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~帝都決戦編 第14章~

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 [終末は絶望と共に]

 ケストレル達はヨーゼフとの激闘の後、帝都内へ侵攻していたガラバーン達と合流した。合流した時には既に地上、上空共にほぼ制圧が完了しており、城の前にまで前線が上がっていた。

 「ガラバーン団長、もう殆ど制圧できたようだね。」

 ヴァスティーソがガラバーンに声をかけた。前線指揮の権限を与えられていたガラバーンの迅速な指示により帝都軍、古都軍の連合軍は城を完全に包囲していた。ガラバーンはヴァスティーソの声に反応し、体を向ける。

 「ヴァスティーソ大隊長にケストレル殿。ご無事で何よりだ。」

 「どうも。で、今の状況は?」

 「フォルエンシュテュール城を包囲し、敵の逃走経路を潰しながら残党を炙り出している所だ。あと___」

 ガラバーンがそう告げた直後、フォルエンシュテュール城から悍ましい魔力の波動を感じた。周りにいた兵士達がその魔力を浴びて、怖気づいている。

 「先程から二つの強大な魔力が城内でぶつかっている。」

 「一つはウルフェンの魔力のようだね。ウィンデルバークで感じたものと同じだし。」

 「だが残りの一つは誰の魔力だ?フォルトでもロメリアのものでもねぇ・・・ウルフェンのと同じかそれ以上みてぇだな。」

 「シャーロットちゃん達でもなさそうだしね・・・ていうか、向こうはどうなってるのかな?さっきから全然無線に出ないんだけど。」

 「先程、一部の部隊を彼女達の所へ向かわせた。侵攻中にアストライオス方面から強烈な魔力の波動を感じ、増援として派遣した。貴方達に関しては戦闘中だったので、気が付いていなかったんだろう。」

 「まぁ、こっちもそこそこ賑やかだったからね。増援を送ってくれて助かるよ。」

 ヴァスティーソはそう言うと、首を傾ける。そしてフォルエンシュテュール城を見上げながらケストレルへ語り掛ける。

 「ケストレル。傷の具合は?」

 「問題ねぇ、少し違和感があるだけで痛みはほぼ無い。」

 「じゃあいいや。___ガラバーン団長、引き続き帝都内に残る残党の排除を任せてもいいかな?」

 「了解した。任せておけ。・・・何人か連れて行くか?」

 「ん~、衛生兵が数名欲しいかな。他は要らないや。」

 ヴァスティーソがそう言うと、ガラバーンが近くにいた帝都の衛生兵を呼んだ。ヴァスティーソは彼らが傍に来ると、告げる。

 「君達は今から俺達と一緒に城内へ行って貰うよ。仕事としては負傷しているであろう戦闘兵二名の治療で、俺達の指示があるまで勝手な行動は慎むように。後、戦闘が起こった場合は即城外へ脱出すること。・・・分かったね?」

 ヴァスティーソの言葉に兵士達が威勢よく返事をする。ヴァスティーソは小さく頷くと、ケストレルに目配せする。ケストレルも目で合図をすると、二人は先行して城内へ向かった。

 城内へ入ると、目の前にはそこら中に乾いた血が飛び散った広場が目に飛び込んできた。ヴァスティーソは少し引いたような反応をする。

 「うひ~、これは凄い。ここで何があったかなんて想像したくはないね。」

 ヴァスティーソが周りを見ながらそう言っている間に、ケストレルが中央の大階段まで進む。さっきまで感じていた魔力の圧はぱたりと途絶えていたが、確かにこの階段の上から放たれていた。ヴァスティーソがケストレルの傍に来る。

 「この上かな?」

 「だろうな。・・・行くぞ。」

 ケストレルは背中に背負っている大剣の柄を握りながら階段を上っていく。ヴァスティーソは後方で待機している衛生兵達を手招きすると、ケストレルの後を追う。一歩、また一歩と上へあがっていく度に動悸が早まる。

 『フォルト、ロメリア・・・頼むから無事でいてくれよ。』

 ケストレルは二人の身を案じながら階段を上りきると、謁見の間へと繋がる大扉の前に立つ。そしてヴァスティーソと共に扉を開ける。

 扉を開けると、ケストレルとヴァスティーソは謁見の間へ飛び込むように入り、武器を抜く。万が一、ウルフェンが待ち構えている可能性があったからだ。

 ところが中には行って見ると、何とウルフェンはバラバラにされて血だまりに沈んでいた。少し離れた所にフォルトとロメリアが倒れていたが、ぱっと見外傷は見られない。ケストレル達はフォルト達の元へ向かう。

 「フォルト!ロメリア!」

 ケストレルが叫ぶが、反応はない。フォルト達の傍へ到着したが、やはり目立った外傷はなく、服が少し破けているだけだった。ケストレルはすぐさま衛生兵達に声をかけて二人の状態を確認させる。

 衛生兵達がフォルト達の容態を確認している間、ヴァスティーソが単独でウルフェンの元へ向かう。ヴァスティーソがバラバラの死体と化していたウルフェンの元へ行き、観察する。

 『首が斬られ、四肢が切断されている・・・それに顎がぐちゃぐちゃ・・・二人で協力して倒したのかな?でも外にいる時に感じた魔力は二つしか無かった。それに一つはウルフェンのだったから、残りの一人はどっちか?でも明らかに少年やロメリアちゃんの魔力じゃなかったし、もし二人で倒したんなら三つの魔力の圧を感じる筈・・・一体ここで何があったんだ?』

 ヴァスティーソは外で感じた事と今この状況との差異に首を傾げる。整合性を取るのなら、二人の代わりにウルフェンに匹敵する者が倒したというのがしっくりくるが、彼が知っている限り、そんな人物はいない。

