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~雪の姉弟編 第6章~
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[合図]
「ケ・・・ケストレルッ!」
ロメリアは地面に尻をつけたまま、目の前にいるケストレルに叫ぶ。ケストレルは左手で右耳を塞ぎ、少し目を防ぐ。
「うるせぇよ・・・近くにいるんだからそんなに叫ぶな。それに脇腹抉られてんのに声出すんじゃねぇよ・・・血ィ出すぎて死ぬぞ、お前?」
「・・・ごめん。」
「ったく・・・とっとと黄金の葡萄とやら食って回復しろ。手前が持ってたろ。」
ケストレルはそう言って、ロメリアの後ろに視線を向ける。すると、ガーヴェラが背後からロメリアの傍に一瞬で現れ、抱えて再び後方へ下がる。ガーヴェラはロメリアをユリシーゼの攻撃が直ぐ届かない程度の距離にまで退避すると、優しく地面にロメリアを置く。ガーヴェラが下がった場所にはシャーロットとキャレットもいた。
「大丈夫ですか、ロメリア!」
「シャーロット・・・それに皆・・・無事だったんだ・・・」
「はい!それよりも早く黄金の葡萄を食べて下さい!」
「シャーロットの言う通りだ、早く食べろ。今にも死にそうな顔をしてるじゃあないか?」
「う・・・うん・・・私も・・・そう思ってるん・・・だけど・・・」
ロメリアは額に汗を浮かべて笑みを浮かべる。その笑みは誰が見ても無理をしているようにしか見えなかった。
「体が・・・動かなくって・・・」
「なら私が食べさせてやる。黄金の葡萄は何処に仕舞ってる?」
「羽織の・・・裏・・・左胸の・・・方・・・」
ガーヴェラはロメリアの羽織を漁る。それと同時に、シャーロット達に指示を出した。
「私はロメリアのケアをする。2人はケストレルのサポートの方を頼む。ロメリアのケアが終わり次第私も加わる。」
「分かったわ。」
「分かりました!」
キャレットとシャーロットは返事をすると、互いに目配せしてケストレルの下へ向かう。ガーヴェラは取り出した袋を開けて、中に入っている4つの黄金の葡萄の内1つを取り出し、食べさせた。ロメリアの体が淡い金色のオーラに包まれ、徐々に傷口が塞がっていく。肌色も元の健康状態時にまで戻りつつあった。表情も落ち着きを取り戻しつつある。
『これでロメリアは大丈夫だ・・・だが問題は・・・』
ガーヴェラは背後に視線を移す。彼女の視線の先には紫炎を纏ったユリシーゼと彼女の攻撃を正面から受け止めたケストレルの姿があった。
ガーヴェラ達がロメリアの世話をしていた頃、ケストレルはユリシーゼの力を必死に抑えていた。受け止めた剣は熱で溶け始め、矛を受けた衝撃でヒビが入っている。
『相変わらずの馬鹿力・・・咄嗟に魔力で剣を補強してなかったら死んでたな・・・』
ケストレルがユリシーゼの背中を向けながら、視線を後ろに向けて彼女を睨みつける。ユリシーゼは顔を歪ませ、怒りを顕わにする。
「ケストレル・アルヴェニア・・・《裏切者》の分際で邪魔立てするかッ!」
「裏切者?・・・まぁ、そう言うことになるか・・・」
「一々とぼけるなッ!あの夜、貴様の裏切りで本来ならスムーズに片が付く仕事だったのが、多くの部下を失った。無駄な手間と時間、そして余分な損失を生んだんだッ!」
「知らねぇよ、手前らが迷惑食らった事なんざ。まぁ・・・そいつは、お気の毒なこったとでも言っておくぜ。」
ケストレルが何の感情も入れず、淡々と返事をした直後、ユリシーゼが一瞬で後ろに下がりすぐざま猪の如く突撃してきた。ケストレルは受け切れないと判断し、横に逸れる。ユリシーゼの攻撃を回避して構え直すと、ユリシーゼは流れる水の様に向きを変えてケストレルに再度突撃する。炎の渦潮がケストレルを包む。
「・・・ちぃッ、相変わらずおっかねぇ女だこった・・・」
「・・・」
「とうとう話さなくなったか・・・まぁいい、マジになったんなら・・・こっちもやらせてもらうぜ。」
ケストレルは全身に紫色のオーラを纏うと、地面に剣を突き立てる。ケストレルを中心に魔力で生成された風が発生し、取り囲んでいた紫炎が千切れ飛ぶ。
そのまま向かってきたユリシーゼをスレスレで回避し、首目掛けて剣を振るう。ユリシーゼは体を捻って足で剣を弾くと、舞の様に槍を振る。ケストレルはそれらの攻撃を全て弾いて、反撃する。ユリシーゼもケストレルの攻撃を防ぎ、再反撃する。これらの攻防が目にも止まらぬ速さで繰り広げられ、槍と剣がぶつかるたびに衝撃が周囲に轟く。
そんな攻防を繰り広げていると、ユリシーゼが体を回転させて、一切の溜めも無く槍を突きだす。ケストレルがその矛を防いだ瞬間、
バキィンッ!
