最強暗殺者の末裔と王族の勘当娘 ~偶々出会った2人は新たな家族として世界を放浪します~

黄昏詩人

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~雪の姉弟編 第7章~

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[限界]

 「ユリシーゼ・・・手前、何しやがった?」

 ケストレルがユリシーゼに問いかけると、槍を下ろして構える。そして、ケストレルへ狙いを定めると、返事をする事無く一気に距離を詰めて突き出した。

 「ッ!」

 ケストレルは上半身を横に逸らして、矛を剣でいなす。刃がかけて、細かく砕けた破片が紫炎で燃え尽きる。ユリシーゼはそのまま体を回転させて薙ぎ払う。

 槍を抑え込み、拮抗状態に入ると、ユリシーゼがケストレルを睨みつけながら告げた。

 「奴らの体に仕込んでいた印を発動させた。指揮権を持つ我ら八重紅狼が奴らの意思を奪い命令するためのな。」

 「・・・アルレッキーノか?作ったのは?」

 「そうだ。劣勢に追い込まれても、玉砕覚悟で突撃させるため・・・奴らの意思を封じているおかげで、どれだけ傷つこうが、手足が吹き飛ぼうが死ぬまで攻撃を止めることはない。・・・さて、あのヴァンパイアの姉妹が残った約2000人の魔物混成部隊の猛攻に耐えきれるか・・・見ものだな?」

 ケストレルが後ろに視線を向けて、シャーロット達を見る。キャレットは一面に赤い糸でフェンスを作り、シャーロットが魔力でその糸を補強する。第二城壁にいた兵士達も迫りくる大群に向かって弓や銃を放ち、弾幕を張る。

 しかし魔物達は矢が刺さろうが、弾丸が肉を抉ろうが一切止まることなく突き進んでくる。その圧倒的威圧は砦にいる兵士達を恐怖の底に叩き落とす。

 魔物達はフェンスに当たると、キャレットの術により、体が次々に爆散していく。魔物達の体液や血が浜辺に着く波の如く押し寄せてくる。

 だがそれでも止まらなかった。フェンスの糸が1つ・・・また1つと千切れていく。キャレットとシャーロットが懸命に魔力で糸を繋ぎとめようとするが、敵の勢いがそれを上回った。

 『まずいぜ・・・フェンスが突破されてシャーロット達が押しつぶされちまう・・・だがそれよりも・・・』

 ケストレルが小さく舌を打ったその時、剣が砕け、槍がケストレルの腹を裂いた。腹から血が噴き出し、内臓が零れ出そうになる。

 「ッ!」

 「何処を見ているッ⁉まさか剣を魔力で補強したから多少は持つと思っていたのか?馬鹿めッ!」

 ユリシーゼは素早く構え直し、ケストレルの胸に槍を突きだす。ケストレルは咄嗟に矛先を握り、軌道を左肩へ向ける。矛はケストレルの左肩に深々と刺さり、反対側から骨を砕き、皮膚を裂いて現れる。

 「今の力は先程までとは全然別物だッ!同じと考えてもらっては困るなッ!」

 ユリシーゼはそのまま槍を突きだしてケストレルを吹き飛ばす。ケストレルの体は城壁に深くめり込む。

 「ぐっ!」

 ケストレルが城壁に手をついて壁から抜け出そうとすると、ユリシーゼがケストレルに向かって赤黒色の炎を纏いながら突撃してきた。全身に走る痛みで壁から抜け出せず、ケストレルは顔を歪ませた。

 「隙だらけだッ!」

 だがその時、ユリシーゼの背後からガーヴェラの声と共に銃声がし、蒼炎を纏った弾丸がユリシーゼに向かっていた。ユリシーゼが咄嗟に向きを変えて弾丸を薙ぎ払うと、ガーヴェラはその場から飛び上がって彼女の真上に行き、連射する。

 また、ユリシーゼがそれらの放たれた弾丸を弾く中で突然背後から強烈な魔力の波動を感じ振り向くと、そこには傷が癒えたロメリアが金色の魔力を纏った状態で棍を振りかぶっていた。

 「貴様ッ・・・」

 「たあァァァッ!」

 ロメリアは全力で棍を振るう。ユリシーゼは受け止めると、歯を食いしばって弾き返す。2人の間の空気が弾ける。ロメリアは弾かれても臆することなく舞い続け、ユリシーゼもロメリアに合わせて舞うように交戦する。

 ロメリアが気を引いている間に、ガーヴェラがケストレルの手を持って壁から引き抜く。

 「何て様だ・・・ロメリアの事言えたもんじゃないな?」

 「はっ、うるせぇよ・・・」

 ケストレルはロメリア達の方を見る。ロメリアは一歩も後れを取ることなく、ユリシーゼと渡り合っていた。ケストレルはその様子を少し神妙な顔をしながら見ていた。

 「・・・」
 
 「そろそろ私達もロメリアのサポートに行くぞ!シャーロット達も何時まで耐えれるか分からん・・・急いで終わらせるぞ!」

 「・・・」

 「何をしている⁉呆けるなッ!」

 ガーヴェラがケストレルに叫ぶと、ケストレルが静かに言葉を発する。

 「いや・・・もう終わりだ。あいつの・・・負けだ。」

 「何?」

 「ユリシーゼの奴を見ろ。アイツ、もう限界を迎えてる。技のキレが無くなって、動きが鈍くなってる。もうあの状態では、万全のロメリアに勝てる筈はねぇ。」

 ガーヴェラがユリシーゼに視線を移すと、確かにケストレルの指摘通りだと感じた。呼吸が乱れ、ロメリアの動きに付いて行くのがやっとの状態だった。負った怪我の影響と禁術による肉体の摩耗・・・そして己に過度なまでの責任感を背負ったために精神が崩壊し始めた影響が表に出ていた。