 ヴァスティーソが観察を続ける中、ケストレル達は二人の容態の確認を進めていた。衛生兵の一人がケストレルに報告する。

 「フォルト様、ロメリア様共に異常はありません。意識を失っているだけです。」

 「無傷ってことか?だがこの服の破れ具合は何だ?作戦開始前までこいつらの服はこんなに破れては無かったぞ。それにこの破れ具合から見て、相当斬り刻まれた印象を受ける。服にも血が付着してるし、これはどう説明する?」

 「ですが傷どころか傷跡すら見当たりませんので・・・又、お二人共に何かしらの魔術を施された形跡がありました。治癒魔術ではありませんが、恐らくそれで傷を防いだのではないかと・・・」

 ケストレルはその報告を聞いて、フォルトが首にかけていた懐中時計を思い出した。

 「フォルトの首の懐中時計はどうなってる?あいつが首にかけてる筈だ。」

 「・・・ありませんよ?紐のようなものをぶら下げていた跡は残っていますが。」

 「無いだと?」

 ケストレルは辺りを見渡して時計を探す。暫く見渡すと、壁際にフォルトが首にかけていた懐中時計と酷似したものが落ちているのを見つけた。ケストレルはすぐさまその時計を拾いに行く。

 時計は粉々に砕けており、原形を留めてはいなかった。割れ方からして内部から自壊した感じではなく、外部からの衝撃で破壊されたようだ。時計から魔力は一切感じられない。

 ケストレルが時計の残骸を見ていると、ヴァスティーソが近づいてきた。

 「少年とロメリアちゃんの容体は?」

 「異常なしだ。傷一つも見当たらないそうだ?」

 「ひゅ~!やるねぇ!八重紅狼のトップを無傷で撃破とは凄いな~!あの二人強すぎじゃない⁉」

 「・・・」

 「ちょっと、そんなに睨まないでよ~。冗談ぐらい笑って済ませて欲しいなぁ~?___違和感があるんだろ?」
 
 「あるも何も、違和感『しか』ない。あんただって分かってんだろ?」
 
 「勿論だよ~。あの二人は中々に強いってのは知ってるけどさ、流石に無傷はあり得ないよね。てか、無傷なのはどちらかと言えば向こうさんだよね~。ウィンデルバークでウルフェンと遭遇した時思ったよ、『この男は強い、俺達全員で束になっても勝てるかどうか。』ってね。」

 「・・・」

 「まさかあのおっそろしい威圧は見かけだけだったとか?」

 「万が一でもねぇな。ていうか、威圧だけであんたほどの実力者をビビらせられるだけでも相当だぜ、ある意味な。」

 ケストレルがそう告げると、ヴァスティーソは『確かに』と小さく呟いた。ケストレルは手に持っている時計の破片をこっそりコートに忍ばせる。

 「ケストレル様!ヴァスティーソ大隊長!フォルト様が目を覚ましました!」

 衛生兵達が二人に大声で呼びかける。二人が再び衛生兵達の所へ向かうと、フォルトがゆっくりと体を起こしていた。

 「フォルト!無事か!」

 ケストレルが話しかけると、フォルトは顔をケストレルの方に向ける。この時のフォルトの顔は健康そのものだった。

 「ケストレル?それにヴァスティーソまで・・・」
 
フォルトはそう呟くと、ロメリアの事を思い出して急いで辺りを見渡し始めた。横に倒れていたロメリアを見ると、傍に駆け寄った。

 「ロメリア!・・・あァ、良かった!お腹の傷が塞がってるッ・・・」

 「お腹の傷?」
 
 衛生兵達が顔を見合わせる。ケストレル達もこの発言を聞いて、やはり何か妙な事が起こっていると確信する。
 
 「え・・・どうしたの皆・・・」

 「フォルト、さっきロメリアの腹見て安心してたが・・・何でだ?」

 「それは・・・ウルフェンに斬られて内臓が零れてたから・・・出血も凄かったし・・・この人達が治してくれたんじゃないの?」

 「いいや、俺達がここに来た時には既にお前達に傷は無かった。掠り傷程度もな。・・・お前、何処まで覚えてる?」

 「ウルフェンに胸を貫かれるまで・・・かな。その前にウルフェンに腕の健を斬られたり、蹴り飛ばされたりしたし・・・正直死んだと思ったんだけど___もしかしてここってあの世?」
 
 「残念ながら、この世だ。俺もお前もまだ生きてる。」

 「俺もね~。」

 ヴァスティーソが横から割り込んできたので、ケストレルが手で無理やり横にどかせる。ヴァスティーソは唇を尖らせて可愛げを微塵も感じさせない気色悪い顔をする。

 「ん・・・」

 ロメリアが小さく唸り、ゆっくりと目を開く。フォルト達がロメリアを囲み、声をかける。

 「ロメリア!」

 「ん・・・あ、れ?皆?」

 ロメリアは目だけを動かして、周りにいるフォルト達を見渡す。ゆっくりと上体を起こすと、ふと自分の腹部を見る。何度も自分の腹部を摩り、治っているのを確認している。

 「皆が治してくれたの?」

 ロメリアが近くにいる衛生兵に尋ねる。するとヴァスティーソが割り込む形で発言する。

 「いいや、俺達が来た時にはもう傷は治ってたんだよね。無かったって言った方がいいかな?___何があったのか、覚えている所まで教えて貰える?」

 ヴァスティーソが尋ねると、ロメリアは自分の意識が消えるまでのことを話した。腹部を斬られて戦闘不能になったこと、フォルトが時計ごと胸を貫かれて息絶えたこと___そしてフォルトの体にジャッカルが乗り移ったことを。ジャッカルとウルフェンが話して内容も覚えている限り話した。

 「___と、こんな感じだよ。私が覚えているのは。ウルフェンが地面に刃を突き刺して真っ暗になった後のことは覚えてない・・・」

 ロメリアの発言に、ケストレルが呟く。

 「まさか伝説の暗殺者がフォルトに体を乗っ取るとはな・・・あの時計の中に魂が眠ってたとか驚きだぜ。」

 「でもこれで分かったね。外で感じた魔力の正体は少年の体に憑依していたジャッカルのものだって。・・・流石、ウルフェンのお兄さんというべきか。伝説の存在として語り継がれてるだけのことはあるよ、全く。」