剣が折れ、矛がケストレルの喉元へ向かってきた。
「くッ!」
ケストレルは咄嗟に体を反って攻撃を回避し、足で槍を蹴り上げる。槍を蹴り上げた直後に後ろへ下がり、落ちていたボロボロの剣を手に取る。ユリシーゼはケストレルに息をつく間も与えんとばかりに接近し、鋭い突きを何度も繰り出す。拾った剣は一瞬で折れ、必死に突きを見切る。
『やべぇな・・・早く武器拾わねぇと・・・やっぱさっきの糸野郎との戦闘で大剣が折れたのは痛いぜ・・・』
ケストレルは突きを見切って、ユリシーゼの槍を握る。そしてそのままユリシーゼを投げ飛ばそうとした。
「甘いッ!」
だがユリシーゼは、槍を握ってきたケストレルをいい事に、槍を渾身の力で振り上げた。ケストレルは予想だにしていない力で投げ飛ばされ、空中に投げ上げられる。
『マジかッ!俺を投げ飛ばすたぁ、とんだ怪力だなッ!』
ケストレルがユリシーゼの馬鹿力っぷりに驚愕していると、ユリシーゼは姿勢を低くし、構え直していた。宙で身動きが出来ないケストレルを仕留めるチャンスと、ユリシーゼは考えていた。ケストレルもその事態に気づき、真下に発生している紫炎の渦の真ん中で構えているユリシーゼを見たケストレルは小さく舌を打つ。
『落ちてきた俺を突き刺す気か・・・中々やるじゃねぇか、ユリシーゼ・・・一対一なら俺をも圧倒出来る程強くなってたんだな・・・だが、』
しかしケストレルはこんな状況の中、笑みを浮かべた。そしてその笑みを浮かべた瞬間、ユリシーゼの足元に闇夜の如く黒色で描かれた魔術陣が現れた。ユリシーゼは突如現れた魔術陣に気を取られる。
『残念だったな、ユリシーゼ。どうやら《怖え女共》がやって来たみてぇだぜ?』
「『罪科を告げし宣告、歪曲せし檻にてかの者を焦がせ!』」
ユリシーゼが声のする方へ顔を向けると、そこにはシャーロットが紅色のオーラを纏いながら詠唱を行っていた。詠唱を終えると、ユリシーゼを取り囲むように錆びて赤く変色した檻が出現し、その檻を包み込むかのように紅蓮の炎が燃え盛る。炎は渦を巻き、檻ごとユリシーゼを燃やし尽くそうとしている。
「ぐっ!小癪なッ・・・」
ユリシーゼは槍を大きく振り回し、己の魔力を解き放つ。彼女の体から放たれた魔力の衝撃波は檻と炎を吹き飛ばした。ユリシーゼのドレスがやや焦げ付く。
「まだです!」
シャーロットは続けて魔術陣を展開し、詠唱を再び行う。
「『深淵にて罰せられし罪人よ。卑しき愚者を引きずり込め!』」
詠唱と同時に、無数の黒く長い手が地面から生え、ユリシーゼ目掛けて襲い掛かる。ユリシーゼは迫りくる手に構える。
だがその時、上から落ちてきたケストレルがユリシーゼの頭を掴んで地面に叩きつける。ケストレルの着地地点には小さなクレーターが出来た。
「がッ⁉」
「俺のこと忘れんなよ、ユリシーゼ。」
ケストレルはユリシーゼを叩きつけた後、直ぐその場から離れた。直後、シャーロットの術により現れた黒い手が一斉にユリシーゼを叩き潰すかの様に襲い掛かる。黒い手はユリシーゼを覆い隠すかのように互いに重なり合って動かなくなった。
