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中編
21.自分事-2
しおりを挟むイリスは手元へ視線を落として、魔法道具の指輪を見つめた。その金属部の温度は、皮膚より高く感じる。
「あの時、なぜ助けに来たんですか」
イリスの患者へ成り代わった男に、研究室で襲われた時のことだ。
アルヴィドはあの頃イリスを使い魔で監視していた。そのため研究室内での出来事に気付き駆けつけた。だが、助ける義務などなかったはずだ。
「……勝手に使い魔をつけて、悪かった。あれは君を避けるためにつけた」
それは彼からの初めての謝罪だった。
「僕は君に、姿を見せるべきではないと思っていた。だがそれ以上に、僕が、君の顔を見ていられなかった……!」
俯いたアルヴィドは声を強く震わせる。
先ほどの苦悶の涙と、この言葉。イリスはようやく理解してしまった。
彼がこれほど苦しんでいるのは、イリスの共有した犯された記憶を思い出すからではない。それよりも、自分の中にある、イリスを凌辱した加害の記憶に苛まれているからだ。
人の尊厳を踏みにじる行為を心から楽しんでいた人格。それを形成していた生家での記憶を失い、残った記憶から再構築された今の人格は、イリスが思う以上にまともだった。
かつての自分を理解できないが、その行いを他人事と素知らぬ顔で生きることもできない。肌に触れた感覚。おぞましい思考。全て自分の中に記憶として存在するのだから。
男性恐怖症の所為だけではない。彼のこの変わり果てた姿の根底にあるのは、罪悪感だ。
アルヴィドにとってイリスは、目を背けたくなる、許されざる罪の象徴だったのだ。
「他人事に、できていないではありませんか……」
謝罪の言葉で許される程度のことではない。反省という独りよがりな態度が、逆に不快にさせることもわかっている。だから昔のことについて、何一つそれを口にしない。あくまで他人事の振舞いで、治療に協力した。
「……この仕事は、ベゼルス協会から紹介された」
男性恐怖症が治っていなかった頃のアルヴィドは、近所の老人会のベゼルスの対戦に参加していた。老人会に協会員がおり、その伝手で仕事に困っていたアルヴィドへ紹介があったそうだ。
「勤務地がルーヘシオンとは知らなかったんだ。……まさか、あんなことがあったのに、君がここで働いているとも、思っていなかった」
男性恐怖症になった自らと同様に、思い出させる場所を避けると考えていた。しかしイリスはルーヘシオンで働いていた。
「それで、君はもう、治ったのではないかと、考えた」
挨拶を交わしたとき、イリスがアルヴィドの名に平然としていたことも、その解釈を補強した。
実際は、セムラクで動揺が表れていなかったことと、アルヴィドの家名が変わり、容姿もまるで違っており、イリスが気付いていなかったことが理由だった。
だからアルヴィドは、自分さえ罪悪感を耐えられるなら、少しの間だけ籍を置かせてもらえるのではないかと考えた。雇われて間もなく辞めてしまっては、世話になった老人に迷惑がかかる。老人に次の人材を探してもらい、見つかればすぐに出ていく。そのつもりだった。
「だが、僕の過去についての噂が出回り、正体に気付いた君が、真っ直ぐ校長室へ向かったのを見て、都合の良い解釈だったと分かった」
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