 ヴァスティーソが少し呆れた顔をする。あのウルフェンと同等以上の魔力を保有し、単騎で撃破する男が300年の時を経て顕現するとは、と___

 ロメリアがさっと立ち上がると、辺りを見渡してウルフェンの死体を見つめる。

 「これで・・・終わったの?」

 「多分な。後はワーロック達の状況次第だが、既に増援を送ったようだから連絡待ちだな。」

 ケストレルがロメリアにそう告げる。ヴァスティーソは耳につけてる無線機に指を重ねる。

 「こちら、ヴァスティーソ。ルースト、聞こえてる?」

 《あぁ、聞こえている。どうした?》

 「只今、コーラス・ブリッツのリーダー、ウルフェン・エルテューリアの死亡を確認した。」

 《ほっ、本当ですか、兄上⁉》

 『口調変わってるぞ・・・』

 ルーストが思わずプライベートでの対応口調に変わる。ヴァスティーソは少し呆れつつも、報告を続ける。

 「少年とロメリアちゃんは無事だよ。全く異常は無し、健康そのものだよ。」

 《そ、そうか!それは良かった!》

 「そそ。んじゃ、そういう訳で今からワーロックとシャーロットちゃん達の様子を見に行くから宜しく。あ、さっきガラバーン団長から聞いたんだけど、送った増援は向こうに着いてる?」

 《いや、今交戦中だ。何処に隠れていたのか、突然進路を妨害する形で現れた。奴らのせいでアストライオスへの増援は遅れていない。》

 「分かった。んじゃ、今から俺達でそいつらを排除してくるから。___ガラバーン団長、聞こえてる?」

 《こちら、ガラバーン。聞こえているぞ、ヴァスティーソ大隊長。》

 「聞いてたと思うけど、城内の制圧は完了したよ。今の内に城内を完全に抑えちゃって。」

 《了解した。兵を城内へ送る。___後、一つ聞くが、ロメリア様は本当に無事なんだな?》

 ガラバーンがそう呟くと、ロメリアが返答する。

 「うん、大丈夫だよ。ガラバーン団長。」

 《ロメリア様ッ・・・ご無事で何よりです!》

 「もう、『様』は止めてってば・・・」

 《いいえ、そういう訳には行きません。私はロメリア様が王家より勘当されてもずっと貴方に忠誠を誓っております。他の兵達もそうですが、皆他の王家とは違って融和姿勢を見せるロメリア様のことを信頼しております。ロメリア様こそ、新たな帝都の光・・・今後復興していく中でロメリア様のお力があれば、帝都は更に繁栄することでしょう。》

 「・・・」

 ロメリアは黙って無線を切った。ヴァスティーソがロメリアに語り掛ける。

 「大分信頼されてるね~、ロメリアちゃん。もうこんなに言われちゃあ、女王になるしかないかな~?」

 「・・・そういう柄じゃ無いんだけどな、私。」

 「でも他の皆が認めてるんなら、その期待に応えないと。ロメリアちゃんは民一人一人が国家をなす共和制の国づくりを目指しているっぽいけど、今それしても内政がゴタゴタになって旧王政の二の舞になるのは目に見えて分かる。まずはロメリアちゃんが一時的に統治して、その後に委ねたらいいんじゃないかな?ロメリアちゃんの性格なら権力に胡坐をかいて浸るような真似しないだろうからさ。」

 「・・・」

 「何でそんな目で見るんだい、少年?」

 「いや・・・急に真面目な事言い出してちょっと気味悪かったから・・・」

 「おっさん・・・変な事しか言っちゃいけないの?それはそれで結構きついんだけど・・・社会的に死んじゃうよ?」

 「もう死んでるからいいんじゃね?」

 「酷い、ケストレル!酷いわ!」

 「急にオネエ口調になるなッ、気持ち悪い!キャラが合ってねぇんだよ!」

 ケストレルが思わず怒鳴る。ヴァスティーソは女々しくかしこまっている。フォルトが声を上げる。

 「と、とにかくシャーロット達の所に向かおうよ。増援がまだ到着してないし、連絡も取れないからさ。心配だよ。」

 「そうだね。まだウルフェンを倒しただけで肝心のアストライオスは止まってないし・・・肝心の兵器を止めないと彗星が落っこちちゃうよ。」

 「・・・そうだな。今は動いていないようだが、向こうがどうなっているか分からない以上早く行った方が良いな。」

 「こんな所で時間潰してる訳にはいかないよね~。」

 「・・・もう何も言わねぇからな。」

 ケストレルはお前が言うなと言った感じにヴァスティーソに告げる。フォルト達が謁見の間から出ようとした時に、ガラバーン率いる兵士達とすれ違った。フォルト達はガラバーンと状況の報告を行い、その場を後にする。

 大階段を下りながら、フォルトがふと思ったことを気になったことを口にする。

 「ケストレル、ガーヴェラは今何処にいるの?」

 フォルトが尋ねてもケストレルからすぐには答えが返ってこなかった。少しの間の後、ケストレルが口を開いた。

 「・・・あいつは死んだ。」

 「えっ・・・」

 「ヨーゼフにやられたんだ。お前は分かるよな?」

 「あの八重紅狼の男の子だよね?・・・そう、なんだ。・・・ごめん。突然聞いたりして・・・」

 「何でお前が謝んだよ。別にお前のせいで死んだわけじゃねぇんだから気にすんな。___それに、あいつもお前達が無事ならあいつも安心できるだろうよ。」

 ケストレルは振り向かずに背中を見せながら語る。フォルトとロメリアはケストレルの背中が何処か寂しそうに見えていた。

 フォルト達が城外へ出ると、空は大分明るみを帯びてきており、遠くの方で神々しい太陽の光がちらりと顔を覗かせていた。また、空には見たことの無い程の無数の流れ星が出現しており、思わず圧倒されてしまった。世界の終末が近づいているのにも関わらず、幻想的かつ神秘的な光景が目に飛び込んできた。

 「おっほぉ~!凄い量の流星群だこと!もし世界の終わりじゃ無かったらゆっくり見たかったね~。」

 「そうだね・・・」

 フォルト達が城の前の広場で空を見上げていると、ケストレルがフォルト達に声をかける。

 「おい星屑に見惚れてる場合じゃねぇだろ?早くシャーロット達の所に行かなくていいのか?」

 ケストレルの言葉にフォルト達は慌てて頷いた___

 ___その時だった。

 ギュゥイイイィィィィィンッ!