ケストレルはコートに付いた埃を払いながら立ち上がり、シャーロットの方に顔を向ける。シャーロットは纏っていたオーラを消すと、ケストレルに向かって可愛らしくガッツポーズをする。
「ケストレル!」
後ろからキャレットの声がすると同時に、ケストレルの方へ一本の剣が飛んできた。ケストレルは剣をキャッチすると、こちらに走り寄ってくるキャレットに声を上げる。
「おい危ねぇだろ、剣なんか投げやがって。剣は投げ物じゃねぇって親から習わなかったのか?」
「今は戦闘中よ?それに、貴方なら難なくキャッチできるでしょ?」
「そう言う問題じゃねぇよ・・・」
キャレットがケストレルの横に並ぶと、ユリシーゼが倒れているであろう場所に視線を向ける。
「・・・如何やら私の出番は無さそうね?貴方の武器探してるだけで終わっちゃったわ。」
「・・・」
ケストレルはキャレットに言葉を返すことなく、無数の黒い手が覆い被さっている場所をじっと見続ける。まだ奴は生きてる・・・そんな予感が胸の中に渦巻いていた。
そしてその予感は・・・的中した。
突然覆い被さっていた黒い手が燃えがった。黒い手たちは生き物のように天へ向かって手を伸ばし、悶えるようにのたうち回る。紫炎が渦巻き、黒い手がうねる中、ユリシーゼがゆっくりと立ち上がった。彼女のドレスはボロボロに破けており、結んでいた髪も解け、腰まである長く美しい銀色の髪が乱雑に広がっていた。
ケストレルは受け取った剣を構えて、キャレットに呟く。
「キャレット、奴が動き出す前にシャーロットの所へ行け。」
キャレットはケストレルに何も言葉を発さず、小さく頷いてシャーロットの元へ駆け寄る。ユリシーゼは微動だにせず、ただ紫炎の中をじっと佇む。ケストレルは収まらない不穏感を抱きつつ、警戒する。
暫く紫炎が燃える音だけが聞こえる状態が続いた。パチッ・・・パチッ・・・と何かが始める音だけが静寂とした空間に響く。ユリシーゼのただならぬ気配にケストレルは目を細め、剣を持つ手に力が入る。
『仕留めきれてねぇか・・・あの傷の具合からしてダメージは相当入ってるように見えるが・・・早く片をつけるのが賢明か。』
ケストレルはシャーロットに視線を向けて、ハンドサインを送る。シャーロットはケストレルの合図を理解しすると、すぐさま魔力を練り始める。
だがその時、突如ユリシーゼがシャーロットを睨みつけ、素早く槍を構えて突撃した。キャレットがすぐさまシャーロットの間に入り、無数の赤い糸を網の様に展開する。ユリシーゼはより加速し、2人に向かって行く。
「・・・そんなもので防げると思ってるのか?目障りだッ、姉妹共々消えろッ!」
ユリシーゼが2人に憎悪の限りを込めた声で叫び、目の前に張られた赤い糸の網をやすやすと薙ぎ払った。糸は千切れ飛び、紫炎を纏って灰と化した。その直後、ユリシーゼはキャレットと後ろにいるシャーロットを捉えて槍を突きだしたが、横からケストレルがユリシーゼを蹴り飛ばす。ユリシーゼは素早く空中で受け身を取ると、今度はケストレルに突撃する。まるで猿の様に俊敏で、猪の如き猛進で襲い掛かる。