 「あいつが倒れれば、コーラス・ブリッツ共は動かなくなる。今奴らを動かしているのはユリシーゼだ。あいつからの魔力が途切れれば、奴らは正気に戻る。そして正気に戻れば、全ての感覚が戻る。その際に、過剰な運動による激痛が奴らを襲い、勝手に自滅するだろう。奴らを見て見ろ・・・力任せに動いてるだろ?」

 「あぁ・・・まるで獣のようだな。」

 ケストレルのいう通り、操られているコーラス・ブリッツ達は皆暴れ馬の様に体を動かしていた。人間どころか魔物も本来は知性があり、なるべく自分が傷つかないような行動をとる。相手を殴るにしても、自分にあまり反動が来ないような殴り方・・・防御する際にも、なるべく被害を抑え込むように考える。そうしないと、《自爆》するからだ。

 だが今、キャレットとシャーロットが抑え込んでいる敵共は皆、目の前の獲物を屠ることにしか意識が向いておらず、自分の身を一切考慮していない。その為、前にいる仲間達をも踏み台にしたり、仲間ごと網に突っ込んでいったりしていた。

 確かにそれで突破できるかもしれないが、あまりにも力技すぎて損耗が凄まじいことになっており、恐らくキャレットの糸の能力で息絶えた数より味方に殺された数の方が多いだろう。網の向こう側では、壮絶な《自滅》が繰り広げられていた。

 「それに・・・俺がロメリアを庇った時点であいつの敗北は決まっていた。・・・少し時間がかかったがな。」

 ケストレルはユリシーゼの方に視線を向ける。ガーヴェラがケストレルの視線を追ってロメリアとユリシーゼを見る。ユリシーゼとロメリアは未だ互いに激しい攻防を繰り広げていた。

 「やぁッ!とぅッ!たぁッ!」

 「ちぃっ!こ・・・こんな奴に後れを取る訳には・・・いかないのにッ・・・」

 ユリシーゼがロメリアの棍を防ぎ、体を翻して炎を纏わせながら薙ぎ払った。ロメリアも同じく体を捻って、棍を薙ぐ。お互いの武器が当たり、激しい音が周囲に響く。

 その時だった。

 バキィンッ!

 ロメリアの棍が槍にぶつかった直後に、槍は粉々に砕けた。槍は細かな破片になり、破片に纏わりついている炎はまるで花が散るようだった。

 「なっ・・・」

 ユリシーゼが砕けた槍に意識を持っていかれた刹那、ロメリアは棍でユリシーゼの脇腹を払い上げて空中へ浮かす。強烈な音と共に、ユリシーゼの全身に体中の骨が砕けるような痛みが駆け巡った。

 ロメリアは足に魔力を込めて遥か高く飛び上がると、体を一回転させ大きく振りかぶった。そして打ち上がってきたユリシーゼが棍の範囲内に入ると、全力で振り下ろした。

 「これで・・・終わりっ!」

 振り下ろした棍に当たったユリシーゼは音速を超える速度で地面に叩きつけられ、地面が抉れ、土煙が激しく立つのと同時に周囲に激しい衝撃波が伝わる。ケストレル達は咄嗟に顔を覆い、土煙を防いで衝撃に耐えた。衝撃波は網の向こう側にいたコーラス・ブリッツ達をも吹き飛ばし、その傍にいたシャーロットはキャレットに咄嗟に庇われて衝撃に耐えた。

 目を開けるとケストレル達は全身土埃塗れになっていた。付いた土を叩き落としているとロメリアが地面に着地した。彼女が着地したすぐ傍には小さなクレーターが出来ており、その中にはユリシーゼが仰向けで倒れていた。手足が不自然な方向に曲がっており、胸からは折れた肋骨が飛び出していた。

 ケストレルとガーヴェラはロメリアの元へ向かう。傍に行くと、ロメリアがくたびれた顔をしながら2人に話しかける。

 「ふぅ~きつかったぁ~・・・じゃなかった!ちょっと2人共!何で早く助けに来てくれなかったの⁉私1人でずっと戦ってたんだけど⁉」

 「いや、別にお前1人で何とかなるかなって思ってたから・・・」

 「私は・・・こいつの話を聞いてただけだ・・・」

 「じゃあケストレルのせいじゃん!何ガーヴェラ呼び止めてるの⁉」
 
 「うるせぇな・・・いいじゃねぇか倒したんだから。・・・でも、そんないつものように物ねだって駄々こねるガキみたく喚いてるのを見てほっとしたぜ。お前がいなくなったらフォルトが悲しむからな。」