 突如アストライオスからけたたましい騒音が聞こえ、同時に天高く一筋の青光が伸びる。アストライオス自体も碧色にどんどん輝きを帯びていく。

 「何あれ⁉」

 「アストライオスが起動しちまったのか⁉・・・シャーロットの奴ら、しくったかッ!」

 ケストレルが唇を噛む。アストライオスが起動してしまったということは担当していたワーロックとシャーロット、キャレット率いるヴァンパイア部隊が何らかの問題で失敗したと考える方が自然だ。

 「しくったって・・・シャーロット達がやられちゃったってこと⁉」

 「その可能性は高いな。既に全滅したか、何かしらの事情でアストライオスを止められなかったか・・・後者だと願いたいが___」

 「じゃあ早く行こうよ!シャーロット達の安否が気になるし、何よりも彗星が落ちてくるよ!」

 フォルトがケストレル達に訴えかけた直後___

 ドオォォンッ!

 今度は城の方から悍ましい魔力を感じ取った。無意識に手が震える感覚・・・この感覚はついさっきまでフォルト達が浴びていたものと同じものだった。

 「この魔力ッ・・・まさかッ・・・」

 フォルト達が城の方に振り返ると、何とさっきまで息絶えていたウルフェンが城の入口に立っており、すぐ目の前にある階段下の広場にいるフォルト達を見下ろしていた。。彼の体は死人のように白くなっていたが、四肢は完全に繋がっている上に、首の傷は完全に塞がっている。

 彼の右手には双剣が握られており、もう片方の手でガラバーンの首を持っていた。ウルフェンがガラバーンの首を持ってここにいるということは・・・中に入った兵士達は全滅しているだろう。ウルフェンは左手に持っているガラバーンの首をロメリアの足元へ放り投げた。

 ロメリアがガラバーンの首が足元に転がってきたことに驚いていると、フォルトがウルフェンに向かって叫ぶように話しかける。

 「何で・・・何でまだ生きているんだ!ウルフェン!」

 フォルトがそう告げると、ウルフェンの胸からムカデの様な気色の悪い虫が飛び出してきた。その虫は金色に輝いており、ウルフェンの体に巻き付いていく。

 フォルトとロメリアがその光景に言葉を失っていると、ヴァスティーソがウルフェンを睨みつけながら声を上げる。

 「ヨーゼフ君の体にもあれとよく似た虫が寄生してたんだけど・・・同じものかな?」

 ウルフェンは目線をヴァスティーソの方に向ける。

 「そうか・・・ヨーゼフは負けたのか。___お前が奴を殺したのか?」

 「先にこっちの質問に答えて欲しいな。ていうか、質問に質問で返すなって習わなかったのかい?やっぱ世界を勝手にぶっ壊そうとする奴に常識なんて無いか。」

 ヴァスティーソが刀の鍔を指で押し上げながら、呟く。ケストレルもフォルトもロメリアも武器を構えて戦闘態勢に入る。

 ウルフェンは小さく溜息をつくと、体に巻き付いている虫について解説する。

 「この虫は『精霊虫』と呼ばれる古代の寄生生物だ。名前だけが残っている今では絶滅したものと思われていた生物だったが、アストライオス発掘時にまだ生きているものを偶々見つけることが出来た。まさかまだ生きているものが残っていたとは・・・驚きだったがな。」

 ウルフェンは階段をゆっくりと降り始める。

 「精霊虫は宿主の魔力や再生力を爆発的に向上させるが、その代わりに適応できなければ突然変異を引き起こしてしまう代物だ。しかし適合すればただ寄生させた者よりも絶大な力を手に入れることが可能だ。因みに適合できなければ、知性の無い異形の化物と変貌するがな。他の条件として、致命的なダメージを受けるというのも変異を引き起こすことになる。」

 「・・・ヨーゼフの野郎が変異したのも、ダメージを受けすぎた結果って訳か。」

 「でもあの子は元々正気じゃなかったし、適合率も大して高くは無かったっぽいね。・・・彼は、違うみたいだけど。」

 ヴァスティーソがそう言うと、ウルフェンは首を左右に傾げる。ウルフェンの体に巻き付いていた精霊虫はズルズルと勢いよく彼の胸の中に収まって行き、完全に収まると突き破った胸の傷も完全に治してしまった。

 傷が治った途端、ウルフェンの魔力が更に跳ね上がり、大気を揺らす。

 「ッ、来るよ!」

 フォルトが叫んだ次の瞬間、ウルフェンの姿がその場から一瞬で消え、フォルト達の真後ろに姿を現した。ケストレルとヴァスティーソが反射的に武器を振るうが、ウルフェンは双剣で軽々と止めてしまった。
 
 「遅い。」

 ウルフェンは二人の武器を弾くと、ケストレルを勢いよく蹴り飛ばす。ヴァスティーソはウルフェンの蹴りを回避した後に再度斬りかかるが、またもや受け止められる。
 
 フォルトはウルフェンの背後に回り込み、ロメリアがウルフェン目掛けて棍を振る。ウルフェンはロメリアの攻撃を左足で止めると、ヴァスティーソを弾き飛ばして、彼の刀を止めていた双剣でロメリアに斬りかかる。