「何時まで・・・何時まで邪魔をすれば気が済むッ!ケストレル・アルヴェニアァァァァッ!」
ユリシーゼの纏っている紫炎が赤みを増し、禍々しい赤黒色に変貌する。先程までやや赤みが混じっていた紫炎とはまるで別物の威圧・・・彼女の血走った獣のような瞳が狂気さを増させる。
「私は・・・私は負ける訳にはいかないのだ!弟の・・・ヨーゼフの為・・・姉として弟に心配をかけたくは無いのだ!私が負ければお前達は弟を襲う・・・貴様ら等、私の弟の敵ではないが、余計な負荷になるのは間違いない。羽虫を潰すのにも僅かな労力がかかるようになッ!」
ユリシーゼはそう言うと、右手に持っている槍を天高く突き上げる。槍が赤黒く妖しく光り、それと同時に古都の下層方面より大勢の魔物とコーラス・ブリッツの兵士が雲霞の如く現れた。
しかし彼らの様子は明らかに正常ではなかった。何かに憑りつかれたように目を大きく開け、獣の様に雄叫びを上げ、瞳が赤くなっていた。
『あいつ等今まで何処に隠れてやがった⁉ここに来るまで誰とも遭遇してなかったから古都内の敵は殲滅済みと思っていたがッ・・・』
「お姉ちゃん!あの人達・・・皆様子がおかしいッ!」
「そうね・・・あの女、何か面倒な細工を奴らにしたみたいね・・・シャーロット、構えなさい!」
シャーロットとキャレットが横に並び、それぞれ構える。ケストレルも後ろから迫りくる敵群に意識を向けながら、ユリシーゼを睨みつける。
「ケ・・・ケストレルッ!」
ロメリアは地面に尻をつけたまま、目の前にいるケストレルに叫ぶ。ケストレルは左手で右耳を塞ぎ、少し目を防ぐ。
「うるせぇよ・・・近くにいるんだからそんなに叫ぶな。それに脇腹抉られてんのに声出すんじゃねぇよ・・・血ィ出すぎて死ぬぞ、お前?」
「・・・ごめん。」
「ったく・・・とっとと黄金の葡萄とやら食って回復しろ。手前が持ってたろ。」
ケストレルはそう言って、ロメリアの後ろに視線を向ける。すると、ガーヴェラが背後からロメリアの傍に一瞬で現れ、抱えて再び後方へ下がる。ガーヴェラはロメリアをユリシーゼの攻撃が直ぐ届かない程度の距離にまで退避すると、優しく地面にロメリアを置く。ガーヴェラが下がった場所にはシャーロットとキャレットもいた。
「大丈夫ですか、ロメリア!」
「シャーロット・・・それに皆・・・無事だったんだ・・・」
「はい!それよりも早く黄金の葡萄を食べて下さい!」
「シャーロットの言う通りだ、早く食べろ。今にも死にそうな顔をしてるじゃあないか?」
「う・・・うん・・・私も・・・そう思ってるん・・・だけど・・・」
ロメリアは額に汗を浮かべて笑みを浮かべる。その笑みは誰が見ても無理をしているようにしか見えなかった。
「体が・・・動かなくって・・・」
「なら私が食べさせてやる。黄金の葡萄は何処に仕舞ってる?」
「羽織の・・・裏・・・左胸の・・・方・・・」