 「え・・・あ、ありがとう・・・って!何か凄く良い風に言ってるけど、さり気なく馬鹿にしてるの分かってるからねッ!」

 「何だよ、ちょっとは賢くなったじゃねぇか?」

 「何よそれッ⁉その初めから馬鹿だと思ってた感じの言葉⁉ちょ~失礼~ッ!」

 ロメリアがムッとしながらケストレルに語気を荒げる。ケストレルは面倒くさそうにロメリアから視線を逸らした。

 「まぁそれは置いといて・・・お前、あの女の槍に何か細工したのか?」

 「置いといてって・・・」

 「別に。ただあいつの槍が俺の持ってた剣に触れた瞬間、俺の状態異常能力《裂傷》が発動しただけだ。時間は少しかかったが、無事武器にダメージを与えられて、破壊することが出来た。」

 「武器にヒビを入れてたってこと?」

 「そんなところだ。お前とガーヴェラが来てくれたおかげで、武器の損傷が早まった。」

 「成程・・・そう言うことだったのか・・・」

 「こいつの頭に血が上ってて良かったぜ。俺を知ってる人間なら、確殺する時でない限り武器に触れさせてくれないからな。」

 ケストレルはそう言ってユリシーゼを見下ろす。『確かに、彼女は弟のことを想うあまり、勝利だけに固執してケストレルの能力に目がいかなかったのかな』とロメリアは少し哀れむ目でユリシーゼを見つめる。

 「ケストレル!ロメリア!」

 シャーロットがケストレル達の名前を大声で呼びながら走ってきた。傍にはキャレットもおり、2人共ロメリアに視線を向ける。

 「さっきの衝撃波・・・あれ貴女がやったの?もう少し周りのこと考えてよね?埃塗れになっちゃったじゃない。」

 「そんな事言われたって・・・」

 「でも凄いです、ロメリア!八重紅狼を倒したんですから!・・・もう起き上がってこない・・・ですよね?」

 「その心配をする必要はねぇな。見る限り全身の骨が折れてる。こんな状態じゃあ、息してたって動けねぇよ。」

 ケストレルの言葉にシャーロットがほっと胸を撫で下ろす。ケストレル達もユリシーゼを撃破して何処か安堵していた。

 気が付くと、古都全域が静けさに包まれていた。もう何処からも獣の声や人間の雄叫びも悲鳴も聞こえない。シャーロット達が相手にしていた魔物達も山の様に重なっていて、どの個体も動いていなかった。

 「終わった・・・のかな?」

 「さぁな。まだフォルトやヴァスティーソのオッサンがどうなってんのかが分かんねぇからな・・・」

 ケストレルが深い溜息をつきながら呟く。シャーロットがロメリア達に進言する。

 「取り合えず、港に行きませんか?フォルト、1人で行っちゃいましたから心配で・・・」

 「・・・そうだな。ヴァスティーソのオッサンはともかく、フォルトは八重紅狼の次席でユリシーゼの弟、ヨーゼフとやり合ってるはずだ。フォルトが負けるとは思っていないが、無事で済むとも思えねぇ。」

 「でも港の方からは特に大きな音は聞こえないわよ?さっきまで派手に海戦してたり、港付近にある倉庫群の所から銃声みたいなのが聞こえてきてたけど・・・」

 「そんなの私聞こえなかったけど・・・あ、ヴァンパイアだから耳良いのか・・・」

 ロメリアが小さく呟くと、ガーヴェラが皆に提案する。

 「なら2手に別れよう。ロメリア、シャーロット、ケストレルの3人は港に行ってフォルトの安否確認を頼む。ついでに港で交戦していた海兵部隊とのコンタクトもお願いしたい。」

 「お前とキャレットはどうするつもりだ?」

 「私達は上層へ行き、陛下に状況の報告をする。ついでにヴァスティーソ大隊長の確認もしておきたいしな。」

 「分かった、オッサンの確認はそっちに任せるぜ。ロメリア、シャーロット。行くぞ。」

 ケストレルが2人の名前を呼ぶと、2人は頷いてケストレルに続いて港へ向かい始めた。ガーヴェラ達も第2城壁の方へ歩き始めた。

 ___その時だった。

 ドオォンッ!

 突如上空から何か黒い影がユリシーゼの倒れている所に落ちてきた。ケストレル達が一斉に振り返ると、その影を中心に無数のマスケット銃が展開された。

 銃口はロメリア達の方に向いており、展開直後に銃口から火が噴く。

 「避けろッ!」

 ケストレルは傍にいたシャーロットを抱き抱えてその場から離れる。ロメリアはケストレルとは反対方向に避ける。ガーヴェラとキャレットもそれぞれ左右に分かれるように避けた。

 ロメリア達がそれぞれの武器を構えると、その影はゆっくり息を吐きながら呟いた。

 「お前達・・・お姉ちゃんに何したの?」

 ヨーゼフは再び新たな銃を周囲に展開し、照準を定める。ケストレルが小さく舌を打ち、額から僅かに汗を流していた。
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