 直後、ロメリアはリミテッド・バーストを発動し、身体能力を向上させる。ウルフェンの攻撃を低姿勢で回避すると、そのまま体を捻って渾身の一撃を彼にお見舞いする。だがウルフェンもリミテッド・バーストを発動させ、瞬時に影の中へ消え、ロメリアの背後に現れる。

 ウルフェンがロメリアの背後に現れると、彼女を飛び越えるようにフォルトが突っ込む。ウルフェンはフォルトの攻撃を回避すると、今度は蹴り飛ばされたケストレルが横から乱入してくる。ケストレルは吹き飛ばされて壁に打ちつけられたせいで、額から血を流していた。

 ケストレルの大剣がウルフェンの胴に深く入り、そのまま力任せに彼を吹き飛ばした。ウルフェンは壁にぶつかり、壁が大きな音を立てて砕けた。

 ケストレルはそのまま左手をコートの中に入れると、ガーヴェラが使用していた銃を取り出した。ガーヴェラの銃を構えると、銃は蒼く輝きを帯びていく。

 「力を貸せ、ガーヴェラ___リミテッド・バースト・・・《透影魔弾》」

 ケストレルは引き金を引く。リボルバーから魔弾が射出され、蛇のようにうねりながら音速でウルフェンへ近づいていく。銃弾はウルフェンへ近づくと、より激しく軌道を変え、そのまま彼の首へ命中した。弾丸に込められたケストレルの魔力は相当なもので、ウルフェンの首を吹き飛ばすほどだった。

 「やったッ!」

 ロメリアが歓喜の声を上げた。___が、その直後。無数の触手が彼の胴体側の首から生え、吹き飛んでいた頭に巻き付いて強引にくっつけた。首の傷とケストレルによって負わされた傷が瞬く間に再生し、その場から立ち上がった。フォルト達四人は集まって陣を組む。

 その異常な再生速度を目の当たりにして唖然としていると、ウルフェンが首を傾げる。

 「その力・・・そうか、古都にいたもう一人の使い手から受け継いだのか。・・・面白い。」

 ウルフェンがそう呟くと、ウルフェンから強烈な魔力が溢れ出る。魔力はどんどん上昇していき、彼から放たれる魔力で息が出来ない。

 「おいおい何だよ。どうなってやがんだ⁉」

 「魔力が際限なく上がってる・・・この力も精霊虫の力って訳?」

 フォルト達が呟く中、ヴァスティーソだけが静かに観察していた。彼はウルフェンと奥に見えるアストライオスを交互に見ている。

 フォルトがヴァスティーソの様子に気が付いて、声をかけた。

 「ヴァスティーソ、何か気づいたことでもある?」

 「・・・どうしてそんな事聞くんだい?」

 「さっきからずっとあいつとアストライオスを交互に見てるし、何より全然喋んないから。ヴァスティーソって何か考え事する時は喋らない癖あるでしょ?」

 「さぁ、どうだろうね?・・・でも驚いたよ、そこまで俺のことを見てるとは。少年の観察眼は大したもんだ。」

 ヴァスティーソがフォルトを横目で見ると、フォルトは一切表情を変えずにヴァスティーソの顔を見ている。ヴァスティーソは小さく息を吐く。

 「少年、アストライオスから放たれてる魔力と彼から感じる魔力・・・似てるとは思わないかい?」

 「・・・確かに、そう言われれば似てるかも。それにさっき前感じていた奴の魔力と今のあいつの魔力・・・違くない?僕の気のせいかな?」

 「いいや、少年の気のせいなんかじゃないよ。」

 「・・・あの精霊虫がやっぱ関係してるのかな?」

 「多分___というか、そうだろうね。精霊虫の持つエネルギーとアストライオスの動力源のマナが酷似しているからなのか、または別の理由なのかは知らないけど。」

 ヴァスティーソはそう告げる。どっちにしろ、厄介極まりない事には間違いない。

 二人が話していると、ウルフェンが双剣を地面に突き刺した。直後、ウルフェンの周囲に漆黒のオーラを纏った魔力が出現する。そして次の瞬間、ウルフェンの両側に影で構築された分身が出現した。分身の背格好はウルフェンと全く同じだが、本物と違って体は黒く、靄のようなものが体から出ていた。それに瞳だけ血のように真っ赤だ。

 「ちょっと何あれ⁉分身した⁉」

 ロメリアが混乱していると、ウルフェンと両側にいた二体の分身が同時に接近する。分身はそれぞれヴァスティーソとケストレルに攻撃を仕掛け、本体であるウルフェンはフォルトとロメリアに攻撃を仕掛けた。

 ヴァスティーソが分身に巧みな斬術をお見舞いするが、分身はそれらの斬撃を容易く躱す。そして本体と変わらない速度と正確さを兼ね備えた斬撃を連続して繰り出す。また体術も織り交ぜた柔軟で読みづらい攻撃を次々と繰り出してきて、ヴァスティーソは小さく舌を打つ。

 「これはッ・・・たまげるね!本体と全く変わらないじゃないか!___厄介極まりないよ、全く!」

 ヴァスティーソはちらりと視線をケストレルに向ける。ケストレルも苦戦しているようで、ウルフェンの分身と激しい攻防を繰り広げている。

 するとケストレルがワザと分身の攻撃を受け、そのタイミングで大剣の大きな一振りで分身の体を両断した。肉を切らせて骨を断つ___ケストレルはあえてその選択をする事で分身を撃破しようと考えた。

 だが分身は直ぐにくっつき、更に勢いを増してケストレルに斬りかかる。防ぎきれずに体を斬られたケストレルは大量の血を流しながら、顔を引きつる。

 『こいつ等不死身かッ⁉さっき斬った時もまるで雲を斬ってるようで全く手ごたえを感じなかった・・・本体をやらねぇとこいつらは消せねえって訳かよッ!』

 ケストレルがフォルト達の方に行こうとするが、分身の攻撃で助けに行こうとしても食い止められてしまう。ヴァスティーソも何度も何度も分身の体を斬るが、直ぐに再生してしまい、埒があいていない。