ガーヴェラはロメリアの羽織を漁る。それと同時に、シャーロット達に指示を出した。
「私はロメリアのケアをする。2人はケストレルのサポートの方を頼む。ロメリアのケアが終わり次第私も加わる。」
「分かったわ。」
「分かりました!」
キャレットとシャーロットは返事をすると、互いに目配せしてケストレルの下へ向かう。ガーヴェラは取り出した袋を開けて、中に入っている4つの黄金の葡萄の内1つを取り出し、食べさせた。ロメリアの体が淡い金色のオーラに包まれ、徐々に傷口が塞がっていく。肌色も元の健康状態時にまで戻りつつあった。表情も落ち着きを取り戻しつつある。
『これでロメリアは大丈夫だ・・・だが問題は・・・』
ガーヴェラは背後に視線を移す。彼女の視線の先には紫炎を纏ったユリシーゼと彼女の攻撃を正面から受け止めたケストレルの姿があった。
ガーヴェラ達がロメリアの世話をしていた頃、ケストレルはユリシーゼの力を必死に抑えていた。受け止めた剣は熱で溶け始め、矛を受けた衝撃でヒビが入っている。
『相変わらずの馬鹿力・・・咄嗟に魔力で剣を補強してなかったら死んでたな・・・』
ケストレルがユリシーゼの背中を向けながら、視線を後ろに向けて彼女を睨みつける。ユリシーゼは顔を歪ませ、怒りを顕わにする。
「ケストレル・アルヴェニア・・・《裏切者》の分際で邪魔立てするかッ!」
「裏切者?・・・まぁ、そう言うことになるか・・・」
「一々とぼけるなッ!あの夜、貴様の裏切りで本来ならスムーズに片が付く仕事だったのが、多くの部下を失った。無駄な手間と時間、そして余分な損失を生んだんだッ!」
「知らねぇよ、手前らが迷惑食らった事なんざ。まぁ・・・そいつは、お気の毒なこったとでも言っておくぜ。」
ケストレルが何の感情も入れず、淡々と返事をした直後、ユリシーゼが一瞬で後ろに下がりすぐざま猪の如く突撃してきた。ケストレルは受け切れないと判断し、横に逸れる。ユリシーゼの攻撃を回避して構え直すと、ユリシーゼは流れる水の様に向きを変えてケストレルに再度突撃する。炎の渦潮がケストレルを包む。
「・・・ちぃッ、相変わらずおっかねぇ女だこった・・・」
「・・・」
「とうとう話さなくなったか・・・まぁいい、マジになったんなら・・・こっちもやらせてもらうぜ。」
ケストレルは全身に紫色のオーラを纏うと、地面に剣を突き立てる。ケストレルを中心に魔力で生成された風が発生し、取り囲んでいた紫炎が千切れ飛ぶ。
そのまま向かってきたユリシーゼをスレスレで回避し、首目掛けて剣を振るう。ユリシーゼは体を捻って足で剣を弾くと、舞の様に槍を振る。ケストレルはそれらの攻撃を全て弾いて、反撃する。ユリシーゼもケストレルの攻撃を防ぎ、再反撃する。これらの攻防が目にも止まらぬ速さで繰り広げられ、槍と剣がぶつかるたびに衝撃が周囲に轟く。
そんな攻防を繰り広げていると、ユリシーゼが体を回転させて、一切の溜めも無く槍を突きだす。ケストレルがその矛を防いだ瞬間、
バキィンッ!
