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巣ごもりオメガと運命の騎妃
12.謁見
しおりを挟む削り出した滑らかな大理石をふんだんに使われたドマルサーニ皇宮は荘厳かつ涼しい建物だった。天井も高く、中央を吹き抜けにしてあるせいで、明るさもあれば風も吹きこんでくる。
トーブを着ているが、いつもより涼しい場所にいるミシュアルの背は、ついさっきまで乾いていた。心地よい気温で、過ごしやすそうだとさえ思っていた。
けれどいまは、緊張の汗でじっとりと湿っている。こめかみのあたりにも汗が浮いているのはわかっていたが、ぬぐうことも出来ず、ミシュアルはただただ背筋を正して立っている。
ドマルサーニ皇宮へ到着したのは昼前のことだった。
「皇帝陛下、皇妃殿下へのご挨拶はいつになさいますか?」
「今日はなにか、集まりはあるだろうか」
「特にございませんが、明日は夜宴を予定します」
「では、明日は忙しくなりそうだ。今日の明るいうちにご挨拶させていただこう」
「かしこまりました」
まるで王の側近だ。
サリムは卒なくイズディハールと今日の予定を立ててしまうと背後にいた従者にあれこれと指示を出し、皇宮の西に位置する来賓宮へ案内してくれた。
「軽い食事を用意しておりますので、どうぞ。謁見の準備が整い次第、ご案内させていただきます」
てきぱきと説明すると深々と頭を下げ、サリムは来賓宮を出て行ったが、ミシュアルたちが食事を終えてひと段落した頃、あわただしく戻ってきた。
「お待たせしました。ご案内いたします」
皇太子妃として来客たちをもてなす采配を任されているのだろう。忙しそうな様子に、いまは話しかけるべきではないと堪えたミシュアルだったが、すぐにそんなことを考える余裕はなくなった。
通された応接間では、ハイダルと二人の老年の男女が椅子に座って待っていた。
豊かな白髪を後ろで束ね、同じ色をしたあごひげを蓄えた老人は、椅子に深く腰掛けてはいるが、その佇まいには老いと同時に落ち着きと威厳を感じる。見事な金細工の腰飾りや、一見して上質とわかる深い紫のガウン、国章をあしらった精巧なブローチなどを気負うことなく身に着けるその姿に、ミシュアルはごくりと唾を飲んだ。
間違いなくこの老人こそが、現ドマルサーニ皇帝シラージュだ。ならば、その傍らに立つ見るからに身分の高そうな女性は皇妃ディーマだろう。
緊張するミシュアルを背後に、サリムは一歩踏み出すと深く頭を下げた。
「ナハルベルカ国王、イズディハール・カリム・ナハルベルカ様、ならびにご婚約者がお見えになりました」
「ありがとう、サリム」
ハイダルが朗らかに告げ、シラージュも深くうなずく。
ここに、現皇帝夫妻と次期皇帝である皇太子夫妻が揃った。
ミシュアルの緊張はどうしようもなく増したが、意外にもサリムはハイダルの言葉に軽く会釈すると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
(えっ? 俺も出た方がいいのかな)
皇太子妃が席をはずしたのなら、婚約者である自分も出ていくべきかと内心あたふたしていると、イズディハールがシラージュに近寄り、軽く頭を垂れた。
「お久しぶりです、シラージュ帝」
「ああ、去年ぶりか、イズディハール王。座ったままですまんな。あれが最後になるかと思ったが……私の願いをかなえに来てくれたのだな」
「最後など、あと四半世紀は先の話でしょう」
シラージュは黙っている限り厳格そうに見えたが、イズディハールに声をかけられると顔を皺だらけにして笑みを浮かべる。そしてその視線を、ミシュアルにも向けた。
「そなたがイズディハール王の愛する子か。名前を教えておくれ」
「ミシュアル・アブズマールと申します、陛下」
「たいまつか。良い名だ。その名の通り、イズディハール王の行く道を灯火のごとく照らすのだぞ」
穏やかに笑って、シラージュ帝は一歩踏み出して足元に片膝をついたミシュアルの肩を叩いた。
大国の皇帝であり、長年にわたって国を統治してきた先人を前に、ミシュアルは緊張し通しだ。それでもシラージュの朗らかさにほっと肩の力を抜いた時だった。
「見たところアルファのようだけれど……あなた、オメガなの?」
明らかに険のある声が飛んできて、ミシュアルは一瞬自分のことを言われたのだと気づけなかった。
黙ったままでいると、声はそれから、と続けた。
「アブズマールというのは、あのアブズマールかしら?」
「ディーマ」
棘のある声に最初に反応したのは、シラージュだった。諫めるような声音にはっと肩を揺らすと、腰を落としたイズディハールがミシュアルを立たせた。
声の主は、ミシュアルから見て向かって右、シラージュの隣にいるドマルサーニ皇妃のディーマだった。
凜と背を伸ばした姿は座っているせいもあってミシュアルよりもだいぶ低いが、向けられた視線が持つ圧力は相当なものだ。とたんに逃げてしまいたくなったミシュアルだが、イズディハールが口を開いた。
「彼の父はファルーク・アブズマール将軍です。ミシュアルは我が国でも指折りの名家、アブズマール家の末子で、兄弟の中では唯一のオメガです。私の初恋の相手ですよ」
「イズディハール様……」
首筋がほんのりと湿る。
赤面しているのが自分でもわかるほどで、なおさら逃げ出したくなったが、そうだろうとでも言いたげなイズディハールと目が合うと腰に手が回り、ミシュアルはもう腕の中で体を縮こめることしかできなくなった。
一瞬の静寂がその場を満たす。しかしそれはすぐに破られた。
「あら、そう……それなら、わたくしからもお祝いを言わなければね」
先ほどまでのどこか値踏みするような視線をやわらげたディーマは微笑み、座ってちょうだい、と椅子をすすめてくれた。
促されるまま椅子に腰を下ろしたものの、ミシュアルの緊張がほぐれることはない。談笑するイズディハールとシラージュ、ディーマと同じ空間にいながら、ミシュアルはせめてここにサリムがいればいいのにと思った。
多忙な皇太子妃とは結局、その日に行われた夜宴まで顔を合わせることはできなかった。
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