 『畜生ッ、こっちが斬った時は何も感じねぇのに、向こうの攻撃にはしっかりと重さがあるッ!糞みてぇな技使いやがってウルフェンの野郎ッ!』

 ケストレルは心の中でウルフェンに対して憎悪の声を漏らす。分身達は二人を嘲笑うかのように、どんどん攻撃の手を強めていった。

 ケストレル達が分身に苦戦を強いられる中、フォルト達もウルフェンに苦戦を強いられていた。フォルトとロメリアは互いの隙を補うように連携して攻撃するが、ウルフェンには通用しなかった。

 攻撃を続ける中、ロメリアがウルフェンに話しかけた。この時の彼女の声には悲痛な思いが込められており、口から出る言葉は震えていた。

 「もう止めてよ、ウルフェン!こんなことしたって何の意味も無いのにッ!」

 「・・・」

 「聞いてたんだよ、私。貴方とフォルトに乗り移ったジャッカルの話を。」

 ロメリアは棍を振るうと、ウルフェンはその攻撃を受け止める。互いの武器が激しくぶつかり、火花が散る中、ロメリアは話し続ける。

 「私はまだ十六年しか生きてないけど、嫌な人はたくさん知ってるよ。自分の利益の為なら簡単にだます人、相手を馬鹿にするのが好きな人、相手が苦しむさまを見て喜ぶ人・・・色んな嫌な人を知ってる。きっと三百年も生きてる貴方はもっと嫌な人を知ってるし、見て来てると思う。だから人間が醜くて、救いようの無い存在だと思っているんでしょ?」

 「・・・」

 「でもこの世界にはそんな嫌な人達だらけじゃないんだよ⁉優しい人や思いやり、慈しみの心を持つ人達だって、いっぱいいるんだよ⁉貴方だって、それは分かってるでしょ⁉」

 ロメリアは棍に力を込める。ウルフェンの体が後ろに少し下がる。

 「貴方のお兄さんは言ってたよね?・・・昔の貴方はとても優しかったって。でも仲間に裏切られて、助けてくれた人にも裏切られて・・・一人ぼっちになっちゃったから、信じられなくなっちゃったんだよね?だから世界を巻き込んだ大災厄を引き起こそうとしてるんだよね?」

 「・・・」

 「でもこんなことしちゃあ駄目だよ。だってこんなことしたら、誰も貴方のことを理解しようとしてくれないし、貴方自身も余計傷ついちゃうよ。嫌な醜くて汚い人間の為に、貴方が傷つく必要なんて無いんだから___お願い、もう止めて・・・それ以上、自分を傷つけるような真似はしないで・・・」

 ロメリアはウルフェンにそう告げた。ウルフェンは顔を俯ける。

 だがすぐにウルフェンは顔を上げて、ロメリアを睨みつける。

 「小娘如きかこの私に説教をするか。笑えるな・・・貴様の空虚な戯言を聞いてるだけで虫唾が走る・・・消えろ。」

 ウルフェンはロメリアを勢いよく弾き飛ばした。フォルトは全身に魔力を込める。

 「リミテッ・バースト・・・《霧影___」

 フォルトが能力を解放しようとしたが、ウルフェンはすぐさまフォルトの妨害に入った。フォルトは能力の解放を断念し、刃を交える。ウルフェンが双剣を横に振った瞬間、フォルトはウルフェンの股の下をくぐり抜けながら彼の両足の腱を切断した。

 しかし与えた傷は殆ど一瞬で治癒してしまう。しかもウルフェンは徐々に疲弊していくフォルト達とは対照的に全くその様子を見せない。二人の攻撃を防ぎながらウルフェンは呟く。

 「この短時間でここまで拮抗できるようになったのは誉めてやろう。・・・だが、この程度か。」

 ウルフェンが呟くと、姿勢を低くしてロメリアの豪快な薙ぎ払いを回避する。次の瞬間、フォルトは鎖をウルフェンへ巻き付けて拘束し、そこへロメリアの痛恨の振り下ろしが炸裂する。ウルフェンは地面へ強く叩きつけられ、大地が震える。ロメリアの手には確かな手ごたえがあった。

 「やったッ!今度こそ___」

 ロメリアが上から陥没した地面と口から血を流して倒れているウルフェンに向かって呟いた、その時___
 
 「___甘い。」

 何処からともなくウルフェンの声が聞こえると、倒れていたウルフェンの体が黒い粘液へと変貌し、ロメリアに絡みついた。そしてまるで昔の処刑道具のようにロメリアの形に影が変形すると、ロメリアの体の中から外に向かって錆びた槍が無数に出現した。

 「ぎゃあああッ!」

 ロメリアは全身から血を流し、その場に倒れる。体の至る所が裂け、水を大量に入れた袋に穴を幾つもあけたように血が噴き出ている。

 「ロメリアッ!」

 フォルトが叫ぶが、ロメリアは体を僅かに痙攣させているだけで返事はない。あの傷では一刻も早く処置をしなければ死んでしまうだろう。フォルトはだんだんと怒りで血が頭に上ってきたが、理性で押さえつける。

 ロメリアの体を覆っていた影が彼女から離れると、少し離れた所に移動し、そこからウルフェンが現れる。ウルフェンが現れた瞬間、フォルトはすぐさま距離を詰めて斬りかかる。

 そのままウルフェンも反撃するが、フォルトも負けじと彼の攻撃を防ぐ。ウルフェンはフォルトの怒りに満ちた顔を見ながら呟く。

 「怒りで我を忘れず、その力を巧みに使っているな。___見事だ。」

 「何時まで評論家気取りするつもり?」

 フォルトは周囲に鎖を展開し、ウルフェンを取り囲む。ウルフェンはそのまま激しく移動し、接近しては斬りかかり、また距離を取って斬りかかるといった戦闘法に切り替える。徐々にスピードが上がり、周囲の鎖を足場として立体的な攻撃も行うようになり攻撃はより熾烈となる。