剣が折れ、矛がケストレルの喉元へ向かってきた。
「くッ!」
ケストレルは咄嗟に体を反って攻撃を回避し、足で槍を蹴り上げる。槍を蹴り上げた直後に後ろへ下がり、落ちていたボロボロの剣を手に取る。ユリシーゼはケストレルに息をつく間も与えんとばかりに接近し、鋭い突きを何度も繰り出す。拾った剣は一瞬で折れ、必死に突きを見切る。
『やべぇな・・・早く武器拾わねぇと・・・やっぱさっきの糸野郎との戦闘で大剣が折れたのは痛いぜ・・・』
ケストレルは突きを見切って、ユリシーゼの槍を握る。そしてそのままユリシーゼを投げ飛ばそうとした。
「甘いッ!」
だがユリシーゼは、槍を握ってきたケストレルをいい事に、槍を渾身の力で振り上げた。ケストレルは予想だにしていない力で投げ飛ばされ、空中に投げ上げられる。
『マジかッ!俺を投げ飛ばすたぁ、とんだ怪力だなッ!』
ケストレルがユリシーゼの馬鹿力っぷりに驚愕していると、ユリシーゼは姿勢を低くし、構え直していた。宙で身動きが出来ないケストレルを仕留めるチャンスと、ユリシーゼは考えていた。ケストレルもその事態に気づき、真下に発生している紫炎の渦の真ん中で構えているユリシーゼを見たケストレルは小さく舌を打つ。
『落ちてきた俺を突き刺す気か・・・中々やるじゃねぇか、ユリシーゼ・・・一対一なら俺をも圧倒出来る程強くなってたんだな・・・だが、』
しかしケストレルはこんな状況の中、笑みを浮かべた。そしてその笑みを浮かべた瞬間、ユリシーゼの足元に闇夜の如く黒色で描かれた魔術陣が現れた。ユリシーゼは突如現れた魔術陣に気を取られる。
『残念だったな、ユリシーゼ。どうやら《怖え女共》がやって来たみてぇだぜ?』
「『罪科を告げし宣告、歪曲せし檻にてかの者を焦がせ!』」
ユリシーゼが声のする方へ顔を向けると、そこにはシャーロットが紅色のオーラを纏いながら詠唱を行っていた。詠唱を終えると、ユリシーゼを取り囲むように錆びて赤く変色した檻が出現し、その檻を包み込むかのように紅蓮の炎が燃え盛る。炎は渦を巻き、檻ごとユリシーゼを燃やし尽くそうとしている。
「ぐっ!小癪なッ・・・」
ユリシーゼは槍を大きく振り回し、己の魔力を解き放つ。彼女の体から放たれた魔力の衝撃波は檻と炎を吹き飛ばした。ユリシーゼのドレスがやや焦げ付く。
「まだです!」
シャーロットは続けて魔術陣を展開し、詠唱を再び行う。
「『深淵にて罰せられし罪人よ。卑しき愚者を引きずり込め!』」
詠唱と同時に、無数の黒く長い手が地面から生え、ユリシーゼ目掛けて襲い掛かる。ユリシーゼは迫りくる手に構える。
だがその時、上から落ちてきたケストレルがユリシーゼの頭を掴んで地面に叩きつける。ケストレルの着地地点には小さなクレーターが出来た。
「がッ⁉」
「俺のこと忘れんなよ、ユリシーゼ。」
ケストレルはユリシーゼを叩きつけた後、直ぐその場から離れた。直後、シャーロットの術により現れた黒い手が一斉にユリシーゼを叩き潰すかの様に襲い掛かる。黒い手はユリシーゼを覆い隠すかのように互いに重なり合って動かなくなった。
ケストレルはコートに付いた埃を払いながら立ち上がり、シャーロットの方に顔を向ける。シャーロットは纏っていたオーラを消すと、ケストレルに向かって可愛らしくガッツポーズをする。
「ケストレル!」
後ろからキャレットの声がすると同時に、ケストレルの方へ一本の剣が飛んできた。ケストレルは剣をキャッチすると、こちらに走り寄ってくるキャレットに声を上げる。
「おい危ねぇだろ、剣なんか投げやがって。剣は投げ物じゃねぇって親から習わなかったのか?」
「今は戦闘中よ?それに、貴方なら難なくキャッチできるでしょ?」
「そう言う問題じゃねぇよ・・・」
キャレットがケストレルの横に並ぶと、ユリシーゼが倒れているであろう場所に視線を向ける。
「・・・如何やら私の出番は無さそうね?貴方の武器探してるだけで終わっちゃったわ。」
