機の爆弾が運悪く命中したという印象を皆が抱いているが、今回は違う。水平爆撃などよりも遙かに命中率の高い急降下爆撃である。
基準排水量三万六五〇〇トンの赤城の船体が、ゆっくりと右に振られ始める。だが、誰もがその動きを遅いと感じていた。
最初の衝撃が訪れたのは、その刹那であった。
艦橋からもよく見える前部甲板に、爆炎が生じた。艦橋の防弾ガラスが、爆風で粉々に飛び散る。
引き起こしをかけて離脱していく米軍機の星印が、妙に艦橋にいる者たちの脳裏にこびりついていた。
「前部甲板に火災発生!」
「消火、急げ!」
だがその直後、後部甲板にも爆弾が命中した。再びの衝撃が、赤城を襲う。
米軍の投下した一〇〇〇ポンド爆弾は、〇・三秒の遅延信管が付けられており、二発とも艦内に飛び込んでから炸裂していた。
特に前部に命中した爆弾による火災は、前部航空燃料庫に引火して猛烈な勢いで燃え出した。消火に駆け付けようとした赤城運用長が、咄嗟の判断で周囲の隔壁を完全に閉鎖し、それ以上の延焼を食い止めようとする。
一方、後部に命中した爆弾は、弾片によって周囲の機銃座にいた乗員を切り刻んでいた。首や手足のない機銃員の死体、あるいは弾片に体を貫かれて機銃にもたれ掛かったまま息絶えた乗員が、機銃座を埋めていた。
さらに命中しなかった爆弾が赤城の周囲に水柱を噴き上げ、彼女の姿を他艦から覆い隠していく。
前部甲板から濛々と黒煙を噴き上げる赤城が助かるのかどうか、まだ誰にも判らなかった。
爆撃を受けたのは、赤城だけではなかった。
ベスト大尉が際どい判断で目標を変更したため、加賀もまた爆撃を受けることとなったのである。
先ほど最初の急降下爆撃を受けた加賀見張り員は上空にも注意を払っていたため、赤城よりもマクラスキー隊の急降下に備える時間はあった。
岡田艦長は再び取り舵転舵を命じ、加賀の巨体が傾斜していく。
来襲してきた敵急降下爆撃機は四機だけ。今度も何とか避けられるだろう。
だが、そんな乗員たちの思いを嘲笑うかのように、飛行甲板前縁に閃光が迸った。加賀の船体に、つんのめるような衝撃が走る。
舷側に立った水柱が、硝煙混じりの海水を加賀の甲板に叩き付けていく。
「被害知らせ!」
加賀は操舵員に与えられた命令通りに、右に傾斜を深めつつ左舷へと旋回を続けていた。
「前部にて小規模な火災発生! 前部エレベーター、使用不能!」
それは、艦橋からも見て取れた。
加賀の前部エレベーターが爆風によって噴き上げられ、歪な形でめくれ上がっていたのである。これでは、飛行甲板は使えない。
だが不幸中の幸いであるのは、命中がこの一発で済んだことであろう。
一方、合衆国側にとっても最も劇的な攻撃となったのは、蒼龍に対するものであろう。
ショート大尉率いるヨークタウン第五爆撃隊もまた、マクラスキー隊と同じく下方から零戦が突っ込んでくる中で急降下を開始していた。
降下をかけようとするドーントレス隊と、上昇を続けつつそれを阻止しようとする零戦隊。
零戦の二〇ミリ機銃とドーントレスの十二・七ミリ機銃が正面から交差する。
この空戦で“恐れ知らず”の名に相応しかったのは、あるいは零戦の方であったかもしれない。彼らの背後には、守るべき母艦が存在していたのだ。
正面から撃ち合った結果、零戦とドーントレス双方が火を噴いて墜ちていく光景すら見られた。
より壮絶であったのは、その身を以てドーントレスの降下針路を塞ごうとした零戦だろう。空中で二つの機体が激突し、火球となって消滅する。
だが一方のドーントレス隊の中にも勇敢な者はいた。
その中の一機、ジョン・J・パワーズ大尉の機体は、零戦からの銃撃を受けて後部偵察員が戦死。翼から炎を噴き出しながらも、なおも蒼龍目がけて急降下を続行したのである。
パワーズ大尉は出撃前夜、部下たちに対して「ジャップがパールハーバーでやったことを忘れるな」と檄を飛ばして、さらにこう続けていた。「俺は敵空母に爆弾を直撃させることにしているが、俺はそれを明日やるつもりだ」、と。
その言葉を、彼は忠実に実行した。
炎上したまま、パワーズ機は高度三〇〇メートルで爆弾を投下したのである。最早、引き起こしは不可能な高度であった。
彼の操るドーントレスは炎上したまま、蒼龍舷側の海面に激突した。
パワーズ大尉が蒼龍への体当たりを考えていたのかは、誰にも判らない。だが、彼が命を賭して投下した爆弾は、確実に蒼龍の飛行甲板を捉え、そこで信管を作動させた。
蒼龍の飛行甲板に、閃光が走る。
さらに蒼龍にはもう一発の一〇〇〇ポンド爆弾も命中し、その飛行甲板は完全に破壊された。
エンタープライズとヨークタウン、二隻の空母から飛び立った計四十八機のドーントレスは、それまでの味方の無念を晴らすかのように、三隻の日本空母を炎上させたのであった。
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