 だがウルフェンはそれらの攻撃を全て防ぎ、回避する。どれだけ早く斬り刻もうが、ウルフェンは即座に対応し、迎撃する。

 『クソッ!これでも効かない⁉なら___もっと速くッ!』

 フォルトが近くの鎖に足を置き、さらに加速して接近する。ところがその直後、ウルフェンの目がフォルトを捉える。

 「___そこか。」

 ウルフェンは右手に持っている双剣を勢いよくフォルトの方へ突き出す。フォルトは咄嗟に体を捻った為、致命傷になりえる個所へのダメージを回避することが出来たが、刃は深々とフォルトの左肩を貫いてしまっていた。

 「うぐッ!」

 壮絶な痛みがフォルトを襲う中、刃を引き抜こうとしたが抜けない。ウルフェンがその隙にもう片方の双剣でフォルトの喉を掻き切ろうとした___

 ところがその攻撃はフォルトに届かなかった。何処からともなく伸びてきた血の糸がフォルトに巻き付き、彼の体をウルフェンから引き離したからだった。

 フォルトの体は空へと昇っていく。後ろを振り向くと、ニファルとニファルに乗っているキャレットの姿があり、キャレットは手から伸ばしている糸を引き寄せてフォルトを抱き寄せる。

 「間一髪、間に合ったわね。」

 キャレットはそう呟く。フォルトはキャレットの膝の上に座りながら尋ねる。

 「キャレットさん!無事だったんですね!」

 「えぇ、何とかね。___あいつがウルフェンって奴ね。何て魔力なのよ・・・」

 キャレットがウルフェンから放たれる魔力に怯える。アストライオスのある貧民街から彼の魔力は感じ取ってはいたが、いざ目の前にするとその異常さをまざまざと見せつけられる。地上にいるウルフェンはじっと上空にいるニファル達を見上げている。

 「キャレットさん、シャーロットは・・・」

 「あの子なら大丈夫よ。今アストライオスの解除をしてくれてるわ。」

 「ほ・・・良かった。アストライオスが起動したとき、もしかしたらシャーロット達が全滅しちゃったんじゃないかって思ってましたから・・・」

 「そうなのね。心配かけて悪かったわね。でも大丈夫よ、危なかったけど何とかなったから。」

 「ワーロックさんも向こうでアストライオスの解除を?」

 「いいえ、彼は死んだわ。アストライオスの無効化の仕上げに入ろうとした時に、予想外の化物が乱入してやられてしまったの。」

 「だ、大丈夫なんですか⁉シャーロット一人で解除なんて・・・」

 「大丈夫よ。あの子なら絶対にやり遂げる。ワーロックがいなくたって、必ずアストライオスを止めてみせるわ。何たって私の妹なんだから___だから私達は私達の仕事を完遂するわよ。」

 キャレットは強い闘志を瞳に漲らせる。フォルトも再び心を奮い立たせる。

 フォルトは鎖鎌を握り直すと、ニファルに話しかける。

 「ニファル、下に倒れているロメリアが見える?」

 「・・・ガウ。」

 「ロメリア、酷い傷を負って動けないんだ。僕とキャレットさんでウルフェンの相手をする隙にロメリアを連れて逃げて欲しいんだけど・・・行ける?」

 「ガウゥッ!」

 「ありがとう、ニファル!・・・キャレットさん。あいつは影の力を使って予想外の攻撃をしてきます。影の中を移動したり、武器を出したりするので気を付けて下さい。」

 「分かったわ。やりましょう。」

 キャレットが返事をすると、フォルトとキャレットはニファルから飛び降りた。フォルトは鎖鎌を再度展開し、それらの鎖を足場にして一気に加速する。

 フォルトはウルフェンに斬りかかると、着地したキャレットが距離を詰めてレイピアを抜いて、ウルフェンの喉へ向けて突き刺す。ウルフェンは首を傾けて回避すると、そのままキャレットを蹴り飛ばし、その勢いでフォルトを吹き飛ばす。フォルトを吹き飛ばした後、ウルフェンはフォルトの影を経由して背後に現れる。フォルトはくるりと身を翻し、ウルフェンの攻撃を防ぐと、ウルフェンの体を蹴って距離を取る。地面に着地すると、再び接近し、攻撃を仕掛ける。

 フォルトの攻撃のタイミングでキャレットも加わり、ウルフェンに対し攻撃する。二人が戦っている間、ニファルは倒れているロメリアの元へ来ると、優しく彼女を口に咥えて再び空へ上がる。フォルトとキャレットはニファルがロメリアを連れて帝都の外へ飛行していくのを確認する。

 だがウルフェンもニファルの姿を捉えていた。フォルトとキャレットが同時に攻撃を仕掛けたその時、ウルフェンが急に影の中へ消えた。

 「なッ___」

 二人が困惑していると、遠くからニファルの雄叫びが聞こえてきた。二人がニファルの方を振り向くと、何とニファルが両翼を斬られて飛行できなくなり、地面に落ちていった。ニファルの背中にはウルフェンが立っていた。

 「はぁ⁉何よアイツ!何であんな所にいるのよ!」

 「多分、ニファルが翼を動かす時に出来る僅かな影からあそこに行ったんだ!くそっ!」

 フォルトはニファルの背中に乗っているウルフェンを見ながら唇を噛む。ウルフェンは落ちるニファルから飛び降り、フォルト達の視界から消えた。

 その直後、ウルフェンは二人の背後に現れ、双剣を振る。二人は攻撃を防ぎ、互いの武器の刃が激しく擦れあう。

 「ウルフェン・・・お前ッ・・・」

 「あの女を逃がすつもりだったのだろうが・・・そうはさせん。何人たりとも、生かして私の所から返すつもりは無い。勿論、お前達もな。」

 ウルフェンは双剣による連撃を繰り出す。フォルト達はウルフェンの攻撃を凌ぐだけで精一杯だ。

 キャレットが後ろへ下がり、血の糸を展開する。ウルフェンは襲い掛かる血の糸を斬り払っていく。その隙を突いてフォルトはウルフェンの背後に深い一撃を入れることに成功したが、傷は一瞬で塞がった。