「・・・」
ケストレルはキャレットに言葉を返すことなく、無数の黒い手が覆い被さっている場所をじっと見続ける。まだ奴は生きてる・・・そんな予感が胸の中に渦巻いていた。
そしてその予感は・・・的中した。
突然覆い被さっていた黒い手が燃えがった。黒い手たちは生き物のように天へ向かって手を伸ばし、悶えるようにのたうち回る。紫炎が渦巻き、黒い手がうねる中、ユリシーゼがゆっくりと立ち上がった。彼女のドレスはボロボロに破けており、結んでいた髪も解け、腰まである長く美しい銀色の髪が乱雑に広がっていた。
ケストレルは受け取った剣を構えて、キャレットに呟く。
「キャレット、奴が動き出す前にシャーロットの所へ行け。」
キャレットはケストレルに何も言葉を発さず、小さく頷いてシャーロットの元へ駆け寄る。ユリシーゼは微動だにせず、ただ紫炎の中をじっと佇む。ケストレルは収まらない不穏感を抱きつつ、警戒する。
暫く紫炎が燃える音だけが聞こえる状態が続いた。パチッ・・・パチッ・・・と何かが始める音だけが静寂とした空間に響く。ユリシーゼのただならぬ気配にケストレルは目を細め、剣を持つ手に力が入る。
『仕留めきれてねぇか・・・あの傷の具合からしてダメージは相当入ってるように見えるが・・・早く片をつけるのが賢明か。』
ケストレルはシャーロットに視線を向けて、ハンドサインを送る。シャーロットはケストレルの合図を理解しすると、すぐさま魔力を練り始める。
だがその時、突如ユリシーゼがシャーロットを睨みつけ、素早く槍を構えて突撃した。キャレットがすぐさまシャーロットの間に入り、無数の赤い糸を網の様に展開する。ユリシーゼはより加速し、2人に向かって行く。
「・・・そんなもので防げると思ってるのか?目障りだッ、姉妹共々消えろッ!」
ユリシーゼが2人に憎悪の限りを込めた声で叫び、目の前に張られた赤い糸の網をやすやすと薙ぎ払った。糸は千切れ飛び、紫炎を纏って灰と化した。その直後、ユリシーゼはキャレットと後ろにいるシャーロットを捉えて槍を突きだしたが、横からケストレルがユリシーゼを蹴り飛ばす。ユリシーゼは素早く空中で受け身を取ると、今度はケストレルに突撃する。まるで猿の様に俊敏で、猪の如き猛進で襲い掛かる。
「何時まで・・・何時まで邪魔をすれば気が済むッ!ケストレル・アルヴェニアァァァァッ!」
ユリシーゼの纏っている紫炎が赤みを増し、禍々しい赤黒色に変貌する。先程までやや赤みが混じっていた紫炎とはまるで別物の威圧・・・彼女の血走った獣のような瞳が狂気さを増させる。
「私は・・・私は負ける訳にはいかないのだ!弟の・・・ヨーゼフの為・・・姉として弟に心配をかけたくは無いのだ!私が負ければお前達は弟を襲う・・・貴様ら等、私の弟の敵ではないが、余計な負荷になるのは間違いない。羽虫を潰すのにも僅かな労力がかかるようになッ!」
ユリシーゼはそう言うと、右手に持っている槍を天高く突き上げる。槍が赤黒く妖しく光り、それと同時に古都の下層方面より大勢の魔物とコーラス・ブリッツの兵士が雲霞の如く現れた。
しかし彼らの様子は明らかに正常ではなかった。何かに憑りつかれたように目を大きく開け、獣の様に雄叫びを上げ、瞳が赤くなっていた。
『あいつ等今まで何処に隠れてやがった⁉ここに来るまで誰とも遭遇してなかったから古都内の敵は殲滅済みと思っていたがッ・・・』
「お姉ちゃん!あの人達・・・皆様子がおかしいッ!」
「そうね・・・あの女、何か面倒な細工を奴らにしたみたいね・・・シャーロット、構えなさい!」
シャーロットとキャレットが横に並び、それぞれ構える。ケストレルも後ろから迫りくる敵群に意識を向けながら、ユリシーゼを睨みつける。
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