 そしてさらにウルフェンの魔力が上昇する。ウルフェンの背後にいたフォルトはウルフェンの魔力の波動で吹き飛ばされる。

 『くっ!斬っても斬っても治るんじゃ埒が明かないッ!それにまだ奴の魔力は上がるの⁉一体どうなってるんだ!』

 フォルトが体勢を立て直して着地すると、ウルフェンはフォルトに背中を見せたまま呟く。

 「___一つ言い忘れていた、精霊中のもう一つの特性を。精霊虫は同じ精霊虫同士でマナを共有する特性があり、その特性を利用してアストライオスの核にも精霊虫を寄生させてマナの一部を吸収している。更に共有する特性上、私はアストライオスの核としても認識される。___つまり、今の私はアストライオスの核そのもので、私の息の根を止めない限り、アストライオスは止めることは出来ない。」

 ウルフェンがそう言うと、キャレットが放った血の糸をたったの一振りで一掃する。双剣を振った衝撃で、キャレットは思わず腕で顔を覆う。

 『何て剣圧ッ!息が出来な___』

 キャレットが剣圧に耐えていると、ウルフェンがキャレットの前に立っていた。何時の間に接近したのか気づけなかったキャレットは反応が遅れ、左脇腹から右肩にかけて、深く斬られ、血が噴き出る。

 「あうッ!」

 キャレットは痛みに耐えながら、ウルフェンが彼女の首目掛けて振った双剣を回避する。しかし首の右半分が斬られてしまった。首からも血が流れ、視界が歪む。

 「キャレットさん!」

 『駄目ッ___このままじゃ___』

 キャレットが体勢を立て直そうとすると、ウルフェンが彼女の足を払った。キャレットの体は後ろへ傾き、体勢が完全に崩れる。ウルフェンがその隙に彼女の首目掛けて双剣を振った。

 フォルトはウルフェンの攻撃を防ごうとウルフェンの方へ接近するが、間に合いそうにない___

 「止めろッ!ウルフェェェェェンッ!」

 フォルトは喉が裂けるぐらい叫んだが、ウルフェンは無慈悲にも双剣を振った。キャレットは恨めしそうにウルフェンを睨みつけ、唇を噛んだ。

 だが刹那、横からケストレルがウルフェンの双剣を弾き、キャレットの体を抱えて距離を取る。キャレットはケストレルに抱えられた状態で、体を強張らせて呆然とする。

 ウルフェンも乱入してきたケストレルに視線を奪われるが、すぐさま後ろから迎撃してきたフォルトの攻撃を防ぎ、激しく斬り合う。フォルトは安堵しつつも、ウルフェンとの交戦を続ける。

 キャレットは首を抑えながらゆっくりと顔を上げてケストレルを見る。ケストレルの顔には幾つもの切り傷があり、体にも多くの切り傷があった。

 「大丈夫か?」

 「え、えぇ・・・大丈夫よ。・・・助かったわ、ケストレル。」

 「そうか・・・なら、いい。」

 ケストレルがそう呟くと、後ろからウルフェンの分身が襲い掛かる。ケストレルはキャレットを抱えながら大剣を振り、攻撃を止める。

 「ちッ・・・本当にしつけぇなッ!」

 ケストレルが吐き捨てるように呟くと、その分身が突如両断された。そして千切れ雲のように分身が消えると、ヴァスティーソが目の前に現れる。ヴァスティーソもケストレル同様、分身との戦いでボロボロになっていた。

 「お二人さん、無事かい?」

 「あぁ、助かったぜ、オッサン。・・・あんたも随分とやられてるな。」

 「思った以上に手強いからね。それよりもキャレットちゃんは大丈夫?さっき大分斬られてたけど。」

 「大丈夫。もう大分塞がったわ。」

 キャレットはそう言って地面に足をつけてケストレルから離れる。ケストレルから離れる際、『ありがとう』と小さく呟いた。

 ズズズズ・・・

 ヴァスティーソの背後で二体の分身が地面からゆっくりと現れる。その光景を見たケストレルとヴァスティーソは呆れたように深い溜息をつく。

 「いい加減くたばれよ・・・何時までも相手にしてらんねぇんだよ。」

 「全くその通りだね。しつこい男は男女問わず嫌われるよ。キャレットちゃんは嫌いでしょ?」

 「えぇ、引き際を知らない男は一番嫌いよ。惨めったらありゃしないんだから・・・ていうか、あいつ等に性別とかあるの?」

 「分身だからないかも。まぁ、ウルフェンが男だから男ってことにしてるだけ~。」

 ヴァスティーソが軽い口調で呟く。黒い影たちが双剣を構え、襲い掛かろうとする。

 「来るぞッ!」

 ケストレルが二人に声をかける。そして影たちが地面を蹴って駆けだした___

 ___その時だった。

 突然空が暗転し、真っ赤な満月が空に現れる。明るみを帯びた空が一瞬で夜に変わり、それを合図にアストライオスの方から新たな強烈な魔力の波動を感じた。

 異変が発生した直後、影たちが同時に地面に転び、そのまま消えた。ケストレル達がこの術の使い手を思い出し、一斉にアストライオスの方を見る。

 「この術は___」

 ヴァスティーソが声を発すると、少し離れた所でフォルトと戦っていたウルフェンが片膝をつき、左手に持っていた双剣を地面に落として胸を抑えていた。
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